アナザー・ストーリー〜エピソード3「魔矢の十字架」
「刑事さん、煙草は持ってるか?」
男の問い掛けに俺は何も言わずに首を振った。
「なんだ持ってないのか、元々吸わないのかい?」
「煙草は吸わん。身体に悪いからな」
「フハハハハ、あんた面白い事言うな」
「そうか?」
「ああ。俺からしたら煙草なんかよりも、刑事なんて仕事している方がよっぽど身体に悪いと思うがね」
なかなか説得力のある事を言いやがる。確かに刑事なんてやるよりも、ヘビースモーカーの方が健康だろう。
こちとら年中神経を尖らせ、コイツのような悪党を逮捕している。命がいくつあっても足りやしない。
「刑事さん、あんたは今の日本をどう思う?」
男は何の前触れもなく、そう尋ねた。
俺の名前は音羽麻矢。ここ東京の湾岸署に勤務する刑事。担当は刑事課。主に殺人や違法物を担当している。
今俺がいるのは都内の某刑務所にある面会室だ。
面会室に来ている用事が今目の前にいるこの男だった。
男の名前はジャン。中国人の母親と日本の父親との間に生まれたハーフ。
国籍は日本のため、こうして日本の刑務所に居るわけだ。
無論、刑務所に居るという事は犯罪を犯した罪があるわけで、とりわけジャンはその中でも重罪を犯した死刑囚だ。
数年前から日本と中国の間で麻薬売買が盛んになり、日本の麻薬組織と中国のマフィアたちが手を組んでいた。
扱われる品のほとんどはドラッグ。それもかなり純度の高い代物ばかりだ。
元々中学ではドラッグの取引が横行しており、その広域範囲は年々拡大の経緯を辿っている。
そのターゲットに日本がカウントされていても何らおかしなことではない。
日本の組織と中国のマフィアが組んだ新たな組織「フューネラル」のボスが他ならぬジャンだった。
日本警察は中国の政府と合同で捜査に当たり、ようやくフューネラルの頭であるジャンを逮捕できたのだ。
ジャン逮捕の経緯には犠牲者も出た。一般市民を含め合計14人もの人間が死亡し、そのうち8人の刑事が殉職している。
これ以上の犠牲者を出すわけには行かない・・・そう思っていた矢先、連中の取引先に潜入捜査として送り込まれていた俺が
やっとの思いでジャンを確保。それから援護部隊に連絡を取り、こうして無事に逮捕に至っている。
裁判でジャンは多くの麻薬を売買した事、それに殺人の容疑で立件され、死刑判決が下った。
だが例えジャンが死刑になっても、フューネラルと言う組織を壊滅した事にはならない。
未だフューネラルは存在しており、俺たちは今その壊滅を目指し、捜査している。
その最重要化課題が「フューネラルのボス、ジャンの面会」だった。
「なかなか気に入っている。近代化するテクノロジーには少々着いて行けないけどな」
「そうかい、あんたまだ若そうだな。歳いくつだい?」
「今年で26だ」
「若いね〜その若さで他の刑事たちの指揮を取るんだろ?異例の昇格ってヤツだな」
「それはどうも」
ジャンの言っていることは的を得ている。入所当時から射撃の腕前を買われていた俺は、湾岸署初の最年少昇格を果たした。
それも潜入捜査によりジャンを逮捕した事が大きく影響している。
「俺は死刑囚だ。後はもう死を待つだけだ。だが気をつけることだ、誰もがいつでも死刑になり得る」
「どういう意味だ?」
「例え俺が死んでも組織は存続する。あんた、気を付けた方がいいぜ。俺を捕まえたのがあんただって事は
組織の連中は皆テレビを通して知っているからな」
「つまりお前の仲間が復讐に来ると言う事か」
「ヘヘヘ、それで済んだらまだマシだろうがな。特に俺の死刑執行日は気をつけるんだな」
「話にならんな」
俺はそう言うと取調室を出た。
「復讐はいつだって遠回しにやって来る。ヘヘ、刑事さん良く覚えときな」
