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神殺し  作者: 雷禅 神衣
38/41

アナザー・ストーリー〜エピソード2「紅の真実」

「ウザイんだよ、お前!」

もはや聞き飽きた言葉だったが、今日もそんな言葉と共に紅葉もみじは左頬に平手打ちを食らった。

「ちょっと可愛いからって調子に乗んなよ」

他の女生徒は手加減と言うもの知らない。今度は別の女性の蹴りが紅葉の腹を抉った。

「うぐう・・・・・」

紅葉は痛みで表情を歪ませながら、身体を前かがみに折り曲げた。

「良い?今週の金曜までに20万持って来るんだよ。持ってこなかったらどうなるか分かってるわよね?」

「・・・・・」

紅葉は何も言わずに蹴られた腹を擦っていた。勿論「うん」なんて言える訳が無かった。

何処にでも居る単なる女子高生が20万なんていう大金をそう易々と持ち合わせているはずも無い。

彼女をいじめていた女子高生たちはその場を後にした。

「あの子意味分かんない。何やっても無表情で、痛めつけられても笑ってるんだから」

「キモイだけよ、殴られて笑ってんだから。ひょっとしてマゾなんじゃね?」

「アハハハハ!」

女生徒たちの言葉は紅葉に届いていた。だが当の紅葉は心を痛めることなどなかった。

気にしないのが一番・・・・。いちいち反応すると余計に殴られるから・・・。

笑っていればキモイの一言で済む。余分に殴られる必要も無い。

だから嫌なときでも笑ってれば良い・・・・。例えこの心を壊す事になっても・・・。


「おかえり、紅葉」

「お母さん、駄目よまだ寝てなきゃ」

「大丈夫よ、今日は気分が良いの。体調も良くなっている気がするし」

「だけど・・・」

「良いのよ、ゴメンネ。紅葉には苦労ばかり掛けて・・・」

「そんなこと気にしなくて良いよ。私は平気だから」

そう言うと紅葉は病弱な母に向かってニッコリと微笑んだ。その笑顔はまるで天使のような笑顔だった。

「そのアザどうしたんだい?」

「えっ・・・ああ、これはね、ちょっと転んじゃってさ」

「ちゃんと消毒しなきゃ駄目よ」

「分かってるって」

そう言うと紅葉は救急箱の中から絆創膏を取り出し、アザの部分に貼り付けた。

紅葉の母、矢吹洋子は3年前に夫と離婚して以来ずっと身体の調子が悪かった。

あまりにも不調が長引くので病院へ行ったところ、慢性の気管支炎だと診断された。

元々病弱だった洋子の回復力は小学生並に遅く、もはや完全に治る事は難しいだろうと宣告された。

そんな理由から務めていた会社も辞める羽目になり、今は無職である。

生活の生計など立つはずも無く、今では紅葉のアルバイトだけが唯一の希望だった。

しかし、女子高生のアルバイト代と言うのもたかが知れている。

女と言う理由だけで肉体的な仕事は雇ってくれず、低給料の接客しか雇ってもらえないのが現状だ。

おまけに洋子は明日から入院しなければならない。そうなると頼みに綱は洋子の貯金だけである。

幸いな事に洋子の預金はそれなりに入っており、入院費はしばらくまかなえる。

しかし食いつぶすという現状に変化は無く、金はいつか消えてしまうものだ。

無くなってしまえば入院費を払う事もできない。当然ここの家賃だって払えないだろう。

そうなってしまう前に何とかしなければならないのだが、今の現状ではどうにもならなかった。


離婚した洋子の夫は、まさにロクデナシと言う言葉を絵に書いたような男だった。

そのため養育費など送られてくるはずも無く、紅葉は全て自分のアルバイト代から学費を払っている。

2つのバイトを掛け持ちして、どうにかして食いつないでいるが、それもそろそろ限界だった。

いくら接客とは言え疲労もある。それに加えて学校での陰湿ないじめが紅葉の精神を蝕んだ。

「紅葉、良いのよ。私がやるから」

「良いから寝ててよ。これが終わったら私バイト行くからさ。今日は給料日なんだ、楽しみ」

紅葉の笑顔は屈託の無い笑顔だった。

彼女は全ての用事を済ませると、母に「寝ているように」と言い聞かせ家を出た。


