15.〜激闘の幕が開くとき〜
「ゲノムとウルの関係ってのはどないなっとるん?」
「さっきお前も聞いていただろうが、ゲノムは元々人間だった。しかも女。
ウルと言う人間を産んだ母親でもあり、ここ魔界の元凶でもある」
煉獄はもはや目と鼻の先立った。移動の車の中で魔矢は羅刹に語り始めた。
「母親の名前は可憐。熾烈な環境で生まれ育ち、不本意でウルを宿した。
親戚や家族からは罵倒され、生き地獄に相応しい環境でウルを産んだ。
だが、彼女が培っていた憎悪、憎しみ、殺意は母体に居たウルに届いていたらしい。
母親から負の感情を一身に受けたウルは、生後まもなく産声ではなく悲鳴を上げたらしい」
「なんや、エライ込み入った話やな」
「まあな。どうして母親がこの魔界でゲノムと化したのかについては未だに不明だ」
「な〜るほど、せやからウルはお前らには関係あらへんって言うたんか」
「そうだ。皮肉っぽく言えば事実上、母親と子供の究極の親子喧嘩だからな」
「せやけどそのゲノムってのは、他の殺人鬼たちの死念が混ざっとるんやろ?」
「ああ、それが問題だ。もはやゲノムはウルの母親可憐ではない。
俺たちが魔界で始末した殺人鬼たちの報われない呪い。その集合体がゲノムだ」
「しかしそない切羽詰る事もないんやないか?お前の計画では合計8人のツワモノが揃っとるで、こっちは」
羅刹の言う8人のツワモノとは、ウル、紅、魔矢、羅刹に加え
パイフー、鬼武、鮫島、等々力の事を示している。つまり8対1の形式となる。
「お前はゲノムの真の恐ろしさを知らん。俺の予測ではウルよりも強いと見ている」
魔矢の目は真剣そのものだった。もはや大袈裟と言う領域を超えている。
その表情には恐怖さえ感じられる。
羅刹は思わず息を飲んだ。「コイツはあかん」と直感で感じたあのウルを凌駕する強さとは一体・・・。
「俺だって新参者たちと手を組むなんて本意じゃない。今まで魔界はNo,1のウルを中心に微妙な秩序を保っていたんだ。
殺し合いが日常茶飯事な変わりに、決して上位の者には逆らわず、無謀な行為はしないと言う暗黙の秩序がな。
だがゲノムの復活によってそれが破られつつある。ヤツがその気になったら魔界は消滅してしまう」
「マジか・・・・」
「大マジだ。むしろ魔界だけで済めば良い方だ。万が一ヤツが魔界を抜け出し、裏社会へ、そしてリアル世界へ向かったら
それこそ世界中は大パニックになるだろう」
「ケッ!胸クソ悪いわ!エライ時に来てしもうたな」
「今さら言っても遅い。もはや手遅れだ」
魔矢の言葉はあながち冗談でもなかった。
魔矢の言うように魔界の静かなる秩序は、確実に破られつつあった。もはやゲノムが蘇った事は明白であり、目撃者もいる。
それにこうして煉獄を前にして感じられる悪の空気は、ゲノムがそこにいる事を証明している。
数年前の激闘を経験している魔矢が忘れるはずも無い。腐敗と血肉の入り混じった最低の殺意。
その嫌な空気が漂う中、魔矢と羅刹は車を止め、外に出た。
「あれがゲノムを封じた孤島、煉獄だ」
「うへぇ〜あかんで、あれは。ごっつ禍々しいやないか」
「このどんよりとした負の感情は、身体の傷に答えるな・・・」
魔矢がそう言った時だった。
何かが自分たちの背後にある。それは人なのかそれとも物なのかはっきりなかったが
確実に何か「異物」のようなものが突如として現れたのだ。
それに気付いたのは魔矢だけではなく、羅刹も同じだった。
だがその正体に気付いていたのは魔矢だけだった。
「羅刹、分かるか?」
「ああ・・・・なんやこのめちゃ死にそうな悪寒は・・・」
