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愛せよ ビャッコさん

 食後の時間。

 スザクとゲンブは自分の部屋に戻り、僕は当番として、綺麗に洗浄された食器をタオルで拭き、水きり立てに立て掛ける作業を行っている。


「ふふ~ん♪」


 隣には皿洗いの手伝いを依頼したビャッコが、約束通り鼻歌交じりで食器の汚れを洗い流している。


 僕の耳元で卑猥な意味に近い単語を囁くのかと身構えてしまったが、仮にも相手は女の子だ。


 恋する乙女が、好きな相手に下ネタを耳元で囁く事など、ドラマや漫画でも見た事が無い展開だぞ。


 そう思っていると、ビャッコが僕に皿を差し出しているのに気づく。


「どうしたの、セイリュウ君? 考え事?」

「あ、ああ、いや、別に。」

「ところで、セイリュウ君ってこの後予定あるの?」


 予定……やりたいことはあるのだが、食事当番の仕事によって全て潰れてしまった。


 当番じゃなければ、昨日買ったばかりのプラモデルを組み立てようとしたのに……。


「そうだな……昼飯のメニューを考えて、昼食後は夕飯の買い出しに出かける予定だ。」


 実につまらないが何も問題が起こらなさそうな一日だろうな。


「ビャッコはどうなんだ?」

「私も似たような感じだよ。洗濯物を干して、取り込んで、って。私もやりたいことあったけど……。」


 今週の洗濯当番はビャッコか。ならば警戒しなければならない。

 ビャッコが洗濯当番の週に限って、僕の下着や服が消えていることが多い。


 もう犯人は特定している。


「なあ、ビャッコ。」


 なーにー? 、と容疑者が呑気な返事で、食器用洗剤の泡でまみれたスポンジで、皿を洗っている。

 そして僕は、その容疑者に問いかける。


「洗濯当番の時、僕の衣類を盗んでないか?」


 窃盗犯の手がピタッと止まる。

 沈黙が数秒間、リビングを襲う。聞こえるのは自身の鼓動のみ。


 どんな反応をするのか、徐々に心拍が上がっていくのが、はっきりと分かる。

 そして、窃盗の容疑がかかっているビャッコが口を開ける。


 衣類を窃盗したとしても、下着までは盗まれてはいない。

 なぜなら、それだけは洗濯当番に任せず、自分で管理しているから。


「ど、どうして私だと……思うの……?」

「君しかありえないからだ。」


 僕は彼女に説明する。


 まずスザク。

 彼女は性格上、そのようなことはしないであろう。

 曲がった事が嫌いで、ここの誰よりも正義感が強いので犯人の可能性は薄いと判断。


 ゲンブも犯人ではないと判断。

 彼女は、確かに頭は良くて、僕の服をくすねるなんぞ朝飯前かもしれない。


「じゃ、じゃあゲンブちゃんかもしれないよ?」

「その可能性も否定できなかったが、ゲンブには僕の衣類を盗む動機がない。」

「じ、実験とかに使うって言う事も……。」

「それなら自分の服とかを使うか、買ってくるだろう。」


 つまりビャッコしか疑いようがない。

 ビャッコは俯き、刑事ドラマみたく証拠の提示を要求するかと思いきや———————


「やっぱり、バレちゃった……。」


 そうだよ、と自ら犯行を認めた。


 これがドラマの撮影なら、間違いなくカットだ。視聴者の納得がいく証拠を見せて尺を稼ぐ、というシーンが無く、結果、監督に怒られて何回もやり直しっていうパターンになるだろう。


 しかしこれはフィクションではなく、実際に起こった服の盗難事件だ。

 しかも女物ではなく、男物という、あべこべな設定の。


 そんなことはどうでもいいと、僕は想像のドラマ撮影を放棄して、現実に戻る。


「どうしてこんな事を?」

「そ、それは……。」


 もじもじと体を揺らし、頬を赤く染めるビャッコ。

 そして持っていた皿をシンクに置き、こちらに向き直る。


「セイリュウ君の、匂いがするから……♡」


 ……は?

 いきなりのヤンデレ的告白に、僕はその場に固まる。

 いや、きっとあれだ……ビャッコは匂いフェチなんだ、うん、そうだそうに違いない。


 このように以前は現実逃避なリアクションをしていたが、今に至っては、固まるのは変わらないが。


 ———————でしょうね。


 という、何の面白みもない反応になってしまった。慣れって怖い。


「セイリュウ君の服とか、クンカクンカすると……その……えへへ♡」

「えへへ、じゃない。」


 クンカクンカしたらどうなるんだ、と聞こうとしたが、この様子から察するにいけない一線に走っているに違いない。なるほど、理解した。


「それで、調達した僕の服をクンカクンカしてにゃんにゃんしている、というわけか。」

「ま、まあ……そんなとこ……って! にゃんでそれ知ってるの⁈」


 通りすがったら、声が聞こえた。


「も、もしかして……夜b「んなわけあるか……!」」

「そ、それなら直接言ってくれれば……♡」

「だから違うって……!」


 一体何を勘違いしているんだ、このお盛んなネコは……。


 古典的なお仕置きである「お尻ぺんぺん(スカートごし)」の刑をくらわせてやろうと思ったが、これではむしろご褒美になってしまう。


 そう考えた僕は、力よりも効果がありそうな言葉によるお仕置きを実行する。


「勝手に他人の私物を盗むビャッコなんか、嫌いだ。」


 好きな異性に嫌われる。(嫌うふり)