矢吹紅葉。今年で高校2年生になる女子高生。

紅葉と言う名前はもはや説明するまでもないと思うが、彼女が生まれた時期は紅葉の綺麗な時期で

それに因んで紅葉と名付けられた。父も母も紅葉の誕生に胸躍らせ、やがて来る未来に将来の希望を夢見ていた。

だがそんな幸福は10年ほどしか続かなかった。

夫の仕事に暗雲が立ち込め始めると、生活は一気にみすぼらしいものへと変化した。

それでも夫は懸命に働き続け、家族のために努力を続けた。だがそれでも不運は確実に彼らを襲った。

夫の同僚が会社の債権を廻り、自分の分だけを奪って姿を暗ましたのだ。

それによって夫の勤めていた会社は多大なダメージを受け、当時幹部クラスだった夫は責任問題を追求され

次々と金を吸収され、とうとう文無しになってしまった。

これが幹部ではなく、他のクラスだったらこれほどの打撃は受けなかったのだろう。

夫は幹部の重要人物だったために巨大な責任を問われてしまった。

これによって夫は会社を去ることを余儀なくされ、事実上のリストラが彼を襲った。

夫は再起を掛け、その後も懸命に動いたが、不運は不運を呼ぶもので、とある人物の保証人となってしまい

2億と言う借金を背負う羽目になってしまった。

生きる希望を失った夫は酒びたりとなり、母の洋子も彼を見かねて離婚を決意。

そして今現在の生活があると言うわけだ。

父親を失った紅葉だったが、悲しんでいる暇など無かった。それと同時期に洋子が体調不良に見舞われたのだから。

自分が働かなければ母は満足に入院すら出来ない。それ即ち「救える命も救えない」と言う状況だった。


だが今日は給料日だ。学校でいじめられ今週末までに20万持って来いと言われてはいるが

無いものは無いのだ。どうあっても揃えられる金額ではない。

また笑って殴られて、蹴られて、罵られればそれで終わる。ちょっと痛いけど我慢さえすればそれで済む。

今日貰える給料の半分を予め貯めておいた預金と合計すると、洋子が入院する際に必要な金額を

洋子の預金から引き出す事無く払う事ができる。預金さえ引き出さずに入院までこぎ付けられれば

後は紅葉の頑張り次第でどうにかなるのだ。

これまでほとんど休日無しで働いてきた金だ。大切に扱わなきゃならない。

母のために・・・・。自分をここまで育ててくれた母親のために・・・。

紅葉は仕事が終わり、受け取った給料をバッグに入れると、勤務先のコンビニを後にした。

「給料日なんだってね、今日」

自転車を止めていた駐輪所で突然声を掛けられた。驚いた紅葉の両肩に手が置かれる。

見るとそこには学校のクラスメイト・・・紅葉をいじめているグループ数名が立っていた。

「な、なに・・・何か用?」

「何か用だって、ずいぶん素っ気無いじゃん。貰ったんでしょ?給料」

「だからなんなの・・」

「よこしな」

「ふ、ふざけないで!!どうしてあんたたちに上げなきゃならないのよ」

「言ったでしょ?20万持って来いって」

そう言った女性徒の隣に、いかにもタチの悪そうな男子生徒3人が姿を現した。手には金属バッドを持っている。

「あんたたちに上げるお金はない・・・・っ!」

一瞬何が起こったのか分からなかった。だがどういうわけか紅葉は地面に這い蹲っている。

頭から生温い液体が流れるのが分かった。男子生徒の持っていた金属バッドが頭に命中したのである。

女生徒は紅葉からバッグを取り上げると、封筒に入った給料を掴み取った。

「やめて・・・か、返して・・・お願いだから・・・それが無いとお母さんが・・・」

「ああ?お母さんがどうしたって?」

「お母さん・・・・入院できなくなっちゃう・・・お願いだから・・返して・・・」

「うるせぇんだよ、このアマ!?」

「やっちゃって」

女生徒の言葉が合図となり、紅葉は3人の男たちから殴られた。

3人もの男たちから殴られたとあっては、もはやどうしようもない。

こっちはただの女。どう考えても非力な女なのだ。太刀打ちできるはずが無かった。

「うう・・・ぐう・・・・・」

