21 騒動劇
「リアは僕の婚約者だ。陛下にも許可をいただいている。それを覆すなどさせやしない」
イーサンがむっとしてハロルド様に言ってくれた。今もハロルド様の視線から守るように庇ってくれている。イーサンに対する信頼と愛情が深くなる。
だから私もハロルド様に向かって言い返してみた。
――ハロルド様に言い返すなんて初めてじゃない? 私は自分を奮い立たせた。
「私はイーサンを誰よりも愛していますもの。だから他の方には嫁ぎませんわ。何があっても……」
「リア。僕もだよ。愛してる。誰よりも」
イーサンは私の言葉に顔を綻ばせるとすかさず愛の言葉を返してくれた。嬉しくてイーサンと二人で見つめ合ってしまった。もう、周囲の雑音なんて気にしない。自分の思いのまま生きていくの。
ハロルド様はそんな私達を馬鹿みたいに口を開けて見ていた。
「くっ。何だこの二人の空気は!」
「あー。いたいた。ハロルド様ぁ。お話ししましょうよぉ」
そこに空気を読むのか読まないのか、ミランダが突入してきた。パトリシア様が窘めるように叫ぶ。
「あ、あなた! ミランダじゃない。また性懲りもなくハロルド様の周りに寄って来るなんて! 非常識な女ね!」
「きゃぁぁ。ミランダ。怖いですぅぅ。ハロルド様ぁ」
ミランダは天真爛漫な様子でハロルド様に図々しくも抱きついていた。自分より高位令嬢のパトリシア様を押しのけて。これも以前によく見た光景だった。押しのけられるのは私だったという違いだけ。
だけど――、
「ええい。放せ! 私はリリーシアのような儚い美少女が好みなんだ!」
ハロルド様はミランダを引き剥がそうとしていた。そんなハロルド様は見たことがない。いつもデレデレと鼻の下を伸ばしていた。ミランダはそれなりにメリハリがある体つきだったからいつもミランダの体を喜んで撫でまわしていたのに。
あの頃の私は王宮で満足に食べることがなかったのでかなりスリムだった。今の私の体はミランダに負けないメリハリのある体になっている。それも私の自信になっていた。
――もう、自分を貶めない。顔を上げて前を見ていこう。私を抱き寄せて支えてくれるイーサンの確かな温もりを間近に感じて安心して体から力が抜け、自然な自分を取り戻していく。
目の前に繰り広げられる茶番劇も冷めた目で観察することができた。あの頃はミランダを可愛いとハロルド様は素晴らしいと思い込んでいたけれど今見るとなんと醜怪な姿だったのだろう。運命の恋のはずなのにね。
「嫌ぁぁ。ハロルド様。酷いですぅぅ。私というものがありながらぁ。最近かまってくれないので寂しいですぅぅ。あんなに二人きりで楽しく過ごしていたのにぃ」
「あれはちょっとしたお遊びじゃないか、ほんのちょっと。また今度に……」
「んまあぁぁ。殿下。またですの? 今度こそ庇いきれませんわよ! 陛下に申し上げます!」
「あ、いや、パトリシア、父上には私から言う……」
「パトリシアさんがまたミランダを苛めるぅ。ハロルド様あぁ。悲しいですぅ」
そう言ってハロルド様に身体を絶妙な角度で押し当てていく手管に私は逆に感心して眺めていた。
こうして篭絡していったのね。私にはできそうにないけれどイーサンにしたらどうなるのかしら……。
ちらりとイーサンを見上げるとくだらないといった表情でこの茶番劇を眺めていた。
ミランダが来てからは最早混乱の軽食会になった。周囲も固唾を呑んで見守っている。王族の絡むことだから下手に介入できないのだろう。
ハロルド様とミランダとパトリシア様の騒動は収まりそうになかったので私とイーサンはそっとその場を離れた。
彼女らはあわや掴み合いのキャットファイトになりかけたようだった。あとから聞いた噂ではハロルド様を廻って女三人が取り合いになったとかどうとかまことしやかに囁かれていた。
――三人ではありませんわ。私はハロルド様なんて要りませんもの。もう二度とね。
そして、今回の軽食会での騒動を受けて、ハロルド様の行状が学院から陛下に報告された。
イーサンやパトリシア様も口添えしたものだからハロルド様の周囲には王家から監視を兼ねた護衛や側近が大勢つけられたので最早ミランダなど寄せつけなかった。突撃しようとしたミランダが近衛兵らに撃墜されるところを何度も見かけました。流石のミランダも攻めあぐねているようだった。
更にハロルド様はなんと私を婚約者にしようと画策されていたみたい。パトリシア様はとうとうハロルド様を見限って婚約者候補も辞退するようにまでなっている。
私とハロルド様の婚約は流石に国王陛下が却下してくださったとイーサンから聞いて安心していた。
「また。見ているな」
イーサン様がぼそりと不快そうに呟きました。
それは貴族学院の中庭で昼食を摂っているときでした。
見回すとかなり遠いところからハロルド様がこちらを見ていた。それでも陛下の付けている護衛や側近が防いでいるので、こちらに近寄ることはできなかった。それを見て私はほっとした。少なくとも前回みたいに無理やり婚約者にされることはなさそう。
たまに騒いでいるのが聞こえる程度だけどイーサンが一緒に居てくれるので怖くはなかった。
私はハロルド様にも見えるようにイーサンに微笑んでみせた。愛しい人に向ける瞳と声で。
だって、もうハロルド様なんて関係ないの。
「イーサンが婚約者で私はとても幸せだわ。たとえ婚約を解消されようとも……」
イーサンは驚いたが、口元には笑みを浮かべた。
「僕はそんな愚かなことはしないよ。ずっとリアを愛するよ。ただ一人だけ。君だけを」
ふふと笑みが漏れるとどちらからともなく顔が近づく。
「おっとここは人目がある。続きは家でね」
ふわっと身を引くイーサンには隙がない。
少々の騒ぎがあったものの学院での楽しい生活が始まった。
そして、今日はまた学院の卒業式を迎えた。ハロルド様の卒業だ。私にとってこれも二度目である。私達はまだ一年あるので、これで学院での煩わしい騒ぎも無くなるはず。学院での生活はハロルド様の騒ぎを除けば一度目とは比べ物にならないとても充実した一年になった。
隙を見てハロルド様は懲りずに何度も私に接近しようとしていた。あの包囲網を搔い潜って来た根性には驚いたけれど、イーサンが常に側に居たので事なきを得ていた。
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やっとお花畑の勘違い王子が登場しました。




