16 婚約者候補
早速辺境伯に手紙を書いたとイーサンから聞かされていると早々に辺境伯が飛んできてお父様と話し合われた。渋るお父様に私からもお願いして、私とイーサンの婚約は正式に成立した。
心配していた国王陛下の許可もすんなりと下りたみたいだった。辺境伯は現王の弟なので大丈夫だと請け負ってくださるととても安心できた。
まだ第二王子であるハロルド様の婚約者は決まっていないようだった。けれど王都にいる婚約者候補達は私以外にもそれなりにいたので王宮での行事に参加しない私はスルーされているみたいだった。
でも、一抹の不安がある。いずれイーサンとの婚約を解消させられてハロルド様の婚約者に無理やりされたり、イーサンに心変わりされたりなど……。どちらかというと今はイーサンに心変わりされるのが怖いかもしれない。
元々気持ちの無かったハロルド様より、イーサンに心変わりされると考えるだけでも大きなダメージを受けるのが分かる。
領主城で楽しく過ごしているともう六歳になろうとしていた。
今のところハロルド様の婚約者に私は打診をされていないようだった。イーサンとの婚約も解消されることなく順調だった。
エブリンお姉様の輿入れも直前に迫っていた。
もう今はその最終段階になっていて、輿入れの段取りとしては一度王宮でエブリンお姉様は両親と国王陛下にご挨拶をしてから、迎えに来た隣国の一行と隣国へ向かう手筈になっている。お姉様の結婚は両国を挙げての大イベントになっていた。公爵領もお祭り騒ぎが続いていた。
嫁入りクッキー。嫁入りケーキ。嫁入りと付ければ飛ぶように売れていた。
私は皆と王宮には行かず、一行が隣国へ向かう際に合流することになっている。
王宮へは極力近づかない。辺境伯領も通るのでイーサンも一緒に隣国に行ってくれるそうだ。……私の婚約者として。それはとても嬉しい。
そんなある日、お母様の手作りのお菓子で皆で午後のお茶をしているときに王宮からお触れが届いた。お触れは各領主がそれぞれの領地の領民に知らせるシステムになっている。その内容は――。
「どうやら、ウェスカー侯爵家の令嬢がハロルド王子の婚約者になったようだね」
「まあ。そうなの。ウェスカー侯爵家のパトリシア嬢も大変お可愛らしいものね。おめでたいわ。早速お祝いをしなくちゃ」
お母様は侯爵夫人とお知り合いらしいので喜んでいた。私はその後の展開を知っているので心苦しかった。
「んん? 待て、候補の一人だと? 何ということだ。王子の婚約者が候補のままだと……」
お父様の困惑した声に私も驚きました。
だって、私のときは正式な婚約でした。候補などではありません。内定の段階ならあり得たでしょうけれど。
私の背中を冷たいものが流れた。
何かの強制力が働いているのだろうか? 私が逃れようとしても運命だというように。
私は気がつけば手をきつく握り締めていた。
そうこうしている内にお姉さま達は王都へ向かった。
私は一人で領地に残るのを心配されたので、お母様達の出発前に辺境伯様とイーサンが私を迎えに来てくれた。お姉様の一行が来るまで私はサマーズ辺境伯領で待つことになっている。
辺境伯領には何度か遊びに行っているので心配はなかった。公爵家で一人残される方が危険。今の私はまだ六歳で力のない子どもだから。
イーサンと辺境伯領で楽しく過ごしていた。
イーサンのお母様は辺境伯の総領娘として胆力の溢れる方だった。
自ら剣を持ち国境を守られる気概をお持ちの方です。お義母様は私を気に入ってくださって仲良くしていただいた。
そうしている内にお姉様の輿入れの一行もやって来て私も合流した。
イーサンと一緒にと言っても隣国の護衛の一行から、我が国からも公爵家、王国からの参加者代表としてアルバート様も一緒に王国軍の護衛のある大規模な行列だから危険を感じることもなく隣国へ向かった。
