プロローグ-4
世界というのは残酷である。
人に現実を見せ、己の無力さを突きつけるからだ。
現に私もそうされている。
◆◆◆
「眠れ」
その一言が聞こえた時には私は倒れていた。
ウォンのものでもない、聞いたことのない男の声。
若く、しかし暗い声。近い歳だろうか。低いわけではないが、その声からは何者にも期待しない虚無感のようなものを感じた。
ウォンの放つ光は消え失せ、私の意識もまた、失せようとしていた。
「──眠ったな」
私の意識がなくなると、暗い声の彼はそう呟く。
「仕事通りね、シオ。ちゃんと傷一つ付けずに」
「さっさと帰るぞ」
“シオ”と呼ばれた私を眠らせた男はその一言を吐くと、ここに来るまでの乗り物に戻ったようだ。
やれやれ、と言わんばかりの顔で塩と話していた女の人は私を担いで同じ乗り物に乗った。
◆◆◆
「目覚めたか」
黒い鉄製の箱の中。移動しているのがわかる。きっとどこかへ向かっているのだ。
先程の男の声が聞こえる。
声と共に意識が覚醒するが、手首から軽い痛みを感じる。拘束されているのだ。
男の声から流れるように続いて女の人の声が聞こえる。
「気分悪かったりしない?どこか痛めてたりとか」
優しい声音で話す女性。見たところ私より少し若いぐらいだろうか?
私が戸惑っていると、彼女は自己紹介してくれた。
「私は“プル”って言うの。こっちの男はシオだよ」
「プルさん……?」
よく見るとこのプルという人、少し耳が尖っている。肩に少し届かないぐらいの髪も綺麗な空色から深海のような青のグラデーションだ。
隣のシオという男は対照的に、私と同じ丸い耳をしている。しかし、髪は長く片目だけが隠れている。そして白黄色の髪、瞳。
私と同じ人なのに、この二人はどうも根本的に違う感じがするのは気のせいではないだろう。
「プルさん、私の銃は……」
「それならコンテナの中だよ。今ここにはないけど、あとで返すから安心して」
プルさんが私の問いに答えていると、隣のシオが静止させるように言う。
「問うのはこっちだろ、プル」
プルさんは慌てた様子だ。少し天然なところがあるのかもしれない。
悪いんだけど、と言葉を置いてから本題に入るようだ。
「名前とか歳とか、分かる範囲でいいから教えてくれない?」
「名前はハナ。でもこれはウォンがくれた名前。歳は二十一。ウォンから出会う前の記憶はない。──そういえばウォンは?」
私の問いを止めるかのようにシオは言葉を挟む。
「その服は元から着ていたのか?」
そうだけど、と答えると、シオは推理するように話し始めた。
「記憶はまだか──その服と同じものを着ていた奴を知ってる。そいつに聞いたら何かは思い出すかもしれないな」
プルが話題にのってシオに問う。
「確か“トウキョウソラノコウコウ”だっけ。前に解析班が解読したとか聞いたけど」
その名前を聞いても、何も思い出せない。どこかで聞いた気はしても、それがなんだったか、どのようなものであったかさえも思い出せない。
それからプルを中心に談笑のような質問攻めが始まった。
楽しい会話に感じるが、もう一面として私の情報を色々と聞き出された。プルがお喋りなおかげなのか、二人の話も少しずつ聞き出せた。
プル・ネディッシュ。歳は十八の“はーふえるふ”という人種なのだそうだ。お喋りな彼女に対して無口な彼はシオ・プコール。ああ見えて一コ下の十七らしい。
帝国では歳と階級は関係がなさそうだ。現に、年上のプルはシオの部下のようだ。隊のリーダーがシオで、秘書のような立ち位置にプル。その下に他の隊員がいるらしい。
ここからは完全な予想だが、その隊員と共にさっきはぐらかされたウォンが拘束されているのではないだろうか。
兎に角、当面の目標はウォンと合流することだろう──。