プロローグ-2
砂の海。無限に広がる地上に、私は一人立っていた。理由もわからず、こんなところにいる三年前の私を言い換えるならきっと赤子だろう。
風で砂が舞い、視界は悪い。所々に建造物らしきものの影が見えるぐらいだ。遠くから見るからだろうか、建造物は小さく感じていたのに、目の前でみると実に大きかった。
灰の色をした建物は見事なまでの直線だった。歪むことはなく、さらに規則的に置かれた窓に至っては芸術と呼べるだろう。
私は思った。何故こんなところにビルがあるのだろうか、と。
外に居るよりはマシだろうと、幾許かの時をビルの中で過ごした。
建物そのものは傾いて地上に刺さっていたためか、目に見えて柱が斜めになっている。幸い、地面は砂で溢れていたため、地面が傾いている、なんてことはなかった。
ある日、砂の風の向こうからやってきた男がいた。
何かを探しているのだろうか。建物に入るとキョロキョロと周りを見ながら足を進めている。
こちらの存在に気づくと、一瞬にして光に包まれ消えた。私の目の前に移動し、ハンドガンをこちらに向ける。私は焦ることも、抵抗することもなかった。
変わらず銃口を私の眉間に向けたまま、男が言う。
「こんなところで何をしている」
出会ったのは恐らく偶然だろう。この男がのちに知るウォンである。しかし当時の私がそんなことを知る由もない。
「わからない。気がついたらこの場所に居ただけ」
男は構えを崩さずに問う。
「名は?歳は?」
「歳は十八。名前はわからない」
「チッ、呼ぶのに面倒だな。──なら当分は『ハナ』って呼ぶことにする」
口につけた髭を動かし、心底面倒臭そうに舌打ちをした。共に、構えをようやっと崩した。
この時点で彼のことをあまり好きにはなれない。言葉こそ汚いものの、しかし親切にしてくれているのは、これから徐々に伝わってくるのであった。
「何故『ハナ』なの?」
突然出た名前に疑問を浮かべるのは変ではないと思う。
「俺の娘の名だ。顔がそっくりだからな。生きてたら、丁度お前ぐらいだっただろうよ」
小声で、予定が狂っちまうが、なんてぼやきながら、着いてくるように促された。
今でも着ているのがその時の制服であるが、砂漠なこともあり、その時は特に汚れていた。
途中、モンスターに襲われることもあったが、私に傷を一つも付けることもなく目的地にたどりつくことができた。現在住む家である。地下に続く穴が玄関になっていて、そこからは私の知る家と変わらない。
◆◆◆
ある一室に案内された私は机の前の椅子に座らされ、飲み物も出された。
対面の席にドカっと座った男は開口一番にこんなことを問う。
「お前──ハナは特異点だろう?」
オウム返しにシンギュラリティという言葉を発した私はポカンとしていただろう。
男は右腕の黒い手袋を外し、甲に描かれた赤い紋章を見せた。
「この紋が体のどこかにあるはずだ。これが特異点の証になる」
私も自身の右手の甲を確認したが、そのようなものはなかった。必ずしも手の甲、と言うわけではなさそうだ。
「お前がシンギュラリティなら、これから狙われるかもしれねぇ。そんときゃ必死になって逃げろ」
「何故、誰に狙われるの?」
「俺の紋は“疑似特異点″。これを作った奴にお前は狙われる。方法はわからないが、特異点を探しては連れ込んでる。差し詰め、俺のような兵に植え付けるために人体実験でもしてるんだろう」
意味のわからないことを淡々と述べるばかりの男は、私を置いてけぼりにしている。
「兎に角、私は狙われていて危ないってこと?」
「お前と言う存在を奴らが認識したら飛んでくるだろうよ。まぁ、しばらくは大丈夫だろうが」
疑問は絶えないが、私は今後狙われる可能性がある、と言うことだけを伝えてその後は寝かされた。他のことは明日以降でいいと部屋まで用意してくれた。
◆◆◆
それから三年の月日が経ち、今に至る。
「あと五日ぐらいはデザートウルフの肉が食えるな」
ウォンは今日狩った群れから剥ぎ取った肉を見てそう言った。どうやら専用の袋に詰めるだけで食べ物など保存できるらしい。私の知るところの冷蔵庫と同じ機能だ。
今日の夕飯はデザートウルフのシチューだ。野菜もあって見た目も味も中々だ。




