グランド フィナーレ
結婚まであと少しとなって忙しい日が続いている中、今日はたまにはゆっくりとしようとリヒト様に誘われて王宮の庭でお茶会です。
案内されて庭に着いたので東屋で座った瞬間少し気が緩み、この1年に色々な事があったなと過去を思い出していた。
卒業パーティーでのいきなりの婚約破棄。バルガス殿下に好かれていると思っていなかったが、婚約破棄される程嫌われているのは知らなかった。
そしてリヒト様と再会出来た夜会。兄様に気分転換だと連れ出された夜会で、バルガス殿下が私の事を何も知らなかった事が発覚した。バルガス殿下との約束は幼い頃から恐怖でしかなかったが、言った本人が忘れていると思わなかった私もダメだったなと反省した出来事だったな。
そこに現れたリヒト様がいきなりの婚約を求めてきて、ビックリした事を思い出しクスッと笑みがこぼれてしまった。婚約を結んで早いもので半年たった、結婚はまだ先になる予定だったがリヒト様の強い要望で王太子の正式発表と同時に行う事になった。
今式典と結婚準備で王宮内はバタバタと皆が忙しそうに動いている、私も最近は式典準備で忙しく動き回る日々を送っていた。
ゆっくりお茶を飲むのは好きだけど、忙しいと分かっているのに1人ポツンと座っているのは居心地が悪い。リヒト様を待たせるのは悪いと思って少し早く来たが、もう少し式典準備をしてから来た方が良かったのだろうか。
居心地の悪さからソワソワと辺りを見回していると、植木の陰に水面が見えた。王宮に来ていたが余り余裕が無くて庭の散策などした事がなくて気が付かなかったが、何処かで見た景色だと思ったらリヒト様と初めて会った池のある庭だった。幼い時は大きな植木だと思っていたが、成長してから見ると違って見えるから不思議なものだ。
椅子から立ち上がって植木の陰にある池に歩みを向けた、妃教育で泣いて逃げた時の自分がふっと見えた気がした。当時は出来ない自分が情けなくて逃げてしまったが、悪い事ばかりでは無かったあの時ここに来たからこそリヒト様と会えたのだ。
池のほとりで佇んでいると後ろからふわっと抱きしめられた、こんな事をしてくるのはリヒト様しかいない。
「こんな所に佇んで、何を考え込んでいるんだい?」
近くで聞こえる声に少しこそばゆい思いをしつつ、抱きしめられているリヒト様の腕に手を触れた。
「この庭はリヒト様と初めて会った場所だと思い、懐かしく思って見ておりました。」
後ろから抱きしめられたまま振り向き顔を見上げると、やはり優しげな表情で微笑むリヒト様がいた。思っていたより近くに顔があってビックリして、恥ずかしくなり赤くなった顔を隠すように下を向いてしまう。
あの美しい顔を間近に見るのはまだ私には荷が重い、心臓がドキドキとしてリヒト様に聞こえてしまうのではないだろうかと心配になる。今までバルガス殿下とはこの様な距離感は無かったので、未だに婚約者としての距離感が上手く取れていないのだ。それに最近はリヒト様からのスキンシップが激しくなってきていると思う、今も抱きしめたまま髪にキスをしてきている。抱きしめられている恥ずかしさの限界を迎えて、落ち着かず離してくれるようにリヒト様の腕を軽く叩く。
「リヒト様手を離してください、このままだと恥ずかしくて…。
」
最後は上手く言えずに声が小さくなってしまう、必死の訴えにリヒト様はクスクスと笑いながら手を緩めてくれた。そして右手を指を絡ませて繋ぐ、こういう所で無理強いをする人では無いのでいつもリヒト様が余裕をみせて引いてくれている。
緩んだ手の中から出て繋いだ手を軸に後ろを振り返る、恭しく私の右手を持ち上げ手の甲に口付けを落としてくる。余裕の無い私はその行動だけで追い詰められ、真っ赤になっているだろう顔でリヒト様を上目遣いで睨む。
「リヒト様、私をからかって遊んでませんか?」
ぷッと笑い我慢出来なくなったのか、リヒト様は片手で口元を隠しながら笑いだした。この様に焦る私を見て楽しんでいる節がある、これは私が問題なのでは無くリヒト様が慣れているのではと思ってしまう。
この様に恋人として振る舞うのはリヒト様が初めてで、長い間国内に居なかったリヒト様の情報は少ない。リヒト様がどの様に過ごしてきたのか気になっているが、直接聞きたいが忙しさにおわれて聞く余裕が無かった。
こんなに素敵で優しい人を周りが放置する筈がないだろうし、慣れている事から以前付き合った人が居るのだろうか?
