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ピリオド:ジ エンド オブ ザ リヴェンジズ;後

「止まった心臓を動かすならAEDとか、人工呼吸バッグとかあるし、身体のパーツが欠けても遺伝子治療やサイバネ手術で何とかなるんじゃない?」


 マダラが反論すると、メカヘッドは芝居っ気たっぷりに人さし指を左右に振った。


「死にそうな人の一命をとりとめ、死にかけている人を蘇生させることはできるだろうね。人体を作ったり、直すこともできる。だが……脳は、意識はどうだい?」


 それまで黙って話を聞いていたチドリが口を開いた。


「死んだ人を蘇らせることはできない、と言ったのは貴方よね。この話で言えば、機能がとまった脳は再生できない、ということかしら?」


 メカヘッドは軽く拍手する。


「チドリさんの言う通りだ。血流が止まり、死滅した脳細胞を再活性させて意識を取り戻すことは、旧文明の技術でもできなかった。幹細胞クローンの臓器移植やサイバネティクスも、肉体を生き長らえさせるだけだ。不老長寿でもいつか死ぬ。脳が持たないからね。ところがかつて、別のアプローチからこの難題に取り組もうという研究があった。それが“ペルソナダビング”だ」


「ペルソナダビング?」


 レンジとマダラは聞き返し、他の者達は黙って聞いている。タチバナは顔をしかめ、アオは困惑して。チドリの表情には、あまり変化はみられなかった。メカヘッドは話を続ける。


「仕組みはそんなに難しくない。被験者の脳にマイクロチップを埋め込んでおき、発せられる電気信号を全て記憶させる。これを元にその者の人格や記憶を完全にコピーしたデータを作るんだ。それを別の被験者の脳にインストールすることで、意識を“書き換える”」


「そんな、それじゃあインストールされた側の人は……?」


 アオが表情を曇らせた。


「論理上は上書きされて“消える”。だから、過去の臨床実験では死刑囚を使っていたらしいね」


 アオは静かに手で顔を覆う。


「だが、それは人格と記憶のコピーとはいえ、本人じゃないだろう」


 レンジの言葉に、メカヘッドは頷いた。


「そうだな。でもコピー元になった人間と全く同じ人格と記憶、そして同一の自己だという意識を持てば、それは実質的に本人だと言えるのではないか、と旧文明の研究者たちは考えたわけだ」


「趣味の悪さは別にしても、すごい技術だよなあ」


 マダラが感心して言った。


「だが、この研究には欠陥があった。完全なコピーと上書きなんてできなかったんだ。貼り付けられた記憶には不自然な断絶が生じ、元の人格や記憶の断片が姿を現す。二つの人格は脳の中でせめぎあい、やがてどちらも破綻をきたす。研究報告を調べたが、何度研究を重ねても亡骸同然の廃人か、人格を失った猛獣が生まれ、結局この研究は中止された」


「それで?」


 険しい顔でタチバナが尋ねる。


「この胸くそ悪い話と、今回の事件にはどんな関係がある?」


「今回のオートマトン、あまりに人間的な動きとリアクションをしてみせました。そして時間が経つにつれて錯乱しているような素振りが増え、見境なく暴れるようになってきている……」


「オートマトンにペルソナダビングで人格が書き込まれてる、ってこと?」


 マダラが口を挟んだ。


「だがなあ、それは人間の脳の話だろう?」


「いえ先輩、脳波操縦機能を使えばオートマトンを動かせるんですよ」


「そうなのか?」


 メカヘッドの話を聞いたタチバナは、そのままマダラに尋ねた。


「なるほど、ダビングしたデータは脳波の精密コピーだから……」


 メカヘッドがマダラを指さす。


「そう! そのままデータを入力すれば動かせるわけだ。脳波操縦システムは、機材を準備するのが大変だ。脳波計測装置だけじゃなく、リアルタイムでオートマトンの周りをモニターする必要がある。そんな道具だては無理だろう、と初めは脳波操縦を考えもしなかったが、このやり方なら全て説明がつく。実は、ここまで調べて報告書を叩きつけてやったら、上は否定しなかったけど動かなくってね。俺が勝手にやってるのも黙認してるから、このまま雷電と一緒に解決してしまおう、というわけだ。工場跡に隠れていた武装集団といい、どうも軍警察の上の方に内通……」


「わかった。ありがとう」


 「もう十分だ」と言わんばかりにタチバナが両手を上げた。


「それじゃあ、あのオートマトンはやっぱり……」


 チドリが微かに声を震わせた。


「うん、そうなんだろうな」


 レンジが返して、二人とも黙りこんだ。


「……はい!」


 2人に引きずられて場に漂う沈黙を破り、アオが手を上げた。


「そのオートマトンは、レンジさんとチドリさんにどんな関係があるんですか? 何でミュータントの女の人を襲うんです?」


「それは……」


 レンジはチドリを見た。


「私は、大丈夫」


「……うん。俺もだ」


「それなら、私も最期まで話を聞かせてほしいわ」


「もちろん」


 二人がそう言いながら、どこか淋しそうに微笑みあう。アオはそわそわしながら二人の顔を交互に見ていた。


「あの……」


「あら、ごめんなさいね」


 チドリはアオに謝ると、立ち上がって皆を見た。


「オートマトンを動かしている人格の元になった男と、私たちの因縁の話をしましょう。直接関わっているのはレンジ君の方なのだけど、順番があるから……まずは、私の話からね」