「惨めね〜こんなに汚れちゃって。可愛そうに」

リーダー格の女が紅葉の顎を掴んでそう言った。

「あんたのお母さんって病気なんでしょ?良かったじゃない。これでお母さんは入院できない。

厄介者の母親が死ねば、あんたも苦労しなくて済むじゃないの」

「返して・・・お金・・・返して・・・・」

「ダメ〜あんたのものは私の物。私はジャイアンであんたはのび太なのよ」

ギャハハハと言う歓声が上がった。これ以上に無いほどの屈辱だった。

「じゃあね、子猫ちゃん♪」

そう言うと紅葉の給料を奪い、一同は去って行く。

「返して・・・お金返して・・・返してぇ!!!!!!!」

もはや紅葉の言葉など、連中には届いていなかった・・・。

紅葉は自分を呪った。もし自分が男だったら、こんな惨めな姿にはなっていなかったはずだ。

もっと力だって強かっただろうし、あの連中にだって負けてなかったはずだ。

自分が男で強ければ、お母さんだって守れたはずなのに・・・。

「いつか・・いつか見てろよ・・・・殺してやる・・・・殺してやるからな!!!」

この瞬間、紅葉の中に鬼が生まれた。



殺し屋と言う存在は知らなかったわけではない。

その言葉が存在するという事は実在するという何よりの証拠だ。想像も付かない人物だが殺し屋は確実に居る。

紅葉はそう信じていた。自分が手を下せないのなら誰かに頼めば良い。

紅葉はこの世の中に「裏社会」と言う世界があり、更にその裏側に「魔界」と呼ばれる世界がある事を知った。

魔界では殺しなど日常茶飯事のように起きているらしい。人が人を殺すことなど当たり前のような世界。

そう言った魔の世界がある事を紅葉は知った。

そしてその世界に「殺し屋」が存在する事も彼女は知り得た。彼女はその殺し屋を雇う事を考えた。

だが、得た情報によると殺し屋を雇うためには膨大な金が必要になるらしい。

金額までは分からないが、何十万と言う世界ではない事は確かだ。動くとしたら何百、いや何千万クラスかもしれない。

そんな金を紅葉が用意できるはずが無い。

しかし、紅葉が得た情報には、殺し屋は最初から金額を提示するわけではなく

殺し屋が依頼主に実際に会ってから金額を決めるというシステムのようだった。

紅葉は悩んだ。いくらになるか検討も付かない。だが奪われた金を取り戻さなきゃお母さんは入院できない。

そうなれば命に関わってくる。もはや一刻の猶予も無かった。

そして紅葉は決断し、受話器を手にした。

「もしもし・・・・」


待ち合わせ場所に現れたのは長身で黒髪に短髪。黒のジャケットを着た、いかにも強そうな男だった。

男は「鉄 麗」と名乗った。どうやら彼は魔界ではかなりの有名人らしく、その手のプロだと言う。

確かに外見を見る限り、凄まじい風格と威厳が感じられる。見つめられるだけで殺されそうな雰囲気だった。

無論、この時点ではこの男が魔界で「神殺しのウル」と言う人物である事を知る善しも無いのだが・・・。


紅葉は事情を話した。依頼できるほどの金は持ち合わせていないが、どうしても奪われた金を取り戻さなきゃならない。

母の病の事。そして、何より奪い取った連中が憎いと言う事を・・・。

「一つ聞いて言いか?」

鉄麗が言った。

「なんですか?」

「どうしてあんたはいつもそうやって笑いながら話すんだ?」

「えっ・・」

紅葉は自分では気付いていなかった。余計な攻撃を受けまいと常に笑っている仕草がここでも出てしまったようだ。

「えっ・・あの・・そうですか・・・アハハ・・良く分からないけど・・・そうなのかな・・」

「・・・・・・」

「ごめんさない・・・そ、その・・・えっと・・気持ち悪いですよね・・・ごめんなさい・・・」

「いじめられて感情を無くしたか・・・それとも余計な打撃を受けまいとすると防衛本能か」

「ア、アハハ・・・どうでしょうね・・・そ、その・・・・良く分からないです・・・」

鉄麗の指摘は的確だった。まだ今日会ったばかりである。にも拘らずこの男は紅葉の心の悲鳴を聞き取ったのである。

「で?誰を殺して欲しいんだ?」