悶々と悩んでしまっていると、笑いが落ち着いたのか怪訝な顔をしたリヒト様に繋いだ手を引き寄せられてしまった。いきなりだった為あっと思っていると、逞しい身体に抱きとめられてしまう。
「折角久しぶりに2人っきりになれたのに、1人で何を考えているんだい?」
折角抜け出せたのに、再びリヒト様の腕の中に逆戻りしてしまった。内容が内容だけに聞きにくく、咄嗟に違う答えがでた。
「この庭は幼い頃私が迷い込んだ、リヒト様に初めてお会いした場所ですよね。」
リヒト様も話題を変えたのを気がついたのか一瞬怪訝な顔をしたが、嬉しそうな顔でそうだよと言ってくれた。
「ここで初めてステフに会ったんだよ、私にとって大切な思い出の場所なんだ。ビックリしたかい?ちょっと思う所もあって、今日はこの庭で一緒にお茶をしたかったんだ。」
ふわっと笑うリヒト様につられて私も微笑んでしまう、そして腕を緩めてリヒト様が少し距離をとって2人見つめ合う。
1歩下がったリヒト様がいきなり片膝をつき、私を見上げてくる。
「改めて申し込むよ、リデラ侯爵令嬢。
幼い頃ここで君に会った瞬間から凍ってしまい止まっていた私の時間が動き始めた、全て色あせていた景色が君を中心に色を持ち鮮やかに染まっていった。
その時から君だけを愛しているんだ。こんな恋に狂った愚かな私だが、これからの君の時間を私と一緒に過ごしてくれないか?」
ビックリして手を胸の前で組んでしまった私を見て、そんな私に向かってリヒト様の差し出される手をじっと見つめてしまう。
「以前はいきなりで驚かしてしまい、その場の流れもあった。改めて私の事を考えて返事が欲しいんだ。
君だけを愛しているんだ結婚して欲しい、どうかこの手を取ってくれないか?」
勝手に余裕があると思っていたが、こんな余裕のなさげな表情をしたリヒト様を初めて見た。
こんな風にこれからもリヒト様の一面を知っていけるとしたら、それはとても素敵な事に思ってしまう。
リヒト様も勇気をふるって本心で話してくれたんだ、私も思っていることを全て答えようと誓う。
「私もリヒト様の事が好きです、再会した時から恋しています。
昨日よりも今日、今日よりも明日が…、新たな一面を見つける度にどんどんリヒト様を愛しい気持ちが大きくなっていきます。
こんな私で良ければリヒト様のお嫁さんにしてください。」
リヒト様の伸ばされた手に、緊張で震える手のひらを乗せて微笑む。
その瞬間リヒト様の気が抜けた様に零れ落ちそうな笑顔が眩しく映った、ああ…また新たな一面を見て好きになっていく。
立ち上がったリヒト様が私を見つめ、空いている手で私の頬に手を添えてきた。
ゆっくり近づいてくるリヒト様の顔に、ゆっくり目を閉じて答える。唇に柔らかな感覚が触れてきた、初めての口付けに全身がビクッとしてしまう。私がこんなに幸せを感じる日々を送れるなんて…。
近付いてきた時と同じ様に、ゆっくり唇が離れていった。
恥ずかしさで下を向いてしまったのは仕方あるまい、頭上でクスッと笑い声が聞こえるが反応出来ない。
スっと左手をすくい上げられていくのを見ていると、薬指に青い宝石の付いた指輪をはめてくれた。指輪に付いた吸い込まれそうな青色は、リヒト様の瞳を連想させる。
私の所有者を表した様な指輪に嬉しくて、指輪の宝石を撫で歓喜に震える。
私は以前婚約者に婚約破棄されたが、今はこんなに幸せで歓喜に震えている日を送っている。
これからは2人でこの先を歩んで行くのだ。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます、書きたいところまで書ききれたのでこれにて完結とさせていただきます。
今後なにか機会がある時に番外編を更新するだけとなります。
思いつきで書き始めた作品でしたが無事に完結出来たので 、心からホッとしています。
今後は未完で放置になっている作品の更新に戻るつつ、和風の新しい話を書いているかもしれません。良ければそちらもよろしくお願いします!
作品の感想など頂けると本当に喜びます。
本当にありがとうございました!2022.11.12柚杏