 タカツキ・コロニーの路地裏にあるミュータント・バー、“宿り木”。この夜は入り口に“貸し切り”と札が提げられていた。


 ホールには従業員たちが集まり、歌い終えたばかりのことりに拍手を送っていた。


「ありがとうございました!」


 ことりは皆の顔を見回すと、目を潤ませながら頭を下げた。


「ことりちゃん、おめでとう」


 ママが言うと、他の従業員たちも口々に「おめでとう」「すごい!」などと声をかける。


「本当に、ありがとう。ママや、みんなのお陰です……」


「ことりちゃん、メジャーデビューするのは貴女の頑張りと歌が認められたからよ。ミュータントの歌手がセントラルの公共回線で歌うなんて、初めてのことじゃないかしら。……私は貴女の歌を傍で聴いて応援することができて、とても誇らしく思っている。きっと、この店で働いている子はみんな同じ気持ちよ」


 再び従業員たちからことりに拍手が贈られた。


「これからも、応援してるよ」


「いつでも戻ってきていいのよ」


「いや! 戻ってこないで、頑張って!」


「でもまた、この店で歌ってほしいな……」


 皆が口々に言うと、ことりは楽しそうに笑った。ママがニヤリと笑う。


「でも、一番応援してきた人からの言葉をまだ聞けてないんだけど?」


 観客席の最前列に座って歌を聴いていたレンジとことりの目が合い、二人は真っ赤になった。


「ママには負けますよ」


 レンジが照れ隠しに笑う。


「あらことりちゃん、あんなこと言ってるけど?」


 ママが水を向けると、ことりは左手を見せて微笑んだ。すっかり薬指に馴染んだ安物のシルバーリングが、鈍い光を放っている。


「2年前、タカツキのコロニー自治祭でステージに立ち、皆の前で歌いました。このお店の外で歌うのは初めてだったけど、常連さん達も応援してくれて、無事に歌いきることができました。この指輪はその夜、レンジ君にもらったものです。レンジ君はその夜……」


