29 番外編 ~公爵の見た永遠の夢~
公爵パパの名前が魔法使いと被っていたため、訂正いたしました。
リアがお隣の辺境伯家に嫁いで穏やかに時が過ぎた。
我が家も長男のグレイが結婚をして随分賑やかになった。
そうして私も孫が出来るほど年老いた。
バルトロイ公爵家も爵位を長男のグレイに譲って夫婦二人で隠居生活を穏やかに過していた。
だが、妻のケリーは先年亡くなってしまった。寂しいが、最後に孫を抱いて幸せそうに微笑んでいた。
「お祖父様ぁ」
「どうした。マリーナ」
私は抱きついてくる孫に声を掛けた。
マリーナはグレイの娘で、不思議なことにリアに似ていた。マリーナは私の瞳に似た紫の瞳の八歳でまだまだ可愛い盛りだ。
イーサンや隣国の皇帝陛下の尽力によって辺境の治安もとても良くなった。だからリアやイーサンも気軽に公爵領に顔を見せに来てくれる。
イーサンの息子も親である彼によく似ていた。
双方の孫たちが揃っているとふとあの頃に戻ったような錯覚をするときがある。
何かに導かれた様にやり直しの人生を始めたあの頃……。
孫のマリーナのおしゃべりにつき合ったあと軽い疲れを感じて私は少し眠ることにした。
最近の私は公爵家の温室で揺り椅子に座って眠って過ごすことが多くなっていた。
「あら、お父様は……、眠ってらっしゃるのね」
「だから、しーですよ」
可愛らしい声でゆっくりと意識が覚醒した。
ぼやけた視界には亡くなったはずの妻のケリーとリアがいた。
私は何かおかしいと思いつつおしゃまな感じでリアが人差し指を立てる姿がとても可愛らしかったので黙って微笑むとケリーが落ちているひざ掛けを拾って私にかけてくれた。
「起こしてしまったようね……」
ケリーがそう微笑んだ。
リアの横にはイーサンがいて二人で遊び始めた。私はそんな二人に眼を細めて微笑んだ。
「……リアは幸せなのだろうか?」
そんな言葉がふと出てしまった。
ケリーは一瞬驚いたように私を見たが直ぐに満面の笑みを浮かべた。
「ええ、とても幸せですわ」
それはしっかりとした言葉だった。
今はいつ頃なのだろうか、向こうに走っていくリアの姿は八歳くらいに見える。
――私はこのあと起こったことを思い出そうとしていた。
どこまで回避できたのか?
だが頭の中がぼんやりとしていた。
――眠ったせいだろうか?
再びやり直し始めた頃、眠って目覚めるともしかしたら、一度目の人生に戻っているのではと恐れていた。
必死でリアの事件を回避するために様々な手を使った。
剣を持ち体を鍛え、魔法使いを王宮より救い出し、辺境伯領の治安を立て直し、盗賊団を壊滅させ、辺境伯である王弟一家を助けた。
あのやり直しのことは今までケリーには言わなかった。
どう話していいのか分からなかったのとリアの運命をやり直すのに必死だったからだ。
リアが無事に結婚して幸せになっても、どこかで運命の帳尻を合わせにくるかもしれないと緊張した日々を送っていた。
イーサンや王弟殿下の命、リアの傷、側妃によって運命を狂わされた人々。
彼らを生かし悲惨な出来事を回避した。
――だが、それは果たして正しいことだったのだろうか?
悲惨な運命だからと忌避することでは無かったのか?
だが、悲惨な娘の最期、最愛の妻の死を覆したことに私は悔いはない。
代償を求められるなら私の命でもなんでも差し出そう。
そして回避できるなら何度でもそれを望んでやり直そう。
微笑みを浮かべてこちらを見るケリーに私は何故か今までの事を話そうと思った。
「ケリー、どうか聞いて欲しいことがある……」
ケリーは驚いた顔をしたが黙って肯いてくれたので私は一度目と二度目の人生で起こったことを話した。全てを話し終わるとケリーは涙を湛えていた。
「そうでしたの……。それで……、どれだけ感謝の言葉を言えばいいのか分かりませんわ……」
ケリーの目から零れ落ちる涙がキラキラと美しい宝石のように輝いた。その光をどこかで見た気がした。あれはどこだったのか?
