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利剣一閃アヤカシ殺し  作者: 子守家守
鎌鼬と落武者
8/51

08

 しばらく進むと渓流は二又に分かれていた。そこから細い支流に沿ってさらに下っていく。先導したのはサナ。足取りは軽く、迷いはない。

 地図を見た、と彼女は言っていた。しかし、街道から離れた川の形まで記された地図など、そうそうお目に掛かれるものではない。かまいたちの件といい、やはり何かしらの組織立った伝手があるのだろうか。


「ひとまず町に下りてご飯にしよ? わたしってば、もうお腹ぺこぺこで」

「ぺこぺこ?」

「こう、ぺこんぺこん、ってお腹と背中がくっつきそうな感じ」


 太陽の高さを見るに、正午を過ぎてしばらく経った頃合いだろうか。

 下流に進むほどに河岸の崖がだんだんと低くなってきている。つまり、崖上の山道も低い位置まで下りてきているということ。河原にも大きめの石は少なくなり、代わりに砂利が増えてきている。宿場まではそう遠くないはずだ。


 川を下る道すがら、宿場で起きている事件についてこちらの知っていることをサナに伝えておいた。どの道、宿場で聞き込みをすればすぐにわかる事柄ばかりである。協力すると決めた以上、敢えて口を噤む必要はどこにもなかった。

 ひと通りの話を聞き終えた彼女は、腕を組んでなにやら考えを纏めている様子だった。僅かに短くなった彼女の歩幅に合わせて、ゆっくりと川辺を歩いていく。


「なんだか想像以上に色々起こってるなぁ。でも全部が全部、あの子の仕業ってことはないと思う」

「それは推測? それとも願望ですか?」

「いじわる」


 サナが頬を膨らませてぷいと横を向く。本気で怒っているわけではない。それは声の調子でわかる。


「ごめんなさい。話の続きをお願いします」

「理由がなければあの子は人間を傷つけたりしないの。そういう風に訓練されてるから」

「それは……、理由があれば人を襲うということですか」

「たとえば、身の危険を感じてその場から逃げる時とか。クロウさんも覚えがあるんじゃない?」


 昨晩の遭遇のことか。確かに襲われたというより、逃げるために牽制された、という表現の方が近いかもしれない。しかしあの時、自分は正体不明の気配に警戒していただけだ。相手より先に刀を抜くこともなかった。果たして、それだけで妖怪が身の危険を感じるものだろうか。

 あるいは、自分でも気づかない何かが、知らぬうちに妖怪の気に障ったのかもしれない。そも、あの一撃は牽制だったとしても、受け損なえば致命傷になりかねないものだった。やはり、妖怪の感覚や判断というのは人間とは別物なのではないか。

 釈然としないものもないではないが、ひとまずは頷き、サナに先を促す。


「けど、最初に襲われたっていうおじいさんみたいに、自衛以外の理由で誰かを襲わせるのなら話は別。あの子に命令を出すのには決められた手順があるの。それを守らない人には、あの子は絶対に従わない」

「その手順を知っているのは?」


 その問いに茶色の瞳を細めて、彼女は虚空を睨みながら呟いた。


「知っているのはわたしと、『悪い人』」

「……その、『悪い人』というのは、なにが目的なんです? 妖怪を手に入れて、けれども放り出して、いったい何をどうしようと」

「あいつらがあの子たちを手放したのは一時的な避難のため。こっちの追跡を撒いてから回収するつもりのはず」


 サナの口元から重たい息が零れる。


「実際、身軽になったあいつらは上手いこと身を隠してる。もし、隙を突かれてあの子を先に回収されたら、裏市場に売り飛ばされて二度と後を追えなくなる」


「それだけは防がないと」と呟く彼女の横顔には、決意の色が滲んでいた。演技ではない、と思いたい。

 それは推測ではなく、願望だ。自覚して、深呼吸をひとつ。絆されている。自戒しなくては。


「売りに出したとして、妖怪に買い手がつくのですか?」

「好事家なんてどこにでもいるものよ。大枚をはたいても手許に置きたがっている人は少なくないでしょうね」


 理解しがたい、と彼女は肩を竦めた。しかし、もしも妖怪が実在するなら一度くらいは見てみたい、という気持ちはわからなくもない。ただ、そのために金銭を要求されたりすれば、まずは詐術ではないかと疑ってしまう気がする。それでもなお金に糸目をつけないというのであれば、買い手になるのも相当な金持ちばかりということだろうか。

 あるいは、売り手と買い手とで信頼が成り立っているのかもしれない。金持ちと泥棒との信頼関係。おかしな話だが、なんとなく納得できた。盗んだものを安定して換金できなければ、泥棒だって商売あがったりだろう。


