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14 見えない傷痕

 朝食の席で辺境伯がお発ちになったことを家令が報告したあと私が朝までイーサンと一緒に眠ってしまったことも伝えられるとお母様やお姉様に呆れられてしまった。


「まあ、まだ二人とも子どもだしね。うふふ」


「いいなあ。私だってリアと一緒に眠りたいわ」


「そうね。じゃあ、今夜はエブリンで明日はお母様と一緒に眠りましょうね」


 うふふとお笑いになるお母様とお姉様がとてもお美しくて眩しかった。


 今日も私はお母様やお姉様に大事にされた。


 優しさが心の中に染み渡ってくる。




 それから二か月ほどイーサンは我が公爵領で休養していた。


 私達は一緒に楽しく過ごした。イーサンの勇敢さ、誠実な人柄も分かり、私はますますイーサンと仲良くなった。


 そんな私達を皆が温かく見守ってくれる。


 イーサンにリアと呼ばれると家族以外に呼ばれたことがなかったので何だか慣れなくて恥ずかしい。それに私もイーサンと呼べるようになった。


「リアも僕のことをイーサンって呼んで欲しいな。約束したよね」


「イーサンさ、……イーサン」


 イーサンは包帯も取れていないけれど起き上がって過ごす日が多くなってきた。クリフ様の治癒魔法も酷いときは毎日行っていたが、最近では数日に一回ほどになっていた。




 そんな頃、やっとお父様が領地に帰って来た。


「エブリン、リア! お父様だよ!」


 旅装を解く間もなく私達の元にやって来て私を一番に抱き上げた。


「リア。可愛いリア。どうして私は離れて生きていられたのだろうか」


 すりすりと頬擦りをなさる。


 あまりの親馬鹿にお父様は以前からこうだったかしらと思いつつされるがままになっていた。家令がやって来て執務がありますと言われて渋々と去っていった。




 お父様を交えた晩餐にはイーサンも呼ばれていたがまだ全身包帯ということで辞退されていた。


 私は寝るまでのひと時にいつもイーサンの部屋を訪れていた。いつものようにおしゃべりをしているとお父様がいらした。イーサンが慌てて挨拶をされる。


「バルトロイ公爵様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。この度はご迷惑をかけております。このような有様なので御前に出ることは……」


「ああ、堅苦しい挨拶はいらんよ。それにその傷は盗賊に立ち向かった名誉の傷だ。なに、恥じることはない」


 そうイーサンに優しく仰るお父様に私は衝撃を受けた。


 ――名誉の傷。お父様は醜い傷を嫌うのではなかったのですか?


 では私のあの傷跡は、私が弱かったから、受けた傷は見るのも醜いと思われていたのでしょうか。顔を背けるほど嫌われて……。


 私はそう思うと胸が苦しくなり体が震え出した。


「リア?」


 イーサンが私の異変に気がついてくれてぎゅうと抱き締めてくれた。


「リア、どうしたの? 何か怖いの?」


「イーサン! 私の可愛いリアにっ。さあ、リアはこちらに」


 焦ったように手を伸ばしてきたお父様が怖くなってイーサンにぎゅっと抱きついた。


「リ、リ、リ、リアが! 私を避けた……」


 お父様はがっくりと項垂れるとふらふらしながら部屋から出ていかれた。お父様が部屋から出ると私の震えも収まってきた。


「バルトロイ公爵様とは仲が良いと聞いていたけど」


 イーサンの不思議そうな声。


「お父様は私のことをお嫌いなのです。顔を見るのも。だから……」


 こんなことをイーサンに言っても仕方が無いのは分かっているが抑えることが出来なかった。


「そうかな。公爵様はそうでないように思うけど」


「イーサンは知らないからっ!」


 この胸に燻っている思いが思いがけなく溢れ出てしまった。イーサンには何も関係がないのに。いまのお父様にだって……。


「今までのことは分からないよ。でも、隠れてリアを公爵様が傷つけていたというなら、僕が君を守るよ。命を懸けても」


「え?」


 突然のイーサンの告白に胸に巣くっていたどす黒い何かが薄れていく。


「傷だらけで包帯まみれの子どもの僕では頼りなくて信じられないかもしれないけど」


「そんなことはないわ……」


 イーサンの言葉に穏やかな自分が戻ってくる。


「傷が嫌なんて思わないわ」


「そう? 公爵様だってそう言っていたよね?」


「っ。お父様は、その、昔、傷がお嫌いだと」


「公爵様が君にそう言ったの?」


「い、いいえ。そんなことは……」


 ――お顔を歪めて背けるだけ。


 嫌っていたのではないの? あの頃はもう話すこともなかった。


 疲れた様子のお父様。俯いていた私。視線さえも合わなかったあの頃。


「お父様っ」


 胸が一杯になって涙が溢れてきた。泣き続ける私をイーサンは黙って抱き締めてくれていた。


「いろいろと行き違いがあるみたいだね。公爵様には僕から話してみようか?」


「いいえ。私から話してみます」


 この胸の内を。






 その日は遅いので翌日、朝食の後、私はお父様の執務室を訪れた。


 勿論イーサンも付き添ってくれた。


 お父様は一晩でどっと老けたようだった。


 バルコニーから落とされる前に見た時よりは十以上はお若いのに憔悴した様子はあの頃を思わせた。体が硬くなる私の手を握ってイーサンは励ましてくれた。


「お父様、私はお父様が醜い傷を厭われていると思っていました。だから昨日そうではないことに驚いてしまったのです。だから私は……」


 それ以上は胸が詰まって何も言えなくなる。


「ああ、可愛いリア。どうしてそんな誤解があったのか……。だが傷が醜いから人を嫌う父親だと思わないで欲しいと願うよ」


「……お父様は私をお嫌いではないのですか?」


「「どうしてそんなことをっ」」


 お父様とイーサンが同時に叫んでいた。

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