01 王子妃として(回顧)
私はこのランザール王国の筆頭公爵家であるバルトロイ家の令嬢リリーシアとして生まれた。
そして、この国の第二王子であるハロルド様の正妃であった。
私より一つ上であるハロルド王子とは六歳の時に政略によって婚約がなされ、七歳の時に王宮へ王子妃の教育を受けに行く途中で私は誘拐されて傷を負ってしまった。大きくなってから首謀者は反王政派を名乗る集団だったと聞いたことがあるが、既にその組織は処罰されていた。
私は誘拐されたときに逃げないようにと顔や手足を傷つけられていた。特に左頬は酷い傷跡で今でも引き攣れたような跡が残り、手足も筋を傷つけられたせいか上手く動かないときがあった。
そして、その事件のことは大々的に世間にも知られ、私は傷痕令嬢と呼ばれ社交界で居場所もなく腫れ物のような扱いを受けていた。
幸いなことといって良いのかハロルド王子から酷い傷痕があっても良いと言われて婚約破棄にはならなかった。元々、王宮で王子妃の教育を受けるために向かっていて攫われたのだ。王家にも責任があるという見解だった。それにハロルド本人が良いのならと婚約破棄するには至らなかった。父である公爵も私の酷い傷痕を見て他に貰い手は無いだろうと継続に承諾したようだった。
お父様とはあまり話すことはなかった。私の顔の傷痕を見ると忌々しそうに顔を歪めるだけだった。お母様は事件のことで心労のあまり亡くなっていた。お母様を熱愛していたお父様にとっては私が殺したようなものだったのだろう。ますますお父様とは距離が出来てしまった。
そして、私には十二歳上の兄と十歳上の姉という歳の離れた兄姉もいた。でも、姉は既に嫁ぎ、家にはいなかった。兄も第一王子の側近として殆ど王子の側で生活していたので顔を合わせることもなかった。正直二人とも年が離れていてあまり話をしたことはなかった。
それに誘拐事件のことは私にも衝撃が大きすぎたのか、今でも詳しくは思い出せない。事実として聞かされた他人事のようであるが、顔や足にある酷い傷痕がそれが事実だったのだと私に教えてくれる。
そして、正直それ以前のこともあまり記憶に無い。あの事件の前後一年ほどは今でも記憶は無かったからだ。大きすぎる衝撃で心を守るためにそうなっていると医者から聞かされた。
誘拐事件から一年半ほど自宅で療養し、落ち着くと王宮で与えられていた公爵家の私室で私は生活するようになった。王宮なら警護が万全だからという理由だった。
そこでの生活では王宮侍女を付けられていたけれど必要最低限のことだけしかお世話はされていなかった。今思えば、王子妃であったのに護衛も碌についてはいなかったように思う。それでも傷痕のある令嬢なのに王子が受け入れてくれるだけでありがたいのだと周囲の大人からは言われて育った。
そんな日々だから私は顔や姿を見られないように次第に俯いたままになり顔を上げることはなく、与えられた王宮の部屋からも極力出ないで過ごすようになった。
毎日、王子と共に受ける王宮での教育のために迎えに来てくれた殿下の護衛や侍従と共に王子と教育を受ける部屋に向かっていた。
様々なところで酷い傷痕だと噂され、婚約者であるハロルド王子からも年を追うごとにあからさまに蔑まれるようになった。
「ああ、酷い傷痕のある惨めなお前など誰も相手にしないから、慈悲深い王子である私が貰ってやるんだ。ありがたく思え」
「はい。ハロルド王子様」
「ふん。相変わらず貧弱な姿だな」
「はい。申し訳ありません。ハロルド王子様」
「まあ、お前は私を敬っていればそれでいいんだ」
何を言われてもはいと従順に答えるようにとハロルド様には言われている。言い返すようなら容赦なく殴られたからだ。王子様は私より一つ上でまだ子どもだけれどやはり殴られると痛いので私は従順にしているしかなかった。
姿が貧弱なのは侍女達から世話をされないからだった。ドレスもあまりなく、自分一人で着付けていた。顔や体を洗おうと王宮の侍女に頼んでもお湯などはもらえないので仕方なく井戸まで行って水で洗うのだった。だから髪はぱさぱさ、肌もかさかさになっていた。公爵家に帰りたいと何度も申し出たが、許可はいただけなかった。
食事も王子様方と一緒なので正直食べた気がしない。
「何だ。もう食べないのか」
「はい。もうお腹が一杯で……」
「ふん。勝手にしろ」
そして、気がつけば私が王宮料理人の作った料理が不味いと言って食べないのだと有らぬ噂までたっていた。それから時折、王子様方とは違うものが入っていることがあり、それはどう見ても虫とか何かの雑草のようなものだった。私の食欲はますます失われていった。
私は王宮の冷たい態度の使用人達を見ていると公爵家での自分の侍女を思い返していた。私の侍女は誘拐のときに私を身を挺して庇い殺されたのだった。その時のことはやはり覚えていない。あまりにもショックだったのだろう。私は誘拐事件のことは殆ど覚えていないのだから。ただ、いつも優しく世話をしてくれた人がいなくなったことだけは覚えていた。