「わかった、わかった、降参だ!」


 マイクを使ってのろけはじめたことりを、レンジが慌ててとめた。客席から、「えー!」とか「聞かせてー!」といった冷やかしの声が投げられる。


「……ことりのことを、ずっと応援してるよ。もっと、もっと沢山の人の心を動かす歌手になるって信じてるし、これからも一緒にいて、応援していきたいって思ってる」


 レンジの言葉に、再びことりが真っ赤になる。同僚たちの冷やかしの声が、ますます大きくなった。


「はいはい。それじゃ、ことりちゃんの活躍を祈って乾杯しましょ。……羨ましいって思った子は、頑張って彼氏をゲットしなさいね」




 宴が終わりかけた頃、「私、飲みたいお酒があるんだけど」と、ことりが言い出した。


「ことりが酒を飲みたがるなんて、珍しいな。どんな奴?」


「うーんとね、ここにはないみたい。ちょっと買いに行ってくるね!」


 そう言うなり、ことりはレンジがとめる間もなく店の外へとびだしていった。


「あっ、おい!」


 テーブルの近くに、小さなポーチが落ちていた。レンジが手にとって見ると、ことりのものだった。財布やハンカチが入っている。


「ことりが財布を忘れて出ていったんで、届けてきますね」


 レンジはママにそう言い残して扉を開けた。


 店の前の通りには人影はなかった。雨上がりの夜風が叫びながら駆け抜けていく。


「ことり?」


 店の裏側の区画から、乾いた破裂音が響いた。




 音を手がかりにうらぶれた通りを歩く。角を曲がると、5年前にことりが不良保安官に絡まれていたゴミ捨て場の前だった。


「ことり!」


 赤毛の娘が倒れている。レンジはポケットに手を突っ込み、通信端末に触れながら駆け寄った。


「とまれ!」


 ことりを見下ろしていた男が叫ぶ。この町の不良保安官、ヨシオカだった。


「手を上げろ、助けを呼ぼうとするんじゃないぞ」


 ヨシオカは銃口をことりに向けて、ひきつったように笑う。


「この場で娘を死なせたくなければな……!」


 レンジはポケットから手を抜き取り、頭の上に挙げた。


「撃ったのか、ことりを」


 ヨシオカは暗く落ち窪んだ目を、爛々と輝かせてレンジを見た。


「すぐには死なんさ。大人しくしてるなら、少しは長生きできるだろうよ」


 レンジが奥歯を噛みしめて睨み付けると、ヨシオカはニヤニヤと笑った。


「それとも、目の前でてめえを撃ったほうが愉しいかもしれんなあ……!」


 口の端からよだれを垂らしながら、レンジに銃口を突きつける。


「……やめて、お願い」


 弱々しい声でことりが懇願した。


「そうか、そうか! 心臓がいいか? それとも脳天? お揃いでゆっくり死ぬのもいいな!」


 ヨシオカは弾けたような笑い声をあげた。


「……ことり、お前が俺のものになるってんなら、お前だけ助けてやってもいいんだぞ!」


 ヨシオカは高らかな声で言うが、ことりは息も絶え絶えになりながらも笑い飛ばした。


「お断りよ」


「てめえ……!」


 激昂したヨシオカが、再びことりに銃を向ける。


「つけ上がりやがって!」


「脅されたって、私の心は変わらない」


 ことりは不思議と落ち着いていた。凪いだ湖が周囲の木々を映し出すような声が、一層ヨシオカを苛立たせた。


「この、バイタ風情がァ……ッ!」


 ヨシオカが吼える。引き金を引こうとした瞬間、レンジが突っ込んだ。肩からの体当たりを受けて、ヨシオカが倒れる。手から落ちた拳銃がアスファルトに転がった。


 レンジはすかさず、拳銃を拾い上げた。


「ひっ!」


 慌てたヨシオカはレンジから背を向け、立ち上がりながら逃げ出しかける。レンジはためらわずに引き金を引いた。




 乾いた銃声が響き、ヨシオカの頭蓋を弾丸が貫いた。撃たれた男は「あ」と一声、間抜けな断末魔をあげて倒れ伏した。




「ことり!」


 レンジは拳銃を放り捨てると、ポケットの通信端末で救急通報をしながら、ことりに駆け寄った。


 皮肉にも悪徳保安官の腕がよかったためか、ことりは胸を撃たれて虫の息だったが、まだ生きていた。


 雲が割れて満月が覗き、青ざめた顔を照らした。ことりが目を開ける。


「レンジ、君」


「ことり、もうじき救急車が来るから……!」


 ことりは弱々しく微笑んだ。


「ごめんね、私」


「いいんだ、謝らなくても……!」


「……ポケットに入ってる、白い箱を、出して」


 レンジは膨らんでいる右側のポケットに手を入れ、白い小箱を取り出した。


「これか?」


 ことりは頷いた。


「あなたに、お返し」


 震える手で箱を開けると、収められていたシルバーリングが、月光に白く輝いた。


「愛してる。ずっと」


 レンジは左手の薬指に指輪をはめて見せた。僅かに頬を染めたことりが笑みを浮かべる。


「俺も、愛してる」


 ことりは目を閉じた。安らかな赤子の寝顔のようだった。


「うん……知ってる」


 レンジは力の抜けた小さな手を握りしめた。


「ずっと、ずっと一緒だ」


「うん、ずっと……レンジ君」


 か細くなっていく声で、ことりはレンジを呼んだ。


「ことり?」


「ごめんね、先に私……」


「ことり……!」




 遠くから、救急車のサイレンが聞こえてきた。




 山際から、空がオレンジ色に染まる。人通りの消えたカガミハラ・フォート・サイトの大通りに独り、白いドレスとつばの広い帽子を身にまとった女性の姿があった。両手首からは振り袖のように翼が生え、首から胸元にかけて艶やかな飾り羽根が覆っている。


ミュータントの美女は高いヒールを履き、背筋を伸ばして、カガミハラを動脈のように貫く大通りをひたすら歩いていった。


 くすんだネオンサインが光を灯しはじめた歓楽街の第4地区、取り壊された建物や廃工場が目につく、再開発中の第6地区、第5地区の旧市街地と新興住宅地……




 陽が落ちきって空が夜闇に染まりはじめた頃、第2地区のショッピングセンターに行き着いた。普段は買い物客で賑わう町も今は静まり返り、店々の灯りが寒々しく浮かび上がっている。


 ドレスの女は裾をなびかせながら、ショーウィンドーの前を歩いていく。水槽を泳ぐ熱帯魚のようにガラス張りの道を抜ける。街区の中央にある小さな公園に入り、とまっている噴水の前で立ち止まった。




 その場から動かずに向きを替える。噴水を背に、ビルの向こうに顔を出した月を正面に。淑女は膝を曲げたまま右足を上げると、そのまま足元を踏み抜いた。


 コンクリート製のタイルにヒビが入り、ピンヒールが深く突き刺さる。彼女の周囲の空気が、ノイズを帯びて震えた。


 深く息を吐き、吸い込むと再び吐き出した。呼吸を整えてから、ひとつ、ふたつ、みっつ……




 街灯と店の灯りに照らされながら、黒光りする人の姿をした機影が大通りを走り込んできた。カメラアイのセンサーライトを赤く輝かせて。四肢を出鱈目に振り回し、スピーカーから割れんばかりの雄叫びをがなり散らしながら、全速力で公園に迫ってくる。


 周囲には数機のドローンが距離を保ちながら追尾していた。オートマトンの挙動はドローンの目によって捉えられ、指令室で解析されて女のインカムに届けられる。彼女は指示を聞いて頷き、両足を開いて腰を落とした。


「ち、ちちっ、ちっ、ちっ、ちドリィィィイイイイ!」


 スピーカーから発せられる叫び声を明瞭に聞き取ることができるようになってくると、女は両手をゆっくりと顔の前に伸ばした。


 オートマトンもドレスの女を捕らえようと、両腕を前に突き出した。装甲に覆われた指先が女の両手をすり抜けて首に届こうとした時、


「がッ!」


 オートマトンが前のめりの姿勢のまま立ち止まった。向かい合う女性が開いた両手から、十数センチ離れた中空に、金属製の頭蓋が固まっている。ドローンの一機が、ぶつかるようにして貼り付いた。赤いセンサーライトが激しく点滅する。


「あアaア、a、アアaaah……!」


 頭が固定されたまま、オートマトンは両腕を振り回したが機体は動かず、手は宙を掴んだ。


 ピンヒールの女は重心を落とし、両足を踏ん張った。踵が更に床にめり込むと、オートマトンの両足が地面から離れた。四肢をばたつかせるが、機体はゆっくり持ち上げられていった。手を伸ばしている女の周囲に、再び砂嵐のようなノイズが飛ぶ。


 オートマトンが完全に浮き上がると、女は両腕を後ろに振り抜いた。帽子が飛び、ノイズがヒビのように空中に広がる。持ち上げられていた機体はボールのように飛んでいき、しぶきを上げて噴水のプールに突き刺さった。


 すぐさま噴水の中からオートマトンが跳び出す。


「チドリィィィイイ!」


 しかし有翼の美女は、ヒビの入った景色ごと粉々に砕け散った。


「ギ、ギギギ……?」


 水からあがったオートマトンが困惑した声をあげる。消え去った立体映像の向こうには、青い肌に白いドレスを纏い、大きな両手に重厚なグローブをつけた長身の少女ーーアオが仁王立ちになっていた。


