30 番外編 ~女辺境伯の恋 前編~
私はビクトリア・サマーズ。
このランザール王国東の辺境伯家の総領姫として生まれ、サマーズ辺境領やランザール王国を守るために私は剣を掲げてきた。
普通の貴族令嬢ではありえないことだろう。
幸い隣国のイリシア帝国とは良好な関係だが、凶暴な魔獣や密入国者達との戦いは常にあった。
私が丁度社交界デビューしたくらいに両親は凶暴化した魔獣との戦いで命を落とした。田畑を荒らしているとの報告で調査に乗り出そうとした時だった。両親が亡くなっても一族は私を総領として纏まっていた。
幼少期から討伐に出ていた私は腕には自信があった。一族内での武道会でも上位に残り、力こそ全てを理念に掲げている辺境伯家を束ねていた。
男とか女など関係なく辺境では強くなければ生き抜いていけない。
戦闘で身体にあちこち傷があるけれど、瑕に思うどころか逆に国を守った証として誇りとしていた私達一族は他の貴族とは別ものの存在でもあった。
「我が家の姫さんには格別の男が必要じゃのう」
一族の長老から心配そうな声が上がるが私の返す言葉は一つだけ。
「ふふ。私に勝つ男がいれば誰でもかまわない」
正直腕に自信があった。一族の歴戦の兵士達には敵わないが、そこら辺の貴族のお坊ちゃまには負ける気はしない。
お隣のバルトロイ公爵家の跡取りのラウルスはいかにも名門貴族出身の青年で剣など持つことも無いような優男だ。
お隣なのだがお互いの領地は広く年に一度会えればいいくらいなのだが、幼馴染としてそれなりに良い付き合いをしていた。
正直ラウルスは顔は良いが戦力としてみるとかなり物足りない。私は辺境伯を継いでいるし、それに公爵家嫡男だから我々の間にはそういった感情は残念ながら生まれなかった。
お互いに恋愛や結婚ということには対象外ということだ。
でも、その内ラウルスは貴族学院で出会ったとても美しく可愛らしい女性と結婚した。二人の仲はとても良く見ていると結婚も良いかもと血迷ったことを考えてしまったのが運の尽き。
王命が下ったのだ。
どうやら国王陛下は最近迎えた側妃のマリアンヌ様に運命の恋だとのぼせ上って周囲も幸せになって欲しいと私に弟であるジルベスタ殿下をあてがってきたのだ。
「くっ、それもあの王弟だと?!」
滅多に出ない王都での行事で王弟殿下の姿を垣間見ることはあるものの時候の挨拶ぐらいしか交わしたことのない相手だった。
ジルベスタ王弟殿下は華やかでいつも人々に囲まれていた。
正直国王より人気が高く性格も幾分かまともだ。
側妃を溺愛する国王が人気がある美貌の王弟を側妃のマリアンヌ様から遠ざけようと私に押し付けてきたのが見え見えだった。
「ふん。まあ、相手にとって不足は無いかな」
「姫様! 婿殿と決闘でもなされるおつもりか?」
私が呟くと乳母やが心配げに声を掛けてきた。流石に王命に逆らう訳にはいかないことは血の気の多い一族も弁えていた。
それから、ジルベスタ王弟殿下と王都で婚約式の直前にお会いすることになった。婚約式の後は直ぐに結婚式まで行うことになっている。そんなことは貴族社会では前代未聞だ。国王陛下はそれだけ王弟殿下をマリアンヌ側妃の近くにおいておきたくないようだった。
婚約式まで会わないというのもあまりないと考えるが、婚姻したら華やかな王都にいられなくなるのでそれまではできるだけ王都から出たくないとの王弟殿下の返事だった。
辺境伯領は彼にとってかなりの田舎なのだろう。それなら王命など出さないようにしてくれればよかったのに。
「どうもよろしく。ビクトリア嬢」
「王弟殿下にはこの度の婚約に……」
「ああ、良い。今更堅苦しい挨拶は無しでいこうよ。夫婦になるのだから」
私は砕けた殿下の物言いに困惑した表情をわざと浮かべて答えた。
「そうは仰っても……、私ども辺境のものは王族の方と親しくする機会があまりございませんでしたので恐れ多く。それに何よりも国境の安寧に明け暮れておりましたからどのように接して良いものやら」
――遠回しな嫌味だと分かってくれただろうか?
