13 夜に許されて
その夜、私は喉の渇きで目覚めたのでこっそりと廊下に出た。足音を立てないように台所に向かおうとすると何処からともなく啜り泣く声がした――。
「ひっ」
でも、その声の方にはイーサン様の部屋があり、私はそっと部屋に滑り込んだ。
部屋には僅かな蝋燭の灯りだけだった。
最近のイーサン様は容体が安定したから付き添う使用人も減っていて、今は誰もいなかった。まだイーサン様にも私が部屋に入ったのに気がつかれていなかった。
「ひっく。帰りたい……」
その様子にもしかしたらイーサン様は父親の顔を見たので里心がついたのかもしれないと考えた。まだ討伐中で忙しい中、わざわざここまで見舞いに来てくれた父親なのだ。
私はイーサン様に近寄った。
「だ、誰だ? リリーシア様じゃないですか? どうして、こんな夜半に」
「驚かせてごめんなさい。泣き声が聞こえた気がしたから」
「な、泣いてなんか……」
「泣いていいじゃない。何がいけないの?」
「それは僕は男だし……」
「男の子だって悲しいときはあるでしょう?」
私は不思議に思って彼を見遣るとイーサン様は私と話して落ち着いてきたのか、
「やっぱり、人前でなんて泣く訳にはいかないよ」
「そう? 泣きたいときに泣けばいいのに」
私が泣けばハロルド様やミランダは喜んだ。そしてもっと泣けと虐げられたので最後の方は泣くこともなくなった。
今は思いっきり泣くこともしたかった。
あの頃の私は喜怒哀楽の感情があったのか最早思い出せない。今だって私はちゃんと笑えているのか正直自信はなかった。
イーサン様は驚いたように私を見ていた。
「それでも、見せたくないよ」
「まあ、どちらでもイーサン様の思う通りでいいんじゃない?」
そう言って私は寝台によじ登ると半身を起き上がらせていたイーサン様の隣に座った。
「え? リリーシア様?」
戸惑うイーサン様に近寄るとぎゅっと彼を抱き締めていた。
イーサン様に昔の私の姿を重ねるように。
泣いても誰にも慰めてもらえず、可哀想だった自分を抱き締めてあげたつもりだった。
王宮に上がってから私は誰にも抱き締められた記憶は無かったのだ。
こうして過去の幻影に戻ってから、私は毎日誰かに抱き締められている。
お母様、お姉様、そしてケイト、お兄様やお父様。その度に失われた何かが戻ってくるような気がしていた。
愛されていた記憶。
それが私に私として戻ってくる。
生きていていいの?
好きに生きて。
生きたい。
私がただ生きていることを許されたい。
そんな気持ちが溢れてくる。
黙って暗闇の中、二人で抱き締め合っていた。
暫くしてイーサン様がぽつりと言った。
「ありがとう。リリーシア様」
「ううん。私もこうしていると癒やされたからおあいこね」
暗闇の中、目が合ったのでどちらからともなくふふっと笑いがもれた。
イーサン様はまだ顔から全身に包帯を巻いて痛々しかった。
「さあ、まだ良くなっていないのだから横になって」
私が促したが彼は休もうとしなかった。
「リリーシア様をお部屋までお送りします」
「それじゃあ、意味がないわ。イーサン様の方が重傷なのだから、仕方が無いわね。イーサン様が眠れるまで側にいます」
「リ、リリーシア様っ」
何故か慌てるイーサン様を無理やり横にならせると私も横に添い寝した。
「まだ私達は小さいのだから何も問題は無いじゃない。……そう言えばこうして一緒に誰かと寝ることは無かったわね」
暖かいイーサン様の温もりで私の方が先に瞼が落ちそうだった。何だかくすりと笑った気配がする。
「リリーシア様。僕もリアって呼んでいいですか?」
「え? ふあぁぁ。いいわ。じゃあ私もイーサンって呼ぶわね」
辛うじてそう言えたけれど……。
「これはこれは――」
「父上、これはその」
「言い訳はするな。お前の責任は分かっているな」
「はい」
何処からが声が聞こえてきた。お父様ではない声……。まだ眠くて……。そこで私はあることに気がついて目を覚ました。
そこにはサマーズ辺境伯がいらしていた。にこやかな笑みを浮かべていた辺境伯とばつの悪そうなイーサン様。
「あの、これはその……」
「おはようと言いたいところだが、人様のお嬢さんにあれこれ言いたくはないが、あまりに無防備なのは少々問題があるぞ」
「はい。すみません」
「父上。僕が悪いのです。リアは何も悪くありません!」
「ほほう。そうだな。お前が悪い」
寝着のままの私はまだ五歳だからどうしようもなくイーサンと辺境伯との話を黙って聞いていた。
「……まだ、盗賊団の残党を捜索しているので長居はできぬが、次期辺境伯として恥ずかしくない男になるのだぞ」
「はい!」
「リリーシア嬢には愚息が世話をかけるがよろしく頼む」
「は、はい」
辺境伯はそのまま朝早くに領地へ戻られた。私も部屋に戻ると夜中に部屋を抜け出していたことをケイトに叱られてしまった。
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辛いところは乗り越えたのでご安心ください