 アオは地面にめり込んだヒールを脱いで走り出す。


「グ、ガギギ、ギッ、アアアaaah……!」


 追いかけようとしたオートマトンとアオの間に、黒い大型バイクが割って入った。


「ア、ギギ、ギ……!」


 スピーカーから異音を吐き出しながら、オートマトンが立ち止まる。一瞬ためらった後、再びアオを追おうとしたオートマトンを、バイクの男が呼び止めた。


「ヨシオカ」


 初めて呼ばれた名前に驚くように、ヨシオカが振り返った。レンジがヘルメットを脱ぐ。


「俺を忘れたかよ」


 レンジの顔を見たオートマトンは、甲高い音を発して頭を抱えた。


「き、きキキィイイイiiiiiッ! K、Koここコ、小僧ッ!」


 レンジはヘルメットを被りなおした。


「そうだ、俺が、お前を殺した……」


「こロした……? オれは、しんデ……エエ?」


 ヨシオカの意識が宿るオートマトンは、混乱して頭を抱える。


 レンジは“ライトニングドライバー”を丹田に当てる。鈍い銀色のベルトが腰に巻き付いた。


「そして、お前の怨念も打ち砕く……!」


「……オォ! おおOoオオオooh……ガアアァァァaah!」


 ヨシオカは天に向かって吼え、跳びかかってきた。迎え撃つレンジは拳を叩きつけるようにして、ベルトのレバーを下ろす。


「“変身”!」




 ガチャリと音をたててレバーがベルトの下部に収まると、雷光のようなギターの旋律と、雷鳴のように轟くベースのリズムがほとばしる。ベルトから発せられる音声が力強く叫んだ。


「『OK, Let's get charging!』」


 アクセルをしぼると、バイオマス式と水動式のツインエンジンが激しいドラムロールを奏でた。


「『ONE!』」


 カウントが始まると共に、オートマトンが地を蹴った。


「『TWO!』」


 レンジがバイクの前輪を跳ね上げ、高く持ち上げる。


「『THREE!』」


 掴みかかろうとしたオートマトンがカウルに乗り上げると、引っかけたまま走り出した。


「『……Maximum!』」


 オートマトンを持ち上げてウィリー走行をしながら、バイクが鈍い銀色の鎧を纏う。レンジの体も、同色のスーツに覆われた。稲妻を思わせるラインが、装甲の各部に走る。


「『“STRIKER Rai-Den”, charged up!』」


 カウントを終えてベルトが叫ぶ。装甲バイク“サンダーイーグル”は更に速度を増し、街灯に照らされながら大通りを駆け抜けた。




 アオは公園のそばに停まっていた赤いスポーツ・カーに駆け込んでいた。ドアが閉まり、車が走り出す。


「お疲れ様です。お見事でした」


 運転席のメカヘッドが言った。アオは装甲板を仕込んでいたグローブを脱ぎ、用意されていたサンダルを履きながら息を整える。


「うまくいってよかったです……」


「チドリさんの代わりにおとりになると言った時には心配でしたが、いやいやどうして、素晴らしいお手前でした」


 アオは恥ずかしそうに微笑んだ。


「バーの指令室から指示を出してもらわなかったらできませんでしたし、うまくいったのは兄が持たせてくれた立体映像プロジェクターのお陰です」


「ハハハ、ご謙遜を。しかし、ナカツガワのみなさんを迂闊に敵に回せませんな!」


 メカヘッドの言葉を気にもかけず、アオは明るく笑う。


「みんな揃って、“ストライカー雷電”の制作チームですから」


「これは参った!」


 メカヘッドは、金属製の額をぴしゃりと叩いた。


「……レンジ君、いや雷電は大丈夫ですかね?」


 アオは、両手をきゅっと組んでうつむいた。


「できることはやりきったし、大丈夫です。きっと……」


 両手でハンドルを握り、メカヘッドは進行方向を見た。


「そうですね。ひとまず“止まり木”に戻りましょう。……おっと?」


 対向車線を走ってきたバンが、軽くクラクションを鳴らした。交差する形で二台が停まる。


バンの窓が開いて、「よう!」と言いながらタチバナが顔を出した。


「マスター!」


「先輩、どうしたんですか、こんなところで?」


「まあ、家族サービス、ってやつかな」


 後部座席の窓が開いて、アキとリンの顔が飛び出した。


「わぁ、アオ姉えっちだ!……いてて」


 騒ぐアキの口を、リンがひねった。アオは真っ赤になって、大きく開いたワンピースの胸元を両手で隠す。


「アオ姉、ごめんね! ……私はとっても素敵だと思うわ。レンジ兄ちゃんもイチコロだと思う!」


「もう、リンまで……そんなことより、3人ともどうしたの?」


 子どもたちは歯を見せて、にいっと笑った。


「おっちゃんに、雷電が闘ってるところまで連れてってもらうのさ!」


「大人たちばっかりズルい! 私たちだって雷電を応援してるんだから!」


「ええ?」


 アオとメカヘッドがタチバナを見る。運転席のマスターも楽しそうに笑っていた。


「いいんですか先輩、雷電のバックアップは?」


「指令室はマダラに任せてきた。準備は万端だから、後は一人で何とかするだろう」


「えええ……?」


 困惑するメカヘッドを見て、タチバナはニヤリと笑った。


「カガミハラのニュースチャンネルを開けてみな」


「カッコいいんだから!」


 子どもたちは胸を張っている。メカヘッドは慌てて車載端末を起動した。




 都市内回線に接続し、カガミハラ・ニュース・チャンネル、通称KNCのアプリを立ち上げると、オートマトンを捕らえたまま“サンダーイーグル”で通りを疾走する雷電の姿が映し出された。今回の作戦のために用意したドローンが撮っているものだった。


「何だこれは!」


「『これは市民からの投稿映像です。たった今、市内に出没する暴走オートマトンが捕まりました! バイクを運転するのは、ナカツガワ・コロニーで活躍中の……ヒーロー? ……失礼しました! ナカツガワ・コロニーで活躍中のヒーロー、“ストライカー雷電”です! オートマトンを載せたバイクは、第2地区のショッピングモール、“インパルス”に向かっているとの情報を受けています。周辺地域のみなさんは、十分に注意してください……』」