気に止めるような言葉ではなかった。俺を殺しに来るなら返って好都合と言うもの。返り討ちにして連中のアジトを聞き出してやる。
その時の俺はそう思っていた。
「お帰り」
「ただいま。郁子はもう寝たかい?」
「ええ、ついさっきまで起きてたんだけどね。パパにチューするんだって言って」
家に帰った俺に、妻の香織が微笑んだ。
「そうか、もうちょっと早く帰って来れば良かったな」
「フフ、代わりに私がしてあげようか?」
「ああ、是非頼むよ」
そう言うと香織は俺の唇にキスをした。
香織とは学生時代からの付き合いだ。高校生の頃に同じサークルで出会った。その後俺は警察官になるべく警察学校へ入学。
香織は大学には行かず、母親の店である花屋の後を継いだ。
俺が警察学校を卒業し、刑事になった頃には、既に香織の花屋は店舗を持つまでに大きくなり、ここ最近その店舗の数を増やしつつあった。
その香織との間に生まれたのが娘の郁子だ。今年で3歳になった。
俺は郁子のためなら何で出来る。目に入れても痛くない可愛さとはよく言ったもんだが、まさにその通りだ。
郁子が将来結婚するかと思うと、考えただけで泣けてくる。冗談じゃない。手放してなるものか。
親ばかと言われるかも知れないが、父親は子供を溺愛するものだ。それが娘なら余計に。
「仕事、忙しいの?」
「ああ、例の事件がまだ解決していないからね。明日からまた家を開ける事になりそうだ」
「そう、あまり無理だけはしないでね。郁子のためにも」
「分かってる。すまんが俺の居ない間、家を頼む」
「うん」
幸せだった。仕事は大変だが家に帰れば美人の妻が出迎え、娘の郁子がいる。
娘の成長を見守るのがどれだけ楽しいか。家庭を、子供の居る親なら誰もが思う至福の一時だ。
その傍らに妻の香織がいる。これこそが本当の幸せと言うものなのだろう。俺はそれを信じて疑わなかった。
ましてやその幸福が無惨に引き裂かれる事など、想像もしなかった・・・。
ジャン逮捕後、フューネラルに関する捜査は暗礁に乗り上げた。
様々な情報が錯綜する中、最も有力視されている情報の一つが
「フューネラルは魔界と言う世界に住む殺人鬼の手によって皆殺しにされた」と言う情報だった。
まだ未確認だが、闇世界をうろつくゴロツキどもが、フューネラルのアジトに乗り込んでいく二人組みを見たと言う。
一人は長身で大柄の男で、髪の毛は短髪で皮のジャケットを着ており
もう一人は女と見間違えてしまうほどの美少年だったと言う。
魔界と言う世界がこの日本に存在する事は知っていた。魔界には法がない。よって警察も介入できない禁断の世界。
裏社会、闇世界をも超越した殺戮のみの世界、それが魔界だ。
(この二人組みが後のウルと紅であるが、この時の麻矢は知る善しも無い)
だがあくまで未確認の情報だ。鵜呑みにする事は出来ない。
捜査本部は動き様が無い状況にシビレを切らし始めていた。
そしてあの日・・・・
俺に取っては運命とも呼べるジャンの死刑執行日がやって来たのだ。
「こうして人生最後の日を、まさかあんたと迎えるとは思わなかったな」
「すまんな、むさくるしい男で」
「良いって事よ。むしろ俺は心配してんだぜ、あんたの事をな」
「未確認だがフューネラルは壊滅に陥ったと言う情報がある。となると幹部の連中はもうこの世にはいない。
つまり俺を憎むのはお前くらいなものだ」
死刑執行当日、俺はジャン発っての要望で執行まで行動を共にする事となった。
「へへへ、魔界か」
「そうだ。どうやら知っているようだな」
「俺も伊達に裏社会で生きてないぜ。それくらい知ってる。実は俺も魔界に行く予定だったんでね」
「ほう、それは初耳だ。お前如きが生き延びられる世界だとは思えんがな」
「ハハハ!刑事さん、言うね」
「音羽警部」
