09 回避への行動
私は王宮から戻って来たお父様に相談したいと執事を通じて伝えた。
正直、体は五歳だから夜遅いのは辛い。
晩餐前に時間を取って貰えたのでお父様の執務室へ向かった。
お父様はお疲れの中、微笑みを浮かべて迎えてくれた。
「どうしたんだい? リア。相談したいことなんて珍しいね。何かおねだりだったら嬉しいなあ」
まだ、お父様には公爵家の私兵から昼間のことは耳に入っていないようだった。
どこに王家の耳、いえ、ハロルド様や他の政敵に通じている者がいるのかまだ分からない。お父様はあの頃にお気づきだったのだろうか?
もしかしたら、お父様も脅されていたのかもしれない……。
バルコニーから落とされる前で覚えているのはいつも疲れ切って窶れた様子のお父様だった。その姿を今の姿に重ねるとつい涙が零れそうになった。
「……」
言葉が出ない私に気がついたのかお父様がお立ちになって私に近寄った。
「泣いているのか? リア。一体何があったというのか。こんな可愛いリアを泣かせる奴がいるのはけしからん」
「いいえ。お父様。お父様とお話しできるのが嬉しくて……」
「嬉しい?」
私がそう言うとお父様は相好を崩した。私を抱き上げると頬擦りなさるほどご機嫌だった。
「うふふ。お父様。お髭が痛いです」
剃り残しのところがチクチクする。
「おおそうか。すまなかった。つい」
「それで、お願いもあります」
「可愛いリアの望みは何だって叶えよう」
満面の笑みでお父様が応えてくれた。
「私、少しゆっくりしたくなって、王都の屋敷ではなく領地の方で過ごしてみたいです」
ハロルド様の婚約者になってから公爵家の領地で過ごしたことはなかった。五歳までは避暑や年越しで領地に戻ることがあったのに婚約してからは王宮に行くため王都にある屋敷で暮らしていたのだった。
お父様は領地を治めるために定期的に視察に戻られているようだった。今もそうなのだと思う。お兄様と交代で行かれている。
「しかし、社交を……」
「騒がしいのはあまり好きじゃないの」
なるべく子どもっぽい口調でお父様に申し立ててみた。
「ふうむ。分かった。……これも何かの導きなのか、丁度良い」
お父様は私を下ろすと何かブツブツ呟いていた。お父様にありがとうと言って抱きつくと相好を崩した。
これでハロルド様との婚約と誘拐が回避できる可能性が上がるかもしれない。
政敵がらみの誘拐なら領地であっても起きるかもしれないけれど。
夕食の席ではお母様とお姉さまに大反対されたけれどお父様の説得もあって最後は渋々納得していただけた。エブリンお姉様はにこりと微笑んだ。
「じゃあ、私も領地に帰るわ」
「まああ。エブリンまで領地に戻ったら支度が出来ないじゃない。……でも、そうね。殆ど用意は出来ているし。輿入れの記念式典の前に王都に戻ればいいのよね。元々領地が私達の住まいだもの」
どうやらエブリンお姉さまとお母様も一緒に領地に戻る気満々になっていた。
「そんな。お前達まで領地に戻るとお父様は寂しいよ」
「父上。僕がいますよ。あ、でも僕も護衛を兼ねて今回領地に行こうかな。有給休暇も貯まってるし、各地の抜き打ち監査をやってみるのもいいな」
「な、グレイまで行くのか。それは殿下がお困りになるだろう」
何故かお兄様までも帰る気満々になっています。
こうして私の田舎に引きこもる作戦は発動した。これは幸せになるプロジェクトの一、二に関わってくる。
そもそも第二王子のハロルド様の婚約者選定の行事に参加しなければ婚約者に選ばれることがない。
そして、王子妃教育など受ける必要が無くなるので王宮へ行くこともない。
現に既に婚約者がいる令嬢はこの一連の選定行事には参加されていないそうだ。
これでハロルド様との婚約が回避できれば安心なのだけど、うちはランザール王国の筆頭公爵家だからハロルド王子の婚約者の一番と目されているのも事実だった。
それに正妃様のお産みになった第一王子のアルバート様にはグレイお兄様が側近として仕えている。
側妃の産んだ第二王子のハロルド様には私をと王家とお父様は考えてのことだろう。どちらに転んでも大丈夫なようにと以前にそう聞いたことがある。
でも、結局、ハロルド様が選んだのは男爵令嬢のミランダだった。お二人はこれが真実の愛と熱く語っていた。
ハロルド様の母君である側妃様はミランダのことを聞いたときに大荒れしたと聞いている。ミランダが妃では大半の貴族の賛同が得られなかったからだ。
ハロルド様を王太子にしたかった側妃様はとてもお怒りになったとか、最後の方はよく覚えていなかったけれど結局王太子になったのは王妃様のお産みになった第一王子のアルバート様だった。ハロルド様の王太子の夢は終わったので一時荒れていたようだった。
アルバート様が王太子になられたことで実は王太子妃の座を狙っていたミランダが不機嫌になり私を苛める原因となっていた。彼女の計画ではハロルド様の妃になってゆくゆくは王太子の妃、最終的には王妃となる予定だったみたい。王子妃の部屋に呼ばれて罵倒されているときに聞かされた。そんな野心溢れる彼女を側妃様もいつの間にか気に入ったようでお二人でいろいろ楽し気に画策なさっていたのを覚えている。もしかしたら、諦めずにアルバート様を害することでも考えていたのかもしれない。いつもお二人はそんなことを話していたから。
でもあのミランダが王妃になったら王国はお終いだろう。
私がバルコニーから落とされた後はどうなったのだろう。
自己中心的で淫売なミランダは貴族学院で何人もの男性と情を通じていた。
ハロルド様は気がついていなかったけれど貴族学院に在学中に彼女はハロルド様以外にも男女の関係を持っていたのだ。
私は何度かそういうことをしている場面に出くわしていた。あの頃の私は傷痕令嬢と蔑まれていたので一人で居られる所を探していたら遭遇してしまったのだ。