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エピローグ 桜の下で
夕暮れに染まる学校前の坂道を、池町孝夫は自転車を押しながらゆっくり下っている。道の両側は桜並木となっており、今まさに満開の時期を迎えている。地面に目をやると池町の前を行く影が、池町の背を追い越していく。ふと池町は顔を上げた。夕日に照らされた桜が、まるで紅葉のように、その色を鮮やかなものにしている。
美しい、と池町はその桜を見て感じた。きっとこれは、昼間の柔らかな太陽に照らされた桜でも、月光に浮かび上がる夜桜でもこの美しさは醸し出せない。この夕暮れという時間だからこそ見られる、そんな一瞬の光景。だからこそ、しっかりと目に焼き付けるかのように、池町はその光景を目を見開き眺めている。
ふと少し強い風が吹き、桜がザーと音を立てて揺れた。それにより数枚の花びらが池町の目の前を舞った。池町はそれら花びらが地面に落ちるその瞬間まで、希望と寂しさが入り混じったようなその視線を、逸らすことなく散りゆく花びらに注いでいた。