「迂闊だった・・・やはり来るべきじゃなかった・・・」
魔矢は夥しいほどの汗を掻いている。それも普通の汗ではない。冷や汗である。
「良いか、合図したらこの場から離れろ。お前は紅にヤツが出た事を伝えに行け」
「ヤツって、つまり・・・・」
「ああ、ゲノムだっ!!」
それが合図となった。魔矢の言葉が消えた瞬間、二人は背後に振り返った。
魔矢の言ったとおり、そこには世にもおぞましい姿と化したゲノムが居た。
「グググググ・・・・・」
「コ、コイツがゲノム!?」
夥しい数の手足、数得る事すらままならぬ眼球と口、それに頭部。そんなモンスターのような姿を忘れるはずが無い。
それは正真正銘ゲノムだった。
「羅刹、走れ!?」
羅刹はゲノムの醜悪な姿に気を取られ、遅れを取った。羅刹が走り出したとき、既に魔矢は自分の前方を走っていた。
「コ、コイツはあかん・・・・あかんわ、マジで!!」
「ゴゴゴ・・・ウ、ウル・・・ターゲット・・・ナカマ・・・カクニン・・・」
動き出したのは魔矢と羅刹だけではない。ゲノムも動き出した。その進路は羅刹に向かって一直線に進んでいく。
「なんで・・なんでワイが逃げなあかんねん・・・殺ったる・・・殺ったるでぇ!!!」
羅刹は走りながら後ろに振り返った。
「コナゴナにしたるさかい!!うおおおおおっ!!」
「羅刹、止せ!?」
そう言い放った瞬間、羅刹の聖魔刀は形無し夢幻陣の型を取り、ゲノムに襲い掛かった。
メテオと化した無数の刃がゲノムに突き刺さる。だがゲノムは無反応だ。迫り来るスピードも落ちない。
「あかん!!ぐはああっ!!」
「羅刹!?」
猛然と突進してくるゲノムのタックルが、羅刹の上半身をモロに直撃した。
その反動で羅刹の身体は加速を増し、前方にあるビルへと叩きつけられる。
この一撃で羅刹は再び血塗れとなった。
「うぐう・・・くそったれ・・・」
「羅刹!」
羅刹を助けるため進路を変えた魔矢に、ゲノムが襲い掛かった。
「オマエ・・・オボエテル・・・ウルノナカマダナ・・・」
「なにっ!」
凄まじいスピードで繰り出される拳の渦。それを紙一重の瞬間で交わす魔矢。
「ま、魔矢・・・」
羅刹が呻いた。
「俺を覚えてやがるのか!」
既に魔矢のオリハルコン・オロチは解放されていた。そうしなければ太刀打ちできないからだ。
「羅刹、大丈夫か!?」
「ああ、なんとか・・・い、生きてるで」
魔矢とゲノムは睨み合い、その場から動かない。
「逃げろ!今すぐここから逃げろ」
「アホか・・・ワレはどないするねん」
「カチ合った以上、もはやどうにもならん。ここで迎撃する」
「ム、ムチャ言うなや・・・その身体でか?どうにもならんで」
「羅刹、お前は戻ってこの事を紅に伝えろ。そうすればウルに連絡が付く」
「せやかて、このモンスター相手にお前一人じゃ、間違いなく死ぬで!!」
「生きてやるさ。こんなバケモノに殺されてたまるか!!」
「魔矢・・・」
「さあ行くんだ!!早く!!」
それが再び合図となった。魔矢とゲノムが重なり合い、死闘が始まる。もはや止めようがなかった。
そして打つ手も、皆無に等しい。
「何してんだ、早く行け!!」
「魔矢・・・・死ぬなよ・・絶対だぞ!!」
「ああ・・・」
「くそったれ!!」
羅刹はそう叫ぶと、凄まじい速度で来た道を引き返して行った。
「グルルルルルル・・・・」
魔矢はゲノムに居直った。
頭に浮かんだ最愛の人が微笑む。由佳だった。
そして頬を伝う、静かな一筋の涙・・・。
「お前の好きにはさせない。ここで始末してやる!?」
それは魔矢が死を覚悟した瞬間だった・・・。
END




