25 番外編 ~公爵の見た夢~
私はこのランザ王国の筆頭公爵家であるバルトロイ公爵家の当主だ。
私は不思議な夢を見ていたようだ。
あの日、最悪のことが起きた。
我が娘のリリーシアが王宮のバルコニーから転落して亡くなったのだ。
娘の躯を抱いて王宮の娘の部屋を訪れるとなんと粗末な部屋だったのだろう。王子妃の部屋ですらなかった。使用人の部屋を娘は与えられていたのだ。
それに娘の支度金として王家にかなりのものを渡していたのに質素でみすぼらしい家具しかなくドレスに至っては碌にないではないか。裾の擦りきれた型遅れのドレス。
「どうして、リア……。こんなことになるなんて。王家に守られて幸せに暮らしていると……」
私は幼少期に娘を誘拐事件から守れず傷物にしてしまった。それから娘に関わることを恐れてしまった。
王子妃として大事にされていたはずなのに側妃様から聞いていたのと随分違う。傷物で他に嫁ぐ先もないだろうから正妃として扱うと言ってくださったはずだ。母親代わりになると約束していただいたのだ。それがどうしてこんなことに……。
娘の部屋で躯を抱いて呆然としていたところ、何処からか日記帳が私の側に落ちてきた。
この日記帳は生前の妻が娘の為に流れの民から買ったものだったと思う。
五歳になったリリーシアに贈ったものだ。幸せになるようにと。
そこには不思議な宝石が埋め込まれていた。
私はそれから視線を逸らせた。
娘も妻も幸せになどならなかったのだ。
愛する妻は最愛の娘が誘拐され酷い傷を負ったため、自責の念で衰弱して亡くなった。
娘にしても傷痕王子妃と蔑まれ最後はこうして襤褸人形のように投げ捨てられた。
知らせを聞いて駆けつけたとき、誰も近寄ろうとせず娘はそのまま放置されていたのだ。
見るのも汚らわしいという扱いをされていた。きっと王宮に入ったときからそうだったのだろう。気がつかなかった私は父親失格だ。
妻と娘を殺したのは私のようなものだ。……大切な者達を守れなかった。
ハロルド王子の愛妾のミランダがリアを突き落としたと後から聞いたことだが、ミランダは実質側妃の子飼いのため訴えても揉み消されてしまった。
結局リアはバルコニーから転落し、あくまで事故死として処理されたのだった。王宮は側妃の言うがままになっていた。
側妃はずっと自分の息子であるハロルド王子を王太子にしようと画策していた。だが、第一王子のアルバート様が王太子に内定し、即位もされた。
そもそも筆頭公爵である私の娘を婚約者に仕立て上げ、私からの活動資金の援助やハロルド王子を王太子にするための権力を当てにしていたのだろう。
だが、私はハロルド王子は王位に就く器ではないと感じていたので公爵家としては第一王子であるアルバート様を支持していた。それも側妃は気に入らなかったのだろう。側妃に資金援助を頼まれて調達していたが、結局は娘と妻は側妃に殺されたようなものだ。
私の娘は側妃の国母になりたいという欲深さに殺されたのだ。
後日調べてみると昔の誘拐事件の裏で暗躍していた盗賊団も側妃の手の者だったことまで分かった。
それにどうやら側妃はリアが自分より優位に立つことが許せなかったのだろう。リアを傷物にして自分の都合の良いように操ることにしたのだ。
何処までも身勝手な女なのだろう。
しかし、ハロルド王子は王太子になれなかったが、気がつけば王国の暗部にかなり手を伸ばしている側妃に私としても対抗する手はもう少なかった。
もう少し王太子即位の内定が遅ければハロルド王子が王太子になっていたかもしれない。それほどまでに側妃は勢力を伸ばしていた。
今なおアルバート様を亡き者にしようと画策していると囁かれている。
もう少し気を付けていれば、もっと時間があればリアをあんな目に遭わせはしなかったのに。
今更後悔しても仕方がなかった。
傷ついて俯いている娘に申し訳なく直視することも出来なかったことを詫びた。
妻は娘のことを苦にして心労で亡くなってしまったのだ。
私が守れなかったこともあるが、それも全て側妃の強欲のせいだ。
いずれ敵を討ってやる――。
私は公爵家に娘の亡骸を連れ帰り、埋葬を済ませた。真新しい墓石に刻まれた名前。
そして、一人でリアの部屋で祈っていた。どれほど祈っても後悔が押し寄せる。
幸せになるはずだった娘。
リアはあの惨い事件から最後のときまでどれだけ苦しんでいたのだろう。
気づかず、何もしてやれなかった。
王宮でやせ衰えていた娘の身体を抱き上げて私は声を押し殺して泣いた。
あの王宮で泣き声など上げてやるものか。
だが、私は無力だ。今の私は娘と妻を失って明日をどうやって迎えれば良いのかさえ分からない。
ただ、愛する娘の為にとあの魑魅魍魎の跋扈する王宮で頑張ってきたというのに。
――するとあの日記帳が私の前に再び現れた。
王宮から持って帰った覚えはなかった。
部屋を片付けさせた使用人が持ち帰ったのか? それにしても――。
日記帳が空中に浮いていた。
「何だ――?」
空中でパラパラとページが開き再び閉じると表紙に埋め込まれていた宝石がひと際光り輝き、砕けたように散り部屋中が光で満ちていた。
――そして、気がつけば私はリアが生まれた日に戻っていたのだ。
私は不思議なものに包まれた気分だった。
目の前に最愛の妻が生まれたばかりのリアを抱いていた。
それは聖母子像のように神々しく美しい姿だった。
これは現実のことなのか?
「あら、あなた、泣いているの?」
「あ、ああ。お前達があまりにも神々しく、……美しいからな」
私は頬を伝う涙を拭い目の前で微笑んでいる妻に誓う。
――やり直そう。何者の力が働いているのか分からない。だが、今度こそ、私はリアと妻を守り抜く。
私は生まれたばかりの愛しい娘であるリアを抱き上げて誓った。
私に似た菫色の美しい瞳。
私の愛おしい娘。
今度こそお前に幸せを。
傷物などと呼ばせたりはしない。
今度こそ誰よりも幸せになるのだ。その権利は誰よりもお前にある。
まず最初にサマーズ辺境伯に連絡しよう。
そこで側妃の配下の盗賊団に殺されるはずの王弟の辺境伯とその息子を助けることから始めようじゃないか。既にそこから側妃の強欲な計画は始まっていたのだから。
側妃の計画を根底から叩き潰してやる。側妃の力を今から削いでおかないといけない。
今度こそ側妃になどに殺させやしない。もう誰も――。
リアが今度こそ幸せでありますように。
父として全力で運命に抗おうじゃないか。
公爵の見た夢
了
ここまでお読みいただきありがとうございました!
そして、ブックマーク、☆評価、ご感想をありがとうございます。
今回は少し長いし、序盤は辛い描写が多くて読むのが大変だったかと思います。
それでも最後までお付き合いいただいた勇者の方々には御礼申し上げます。
これで終わります。
今回はやり直しの始まりは公爵だったという設定で書きました。
パパが頑張ってました。裏ですが。
だからこれは実はパパの話でした。
それではお付き合いいただきありがとうございました。(ぺこり)