 メカヘッドは繰り返し映像を流す画面から目を離して、タチバナに向き直る。


「何やってんですか、先輩!」


「映像を公開してもらったんだ。“止まり木”の名前を借りてな」


「何してくれちゃったんですか!」


 メカヘッドは掴みかからんばかりの剣幕だったが、タチバナは何処吹く風だった。


「みんなにも動画を見てもらおうと思ってな」


「野次馬が来ますよ!」


「そういうヤツを誘導したり、危険から守るために人手が要るよな?」


「そうですよ、どれだけの警官を動かさないといけないか……あ!」


 怒りから一転して、メカヘッドは間の抜けた声をあげる。


「それはお前の仕事だからな、よろしく頼むぞ」


「はい、任せてください! じゃあアオさん、俺、お仕事が入っちゃったから……」


 アオは頷いてシートベルトを外す。


「私も、雷電の応援に行きますね! ここまでありがとうございました」


 ドアを開けて飛び出したアオは手を振り、サンダルをパタパタ鳴らしながらバンの助手席に移っていった。


 タチバナ一家の車がショッピングモールに向けて走り出すと、メカヘッドはスポーツ・カーの屋根に回転灯を取り付けた。車載端末の通話回線から、呼び出し音が鳴る。


「はい、こちらメカヘッド」


「『お疲れ様です。チドリです』」


 スピーカーからしっとりした声が流れ出た。


「『映像見せてもらいました。ここまで、うまくいっているみたいでよかったわ。アオちゃんも、ドレスがよく似合って素敵でした』」


「アオ嬢はタチバナ先輩たちと行ってしまったので、ここにはいないんですよ」


「『あらあら、じゃあ、後で言ってあげないとね』」


「そちらはどうです? マダラ君が一人でVIPルームに詰めてるみたいですが……」


「『時々悲鳴をあげているけど、順調みたいです。オペレーションも動画の投稿も、私にはお手伝いできないのが心苦しいのだけど……』」


「チドリさんが傍で応援して、やる気の出ない男はいませんよ!」


 チドリは鈴を鳴らすように笑う。


「『メカヘッドさんたら、お上手なんですから! ……お電話した要件を言いそびれてましたわ。うちの店の子達も動画を見て、雷電を見ようと出かけて行ってしまったんです。もしものことがあったらと、心配で……』」


「お任せください! ちょうど俺も現場に向かうところだったんです」


「『ありがとうございます! よろしくお願いしますね……』」


 ほっとした声になったチドリが通話回線を閉じると、メカヘッドは懐のポケットに手を突っ込み、軍警察から支給されている通話端末を取り出した。素早くダイヤルして、頭部横に固定する。通話しながら車をUターンさせた。


「……俺だ、メカヘッドだ。KNCの動画見たか? ……それだそれ。……慌てるな、まだ公開されたばっかだ。……削除要請? やめとけ! どうせ個人が拡散するからな。わざわざ飛び火させるようなもんだ。そんなことより、市民が動き出してる。現場に警ら隊を回せ! 俺もすぐに行く」


 メカヘッドは通話を終えてアクセルを踏む。


「さて、祭りだ。今度こそ逃がさんぞ……!」


 独りごち、愉快そうに笑いながら、ショッピングモールに向けて走り出した。




 雷電はバイクの前輪を地面につけると、更に速度を増して商業地区の大通りを駆けた。ヘルメットの中からマダラからの声が呼びかける。


「『雷電、順調そうだね』」


「ああ、今のところは作戦通りだ」


 オートマトンは“サンダーイーグル”のフロントカウルの上で手足をじたばたさせている。


「とりあえずバイクに載せたまま走ってるけど、落ちないのか?」


「『“サンダーイーグル”の分子再構成システムで装甲に取り込まれかけてるから、とりあえず問題ないよ。ただ、中途半端な状態で装甲に負担がかかっているから、なるべく早くに解除した方がいい』」


「了解。予定通り“インパルス”に向かう」


 等間隔に並ぶ街灯に照らされながら、装甲バイクは人通りのない通りを走る。第2地区の端を出発し、反対側の端を目指して。


「『……落ち着いてやれてるかい? その……仇なんだろう、君の彼女の?』」


 マダラが尋ねると、レンジは「うーん」と言って少し考えた後で答えた。


「怒りとかは感じないんだ。多分、ヨシオカ本人を撃った時に、復讐は終わってたんだと思う。それでもまだヨシオカが暴れてるから、俺はそれをとめるだけだよ」


「『わかった。……余計な気遣いしちゃったかな』」


 マダラが申し訳なさそうに言うと、レンジは「いいよ、気にすんな」と言って明るく笑った。


「それより、おやっさんの話、聞こえてたぞ。動画をニュースチャンネルに投稿するんだって?」


「『そうなんだよ! おまけに『他所の保安官が絡んでるってバレたら不味いんだ』とか言って、作業を全部俺に任せて行っちゃったんだぞ!』」


 怒りながら愚痴るマダラに、レンジは愉快そうに笑った。


「お疲れさん。こっちのサポートもよろしく頼むぜ」


「『ちくしょう! 雷電をカガミハラでも人気者にしてやるからな、覚悟しろよ!』」


 自棄気味の声でマダラが叫ぶ。


「ははは、他所者のヒーローがメジャーデビューか、悪くない」


 笑いながら返した雷電に、マダラもため息をついた。


「『そう思えるなら何よりだ。気負わずに行けよ!』」


「ああ!」


 レンジは答えてから独りごちた。


「俺の復讐が終わってないとしたら、それは……」


「『……よし、投稿完了だ! ……ん、何か言った?』」


「いや、ヒーローになったのも悪くなかったかな、って思っただけさ」


「『ふーん?』」


 よくわからないまま、マダラが相づちを打つ。


「……見えてきたぞ」


 一際大きな直方体のビルディングがライトに照らされ、夜の町に浮かび上がっていた。




 高級商業エリアの第2地区と、庶民的な商店街や市場が並ぶ第3地区の境目に、大型ショッピングモール“インパルス”は位置している。この日はかねてから計画されていた改装工事の最中だったため、広い敷地内から従業員の姿も消えていた。