「えっ・・・あ、あの、でもお金が・・・・」

「その事なら後で話そう、俺はあんたが気に入った。この依頼受けてやる」

ウルも何かしら感じる事があったのだろう。彼は無条件で紅葉の依頼を受けたのだった。


「自分を苦しめた、いじめに加わった連中から奪われたお金を取り戻して欲しい。

そしてその連中を皆殺しにして欲しい」

それが紅葉からの依頼だった。ウルに取ってはまさに朝飯前の仕事だった。

紅葉はわざと連中をおびき出した。連中からすれば紅葉は金ズルだ。何の疑いも無くノコノコと現れた。

そこに登場したのがウルだった。もうその後は地獄絵図と言えるだろう。

紅葉の依頼どおり、ウルはこれ以上に無いほどの残忍な手口で次々と血祭りに上げた。

それを見ていた紅葉も、気付けば凶器を手にし、もはや亡骸と化した死体に向かって何度も凶器を振り下ろした。

顔面が潰れ、眼球が飛び出し、口が裂け耳がもぎ取れるまで。何度も何度も・・・・。

これで紅葉は立派な殺人鬼となった。


事が済んだ二人は近くにある空き地にいた。奪われた金は全額戻った。これでお母さんを入院させる事ができる。

「あ、あの・・お金は・・・その・・・ど、どうすれば・・・・私、払えるお金が、その・・・なくて・・・」

「誰も金をよこせなんて言ってないぞ」

「えっ・・・で、でも殺しにはお金が掛かるって・・・」

ウルは何も言わず持っていたバッグを紅葉の前に投げた。

「これは・・・」

「開けてみろ」

言われるがまま、紅葉はバッグを開けた。

「こ、これって・・・・」

驚いた事にそこにはいくつもの札束が納まっていた。ざっと見た限りでも3億近くはあるだろう。

「母親の入院費は高く付く。だがそれだけの金があれば死ぬまで面倒が見れるだろ。

お前さえ良ければその金はくれてやる。ただし、条件がある」

「じょ、条件・・・・・?・・」

紅葉は生唾を飲み込んだ。

「確かに俺は本来依頼主からそれなりの報酬を貰う事で殺し屋を続けている。今回お前から金は取らず

逆にこうして3億もの金を提供している。それにはそれなりの条件がある」

紅葉はもはや驚かなかった。何故なら紅葉はもう人殺しなのだ。母親に合わせる顔などない。

後は自分の犯行が警察に見つかり、逮捕されるのを待つだけなのだ。失うものなど何も無い。

だから紅葉は怖くなかった。

「条件とはなんですか?」

「簡単だ。俺と一緒に魔界に来い」

あまりにも突飛な話に逆に拍子抜けを食らった。

「魔界に・・・」

「そうだ。お前なら俺の次に強くなれる」

「私が・・・・強く?」

「ああ。魔界に男女は関係ないからな」

紅葉の前に一筋の希望が見えた気がした。

「分かった。私、魔界に行きます」

「そうか、それじゃ2日後、ここでまた会おう。いろいろとやることがあるだろう。全て済ませておけ」

「うん、分かった」


それから紅葉は母を入院させ、その費用は3億が納まっている銀行の口座から自動で引き落とされる手続きを取った。

そして今まで育ててくれた母に「また来るから」と言って病院を後にした。

もう二度と戻らない事は紅葉にも分かっていた。

自分はもうこの世界の人間ではない。これから魔界の住人として生きることになるのだから。

紅葉はウルとの約束の場所へ向かった。


「ずいぶん風変わりしたな。髪切ったのか」

「うん。似合うでしょ?」

少々おどけた紅葉がそう言った。

「さて、じゃあ行こうか、紅葉」

「私は・・・いや、僕はもう紅葉じゃないよ」

「?」

「僕の名前は矢吹 紅。これからよろしくね、ウル」

「ああ」

ウルはニヤリと笑いそう言った。

「ねえ、僕本当に強くなれるかな?」

「なれるさ。お前なら魔界No,2になれる」

「楽しみだな〜」


その後、ウルの言葉は現実のものとなる。

紅は成長を続け、4年後に見事魔界No,2の座を手にする事になる。

そして、ここに「処刑の紅」が誕生したのである・・・・。



END


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