19 学院生活
バルコニーから落とされる前の私は貴族学院で淑女科に通っていた。淑女科は令夫人として必要なマナーを学ぶところで殆どの令嬢はこの科になる。
でも今の私は領地経営科に在籍している。勿論イーサンと一緒にいるため。領地経営科では領地の統治の仕組み、税制、また新しい商品や作物の開発、など多岐に亘り難しいけれど遣り甲斐がある内容でイーサンと一緒に取り組んでいた。
ハロルド様は貴族の特別枠のクラスで以前と変わっておらず、私より一つ上なので一緒になることは前のときもなかった。
だから昔は予定を聞いて側に控えられるように努力していた。そんな私につき纏っていたミランダ。ハロルド様の予定が分かる私はさぞかし彼女の役に立ったのだろう。
彼らと関わることなく無事一月が過ぎた。顔を合わせそうなときは全力で逃げていた。
そして、ハロルド様が女生徒と一緒にいるのを見かけることがあった。一緒によくいるのは今の婚約者のウェスカー侯爵家の令嬢だろうと思う。
綺麗系の凛とした女性で好感の持てそうな方だった。彼女はハロルド様とは同学年のようだった。
入学して更に二か月が過ぎようとしていた。
そして、一、二年の交流会として軽食会が開催されることになった。これは昔からあるイベントで生徒会が主催で行われる。
勿論、昔も今も王族であるハロルド様が生徒会の会長だった。王族は無条件で会長になり、役員は優秀な者が声を掛けられて入会できるようだった。
イーサンも王族の傍流の上優秀なので生徒会に誘われたみたいだけど断っていた。代わりに一年生の総代であるシモンズ伯爵家の令息が副会長として入っていた。
今の生徒会でウェスカー侯爵家の令嬢は書記をしているようだ。以前は私が書記をしていた。
でもあとから来たミランダにその座は奪われてしまった。
けれどペンを持ちたくないと言うので私が実際は処理していた。ミランダは字がお世辞にも綺麗とは言えなかったし。
軽食会ではお茶会用を基準のドレスコードとしていた。
男性は昼間の外出用を、用意できない者は制服でも良かった。平民や特待生の為に認められている。以前の私もドレスなど用意されていなかったので制服だった。今はイーサンが辺境伯の館で唸っていた。
「うーん。あの菫色にしようか。いや駄目だ。あれはリアが可愛すぎる。王子に目を付けられたら面倒くさい」
「い、イーサン?」
「あのピンクも捨てがたい。ああ、だが薄水色の薄絹を重ねたドレスを着たリアは妖精のように美しいだろう」
「もう、イーサンってば、変なことばっかり言ってないで」
「父上や公爵の気持ちが分かるよ。リアを着飾らせるのはとても楽しい」
イーサンのお陰で私も自信がついてきたと思う。いつもこちらが恥ずかしいほどベタ褒めしてくれるもの。
もう自分を惨めだと思わない。
今度こそ好きに思うがまま生きよう。
ちらりとイーサンを眺める。
できれば彼と一緒に。ずっと隣でこんな風に過ごして笑っていたい。
結局、軽食会はイーサンの瞳に近いお揃いの生地のペールグリーンのフロックコートとドレスになった。
できれば領地経営科には女性が少ないのでこの会で顔見知りを増やしたいと私は思っていた。
「まあ、相変わらずお二人はとても仲がよろしいようね」
貴族学院のガーデンスペースに二人で並んで入ると早速声を掛けられた。
領地経営科で仲良くなった公爵家のサンドラ様だ。公爵家の一人娘で傾きかけた公爵領の立て直しをしている才女だった。
いかにも高位令嬢といった風情だけど気さくな方でいろいろと経営について話し合っている。
「今年の領地経営科は女性が三人もいて嬉しいわ。上の学年はお一人ですもの。もっと女性にも継承権を与えるべきよね」
「ええ、そうですね」
イーサンとサンドラ様が微笑む。
サンドラ様はイーサンの傷に驚かなかったお一人だ。あとは一年の総代になった伯爵子息もそうで、私も含め一年の成績上位者は実力主義で話をしていても刺激のある楽しい話題ばかりだった。
「それにしても、リリーシア様は筆頭公爵家なのに王子様達と婚約されないと思っていたらこういうことでしたのね」
「ええ、イーサンとはお隣同士で小さい頃からの婚約者なのです」
「王子達が何と言ってきてもリアは渡さないさ」
「イーサン。嬉しい」
私がイーサンと見つめ合っているとサンドラ様は扇で口元を隠されて目元は笑っていました。
「あら、嫌だ。今日のお茶にはお砂糖は無しで良いくらいだわ」
「あ。すみません。その……」
私が恥ずかしくて謝るとサンドラ様は目元だけで笑っていた。
「でも、あの第二王子は特にいろいろとお花畑で問題のある方だからねぇ。こんな綺麗で可愛らしいあなたを見たらどうなるか。とても心配だわ」
サンドラ様の言葉に私はどきりとした。
――王命によりイーサンとの婚約を破棄され、ハロルド様の婚約者になることだけは絶対嫌!
不安に思ってイーサンを見上げるとイーサンは綺麗なエメラルドの瞳で優しく微笑んでいた。
「大丈夫だ。陛下の確約は取ってあるよ」
「うふふふ。流石、あの辺境伯のイーサン様ね。根回しはバッチリというところかしら。同年代じゃあ、何と言ってもあなたが戦闘経験は一番でしょうから、歴戦の勇者にあの腰抜けのお花畑な王子は勝てないわね」
……お花畑な王子。ハロルド様ってそう呼ばれていたのですね。以前の私はハロルド様至上主義に洗脳されていましたから知らなかった。
お読みいただき、ブックマーク、評価をありがとうございます。
イーサンの洋服のところは昔の参考文献のうろ覚えです。
お貴族様は一日に何度も着替えていました。
男性の昼の外出用は確かフロックコートだったかと記憶していますが、なんちゃって西洋風にしてます。なーろっぱ万歳。
ちなみにフロックコートは結婚式で新郎が着ているもので燕尾服じゃないほうです。