30.〜決戦の時、迫る〜
殺し屋の仕事で手にした金で購入したランドクルーザーは唸りを上げていた。
魔界の中心部、魔矢・紅たちを別れて既に4時間が経過している。
ウルの運転するランドクルーザーは絶海の孤島「煉獄」を目指して疾走していた。
車内は静まり返っている。オーディオはセットされているが音楽を流すような気分ではなかった。
それにウルは運転中にエンジン音以外の音が耳に入る事を嫌っていた。
孤独、そして孤高を好むウルにとって雑音は無用なのだ。
常に単独行動で束縛を嫌う彼の性格がそうしているのかも知れない。
車内には疾走する車の音だけが五月蝿く流れていた。
ランドクルーザーは時速80kで走行している。この分だと残り4時間ほどで煉獄に到着するだろう。
煉獄が魔界の中心部から離れているとは言え、このペースなら予定通りの時間に着く。
ウルは走る車が唸りをあげるように、最後の決戦に備えて覚悟を決めていた。
迂闊だったとは言え仲間たちを巻き込み、重傷を負わせてしまった。
魔矢と紅の容態が気になるところだが、今はそれ所ではない。ゲノムを・・・いや母親を始末せねばならないのだ。
そのためには完全に息の根を止める必要がある。数年前の死闘のように封印ではなく
真の意味で「無」にしなければないのだ。でなければ何かの拍子で再び蘇るという事も考えられる。
ゲノムを本当の意味で始末のに必要なもの。
それが後部座席に積んである「液体水素」である。
液体水素の沸点は摂氏-252.6℃で、融点は摂氏-259.2と言う限りなく絶対零度に近い温度を誇る。
本来水素と言うものは酸素と結びつくことでエネルギーと水が生まれるが
液体と化した水素をそのまま使用するとどうなるか。
ただでさえ絶対零度に近い冷たさを誇る液体である。そのまま使用すれば凍るのは必至だ。
それが例え一般的なペットボトル量であっても、半径20mほどが一瞬で凍結する。
しかも絶対零度に近い冷気は物質のほとんどを破壊してしまう。例え解凍に成功しても物質そのものは死んでしまうのだ。
おまけに液体水素をかけられた物質に極端な熱を加えると、冷気と熱の摩擦が生じ気圧が変化する。
その気圧が物質全体の7割に達したとき、その物質は大爆発を起こすのだ。
今回、ウルを用意した液体水素の量はドラム缶2本分にも及ぶ。
煉獄の地下に眠るマグマの量を考えると、ドラム缶2本分の液体水素は適量と言えるだろう。
だがこの試みはウルに取っても、まさに命懸けだった。
万が一液体水素が微量でもウルに降りかかったらもはやアウトである。
失敗は即ち自らの死を意味していた。
それでもやらなければならない。不思議とウルには自分がこの戦いで死ぬ事は視野から外れていた。
何故ならウルの身体には、まだ誰にも知られていない「ある秘密」が隠されているのだから・・・。
ウルは運転しながら改めて魔界を見た。
依然として良い場所であると言う気持ちに変化は無い。ウルにとって帰るべき場所は魔界なのだ。
もはやリアル世界で生活が出来るほどの清らかさは持っていない。リアル世界で生きるにはあまりにも多くの人間を殺し過ぎた。
ウルには故郷こそが魔界であり、魔界こそが心の拠り所だった。
そんな魔界を良い様にさせてはならない。今度こそゲノムと決着を着けるのだ。
時は満ちた。煉獄到着まで、残り4時間を切った・・・。
一方、魔矢の提案によって全ての強豪を探し当てた羅刹と由佳、そしてパイフー、鬼武、等々力、鮫島の計6人は
魔界の鍋蓋を後にし、煉獄へと車を走らせていた。
8人乗りのブレイドは羅刹と由佳を除いた4人に有利な大きさとなった。
座る配置によっては喧嘩が起こりえる関係の4人である。運転席には由佳、助手席に羅刹。
そのすぐ後ろの後部席にパイフー、鬼武を。その更に後ろの座席に鮫島と等々力を配置した。
間違ってもパイフーと鮫島を隣同士にしてはならないからだ。
等々力の乗ってきた車はそのまま魔界の鍋蓋に停車させたままである。
等々力曰く「ゲノムとの決戦で巻き添えを食らわせたくない」と言うことだった。
なるほど、確かにその可能性は強い。スクラップになるのを避けて、あえて置いてきたのだ。
車ならゲノムを始末した後、また取りに来れば良い。
更に、置いてくる予定だった由佳も結局同行する事になった。
全員が揃ったら魔矢のいる病院へ戻ると言う事だったのだが、由佳は「私も行く」と言い張って聞かなかった。
一度言い出したら何を言っても聞かない性格の由佳を、さすがの羅刹も動かす事はできなかった。
「ここから煉獄まではどのくらい掛かるんですか?」
等々力が聞いた。
「煉獄は魔界の鍋蓋の正反対に位置しているから、かなり掛かるわ。少なくとも後6時間は掛かるかな」
「6時間も掛かるのかよ!!長旅だな」
「でもそれまでゆっくり休めるといえば休めるけどな」
パイフーと鬼武が言った。
「命懸けの死闘を前に、あまり心地良く休めるとは思えんがな」
鮫島が呟く。
「ケッ!早くもビビってんのか?」
「それはお前だろ」
「あんだとっ!!」
パイフーと鮫島の席を離したと言うのに、やれやれである。
「やめれや、二人とも。ゲノムを倒すまでは協力せぇ言うたやろ」
「ケッ!」
「フン!」
「それにしても今頃ウルのヤツはどの辺におるんやろか」
「さあ、多分私たちよりも先に煉獄に着くと思うけど」
「僕たちが着いた時には全部終わってる・・・なんて展開も・・・」
「それは無理だろ。お前も見ただろ、あのゲノムってのを」
「ま、まあね・・・やっぱ無理か」
等々力と鬼武が言った。
「悪いがちょっと休ませて貰うぜ。さすがに寝不足でよ」
パイフーはそう言うと横に倒れ、鬼武の膝に頭を置いた。
鬼武もパイフーの頭を一撫ですると、静かに目を閉じた。
「俺もそうさせてもらう。さすがに連戦続きだったからな」
「到着したら僕が起こしますので」
「ああ、頼む」
そう言うと鮫島はそのままの体制で目を閉じた。
「魔矢と紅は大丈夫やろか」
「あの二人は平気よ。でももう、二度と戦えないでしょうけど・・・・」
「そんなに重傷なんですか?あの二人は」
唯一起きている等々力が聞いた。
「ええ。多分もう無理だと思う。でもその方が良いのかも知れないわ」
「そりゃどういうことや?」
「だって・・・・何て言うか常に戦いの中に身を置くなんて本当は嫌だから」
「でもここは魔界ですよね。殺し合いは避けられないんじゃ・・・」
「そうだけど。出来ればもう戦って欲しくない。紅君も、魔矢も」
微妙な乙女心なのだろう。紅のその名を連ねてはいるが、本当は魔矢の事を示している。
最愛の人を失いたくないと言う気持ちは、男女問わずあるものだ。
「大丈夫や。ゲノムさえ始末すりゃもうそれでええねん。魔矢も喜ぶはずやしな」
「うん・・・」
それぞれの思いを胸に、いよいよゲノムとの壮絶な死闘が始まる・・・。