「あなた」
だが、目の前にいるはずのケリーの声が後ろからした。振り向くとそこにもケリーがいた。
「ケリー……」
「あなたを迎えに来ましたよ。さあ、一緒に参りましょう」
「お父様!」
今度もまた後ろから声がして振り向いた。そこにはさっきまで話していたはずの方のケリーの瞳は紫になっていたのだ。今まで話していたのは……、
「リアだったのか……」
「お父様が私をお守りくださったのですね……」
涙に泣き崩れる娘を慰めようと私は手を伸ばそうとした。
「さあ、あなた」
だが、再びケリーが私を促すので再び私はケリーの方へ向き直った。何故かケリーからとても暖かく、眩しいほど光を感じる。
「ああ、ケリー。私の最愛の人……」
「うふふ、わたしもよ。ラウルス」
そうして彼女はあの頃のように微笑んで私の名を呼んだ。
公爵、お父様、お祖父様と呼ばれ、今は誰も呼ぶことのないその名を――。
「あなたはもう十分頑張りましたわ」
「そうか、そうだな。あとはイーサンがリアを幸せにするだろう……」
「お父様! しっかりなさって! 誰か……」
リアの騒ぐ声がしたが私は振り向くことなくケリーの差し伸べてきた手を握り締めた。
(リア視点での温室でのやり取り)
「……リアは幸せなのだろうか?」
私はお父様の言葉に暫し反応が出来なかった。お父様は視線を定めず私や姪のマリーナに視線を送りながら私の横に居る息子を眺めていた。
「ええ、とても幸せですわ」
私は間違いようのない言葉を返した。とても幸せでしたもの、あのやり直す前のときに比べると。
お父様の紫の瞳が薄く開いて私を見た。私と同じその色の。
「ケリー……」
「うふふ。お父様。私はお母様では……」
そう言いながら私はお父様の様子が普段と違うことに気がついた。
「おお、イーサンか、無事だったのだな。では私は今度は間に合ったのだな」
「お祖父様。僕は父上では……」
私は息子に黙るように視線を送った。
「どうしてそう思うのです?」
なるべく私はお母様の喋り方を思い出しながらお父様に問いかけた。私は歳を追うごとに姿や声がお母様に似てきたのだ。
「一度目のリアの人生は酷いものだった。あのように傷つけられて、私は何もしてやれなかった。だが、こうして不思議なことにやり直せることが出来た……」
お父様の言葉に遠い昔に聞きそびれたことを思い出していた。私は思わずお父様の手を握り締めた。
「ええ、そうですわね」
お父様は焦点の合わない目で更にどこか遠くを眺めているようだった。
「お祖父様、どうしちゃったの?」
不思議がるマリーナ達に私は首を振った。
私はお母様のように振舞ってみせた。だけどお父様が話をしている途中から私は泣き出してしまった。
「そうでしたの……。それで……、どれだけ感謝の言葉を言えば良いのか分かりませんわ……」
お父様は最後にお母様の名を呼んでいた。亡くなったお母様が迎えに来たのかもしれない。
お父様は私に話し終わると眠るように瞳を閉じて、そして再びその眼が開くことは無かった。
まるで幸せな夢でも見ているかのように微笑みを浮かべて。お父様の上には温室窓から光の粒が降り注いでいるみたいでした。
「……お父様。あの悲惨な人生をやり直せたことはお父様のお陰でしたのね。二度目のリアの人生はとても幸せでしたわ。いいえ、今も幸せです。そしてこれからも、幸せになります」
……安心してくださいね。
続きの言葉を私は胸の中でそっと呟いた――。
公爵の見た永遠の夢
了
お読みいただき、評価、ブックマーク、ご感想をいつもありがとうございます。
やっと公爵の名前ができました。(ほっと一安心)
名前と共にこのシーンも浮かんできました。
次は学園編が書けたらと思っておりますが、ネタは余りないのと他の作品を書きたいのでまた先になるか、これで終わりになるかもしれません。
でもPVが300万に超えそうなので記念に何か小話をと考えております。