その時、フューネラル壊滅に関して調べさせていた刑事たちが俺の元へやって来た。
「どうだった?」
「はい、情報通りフューネラルは壊滅している事実が取れました。やったのは二人組みの男。
未確認だった情報通りの風貌だそうです」
「そうか。ジャン、聞いただろ?お前の組織はご臨終だ。そしてお前ももうすぐそうなる」
俺がそう言うと死刑執行の指示を取る検察官がジャンの元に現れた。いよいよ死刑実行のときが来たのだ。
そしてジャンは言った。
「刑事さん、あんた綺麗な奥さんが居るよな。それに可愛い娘がよ」
「っ!!!」
俺は自分の耳を疑った。ジャンが俺の家族について知るはずが無いのだ。
「俺だって一人で魔界へ行こうなんて思ってなかったぜ。実は知り合いが魔界に住んでてね。
そいつは俺の友人でさ、俺が逮捕された事に相当腹を立ててるんだよ」
ジャンが何を言わんとしているのか理解できなかった。
「そいつはまだ生きてるぜ。なんたって魔界で生きてんだからな。
今頃何処に居るかな?ああ〜そうか、刑事さん、あんたの家に向かったんだっけ」
「なっ、なに!!」
「クケケケ!!言っただろ?刑事さん。復讐はいつだって遠回しにやってくる。
何もあんたを殺すことが復讐だとは限らないんだぜ!!」
ジャンがそういった時には既に俺の身体は動いていた。家族が、香織が、そして郁子が危ない!
「ククク・・・俺はちゃんと言ったぜ、あんたが心配だってな!!」
それがジャンの最後の言葉だった。
激しく息を切らせながら、俺は家に辿り着いた。
家のドアを開けるまでもなかった。刑事の勘が危険を知らせている。家から漂う雰囲気がいつもと違っていたのだ。
禍々しい殺意の渦。そして血の匂い。俺は我を忘れて家に飛び込んだ。
そして・・・・
「香織・・・・郁子・・・あああああ・・・」
そこで俺は地獄を見た。変わり果てた妻と郁子の姿。
辺り一面血の海。二人の肉体はバラバラにされており、どれが誰の部分なのか判別が付かなかった。
「嘘だろ・・・・こんな・・こんな事があって良いのか・・・」
その時、俺の背後で物音がした。誰かがいる事は明らかだった。
もはや迷いはなかった。ただ頭に浮かんだのは「殺してやる」と言う憎悪だけ。
俺は振り向きざまに持っていた銃を構えた。
相手はやはり男だった。それが魔界の住人である事は一目瞭然だった。
あの目は普通の人間の目ではない。血と殺戮に溺れ、我を忘れた殺人マシーン。
俺はヤツの頭目掛けて何度も発砲した。幸い俺の射撃の腕前が活かされ、相手はほぼ即死。
(麻矢の家族を殺した殺人鬼のランクは最下級クラス)
それでも俺は持っている全ての弾丸をヤツに食らわせた。
全ての弾奏が終わると、俺は跪いた。
俺は守れなかったのだ。家族を、娘を・・・。
光り輝く二人の尊い命を守れなかったのだ。
「うわあああああああああああっ!!!!」
その後、俺がどうやって朝を迎えたのかについては、明確に覚えていない。
人体改造を仕事としている店のマスターは
その男がやってきた時、目を疑った。男の顔からは生気が失われ、その代わりとして鬼が宿っていた。
そして男はマスターにこう言った。
「自分の腕を改造して欲しい」と。
男は改造に当たっての細かい詳細をメモしており、それ通りに作って欲しいと言った。
「別に構わないが、凄まじい激痛を伴う事になるが」
「構わん。遠慮なくやってくれ」
マスターの言葉に男はそう答えた。まるで激痛を甘んじて受け入れるように。
手術は19時間にも及び、ようやく完成の日の目を見た。
「あんたの要望通り出来たぞ、オリハルコン・オロチだ」
「手間を取らせたな」
そう言うと男は提示された金を置き、店を出た。
「あんた、何処行くんだ?」
そして男は力無く、鬼の形相でこう答えた。
「魔界へ・・・・」と。
END




