リ・イントロダクション:チャット オブ リトル バーズ
半月が薄雲を纏い、淡く光りながら天窓から顔を覗かせている。タカツキ・サテライト自治祭の後、レンジとことりは路地裏のミュータント・バー、“宿り木”の屋根裏にある自室に引っ込んでいた。
小さなテーブルには、緑色のワインボトルとグラスが2つ。うっすらと金色がかった液体が一方のグラスに注がれ、微かに泡を立てていた。
「……やっぱり無理! これ以上飲めないよ」
珍しく酔ったことりが顔を赤くして、腰かけていたベッドに仰向けに倒れこむ。テーブルを挟んで反対側のソファに腰かけていたレンジは笑って、グラスに残ったシャンパンを傾けた。
「『呑みたい』って言ってママに飲みやすいのを見繕ってもらったのは、ことりだろう?」
「そうだけど……こんなに呑めないなんて、思わなかったんだもん! 大人っぽくお祝いしたかったのに!」
口を尖らせることりを見て、レンジは再び吹き出した。
「もう! 笑うことないじゃない!」
ことりが起き上がって頬を膨らませる。
「ごめん、ごめん。……でも、そうだな。ステージの成功おめでとう、ことり。とてもきれいだったし、何よりも歌がよかった」
ことりは更に顔が赤くなった。
「もう! 急にどうしたの。レンジ君こそ酔ってるんじゃない?」
「かもしれないなあ。でも、本当によかったんだ。聴いてたお客さんも、皆拍手してくれたろ?」
「常連さんが励ましてくれたから、歌いきれたんだよ……」
ことりが耳まで赤くしてうつむく。
「でも、その歌でお客さんの心を動かしたのはことりだろう? 常連さんだって、最初は気にもしてなかったけど、ことりの歌を聴いてるうちに、ファンになってくれた人ばかりじゃないか」
「うん……」
「ミュータントかそうじゃないかとか関係なく、ことりの歌が聴く人の心を動かしたんだ。君の歌には、それだけの力があるんだ。」
ことりはクッションに顔を埋めている。
「何よう、何でそんなことばっかり言うの……」
「だから、その……大人っぽいことなんかしようとしなくても、ことりは素敵なんだ、って……」
そう言って、今度はレンジが赤くなった。ことりはにやりとして立ち上がり、レンジの膝の上に座った。
「おい!」
「何~?」
ニコニコしながら、真っ赤になったレンジに背中を預けている。
「渡しにくいじゃないか。……ほら、これ」
レンジはポケットから小箱を取りだし、ことりの手のひらに載せた。
「何?」
「開けてみな」
ことりが開けると、中には指輪が一つ、納まっていた。
「わあ……!」
目を輝かせて指輪を取り上げる。シンプルなシルバーリングだった。
「いいのレンジ君? バイクを買うためにお金を貯めてたんじゃない?」
「ことりに何か祝い事があったら渡そうと思って、取っておいたやつだから大丈夫だよ。そんなに高い指輪でもないしな」
「それなら、ありがとう」
ことりは左薬指に指輪をはめて見せた。
「どうかな?」
「だから、安物だって言ったろ」
「大事なのは、気持ちだもん」
ことりはレンジの胸に頭をすりつける。レンジは深く息をついて、後ろからことりを抱きしめた。
「……私、夢があるんだ」
「夢?」
「いつか、ナカツガワに行って、チドリさんに歌を聴いてもらうの。これだけ歌が上手になったよ、って。それで、一緒に歌わせてもらうんだあ。その為にも、もっと練習しないとね」
「いいじゃないか」
ことりは顔を上げてレンジを見た。
「レンジ君のバイクで連れてってもらうからね!」
「うん。俺もことりと一緒に行けるように頑張るから……」
「約束だよ、いつか……」
二人の影が重なる。タカツキ・サテライトの夜は静かに更けていった。