28 番外編 ~姉の手紙~
わたくしはイリシア帝国の皇妃のエブリンと申します。
実家は隣国ランザール王国の筆頭公爵家で、バルトロイ公爵家の長女として生まれましたの。
皇帝陛下とはわたくしが貴族学院に入学したときに出会いましたのよ。その時、皇太子殿下は身分を隠して聴講生としていらしていたのです。
運命の出会いをした翌年の十六歳を迎えるとわたくしは殿下と結婚いたしました。
学院は途中でしたけれど仕方ありませんわ。あのまま在学していればランザール王国の第一王子であるアルバート様の婚約者にされそうでしたもの。
そうしてわたくしはイリシア帝国で皇太子妃とし多忙でしたけれど愛しい殿下と充実した日々を送っておりました。ただ、残念なことに帝国の皇太子妃となったわたくしは実家に里帰りすることはなかなか許されませんでした。
そんなある日、結婚した翌年に公爵家から届いた知らせは可愛い妹のリアが誘拐されたこと、発見されたけれど酷い怪我で治る見込みがないということでした。
わたくしが覚えている妹は父譲りの美しい紫の瞳のあどけない様子でしたのに。
「一体どうなっているの!」
皇太子妃としての立場では実家に簡単に戻ることはできず、もたらされる知らせは遅れてばかり、わたくしはどうすることもできませんでした。
それにイリシア帝国におけるお妃教育は厳しいもので、輿入れをしてから皇太子妃としての公務をしつつイリシア帝国のことや皇妃としての心得を学んでおりました。
次の知らせを待つうちにお母様がリアのことで心労のあまり亡くなったとの知らせがありました。それでもわたくしは帰国することは許されませんでした。
隣国からどうにか手を回そうにもどうしても後手後手になる上に、皇太子殿下の寵を得ようと帝国貴族の令嬢方々からの嫌がらせがわたくしの動きを鈍らせていました。
本当に帝国ほどの規模の国なのに品のないことをなさいますわ。
王宮の女官の中にもわたくしが帝国の高位貴族令嬢や王族ではないことが気に入らないみたいで、些細な嫌がらせをしてきます。
誰が主人なのかと言うことをその都度分からせないといけません。
そうしている内に兄からハロルド王子とリアの婚約は継続されることになり、王宮にリアを招き、側妃が母親代わりに面倒を見るとの知らせが届きました。
わたくしがリアを帝国で預かろうかと皇太子殿下に相談していたところでした。
婚約は解消されるだろうと思っていただけに意外なことでした。
でも、それならとわたくしも納得して、わたくしはこの帝国での地位を盤石なものにしようと一層、社交に皇太子殿下の補佐をと頑張っておりました。
わたくしも幸いなことに直ぐに子どもを授かり、更に忙しい日々を送っておりましたので妹やお兄様達に時折手紙や贈り物を送る程度となっておりました。
でも、リアからは返事がくることはありませんでした。今思えば届いていなかったのです。側妃がリアに届く前に処分していたのです。
――許せませんわ。たかが、愛妾ごときが帝国皇太子妃の書簡を握り潰すなど。
そうして、リアも第二王子のハロルドと結婚して王子妃となったということでしたので、新婚旅行で帝国へいらっしゃいと手紙を出したところ、バルコニーから落ちて亡くなったとの知らせ。
「一体どうなっているの! 今度こそわたくしは里帰りをいたしますわ!」
「しかし、皇妃が長期間不在というのは帝国では……」
愛しい夫も既に皇太子から皇帝へと即位しておりましたのでわたくしも皇妃として、ますます忙しい日々を送っていました。実は皇妃が王宮に居ないことは帝国の宮廷法にも触れる恐れがありました。皇妃が王宮を不在にする日数が連続して一定数を超えると皇妃としての資格を失うのです。
「どうにかなりませんの?!」
確かに今では子どもたちの養育のこともありますから簡単に帰ることができませんでした。
そうしていた頃にお兄様から密書が届きました。
直ぐに燃やして欲しいとのことでしたので人払いをして読みました。
それにはリアが王家から今まで受けてきたことの数々が書かれていました。わたくしは何度も手紙を破ろうかと思いましたわ。
そして、お兄様は王国から離脱する覚悟があるとのこと。
読み終えると手紙はすぐさま燃やしました。手紙は一瞬の炎に呑まれ燃えましたわ。
だけどわたくしの怒りの炎は胸の奥で燃え盛っております。
ええ、わたくしのこの炎は誰にも消すことはできないでしょう。
「あのときやはりわたくしが引き取っていれば……。よくもわたくしの可愛い妹を愛妾風情が……」
わたくしが覚えているのは稚い六歳くらいの傷などなく可愛らしいリアです。人懐っこくて直ぐに抱っことわたくしやお兄様にせがんでいたあどけない姿しか浮かびません。
わたくしはその後もお兄様と慎重にやり取りをしました。
帝国皇帝であるわたくしの夫にもいろいろとお願いいたしましたわ。陛下も快く承諾なさいました。だって帝国には利の有ることですもの。
辺境伯領とバルトロイ公爵領が手に入るのですから。それにわたくしも自領となればもう少し里帰りもできやすくなることでしょう。
『お姉様大好き。女神様のようにお美しいお姉様!』
そう言って笑って抱きついてくるリアが瞼の奥に浮かびます。そして優しく微笑むお母様も。
「いつか実家に戻れば会えると思っておりました。……でももう、二人ともこの世界のどこにもいないのですね」
バルトロイ領に埋葬された二人の墓参りもわたくしにはまだ叶いません。
いいえ、目から零れ落ちているのは涙ではありませんわ。わたくしはこの並びなき帝国の皇妃です。みっともなく泣くことなどいたしません。
だけどわたくしは今直ぐにでもランザール王国へ乗り込みたいぐらいでした。
そして、帝国皇妃としての全ての力を使って側妃とやらを目の前に引きずり出して晒し者にいたしますわ。女には女の戦い方がありますもの。
わたくしの可愛いリアを傷つけたことは絶対許しはいたしません。
ハロルドとリアをバルコニーから突き落としたというミランダという愛人もリアが味わった苦しみを味あわせてやりましょう。
番外編 ~姉の手紙~
了




