06 美しいドレス
だけどこの夢のような幻想の時間は消えることなく、朝食を終えると家にドレスのデザイナーをお呼びしてお母様達とドレスやアクセサリーを選ぶことになった。
来季の衣装とかお姉様の婚礼のためのドレスらしい。来年、お姉様が十六歳の時、私が六歳の時に隣国のイリシア帝国へお嫁入りするのだ。
こんな思い出も今まで覚えていなかった。丁度私が誘拐事件に遭ったころだからだろうか。
色とりどりのドレスが目の前にあり、お母様はデザイナーのエイダ夫人とあれこれお話ししていた。
「リアには瞳に合った薄紫が良いわ! ああ、でもこの淡いピンクも良いわね。あとこれも」
お姉様と同じサファイアブルーの瞳のお母様には深いロイヤルブルーのドレス。私にも沢山の色とりどりのドレス。
「お、お母様。こんなに沢山は着られませんわ」
「あら、そうかしら? リアに似合うからいいじゃない。いつか着るかもしれなくてよ」
「そうですとも! リリーシア様は流石社交界の流行を担う公爵夫人のお嬢様ですわ! どれもとても良くお似合いです。特にこの淡いピンクのドレスは自信作ですよ。ドレープをふんだんに使用していますの。お嬢様以上に似合う方はいらっしゃいませんわ!」
エイダ夫人からは熱の入った言葉で絶賛されてしまった。
こんなに沢山のドレスは部屋に入らないのではと思ったら専用の衣裳部屋があるみたい。流石、公爵家。私は王宮で生活していたので家のことはあまり知らなかった。
色とりどりのドレスを眺めながら、私は最後に覚えている型遅れで擦り切れた裾のドレスを思い出していた。
あのときとは随分違う。惨めに、諦めにも似た気持ちでバルコニーから落ちながら眺めた光景だった。
「――それにしても、公爵家の上のお嬢様は帝国皇太子と恋に落ち婚約されるという王族の大恋愛で巷でもお祭り騒ぎですわ」
「貴族は政略結婚が殆どですもの。どうしても憧れるのでしょうね。ふふ」
お母様とデザイナーのエイダ夫人がお話をされている。
「あの、お母様。私もお姉様みたいに恋愛結婚がしたいです。お相手は王子様じゃなくて、優しい方で私だけを見てくださる方なら身分なんてっ」
寧ろ王子様はもういい。特にハロルド様はもう嫌だ……。
私の上ずった声に部屋には一瞬沈黙が訪れたが、お二人は目を丸くされていた。
「ふふっ、勿論ですよ。リアの気持ちを大事にするわ」
「本当? お母様。嬉しい」
私は無邪気にお母様に抱きついた。
ベランダから落ちて死ぬ前のときはお母様の記憶は殆ど残っていなかった。
だから、こうして甘えてみたかった。
柔らかく良い香りがするお母様に抱きついて抱っこされているとこの上もなく心が満たされていく気がした。
「あらあら、甘えん坊さんね。ふふ」
「まだお小さいですものね。下のお嬢様もこれだけお美しいのですから楽しみですわね」
お母様にエイダ夫人が微笑ましそうに声を掛けてくれた。
「でも第二王子妃候補の選定会には出られるのでしょう?」
「そうねえ。リアがこう言ってるので、これからはどうしようかしらね」
私は覚えがないけれど六歳の婚約決定のときまでに王宮で王子妃候補の選定のためのお茶会や観劇などの集まりがあったらしい。らしいというのはそこのところは事件前なので本当に記憶が曖昧だからだ。
お母様はドレスを沢山注文し、デザイナーのエイダ夫人も喜んで帰って行った。
お読みいただきありがとうございました。
もう少しすれば傷だらけのヒーローがでます