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利剣一閃アヤカシ殺し  作者: 子守家守
鎌鼬と落武者
1/51

01

 初秋の日暮れは想像よりも早く、山間の街道は既に薄闇に包まれていた。


 幸いなことに月は明るく、右手の提灯と合わせて足元に不安はない。馴染んだ履き物は、踏み固められた土の道をしっかりと捉えていた。

 街道の両脇には鬱蒼とした山林が続いている。一歩でも道から外れれば、月の光も届かない深い闇が待っている。街道そのものはそれほど険しくないが、やはり、夜の旅は危険と隣り合わせだ。


「迂闊だったな」


 本来であれば、夕刻には目的地の宿場に着く予定だった。それを、道中の茶屋でのんびりしすぎて、このざまである。相席した商人の話が思いの外に面白く、ついつい長居してしまったのだ。


 旅装は身軽で、荷物もほとんどない。唯一、腰に差した刀だけが確かな重みを伝えている。宿場まではそう遠くない場所まで来ているはず。すれ違う者もいない寂しい道を足早に進む。

 緩い登り坂を越え、今度はゆるゆると下りの傾斜が続く。足元が不安なときは、登りよりも下りの方が怖い。そんなことを考えた、そのときだった。


 暗闇の向こうに、吐息を感じた。


 淀みなく進んでいた足が、ぴたりと止まる。足元で乾いた砂利が音を鳴らした。立ち止まってから初めて、意識の外にあった虫の声が聞こえてくる。

 重心を低く落としながら、ゆっくりと首を巡らせる。山林との境界、街道の片側の茂み。その向こう側に、何かがいる。


 人ではない、と、思う。気配の位置が低く、吐息に獣の匂いが混じっている。

 左の親指が鍔に掛かった。提灯をそっと地面に置き、右手をそのまま静かに刀の柄に添える。

 息を細くして、気配を探る。おそらく、茂みの向こうの『何か』もこちらの出方を窺っているはずだ。


 獣であれば、いずれ去る。その考えに反し、茂みの向こうの気配は微動だにしない。ただ、吐息の音だけが繰り返し茂みから漏れている。


 じわりと背に汗が滲んだ。吹き抜けた夜風がやけに冷たい。

 ふと、足元の影が動いていることに気付いた。否、動いているのは雲だ。風に吹かれた厚い雲に、月が翳り始めている。

 波のように、影が迫る。足元の灯は、あまりに弱々しい。


 ひときわ強い風が吹き、月明かりが途絶えた。


「――っ!」


 瞬間、茂みから『腕』が飛び出す。

 影に濡れ、輪郭は曖昧。低い位置から掬い上げる軌道。

 遮二無二、刀を抜き打った。


 高い金属音。

 異様な手応え。腕を弾き、しかし、刃を弾かれた。

 勢いのまま、後方に跳ぶ。


 着地。

 制動。

 足の裏で浮かんだ砂煙が夜の闇に沈む。

 切っ先は真っ直ぐに。慎重に呼吸を整える。

 視線の先で敵対者の腕が茂みに戻る。

 速い。果たして本当に腕だったのか、それさえも掴めない。


 正眼の型でそのまま待つ。

 先の一合で迂闊に踏み込めないと手合いと知れた。

 こちらから仕掛けられない以上、相手の出方を窺わざるを得ない。

 あるいは、逃げるべきかとも考える。しかし、得体のしれない相手に背中を向けるのは、どうしても躊躇われた。


 声には出さず、ゆっくりと百を数えた。それでも、叢に動きは無い。

 再び風が強く吹いた。

 天上の雲がざぁと動き、月明かりが落ちてくる。

 静寂が満ちる。聞こえるのは、風の音と虫の声だけ。

 水の中を連想する。纏わりつくように、空気が重い。


 唾を呑み、意を決して、足を前に出す。

 一歩ずつ、慎重に、茂みに近づいていく。

 抜き身の刀身に月が写った。丸く、白い光。その冷たさが、背中を押した。


 自身の間合いの一歩外で、意識して足音を鳴らす。

 しかし、予想した反応は返ってこない。

 思い切って、一息に踏み込み、茂みの向こうを覗き見た。


 見えたのは、薄闇にに覆われた地面だけ。

 『腕』の持ち主の姿はどこにもない。

 すぐ近くで山林の木々がさざめいている。


 茂みの向こうの『何か』は、既に消え失せていた。

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