21.〜孤独へ・・・〜
「こ、これは!」
紅からの伝言を受け取って1時間余りの時が過ぎた頃、ウルはようやく魔界へと戻ってきた。
珍しくウルの呼吸は激しく乱れており、大急ぎで戻ってきた事が伺える。
魔界はそれまでの風景とは一転し、至る所で炎と煙が立ち込めている。
明らかに何らかの戦闘があった事が見て取れる。
特に酷いのが魔界の中心部。まさにウルたちのアジトがある付近だった。
「紅・・・魔矢・・・」
ウルは我を忘れアジトに急いだ。
アジトの外観に変化は無い。だが明らかに血の匂いがする。それも親しい誰かの。
しかしアジトに人の姿は無かった。紅も魔矢も、そして同行している羅刹の姿も無い。
紅がウルに伝言を送るにはこのアジトにある機材が必要となる。となると少なくとも紅だけは近くに居るはずだった。
ウルの脳裏に浮かんだ場所があった。それは紅の遊技場である。別名「処刑場」だ。
「紅!!」
ウルは紅の名を叫びながら処刑場へと急いだ。
案の定、処刑場は乱れており、そこで戦闘が起こったことは事実だった。入り口のドアは開け放たれ中の様子が見える。
「紅・・・お前、まさか・・・」
ウルの視界に処刑場の中央で倒れている人間の姿が映った。
もはや見間違えなど有り得ない。それは変わり果てた紅だった。
「紅!!」
駆け寄るとウルは真紅に染まった紅を抱き起こした。身体中から血が噴き出ており、意識は無かった。
恐らくゲノムの触手が原因だろう。幸いな事に心臓部と頭に傷は無かった。
ウルは咄嗟に紅の胸に耳を当てた。
「生きてる・・・・・紅、しっかりしろ!」
極わずかだったが心臓の鼓動が聞こえた。だが鼓動は止まりかかっていた。一刻も早く適切な処置を施す必要がある。
その時ウルの背後で物音がした。
「誰だ!」
「ワ、ワイや・・・・」
「羅刹!!」
そこには魔矢を背負った血塗れの羅刹が居た。
「魔矢が・・・やられよった・・・まだ生きとるが・・・急がな、あ、あかんで・・・」
紅に続き魔矢まで変わり果てた姿になっている。
羅刹も魔矢との戦いで追った傷が開いているようで、全身ほとんど血塗れだった。
その後ウルは由佳に連絡を取り、魔界で唯一医療器具が揃っている施設へと移動した。
この施設は地下に伸びており、地上からは見えない場所にある。
そのためゲノムに見つかる可能性も極めて低いのだ。
魔界で傷を負った殺人鬼たちが自分たちの足で訪れ、自分たちで治療を施す場所である。
それでも専門の医師がいた。彼の名前は夜叉
数年前までは最上級レベルの殺人鬼だったが、今は殺戮を止め医師に専念している。
夜叉は運ばれてきた紅と魔矢を見て、即座に手術に取り掛かった。
一人では手に負えないという事で、彼は由佳を助手に付け手術を行なった。
羅刹の傷は紅と魔矢ほどではなく、元から治療に関する知識を持っていたことも手伝って
彼は自分で治療を行なった。身体中が包帯塗れになったが、傷は浅く、すぐに立ち上がった。
二人の手術は有に12時間掛かった。
始まって8時間が経過すると、助手の由佳だけが出てきた。どうやら後は夜叉のみで出来るらしい。
羅刹は由佳の反応が気になった。いくら死んでいないとは言え愛する人があのような姿になってしまったのだ。
オペ室から出てきた由佳は何も言わず、そのままトイレに入った。
そしてそれから1時間、彼女は出て来なかった・・・。
12時間後、夜叉はオペ室から出てきた。紅と魔矢はベッドに寝かされたまま別室へ運ばれた。
「夜叉、二人は・・・」
「ああ、実に危ないところだったが、何とか一命は取り留めた」
「ホンマか!?」
一緒に居た羅刹が歓喜の声を上げた。そして少し離れた場所に居た由佳もホッと胸を撫で下ろす。
「だが危険な状態だ。まず紅だが、もはや二度と戦うことは出来ないだろう」
「な、なんでや!?助かったんとちゃうんか」
「命はな。だが体の方はもはや限界。貫かれた神経は完全に使い物にならん。
オペによって何とか繋ぎとめたが、戦いはもう無理だ。日常生活には支障は出んがね」
「魔矢は?」
ウルが聞いた。
「魔矢も同じだ。切り裂かれた瞼の傷は浅く、失明は免れたが、削がれたオリハルコン・オロチはもう再生出来ん」
この事実には由佳もショックだったらしい。失明するよりはマシだが、事実上片腕を切断したのと同じだからだ。
「なんでやねん!!もっと良く診ろや!!戦えへんのじゃ意味ないんじゃ!!」
羅刹が夜叉に掴み掛かった。
「無理なものは無理なんだよ!あの状態で助かっただけでも良かったと思ってくれ!」
「くっ・・・」
「魔矢・・・・」
由佳は魔矢と紅の居る部屋へ向かった。
それにつられる様に、ウルと羅刹も部屋に入った。
紅と魔矢は身体中に包帯を巻かれ、静かに横たわっている。口には呼吸用のマスクが付けられており重傷が伺える。
紅は意識が無い。魔矢も時折魘される様に動く程度だった。
「ゲノムを見たのか?」
ウルが羅刹に聞いた。
「ああ。おぞましい姿やった・・・魔矢はワイにゲノムが出た事を紅に伝えろ言うたんや。
それで戻ったんやけど、途中でゲノムがワイを追い越して行きよって・・・心配になって戻ったらこの有様やった」
「そうか」
ウルは続いて魔矢のベッドの横で座っている由佳の背中を見た。
