07 不思議な日記帳
それから数日後、お母様に絵本を読んでいただいているときにお父様がお部屋にやってきた。
「来月の王宮でのお茶会はどうしようか?」
「そうねぇ」
お母様は読むのを止めて私をちらりと見遣った。
「……私は欠席したいです」
「でも、多くの貴族の子弟が集まる機会なのよ? 出会わないと恋愛結婚もできないじゃない?」
お母様の言うことは正しいのだけどそれをするとまたハロルド様の婚約者になってしまうことになるかもしれない。そうするとあの地獄が待っている。
私は嫌だと首を横に振った。お父様が優しく私の頭を撫でてくれた。
「まあ。リアも嫌がっているみたいだし。ハロルド殿下もお小さいし、まだ急ぐこともないだろう」
「そうね。欠席のお返事をしておきましょうか」
こうして以前にハロルド様と出会ったとされるお茶会もスルーすることができた。
そして、穏やかに日々が過ぎていく。こんなに平和でいいのだろうかと罪悪感が生まれるほどだった。
今日の予定は特にすることはなくお庭のお散歩を勧められた。
明るい日差しの中、お母様が好きな花々が咲き誇る庭を散策する。
こうしているとあのハロルド様やミランダとのやり取りの方が夢だったような気がしてきた。
公爵家の庭に咲いている美しい花々を見ていると少し気持ちに余裕も生まれてきた。
――人生が終わるときに見るという夢なのかもしれないけれど今はこれが現実よね。
私は散歩を終えて部屋に戻ると日記を開いた。
先日の五歳の誕生日にお母様が贈ってくれたものだ。青い表紙に小さな色石が五個あり星の形に埋め込まれているとても素敵な日記帳だった。
今思い出したけれどあれは王宮のどこに行ってしまったのだろう。王宮に持っていったはずだけどいつの間にか無くなっていた。
私は真っ白い最初のページを開く。それだけで何だかわくわくした。真新しい紙の匂いがする記念すべき一頁目に私はこう記した。
これからは自分のために生きよう。そして幸せになりたい――。すると日記が一瞬光り輝いたように見えた。
「何?」
直ぐに光はなくなり部屋も何事も無かった。
「一体今のは……。外の光が反射したのかしら?」
日記の表紙は鍵がかかるところが金属の部分になっているし、埋め込まれた宝石が光を反射したのかもしれない。私は気を取り直して続けた。
幸せになるために、
一、ハロルド様の婚約者の辞退
二、誘拐事件の回避、解決
三、ケイト、お母様、お父様も守る
「よし、こんなとこね」
ぱたんと日記を閉じた。
それとバルコニーから落ちる前の記憶も書いておいた方が良いかもしれない。記憶は薄れていくものだし。
そう思って幾つか覚えていることを書き記していく。
一番目のハロルド様の婚約者になるのはどこでどうなるのか分からないけれど、婚約者に選ばれなければ王宮に行くことがなくなる。
特に七歳の時に王宮に行くのは禁物である。登城途中で誘拐事件が起きるから絶対避けたい。
これが七歳で絶対起きるのか、ハロルド様の婚約者だったからなのか、公爵家絡みのものだったのか、今も分かっていない。あの時の黒幕の首謀者ははっきりしていないのだ。
一応、反王政派による身代金目的の誘拐事件とされて、その時の実行犯の一味は処罰されたらしいと聞かされている。所謂下っ端の蜥蜴の尻尾切りで終わってしまった。
だから、今度は誘拐事件に巻き込まれないようにすることを考えなければ。これから一年、いいえ、二年くらいどこかで療養と称して社交に出ずに過ごせないだろうか。病と偽って籠ることとかできないかな。
私はそんなことを考えつつ日記を閉じて部屋を出た。
考えている内にお昼となり、お仕事に行かれたお父様やお兄様が居なかったが、お母様、お姉様の女三人での楽しい食事を過ごした。
楽しいと時間はあっという間に過ぎてしまうことに今更ながら気がついた。
ハロルド様やミランダといるときは永劫とも思える長い時間だったのに。