05 悲しい希望
今の私はどうやら五歳くらい。
まだ幸せだった頃の夢を見ている。
もしそうならハロルド様と婚約が内定するのは六歳の時で、誘拐されるのは七歳だったのでまだ時間がある。どうにかしてハロルド様との婚約は辞退して、誘拐事件をなかったことにしたい。
私はケイトにドレスを着せてもらって、朝食の席に着いた。そこにはお母様とお父様、そして、お兄様と嫁入り前のお姉様もいた。
今までこんな明るく楽しい朝食の席はなかった。
もしかしたら、覚えていなかっただけかもしれない。
覚えているのは暗い食卓に誰もいなく私だけの寂しい朝。冷え切った味のない料理。
お母様が亡くなられて、お父様やお兄様はそれぞれでお忙しかったから、一人での食事はますます美味しくなかった。
でも、今は全員揃っていて明るく賑やかな食卓だった。私は湯気の出ている温かく美味しそうな匂いがする料理の数々に驚いて眺めていた。
「まあ、リアは今日も可愛いわね」
美しいエブリンお姉様が私に微笑んでくれた。
そう言うお姉様こそ私は誰よりもお美しいと思った。
今迄お会いすることは数えるほどしかなく、間近で見ると本当に美しい人だと分かる。
ミランダなど所詮足元にも及ばない。いいえ、比べるのも不敬でしたわ。お姉様は隣国イリシア帝国の皇太子妃になられていた方だもの。イリシア帝国は我が国より上位国だった。
エブリンお姉様の輝く金髪とサファイアのような煌めく瞳のあまりの神々しさに私は見惚れていたので慌てて挨拶を返した。
「お、お姉様こそ女神の如き美しさですわ!」
すると家族一同が目を見開いた後、くすくすと笑いだした。あの人を見下したような笑いではなく暖かい笑い声だった。
「本当にリアは、可愛いことを言う」
お兄様もお姉様もとても嬉しそうに微笑んでくれた。
「でも、こうしていられるのもあと僅かね」
「寂しくなるな」
「エブリン。帝国が嫌になったら、いや、皇太子が嫌になったら直ぐ戻ってくるんだぞ。我が家は政略結婚などしなくても大丈夫だからな」
――何ですって?
ハロルド様に脅されるように婚姻していたのは公爵家にとっても政略的に必要だからと……。
私は持っていたカトラリーを取り落としそうになった。動揺のあまり手が震えてきた。
私は殿下や側妃様に騙されていたのかもしれない。ハロルド様は王妃様ではなく側妃様のお子だった。側妃様からは良く助言していただいていた。あのときは好意と思っていたけれどそうではないとしたら……。
次に湧き上がってきたのは純粋な怒りだった。怒りのあまり私の目の前が赤く暗く染まったように感じた。
「まあ。うふふ。ご心配なく。皇太子様はとてもお優しいし素晴らしい方ですもの」
エブリンお姉様は淡く頬を染めて嬉しそうに話すので皇太子様との仲は良好なのだろう。その姿を見て私も平静を取り戻せた。
私は今度こそ幸せになりたい――。
「お姉様、私もお姉様のように好きな方と一緒になりたいです」
すると家族一同が無言になって私をまじまじと見遣った。
「うふふ。そうね」
「何だって? ごほん。うううむ。リアにはまだまだ早い! まだまだだ……」
「そうだよ。リアはおっとりしているし、何ならずっとお家に居ていいんだよ」
お父様からは嬉しい一言と何故かグレイお兄様にはずっと家に居ていいなどの発言をされてしまった。それがとても嬉しくて、涙が溢れそうになった。
「お家に居ていいんですね……。私」
「まああ! 可愛いリアったら、勿論よ。私の可愛い赤ちゃん」
お母様は席を立ち上がると食事中なのに私を抱き締めに来てくれた。
――ひょっとして、これは人間が死の間際に見るという夢の狭間なのかもしれない。
家族が私を愛してくれていたという悲しい希望。
でもとても幸せだわ。これがたとえ夢だとしても……。
私は生きていても仕方ないのではなく、本当は愛されていたかもしれない。両親から、兄や姉から……。
そして、壁際を見遣るとケイトが私を見て優しく微笑んでいる。他の使用人達も穏やかに私達を見守っていた。
――私、愛されていたの?
生きていても良かったの?
ハロルド様やミランダから繰り返される暴力と酷い言葉を受けていた日々。
最後に家族に愛されていた記憶を取り戻せたのなら……。
私に夢を見せてくれたという存在がいるなら……、
ありがとうございました。
これでもう死んでもいいかもしれない。何も思い残すことはないもの――。
お読みいただき、評価、ブックマークありがとうございます(*´ω`*)
今回中編くらいの長さになっております。
後二話くらいでやっとヒーローが出ます。