 四方から照明灯が照らす、がらんとした駐車場に“サンダーイーグル”が乗りつけた。装甲に貼りつけられていたオートマトンが振り落とされ、広大な敷地の中央に転がる。バイクの装甲はオートマトンが貼りついていた部分が抉られるように欠けたが、すぐに水銀のように表面が流れて修復された。


 アスファルトに投げ出されたオートマトンは呻くような、唸るような声を発しながら起き上がる。雷電は弧を描きながら入り口近くにバイクを戻し、すぐさまとって返した。2つの人影が金属質の光沢を放って向かい合う。千切れた黒雲が風に流される中、ぽっかりと浮かんだ満月が時折雲に隠れながら、雷電とオートマトンを見下ろしていた。


「ウ、こゾウウuuuh、グrrrrr……!」


 オートマトンは首が傾き、体幹がずれた歪な姿勢で身構えながら、アイカメラのセンサーライトを赤く光らせた。雷電を睨み、周囲を見回す。駐車場の外縁部には野次馬が集まり始めていた。人垣の周りには軍警察の警ら隊が整列し、大型の透明な盾を構えている。狙撃銃を構えた兵士も控えていた。


「ふザケた、真似ヲォ……ooh! Urゥあaaaaah……!」


 オートマトンが片手でこめかみの辺りを押さえながら吼える。崩れかけた“ヨシオカ”の人格データがレンジへの復讐心を楔に意識を保ち、暴走するオートマトンの制御コマンドの奔流に抗いながら燃えているのだ。


「けりをつけよう、ヨシオカ」


 レンジは冷徹なほどに落ち着いていた。


「……こんなにギャラリーがいるとは、俺も予想外だがな」


「ガッ、ガah、aaaアあああaアaaァaaあah……!」


 ヨシオカは叫び、前のめりになって突っ込んできた。雷電は体をひねって避け、バネを効かせて蹴りつける。オートマトンは身構えるが、勢いは削がれずに駐車場を転がった。


「『いいぞ! 脳波コントロールでも、雷電スーツの速さとパワーには反応できないんだ!』」


 マダラが興奮気味に叫ぶ。ヨシオカがよろめきながら立ち上がると、雷電は既に追いついて、オートマトンに殴りかかっていた。


 パワーアシストがのった拳がヨシオカを打つ。両腕でかばうが、防ぎきることはできなかった。黒鉄色の腕甲に拳の雨がめり込む。




 数発、十数発と打撃を受け止めて、とうとう両腕が左右に弾かれた。ヨシオカが体勢を崩してふらつく。雷電は腰を落とした。


「“サンダーストライク”!」


「『Thunder Strike』」


 レンジの声を受けてベルトからも音声が流れる。電光が走る右足を振り抜くと、稲妻のようなハイキックがオートマトンの頭部を打ちすえた。野次馬たちが叫び声をあげる。


 装甲が砕け、スピーカーがへしゃげ、内部の配線が剥き出しになって火花が散る。ヨシオカは四肢を突っ張ると、仰向けになって倒れた。


「『やった!』」


 インカム越しにマダラが叫んだ。カメラアイの光が消えたことを確認して、警ら隊を指揮するメカヘッドが手を上げる。隊員たちがオートマトンを回収するために、四方から駆け寄った。


 雷電は周囲からやって来る警ら隊員を見回しながら、虫の羽音のような低いモーター音を聞き取っていた。


「まだだ、みんな離れて!」


 両手を広げて、警ら隊員たちを制する。転がっていたオートマトンが再起動し、センサーライトがオレンジ色の光を発した。黒鉄色の亡骸は跳ね上がるように立ち上がったかと思うと、雷電に掴みかかった。


 オートマトンの手が雷電の首にかかり、万力のようにスーツごと締め上げた。雷電の装甲が歪み、オートマトンの指が軋む。出力過多で関節部が悲鳴をあげているのだ。


「ぐっ……このっ……!」


 雷電はオートマトンを引き剥がし、蹴り飛ばして距離をとる。オートマトンも低く腰を落とし、両腕を広げて身構えた。


「……どうなってる、これは?」


 割れた頭蓋からコードの束がこぼれ出て、チリチリと火花を飛ばす。へしゃげた装甲の内側から、各所の電子部品が光を放った。赤色と黄色の間を移ろいながら輝くさまは、身を焦がしながら燃える鬼火のようだった。


「『わからない、再起動した、としか……気をつけて!』」


「Grrr……hhh、Hwuuhh……!」


 獣のような唸り声をあげ、オートマトンが地を蹴る。四つん這いになろうかという前傾姿勢で走り、勢いをつけて殴りかかった。


 雷電は身をかわすと、再びカウンター気味に殴りつけた。オートマトンは腕を振り、拳をいなす。


「なっ……!」


 刹那、レンジの判断が鈍る。オートマトンは追撃に出て、オレンジ色の燐光を纏う拳を突きだした。


「Wwrruaaah……!」


「ぐぅっ……!」


 前腕をかざして身を守ると、衝撃が腕甲にめり込む。雷電は弾かれるように後ずさった。


「早い……強い!」


「Uuuwhuuh……!」


 オートマトンは低く唸りながら、前傾気味の怪人じみた体勢で雷電を睨みつける。頭部装甲の下に埋設されていたサブセンサー群が剥き出しになり、燃えるように輝いた。蜘蛛の複眼を思わせる相貌だった。