ジルベスタ殿下は国王陛下の代わりに将軍位も持っていたので戦闘があれば前線に出て指揮をされるぐらいなので騎士としても優秀なのは貴族の間で知られていた。それでも所詮王族のお遊びに違いない。
見た目も甘いマスクの王子様だ。
ランザール王国だけでなく他国の美姫との浮名もまことしやかに囁かれていた。
そんな私にジルベスタ王弟殿下はにやりと不敵な笑みを浮かべた。恐らく婚約する相手に向けるものではない。
「ふふ。気に入らないようだね。剣だけが強さの尺度ではないとは思うが、嫌がられると燃え上がる性質なんだ」
ジルベスタ王弟殿下は肩を竦めてみせた。
私の自分より強い男という口癖をご存じのようだった。それでも私に王命を覆す力は無い。両親は魔獣の襲撃の際に亡くなっている。仕方が無いので少し褒めてみよう。
「……殿下は太刀筋が綺麗です。気に入っておりますよ」
「それはそれは。名高い女辺境伯に褒められて満足だよ」
やや嫌味の応酬に傾きがちだったが、私たちの顔合わせは無事に済んだ。
その後、王家主催による婚約式が行われ、主役であるはずの花嫁はそっちのけで王弟殿下に令嬢達は群がっていた。目の前にいる初々しいはずの婚約者を押しのけて。
私の非難めいた眼差しに気がついたジルベスタ王弟殿下はまたあの不敵な笑みを浮かべて近寄ってきた。その手には一輪の薔薇があった。
「ご機嫌斜めな我が婚約者殿にこの薔薇を捧げよう」
目の前に真っ赤な薔薇が差し出されている。私はそれにふんと鼻を鳴らしてやったけれど大人しく受け取った。ジルベスタ王弟殿下の後からついてきたご令嬢達がその言葉を聞いて目を吊り上げてこちらを睨んでいた。
「私に花など不要だ。盗賊や密入国の輩の首の方がよっぽど」
「本当に君たちは……。いや、辺境の愚直な人達だ」
不仲と周囲からは思われつつ、その後の王家主催の私達の結婚式も王都で恙なく執り行われた。
意外なことにジルベスタ王弟殿下、いやジルベスタはサマーズ辺境伯領にくると十分な戦力となった。気が付けば殿下呼びもなくなり、一緒に肩を並べて戦っていた。そして、側妃様がご懐妊のニュースが流れささやかながらもお祝いムードに王国は包まれていた。
その一年後に私達も跡継ぎのイーサンを授かった。イーサンは父親のジルベスタに似ていて、私達は充実した日々を過ごしていたと思う。お互いに嫌味の応酬ばかりだったけれど。
そんなある日、それはいつもの盗賊団のはずだった。
いつの頃からか、出所不明の盗賊団が辺境伯領に現れるようになった。そして拠点も不明で突然現れて村々を荒らして何処ともなく消える。とても頭の良い集団だった。それに隣国からの密輸も増えていた。今までにない忙しさだった。
いつものように逃げた盗賊団を深追いせず、戻ると別の盗賊団が現れてジルベスタが向かったとのことを聞かされた。嫌な胸騒ぎがして現場に駆け付けて生き残った兵士から聞けたのは――。
「ジルベスタ様がお亡くなりに! それにイーサン坊っちゃんも巻き添えに……」
そこからはよく覚えていない。
イーサンと、……ジルベスタを喪って、どうして私はこのように無力になっているのか?
彼らが居ない生活の方が長いというのに。
私は……、私はジルベスタを愛していたのか?
あれから何をする気も起きない。
私はこの地を守る総領姫で強くあらなければならないのに。
「早すぎる」
イーサン。我が最愛の息子はジルベスタと一緒に命を落とした。
どうして……。私が戻るまで待っていれば。私がもっと盗賊団の討伐を進めていれば。
後悔と言う名の自責の念は尽きぬ。
いっそ私の命で彼らの命を贖え。
バルトロイ公爵のラウルスが弔問に来てくれた。今の私には幸せそうな彼を見るのは正直辛い。
だが、彼も翌年、末の娘が誘拐され酷いことになった。
彼の憔悴した姿が我がこととして思い出されてしまう。
あれからお互いに行き来はなかった。
そうしている内にあれだけ仲が良かった妻までも心労で亡くなったとのことが知らされた。まるで悪い運命に翻弄されているようだ。
ジルベスタを失ってから……。ラウルスにかける言葉も考えられず。
そうして私は最近床に就くことが多くなった。死神の振り下ろす鎌が目前まで迫っても分からない。
ジルベスタを知る前はこの世界で怖いものなどなかった。その頃の自分が嘘のようだ。
なんだか食事に苦みを感じる。恐らく……、彼らを失って私の中も失ってしまった。どうしてだろう?
今はなんだか静かに忍び寄る死を受け入れられそうだ。
――私の命を奪おうとする者がいる。
ジルベスタの命を奪い、息子のイーサンの命を奪った何者か。そして、それに気が付いた私の命を奪おうとする存在がいる。
ラウルスに一度警告をしてみようか、だが、それももう遅いかもしれない……。
――女辺境伯は死亡、跡継ぎも死亡のため辺境伯領は王家直轄となった。それに微笑んだのはだれだったか……。
番外編 ~女辺境伯の恋 前編~
了
お読みいただき、評価・ブックマーク・ご感想をいつもをありがとうございます。
今回はイーサン母のお話です。
次はイベントが全然書けないのでハロウィンネタでリアとイーサンの学園でのダンスパーティーみたいなのが書ければと思っています。
夏だったら、お化け屋敷の探検なんかも良い感じだったかも。




