目をこらせば
このイチャイチャ展開、いい加減飽きてきたな……。
残り一口のチュロスを口に放り込み、ごちそうさまでした。
さて、そろそろ目的のジェットコースターに——————————————
(じー……)
……まただ。
時々感じる、というかさっきから感じられるこの異様な視線。一体何なのだ……?
「うぅ……、間接キスができるチャンスだったのに……」
心の声が聞こえているぞ。
ビャッコは、残念そうにしょんぼりと俯いている。彼女では無さそうだ。
僕を舐めまわすような視線を向けているのではないかと考えていたが、的が外れた。
周りの客の視線なのかもしれないと疑っていたが、何か違和感がある……。
『ふと視界に入ってしまった』という視線ではなく、『最初から見ている』というような不気味な視線が感じられる。
無論、向こう側の正体は知らないし、何処から見られているのかも不明。
普通に怖いのでやめてほしい限りである。
ぐぬぬ。探知能力を有する事態になるとは……。
ともかく、正体不明の観察者の目から逃れることを優先しなくては……。
ビャッコを事件事故に巻き込みたくないし、巻き込まれたくもない。
そう思い僕は、マップを広げる。
何とか敵を撒きながら、目的地まで進めるルートを確保したいところであるが、遠回りになりそうだ。
「セイリュウくーん? どうしたの?」
しかし、安全には変えられない。どこのどいつか知らないが、これ以上はついては来させん。
この状況をビャッコに伝えてもいいが、彼女は今日という日を楽しみにしていたのだ。少女の楽しみを汚すようなことは、できるだけ控えたい。
ならば——————————————
「なあ、ビャッコ」
「んー? なーにー?」
「あー……、このまま、ジェットコースターに向かってもいいんだが、少し寄り道をしないか? せっかくなんだし、もっと色々と観て回る方が良いと思ったのだが……どうだろうか?」
「うん!♡ いいよ♡」
上手く誤魔化すことに成功。
あとは、どうやって追跡者の目から逃れるかが、残された課題だな。
僕は再度、マップに目をやる。
すると、ある場所が目に飛び込んできた。
……ん? 確かここは……っ!
◇ ◇ ◇
「んふふ~♡」
またしてもビャッコに右腕を封じられてしまった。
まあ、これはこれで敵にも怪しまれないだろうから、別に良いが……。
「えへへ♡ ほっぺスリスリ~♡」
うん。歩きにくい。それと頬ずりはやめたほうがいいぞ? 肌に傷が付くかもしれないからな。
僕はさりげなく後ろを見るが、やはりどこにストーカーがいるのか分からない。
それっぽい者は見当たらない。だが、異様な視線が感じられるのは確かな事だ。
しかし、もうそんな不愉快な感覚に襲われることは無い。
なぜなら、もう着いたのだから。
「よし、ビャッコ。ここに入ってみよう」
僕は、ある店の前で足を止める。
中世的な外観をした建物。しかし、賑わいを見せ、店内から出てくる者たちは皆、何かのキャラクターによく似た衣装と小道具を身に着けて、退店している。
「? セイリュウくん、ここは?」
「コスプレの店だ」
そう。ここは、コスプレ衣装に着替えることができる店である!
どうやら期間限定のイベントの一つらしく、持参してきた衣装でコスプレして、園内で楽しむもよし。園内にある専門店で、衣装をレンタルして楽しむもよし。といった感じのイベントらしい。
どおりでさっきから変な格好している客が多いな、と思っていたが、このイベントの仕業だったのか……。
先程、パンフレットを目にした時に初めて知ったことだが、僕はこの状況を打開できる絶好のチャンスと受け取った。
追跡者はどこからか僕たちを観察している。すなわち、僕らを『服装』で確認しているという事。
でも逆に言えば、僕らの服装さえ変えれば、向こうは僕たちを認知することはできない。
強いて問題を挙げるなら、素早く服を選んで、素早く更衣室に入るという事ぐらいだが、今は緊急事態。とやかく言っている場合ではない。
「へぇ~、こんなイベントやってるんだ~! 面白そうだね!♡」
「よしじゃあ、中に入ろう」
さて、ここからだ。相手がどれくらいのスピードでついてくるかは知らない。もしかしたら、店内には入らず、外から見ている可能性だってある。
後者の場合、幸い店内は結構な客の多さだ。窓の外から覗かれて、ネタバレなんてことは無いだろう。
僕とビャッコは入店し、店の中を見渡す。
外の外観とは裏腹に、内装は結構ポップな感じだ。
壁はピンクや水色などといった感じの色合いで塗装されている。
魔法少女っぽい衣装やメイド服が着せられたマネキンに、王子様のような貴族的な服など様々な衣装が展示されていたり、ハンガーでかけられていたりしている。
本当にコスプレ専門店なのか……? えちえちなお店に間違えられても、差し支えない気がするが……。
いや、そんなことはどうでもいい。
僕は近くにあった衣装やアクセサリーを適当に選んで、それを手に取る。
とりあえずは、これでいいだろう。あとはビャッコの衣装だな。
「セイリュウくん! 私、これにする!」
そう言って、ビャッコは選んだ衣装を僕に見せてくる。純白のウエディングドレスを。
「ね!♡ ね!♡ いいで「却下だ」」