「『タガが外れてる!』」


 モニターしているマダラが叫んだ。


「あれに何が起きてる、わかるか?」


「『わからない。ライトは“緊急起動モード”に近い色だけど……データを洗い直してみる。何かわかるかも』」


「頼むぞ!」


「Wvaah……!」


 オートマトンは再び跳びかかった。掴みかかってくる腕を、今度は雷電がいなす。複眼の幽鬼はすぐさま体勢を変えて殴りかかった。


 一方が撃ち、他方が受ける。両者は入れ替わりながら攻防を続けた。数合打ち合った後、防御から攻撃に転じる間隙を縫って、雷電の拳がオートマトンの顎を撃ち抜いた。


 オートマトンは首が曲がりながらも動き続け、勢いをとめずに殴り返した。雷電はとっさに左腕で顔面をかばい、拳を受け止めた。衝撃が響いて腕が震える。再起動前よりも、確実に威力が増していた。


「人間の動きじゃないぞ!」


「『雷電、オートマトンのカタログには手がかりなしだったから、断言はできないんだけどいいか?』」


 ずれた頭部を自らの手ですげ直して、鋼鉄の怪人が構え直す。


「いいから、早く言ってくれ!」


「『まず、ヨシオカって人の意識があれを動かしてるんじゃない、と思う』」


 再び2つの影がぶつかり合い、殴りあって火花を散らした。もはやオートマトンは、雷電スーツによって加速したレンジの反応に追いついていた。揉み合いながらレンジが叫ぶ。


「そうだろうな! じゃあ、何なんだ?」


「『メカヘッド……先輩が言ってた、ペルソナダビングの成れの果て、かな……?』」


 雷電はオートマトンを蹴りつけ、反動で距離をとる。


「人格がぶつかり合って、廃人か怪人になるってやつか? でもあれは……」


「『考えたんだけど、あの話、人格が2つあるよりも、“上書きしたデータが不完全だった”ってことが大きな問題だったんだと思う。新しい人格が崩壊した時、古い人格の残りかすも一緒に壊れて、人間性がすべて消え去ったんだ』」


「Wruah! Aaaaaah!」


 オートマトンは執拗に雷電に組みつくと両腕をわしづかみにして、頭突きを繰り出した。


「ぐっ……!」


「『大丈夫か!』」


「いいから、続きを!」


「『多分、今のあれは、ヨシオカの脳の“動物的な部分”と、オートマトンの暴走が噛み合って動いてるんだと思う』」


 数発受けながらも、雷電はオートマトンを背負い投げる。地面に叩きつけた一瞬、黒鉄の身体から光が消えた。


「『だから、怯まない。ボディの限界を超えて闘い続けるんだ』」


 すぐにセンサーライトの光が戻ると、素早く雷電から離れて身構える。


「逃げ隠れしない、ってのはいいじゃないか。あとは、どうやって倒すか、だけだな!」


「Vaaaaaah!」


 ノイズのようなわめき声をあげながらオートマトンが迫ってきた。雷電は突撃をかわし、追撃をいなす。駆け出すと、オートマトンも追いかけて走り出した。


「狙いが逸れないってのはいいが、こいつの弱点はわかるか? ……おっと!」


 オートマトンの指先が雷電の腕甲をかすった。


「『全体を統制する集積回路が背中にあるはず……とめるには、そこを叩くしかない』」


「雷電スーツの充電はどうだ?」


「『ほぼ確実にもう一回撃てるよ。“サンダーイーグル”にずっと乗ってたからね!』」


「よし、“一撃で充分だ、決めるぜ!”」


 レンジはスーツの“大見得”機能によって決め台詞を言わされながら、オートマトンの背後を取ろうと回り込む。オートマトンは素早く反転して手を伸ばした。雷電が踏みとどまると、オレンジ色の光の帯を描きながら、黒鉄の腕が宙を掴んだ。雷電が動くと、オートマトンも合わせて動く。2つの影は、駐車場内に弧を描いて並走しはじめた。


 警ら隊は盾を構えて人垣を組む。観客たちは固唾を飲んで見入っていた。


「らちがあかないな!」


 雷電は走りながらマダラに呼びかけた。足を止めれば、次はオートマトンに追い立てられる側になるからだ。


「……マダラ、バイクを無人運転で動かせるか?」


「『できるよ! 何をしたらいい?』」


「合図したら、俺の方に突っ込ませろ!」


「『ええ!?』」


「頼むぞ!」


 雷電はオートマトンに背を向けて走り出した。オートマトンも後を追う。ショッピングモール“インパルス”の青い壁が見えてくると、雷電は反転した。


「今!」


「『了解!』」


 装甲バイク“サンダーイーグル”が双眼のようにヘッドライトを光らせて、雷電めがけて走る。


 オートマトンが雷電に追いすがって組み付こうとした時、バイクがその背中に衝突した。制御盤への強い衝撃に四肢は固まり、センサーライトの灯が消えた。


 雷電はオートマトンを踏み台にして跳び越え、バイクに跨がると前輪を持ち上げた。オートマトンを乗せたまま、ウィリーで更に加速し、ショッピングモールの壁に向かっていく。


「ああっ……!」


 見守っていたアオが、両手で口を覆った。


「いくぞ、マダラ、このまま加速だ!」


「『わかった、死ぬなよレンジ!』」


 前輪が壁にぶつかるかと思うとそのまま車体が壁に沿って地面から垂直に持ち上がり、吸い付くように壁を登り始めた。




「雷電、頑張れ!」


「頑張れー!」


 アキとリンが声を張り上げる。集まった人々も、口々に応援の声を投げた。


「頑張って!」


「行け!」


「頼むぞ!」


 ミュータント・バーの女給たちが、近隣に住む人々が、そして動画を見てやって来た人々が、雷電を応援していた。アオは振り返り、人々の顔を見た。ミュータントも、非ミュータントも、老いも若きも、男も女も、今や皆の心が一つになっていた。