背中を向けているので表情は分からないが、由佳の両肩が小刻みに震えていた。
決して人前で泣くような女ではないが、無理も無い。この姿を見たんじゃ・・・。
「由佳ちゃん、ワイ由佳ちゃんに誤らなあかんねん」
「なに?・・・」
「ワイ、魔矢と一緒におったんや。せやから一緒に戦うことも出来た。けどワイは・・・」
「良いよ、そんなこと」
「けど・・・」
「きっと魔矢が逃げろって言ったんでしょ」
「まあ、そうなんやけど・・・」
「だったら誤る事ないじゃない。それに、あなたが逃げるような人じゃないって事くらい、私だって分かってる」
「ホンマ、すまん。ワイ、何も出来へんかった」
「ううん、してくれたよ。魔矢を運んでくれた。ありがとね」
羅刹の拳が震えた。これほどまで自分が情けないと思った事はなかった。
バーサーカーが聞いて呆れる・・・・羅刹は自分を不甲斐なく感じた。
だが不甲斐なく感じていたのは羅刹だけではなかった。ウルも同じだった。
共に戦ってきた仲間がこんな目に合わされた。もしあの時仕事へ行かず二人と一緒に居れば
紅も魔矢も、こんな姿になることは無かっただろう。
ゲノムを一番甘く見ていたのは他ならぬウルだったのだ。
やはり魔矢の言った通りだった。蘇ったゲノムは以前にも増して凶暴になっている。
静かに横たわる紅の隣に、ゲノムによって折られた天叢雲剣があった。
凄まじい怒りと憎しみがウルの心に広がる。
「二人を頼む」
「なんやて」
そう言うとウルは病室から出て行った。
「おい、ちょっと待てや!何処行くねん!?」
「煉獄・・・ゲノムを倒す」
「バカかワレ!ワレ一人でどうにかなるとでも思っとるんか」
「ヤツを倒せるとすれば、それは俺だけだ」
「仲間やられて頭のネジ一本飛んだようやな!今だからこそ魔矢が言ったように他の連中を見方に付けるべきやで!」
「これ以上巻き込みたくない。これは俺とヤツとの戦いだ」
「あっ!ちょ、待て!コラ!」
そう言ったウルの目は心なしか悲しそうだった。
羅刹がウルを引き止めようとしたとき、病室から声が聞こえた。
「まだ動いちゃダメだって!」
「うう・・ウ、ウルは・・・ウルは何処に居る」
「ウルなら行ってもうた」
「羅刹」
そこには意識を取り戻した魔矢が由佳に押さえられていた。
「あのアホ、全然人の話聞かへん!ごっつムカつくわ」
「ら、羅刹・・・これを」
「なんや?」
魔矢はポケットの中から一枚のメモを取り出した。
「ん?パイフー・鬼武、鮫島、等々力・・?・・なんやこれ?」
メモには彼らの特徴と住んでいるであろう場所の住所が書かれていた。
「恐らくウルは煉獄へ向かった・・・だ、だが、ウル一人で手に追えるほどゲノムは甘くない。
そこに書かれている連中は、最近魔界へやってきた者たち。いずれも強豪ばかりだ」
「ああ、さっき話していた連中か。徒党を組むかも知れへんって言う」
「そ、そうだ・・・・羅刹、ウルと合流する前に、そいつらを探し出し手を組め。
癖のある連中ばかりだが、おそらく興味は持つだろう。連中と徒党を組んでゲノムを倒せ」
「せやけど、ウルのヤツは誰とも組まない言うてたやん」
「それはヤツが勝手に思っている事だ。実際に集めて向かえば、ウルも文句は言わないはずだ」
「そんなもんかね?名前の下に書かれとるんが住所やな」
「ああ、だが必ずしもその場所にいるとは限らん・・・移動している可能性もある」
メンバーとしては紅と魔矢を差し引き、ウルを含めた合計6人という事になる。
「ええけど、どいつもこいつも遠いとこにいそうやな」
「恐らくな。しかし心配は要らん。由佳の店の隣に大きなガレージがある、そこに車があるから自由に使ってくれ」
「ほほう、用意のええ男や。まあええ、分かった。安心せえ、お前の仇はちゃんと討ったるさかい」
「勝手に殺さんでくれ・・・重傷とは言えまだ生きている」
「へへへ、そうやったな。ほな、行ってくる」
「頼んだぞ・・・」
そう言うと羅刹は受け取ったメモをポケットに仕舞い、部屋を後にした。
「ちょっと待って!?」
「ん?なんや?」
引き止められた言葉の主は由佳だった。
「私も一緒に行くわ」
「な、なんやてっ!!そらあかんで!相手はゲノムやぞ」
「分かってるわよ。ゲノムが蘇った以上、何処にいても結局危険なのよ」
「せ、せやけど・・・」
「魔矢も言ってた。いざって時はここに居るよりも、あなたたちと一緒に居た方が逆に安全だろうって」
「でも魔矢はええのか?」
「あの人は大丈夫。自分でも大丈夫って言ってた。魔矢と紅君は夜叉が付いていれば平気よ」
強い女と言うのは由佳のような女の事を言うのだろう。最愛の人があんな姿になってしまったというのに
なんと心強い事か分からない。羅刹の心は度肝抜かれた。
「それに人探しながら一人でやるよりも二人の方がずっと速いわ」
「ま、まあそうやけど」
「私だって魔界の住人なんだから。見過ごせない」
「わ、分かった。それやったら行こう。せやけど、約束や。全員が集まってゲノムと戦うことになったら
由佳ちゃんはここへ戻る。それだけは守ってもらうで。ええな?」
「分かった」
二人は病院を後にし、ひとまず由佳の店へと向かった。
END