 僕としても罪悪感はあるが、こうでもしないと収拾がつかない。

 これが一番、ビャッコに効く薬だ。


 これが懲りて反省するであろう。そう思った僕だった。

 ———————ところが


「……やだ……やだぁ……。」


 見ると、涙をぽろぽろ零して泣きじゃぐるビャッコがいた。


 ……まずい、効きすぎたな。いくら何でも「嫌い」までは言い過ぎてしまったか……?

 さすがに女の子を泣かせてしまうのはシャレにならない、と判断した僕はビャッコを宥めることにした。


 ……でも、こういう時って一体何を言えばいいんだ……⁈


「あ、えっと……ビャッコ、その……」


 何を言うのが正しいのか分からない……⁈ 

 「ビャッコが悪い。」と言うのは……いやバカか! なに止めを刺そうとしているんだ! クズか僕は!


 これは……詰んだか? 詰みか? 詰みなのか? と困惑していると、ビャッコが僕の胸部に顔を埋めて抱きついてきた。


「びゃ、ビャッコ……?」


 いきなりの行動に驚いた僕に、恐怖心がざわつく。


 もしかしたら「許さない」って叫びながら包丁で僕を斬殺するのかもしれない。


 将又(はたまた)、「ずっと一緒にいようね」と言って僕を巻き込んで自爆するのかもしれない。


 あらゆる可能性が僕の思考に溢れ出てくるが、どれも僕がビャッコに殺されるルートしかなく、もう成す術が無いと僕は覚悟した。


 そして、今にも大泣きしそうな表情のビャッコと、目が合う。


「嫌いに、ならないでぇ……!」


 ……ん? 今なんて?

 自爆でも、心中でもなく、ただただ「嫌いにならないでほしい」と懇願され、僕はその場であっけらかんとしている。


「お願い……お願いだから、嫌いにならないでぇ……!」


 ギュッと僕の服を掴み、ギュッと体を密着させるビャッコ。

 その頬を赤く染めている表情はまるで、マタタビを求めるネコそのものだ。


 彼女の心境としてはマタタビなんぞ(今は)求めてないのであろうが、顔といい、尻尾の振り方といい、完全に雄を求める雌じゃないか。


 とりあえず、引き剥がそう。


 僕は密着してくる大きなお胸に別れを告げようと、抱きつくビャッコと距離を置く。


 しかし思いの外、ビャッコの力が強く、なかなか離すことができない。


「あ、あのビャッコさん? もう少し離れては「もう何も盗らないからぁ、謝るからぁ、赦してぇ……!」」


 赦しを請うビャッコの頭の中は、僕に嫌忌を向けられたくないという感情で必死なのであろう。


 僕はただ、嫌う為に嫌疑したのではなく「盗ってはいけないよ」と注意をする為に問い詰めただけなのに、話の順序がいけなかったのか、それとも伝え方がまずかったのか、今のこの状況はもう修羅場である。


 というかさっきから服がビャッコの涙のせいでびちょびちょで、そっちに気が逸れてしまうのだが……どうにかならないものか。


「嫌わないでぇ! 嫌いにならないでぇ! もう何も盗ったりしないからぁ~!」

「わ、分かった! 分かったから、とりあえず放してくれ……!」

「赦して、くれるの……?」


 どの道、赦さないと大泣きされて、(かえ)って僕が悪者扱いされる可能性があるからな。穏便に事を終わらせよう……。


「でも、もう勝手に僕の服を盗るのは駄目だぞ。いいか?」


 うん! と先程までの赦しを懇願していた泣き顔が、まるで雨が止んだ空に輝く太陽の様に、明るい笑顔に変わっていく。


「えへへ♡ やっぱりセイリュウ君って、優しいね♡」


 抱きついたまま、僕の頬にちゅっちゅと接吻するビャッコ。

 はぁー……、疲れる。朝からこの調子じゃ『今日こそ平和に過ごす』という目標は、達成できそうにないな。


 何の問題も起きず、静かで平和に一日を過ごす。

 不安などのストレスは感じられない。事件事故も起こらない。


 でも自分の好きなことが思う存分できるという、充実性がある。

 僕はずっとそんな日を求めて、努力して、待っている。—————が、


「えへへ♡ セイリュウく~ん♡」


 こいつらのせいで、毎日が事件事故の連発。溜息が吐く日々が続く。


「僕に……僕に、一体いつになれば平和が訪れるんだぁぁぁーー!!!」

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