15 告白
お父様とイーサン様から戸惑う雰囲気が伝わってくる。
確かに今のお父様に訊ねても仕方が無いことだけどどうしても気持ちが収まらなかった。私は零れ落ちそうな涙とともに俯いた。
お父様は私に近寄ると片膝を突いて覗き込んできた。
そこには私と同じ菫色の瞳があった。お父様と同じ瞳。
お父様とお母様は私の瞳を喜んでいた。私は兄姉の誰よりもお父様に似ていたのだ。
「リアに嫌われていると思われていたのは悲しいよ。よし! これからもっと分かり易くしないといけないな。リアがこの世で一番可愛いし、大事なのだと!」
「お、お父様?」
いつの間にかお父様に抱き上げられていた。
「あらあら、私は二番目なのかしら?」
お母様の軽やかな声が部屋に響く。
「私もリアが一番可愛いには同意するわ」
「お母様にエブリンお姉様まで」
「お前達、立ち聞きなど淑女のすることではないだろう」
「だって、今朝の二人の様子を心配したのよ。お互い顔も合わせず。話もしないんだから」
少女のようなポーズを可愛らしくとるお母様はお若く見えるのでそう違和感もなく。困ったようなお父様が苦笑していた。
「リアが家族から溺愛されているのは他人の僕でも分かるのに」
「イーサン」
イーサンの緑の目が優しく私を包んでくれた。そうだと教えてくれる。
私は自分を抱き上げてくれているお父様に訊ねてみた。
「じゃあ、もし私が何処にもお嫁にいかなくてもお家においてくれる?」
お父様は大きく目を見開くと涙ぐんでいた。
「勿論だ。リアは何処にもいかなくていい! お父様と一緒に暮らそう。無理することなどないんだ。そうだ。そうすれば良かったんだ。最初から……」
涙ぐんだ声でお父様は私を抱き抱えたままぎゅううと抱き締めてくれた。
私の目からも涙が零れたけれど今度は嬉しい涙だった。さっきとは全く違うもの。
「まあ、リアがお家に居てくれると私も嬉しいわ。エブリンがお嫁にいくと寂しくなるもの」
「リアがお家にいるなら私も嫁入りは止めようかしら」
「お姉様流石にそれは……」
……帝国皇太子に対して拙いでしょう。
イーサンの優しい瞳に勇気が出てくる。
今度は幸せになりたい。
私はお父様に嫌われていなかった。
もしかしたら以前のお父様は私と同じで脅されていたのかもしれない。
ハロルド様? もしかしたら、もっと上の……。
私はお父様に抱きつきながら誓う。
『お父様も守りたい』
お父様は宣言した通りに、王都の館には帰ることなく領主城で過ごし私を溺愛された。エブリンお姉様やお母様も呆れるほどだった。でもとても嬉しかった。
イーサンは傷のこともあったのでそれから数か月は公爵家で療養していた。私達は一緒に楽しく過ごした。私としては困ったことにイーサンの誠実な人柄に好意を持つようになってしまった。
イーサンの側に居るだけで安心して満たされていく。こんなことは今まで経験のないものだった。
こんな日がずっと続いて欲しいと祈っていた。
だけど恐れていた日が来てしまった。
領主城の薔薇園でイーサンから話があると言われて二人で散歩をしていた。使用人は遠巻きに見守ってくれている。
「もう、後は一月に一度治癒魔法を受けに来るくらいになったので僕はサマーズ領へ帰ろうと思う」
イーサンはまだ全身包帯まみれだけど剣の素振りの練習をするまでになっていた。
「そんな。まだ酷い怪我を……」
でも、帰ると言うなら私に引き留めることなどできない。私は下唇を噛んだ。
「で、大事な話があるんだ」
「帰ること以上に?」
寂しいけど我慢してイーサンを見つめ返した。
「僕はまだ包帯だらけで傷も酷いけど、それでもリアのことが好きなんだ」
「え?」
驚く私をイーサンは真っ直ぐ見てきた。
「今、好きって……」
イーサンの頬が真っ赤に染まり、つられて私の頬も熱くなった。
「僕の、お嫁さんになってください!」
イーサンが最後は叫んでいた。
私は返事が出来ずにいるとイーサンの顔色が悪くなっていく。
「あの、でも、私達はまだ子どもだし。きっとイーサンだってもっと可愛い女の子を好きになる。捨てられるのは嫌なの」
私の言葉にきょとんとしたイーサンは、
「確かに子どもだけど。まだまだ大人になるまで時間がかかるから絶対にとか言っても信じられないかもしれない。でも僕は約束は必ず守る」
イーサンの真摯な眼差しを受けても私は不安だった。だって……。
「約束しても気持ちが変わるかもしれないじゃない。そうして後から捨てられる方が惨めなのよ」
私は震え出す手を握り締めていた。
はあとイーサンの溜息を聞いていた。
呆れられたのだろう。
ハロルド様と婚約しないためには誰かと婚約するのが一番なのは分かっているけれど。ハロルド様にされた仕打ちがまだ私の心を痛めつけていた。
婚約するのは怖い。またあんなことをされるなら――。
ミランダとハロルド様の嘲る表情が思い出された。
「それはそうかもしれない。だけどそれなら僕だって君に捨てられるかもしれないじゃないか。傷が醜いとか言って」
イーサンも引き下がる様子はなかった。
「私はそんなことはしないわ。傷が醜いとかいうくだらない理由でなんてそんなことはしない」
私はハロルド様やミランダの整った姿や顔立ちを思い浮かべた。彼らの私を苛め見下すときの歪んだ笑みは酷く醜く感じた。イーサンの傷は酷いけれど立ち居振る舞いや言動にはいつも清々しいものを感じる。話していると傷など気にならなくなる。
「それに心変わりだってしない。きっと旦那様になる人を好きになるようになる。ずっと……」
「じゃあ。問題ないじゃないか」
「え? えっと……」
「リアは僕の事嫌い? 顔を見るのも嫌? それとも他に好きな人がいる? 公爵様に訊ねたときには婚約者は決まっていないって聞いたよ」
「ずるいわ。イーサン。そんなの好きって言うのに決まっているじゃないの……」
私が観念してそう言うと彼は明るい笑い声を立てた。こんな楽しそうな男の子の笑い声を聞いたことはなかった。それだけでこちらも笑いたくなる。
「じゃあ。もう一度。リア、僕のお嫁さんになってください」
「はい。お願いします」
「やったあ! リア。一生大事にするから!」
今度こそイーサンは私を思いっきり抱き締めてきた。だけどこのまま流されないように言っておきたいことがあるの。
「あ、でもどちらかが好きな相手ができたら円満に婚約を解消しましょうね。婚前契約書に書いておくようにお父様に頼んでおきます」
「……リア。こんなときにそんなことを言う? でもしっかりしているリアも好きだから」
「うふふ」
二人で手を繋いで城に戻るとお母様とエブリンお姉様はあらあらまあまあと微笑みながら私達を眺めていらした。
お父様は認めんとか叫んでいたけれど最後は渋々認めてくれた。
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