 くの字に曲がった川に沿って進むと、ようやく見知った景色に出くわした。往路でも渡った、町外れの木の橋である。川辺から見上げると意外と高い位置に架かっている。すぐ傍の土手を登れば、そこはもう元の街道だ。


「登れますか?」

「もちろん」


 人の手が入った土手は傾斜がきつく、高さもあった。斜面にはまばらに雑草が生えているが、困ったことに取っ掛かりになりそうなものは何も見当たらない。一息に登り切るにはそれなりの勢いが要るだろう。

 呼吸をひとつ。助走をつけて、一気に駆け上がる。斜面の土はところどころ柔らかく、力を籠めすぎると容易く崩れてしまいそうな感触だった。かといって踏ん張りが足りなければそれはそれで滑り落ちるだけである。足裏の塩梅を確かめながら、どうにか頂へ。

 最後の一歩は特に難儀だった。土手の上で一息ついて、ようやく振り返る。後ろに泥が飛ばないように注意したはずだが、彼女はついてこれているだろうか。


「サナさん? 大丈夫ですか?」

「……もちろん」


 と、強がっているものの、サナの足は頂上まであと数歩のところでぴたりと止まってしまっていた。履き物が半端に土に沈んでいる。迂闊に踏み出せば蹴り足が滑り抜けるのを彼女は直感しているのだ。

 結局、こちらから彼女を引っ張り上げることになった。彼女は不満げな表情だったが、ここは我慢してもらうしかない。

 土手から身を乗り出して腕を伸ばす。平衡を取りながら彼女も腕を伸ばした。掴んだ指は細くしなやかで、ひんやりと冷たい。せーの、と息を合わせて、腕を引く。手応えはとても軽かった。


「……ありがと」

「どういたしまして」

「この土手、なんでこんなに高いんだろ。本当にここまで増水するのかな。そんなに雨が多い地域だっけ?」


 土手を登り切ったサナは、そう言って忌々しそうに斜面を見下ろした。顔が幼いので、いまいち迫力がない。この宿場を訪れたのは自分も今回が初めてである。気候を尋ねられても、答えようがなかった。

 歩いてきた河原は、宿場から見て外側の岸だった。未練がましく土手を見つめる彼女の背を押して、木製の橋を並んで渡る。造りはしっかりしているが、ときおり足元からぎぃと軋む音が聞こえた。よく見ると木製の足場は細かくささくれ立っている。架けられてから相当の年数が経ってるらしい。


「はぁ、いけないなぁ。切り替え切り替え。ご飯食べて、頑張ろう。クロウさん、いいお店知らない?」

「残念ですが、私もこの辺りは詳しくありません。どこか適当に入りましょう」


 澄ました顔で相槌を打ったものの、実のところ空腹なのは自分も同じだった。

 橋を渡り終えると、土手のすぐ近くに魚を焼いて出す店があった。河原からは斜面の死角になっていて見えなかったらしい。サナからも反対はなかったので、そのまま木戸をくぐる。


 店の中は椅子が四つほど置かれた慎ましやかなものだった。そのひとつに皺くちゃの翁が腰かけている。どうやら彼が店主らしい。昼時は過ぎていたが、焼き魚を頼むと快く応じてくれた。

 翁が皺だらけの顔をいっそう丸めて店の奥の台所に引っ込む。そちらで炭が燃えているらしい。丸太をそのまま切り出したような椅子にサナと腰掛けると、川魚の喉に竹串を刺しながら翁が話し掛けてきた。


「そこの土手、登るのに苦労したじゃろう」

「え、ああ、見ていましたか」

「あそこから登るのは珍しい。もうちっと下流に行くと登りやすい場所があるんじゃが」


 今さら言われても後の祭りである。翁は愉快そうに喉を鳴らしているが、隣を見れば案の定、サナが唇を尖らせていた。


「おじいちゃん、あそこの川って、土手の縁まで水が増えることがあるの?」

「夏に長雨が続くと、たまにじゃがな。あとは、春先が危ない」

「春?」

「山の方で積もった雪が溶けて、川に流れ込む。雨でもないのに嵩が増すから、巻き込まれやすい」


 そういう形の増水は、タツミの庵がある山でも春になると見ることができた。ただ、この宿場はそれよりも北の地にある。山に積もる雪の量も南の土地より多いのだろう。


「……そっか、そういうことがあるんだ」

「サナさん?」

「ううん、ちょっと思いつかなかっただけ。そっかぁ、雪かぁ。ここって、そんなに降るんだ……」


 意外な反応だった。目をぱちくりと瞬かせ、サナは心底驚いたような表情を見せている。

 雪解けの増水がそんなに珍しいのだろうか。ひょっとしたら、彼女はもっとずっと南の土地の出身なのかもしれない。どこか惚けた横顔を見つめながら、その思い付きを心の隅に書き留めておいた。

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