「すごい……みんな、雷電を応援してるんだ……!」


 タチバナは背を追い越して久しい義娘に、胸を張って笑いかけた。


「俺たちのヒーローは大したもんだな! ……だから、きっと大丈夫さ」


「うん……!」


 アオは両手をぎゅっと握りしめた。




 盾を構える警ら隊も、雷電とオートマトンの闘いを見守る他になかった。


「頼むぞ、雷電……」


 先頭に立つメカヘッドは無線機を握りしめて呟く。見上げる先では、いよいよバイクがビルの屋上にたどり着こうとしていた。


 屋上の縁を踏み切り台にして“サンダーイーグル”が翔び上がる。前輪のカウルに載せていたオートマトンを振り落として、バイクは屋上に乗り上げた。


 地上十三階の高さにオートマトンが放り出され、駐車場に向かって落ち始めた。


「VWaaaaaaa……!」


 一時的な機能停止から回復していたが、手は宙を掴み、足は空を蹴るばかりだった。バイクを停めた雷電は屋上の手すりを蹴り、勢いをつけてオートマトンめがけて跳び降りた。


「これで終わりだ……“サンダーストライク”!」


「『Thunder Strike』」


 雷電スーツに走るラインが青白く輝いた。足先から雷光が迸る。


「『行けー!』」


 マダラが叫び、観客たちも叫んだ。警ら隊は地面に突き立てた盾を支えるように身を固めた。


 雷電の両足が、仰向けに落ちていくオートマトンの胸部装甲を射貫く。そのまま両者は垂直に落ち、コンクリートの駐車場に突き刺さった。粉塵が舞い上がる。




「雷電は……?」


 タチバナが眼を凝らした。視界がすぐに晴れると、オートマトンは地面に半ば埋まって横たわり、雷電が傍らに立っていた。


「『……Discharged!』」


 ベルトが音声を発し、雷電スーツの光も収まっていく。


「オートマトンを確保しろ!」


 メカヘッドが叫ぶと、警ら隊が一斉に動き始めた。




 オートマトンは中央制御盤ごと胸部を砕かれ、上下が半身ごとに分断されていたが、尚もセンサーライトの灯を明滅させていた。


「oooh……レハ、そうか、また死ぬノか……」


「……ヨシオカ? 意識が戻ったのか」


 センサーライトを弱々しく光らせながら、ヨシオカはぎこちなく首を動かして雷電を見上げた。


「マた小僧ニ殺らレるとはナ……」


 苦々しい感情の籠った声に、レンジはマスクの下で少し笑った。


「俺はさ、お前への恨みはもうないんだ。せっかく生き返ったんだ、言い残したいことがあれば、聞いてやるよ」


 カメラアイの光が更に弱まっていく。ヨシオカは少し黙った後、スピーカーをザリザリと鳴らして言った。


「今度コそ……欲シかったんだガな……チどリ……」


 言いかけて、スピーカーがブツリと音を立てた。全身から洩れていた光も消え失せ、オートマトンは完全に機能を停止した。警ら隊が集まり、残骸を集めはじめる。


「あんた、最後までろくでもない奴だったよ」


 レンジがそう言って顔を上げると、観客たちが一斉に走り寄ってくるのが見えた。白いドレス姿のアオが先頭に立ち、大きく両手を振っている。アキとリンが跳びはねながら駆けてくる。タチバナは穏やかに微笑んでいた。人々は一塊になり、混ざり合って言葉にならない歓声をあげていた。




「……よし! 動画配信も無事に終了だ!」


 マダラが端末の操作を終えて、大きく伸びをした。チドリがテーブルに茜色のカクテルグラスを置く。


「お疲れ様でした。これ、オレンジジュースですけれど……」


「ありがとう! チドリさんもお疲れ様」


 チドリは静かに微笑んだ。


「私は、皆が頑張っているのを応援していただけですから」


 マダラは軽くグラスを傾ける。

「頑張ってるとさ、そばで一緒になって応援してくれる人がいることが、とても心強いんだよ。……だから、チドリさんにも、ありがとう」


 チドリはにっこりした。


「そう……それなら、向こうで頑張ってきた人達も出迎えられるように、お店の準備をしないとね!」


「俺も手伝うよ。ミールジェネレータを使うのは自信があるんだ。ナカツガワいちのコックなんだぜ!」


「まあ……!」


 チドリが笑い、マダラも一緒に笑っていると、インカムの通信機からレンジが呼びかけてきた。


「『……マダラ? チドリさんはいるか?』」


「レンジ、お疲れ様! ちょっと待ってくれよ……」


 マダラが端末機のスイッチを入れると、スピーカー通話に切り替わった。大勢の人々が叫んでいる声が聞こえてくる。


「レンジ君、お疲れ様」


 チドリは端末機のマイクに話しかけた。


「『チドリさん』」


「チドリお姉さん、でしょ」


 通信機の向こうで、レンジが少し苦笑いした。


「『……チドリ姉さん、終わったよ』」


「うん」


 チドリは、目の端に涙を溜めて答えた。


「……レンジ君、お腹空いたでしょう。“止まり木”で待ってるから、お疲れ様会をしましょう! うちの子たちにも、早く戻るように言ってもらえるかしら?」


「『了解!』」


 マダラが通信をインカム通話に切り替えた。


「さあ! 皆が戻ってくるまでに準備を済ませないとね!」


「……げっ!」


 インカムからの音声を聞いていたマダラが青くなって声をあげた。


「どうしたの?」


「雷電の闘いを見てた人達が皆、ついてきてるって……人数は、ちょっと数えきれないくらいだって……」


 チドリはポンと胸を叩いた。


「何人来ても構わないわ! 店の前にも椅子を並べましょう。マダラ君も、手伝ってくれるわよね?」


「勘弁してくれよ、俺はひ弱なんだよう……」


 泣き言を洩らすマダラを見て、チドリは晴れやかな顔で笑うのだった。

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