とても驚いたことにお姉様が来るのを待ちきれず皇太子殿下が迎えの一行に交じっていたのだ。イリシア帝国の皇太子様はエブリンお姉様をとっても溺愛されていて、幸せそうなお姉様を見られて私も安心した。皇太子妃となられるからもう公爵領へ帰ることはないので寂しいけれど。
それに辺境伯と隣国の良好さに驚いていた。辺境伯も隣国内部まで許可されて護衛として付き添って来たのだった。盗賊団のことは討伐も粗方済み治安も良くなっている。
式典は盛大に行われ、ランザール王国からは王国代表として第一王子のアルバート様がご臨席されていた。
祝いの言葉を述べられて両国の友好は一層深まった。
ウェディングドレスを身に纏ったお姉様はとても美しかった。
「お姉様。おめでとうございます」
お花を渡すとお姉様は嬉しそうに微笑んでくれた。
「これは小さな妖精のような美しい子だ」
「私の妹ですわ。とても大切な。可愛いでしょう」
「ほう。では私にとっても妹になるな。このような可愛い妹も出来て私は幸せ者だ」
「まあ、殿下ったら」
皇太子殿下はとても凛々しくお姉様と並んでもお似合いの上お姉様を大事にされているので私は安心した。
「なんなら弟の婚約者に」
「あら、リアにはもういるわよね?」
イーサンがすっと前に出て頭を下げた。その動きは貴族令息としての礼儀も申し分なく私は惚れ直していた。
でも皇太子殿下はイーサンの傷跡を眺めると、
「そなたが……、ふむ。妖精にはちと不似合いだな」
「まあ、殿下」
お姉様が抗議の声を上げた。私は不敬になるけれどイーサンの名誉を守ろうと皇太子殿下に申し上げようとしたが、イーサンが手で制した。
「恐れながら、発言の許可を願います」
「ほう、許そう」
面白そうな皇太子殿下に臆することなくイーサンは面を上げた。
「この傷は我が辺境領及びランザール王国の平穏を守らんがために負った傷です。確かに力不足であった己を恥ずるところはありますが、この傷を負ったことで守られたものがあります。酷い傷が残っていても僕は誇りに思っています」
そこで一度言葉を切りイーサンは私を見遣った。
「それにこの傷があったからこそ愛おしい婚約者と知り合うことができました」
「わ、私も発言することをお許しください。私はイーサンの傷を嫌だと思っておりません。それにとても優しく素晴らしい方です」
人前で愛おしいと言われて私は赤面してしまった。
「ほほう。そなた。サマーズ辺境伯の息子であったのか。なるほど。弟よりよほど良い面構えをしておる。気に入った。今後も私を訪ねてくるが良い」
「まあ、うふふ。そうしていただければ私もリアと会える機会が増えますわね」
喜ぶお姉様と皇太子殿下に頭を下げてイーサンと私は退出した。
「凄いことになった……」
「本当に。でも、イーサンは格好良かったわ」
「え? リアに似合わないって言われたから必死で……」
イーサンがますます顔を真っ赤にしていた。それでも胸を張って話していたイーサンは格好良い。何だか眩しく感じる。つい昔の自分を思い出してしまった。
「私も、傷など気にしなければ良かったわね……」
「何のこと? リアには傷などないじゃないか。とても、その……、リアはいつも可愛いけど今日のリアはとても綺麗で可愛いな」
そう言うと恥ずかしいのかイーサンは俯いてしまった。そんなイーサンをとても愛おしく感じた。私はイーサンの手を握って二人で控室の方に向かった。
私達はまだ小さいので式典に列席は出来なかったので、帝国城内でイーサンや護衛の者で式典の騒ぎを見て楽しんだ。
イリシア帝国での盛大な結婚式を終えて私は王国の公爵領へ戻って来た。
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