けものヘブンズ
……またあの夢か。
カーテンの隙間から光が差し込み、僕「水東 青龍」は眠りから目覚めた。
眠気が残りつつも、僕はカーテンを開けて朝日の光を全身で浴びる。
やっぱ眩しい。
今日の天気は晴れ。
外の景色は、雲一つない青い空と目の前に広がる黄緑色の大草原によって、二種類の色に別れている。
朝一番の太陽光に照らされながら、僕はベッドから降りて部屋を後にする。
まずは顔を洗うとしようかな。
洗面所へと足を運び、身だしなみを整える。
頭には氷柱に酷似した角が生えており、龍の様な長い尻尾がついている。
自分の体の一部なので見慣れているのだが、さっきの夢を見た後だと、何故か妙に意識してしまう。
(おっと、それどころじゃないな)
僕は手早く歯磨きや寝癖直しを済ませ、着替えるために自室へ戻る。
◇ ◇ ◇
さて、着替えも終えたし、そろそろ行こうかな。
僕は自室を後にし、キッチンへと向かう。
当番というのは、実に面倒な仕事だ。しかも今回は「食事当番」ときた。
一日三食の献立を予算に合わせて考え、約三十分間クッキングをする当番。
「あまり手の込んだのは、時間がかかりそうだな……。」
当番は食事当番と、トイレや浴場を清掃する『掃除当番』。
服などの衣類を洗濯し干す『洗濯当番』、と三種類あり、食事→掃除→洗濯→当番なし→食事ていう流れで、週ごとに変わっていくようになっている。
ちなみに洗濯当番は下着などの都合上、男子と女子に分かれている。
「冷蔵庫の中にあるもので、判断するか。」
今日一日の献立を考えているうちに、目的地のリビング兼キッチンルームに到着。
部屋に入ると、室内には大きな円形のテーブルに、四方に置かれた椅子が四つ、テレビなどの家具も備えられており、キッチンも完備している。
CMやドラマでよく見る住まい環境だな。
しかもこの部屋、出入り口が四か所あり、それぞれ扉の色が違う。今僕が入ってきた扉の色は水色で、他にも白、赤、黒と色で分かれている。
特に意味は無く、ただのペインティングされたドアだ。
いっそのこと全部ピンク色に塗ってしまえば、どこでも行けそうなのになぁ……。
あんなこと良いな、できたら良いなと思いながら、僕はテーブルに無造作に放置されていたエプロンを着る。
時刻は7時。そろそろ皆も起きてくる頃だろう。
冷蔵庫内から判断するに……今日のメニューは、焼き魚(鮭)に味噌汁と玉子焼き。
ごく普通の和定食になる。
それじゃ、レッツクッキング。
◇ ◇ ◇
「これで完成」
食卓の上に完成した料理と箸などを並べ終え、僕は一息つく。
7時30分。本当に三十分クッキングだった…。
ガチャッ。
ドアノブに手をかける音が、僕だけがいるリビングに響く。白色の扉から少女が一人、入室。
「おはよう、セイリュウ君」
ニッコリと微笑みながら僕に挨拶をする彼女に「容姿端麗」という言葉がよく似合う。
厚手のベージュ色のニットに、黒タイツ、縞模様の短い尻尾を出したミニスカートを履き、右手首には黄緑色の宝石がはめられている白銀の腕輪を身に着けている。
彼女の名前は『西風 白虎』。彼女は西を司る虎の神であり、属性は【風】。
白いショートカットの髪からピョコっと出ている丸い耳と、胸が大きいのが特徴的であるうえに、明るく優しい性格で、炊事、洗濯、掃除、どれをこなすのも完璧でハイスペックと言っても過言ではない程のレベルをもっている。
……だが。ハイスペックとは言ったが、『完璧』とは言ってない。
彼女は……ある意味では、変態だ。
「おはよう」
……こんなに他人を称えたのは初めてかもしれない。
あれ? 最後に褒めたのは誰で、いつだっけ? あれ?
「もうご飯作ってくれたの?」
「ああ、うん」
まあ、当番ですから。
「あ、ありがとう……♡ 私に、何か手伝える事は無い?」
「いや、特には「何でも良いよ! 夫婦みたいに一緒にご飯食べて『あーん』したりしても全然良いよ! セイリュウ君の為なら心臓だって捧げるよ!」」
お分かりいただけたであろうか。
このセリフから分かる通り、ビャッコは僕に好意がある。あるのだけれど……好意、すなわち『愛』が凄まじい。
このように、エメラルドグリーンの大きな瞳をより一層見開き、輝かせて僕を見つめている。
『西風 白虎が仲間になりたそうにこちらを見つめている』っていう感じの眼差しで、何かを期待しているに違いない。
ぐっ、可愛いな……。何もないとか言いづらいじゃないか。
僕は少し考え、頼み事を絞り出す。その結果……
「じゃ、じゃあ、食後の皿洗いを手伝ってもらおうかな……」
「うん♪ いいよ♪」
嬉しそうに承諾してくれたビャッコは、足を弾ませ自分の席につく。
僕のこの返答は、間違いではなかった。暗殺とか依頼したら、平気で「OK」しそうな性格の女の子に何を頼めばいいか迷ったが、皿洗いという雑用を依頼して正解だったようだ。
手が増えて助かったと、椅子に座っているビャッコにふと目をやる。
鼻歌でご機嫌の様子。だがそのまま下の方に目線を下げると———————
……胸が、テーブルに乗っている。
テーブルが地上なら、あの双丘は山だと言えるであろう。その二つの山の間には、正しく谷間が存在している。
僕は目の前の暴力的な現象を見て思う。
見方によっては、巨大な餅が二つ並んでいるようにも見えるな……。
けしからん事を考えていると、今度は赤色の扉が開き、また少女が一人、入室する。
「ふぅ~……、お腹空いた~!」
上は人気スポーツブランドのロゴが記された赤いランニングTシャツ、下は黒のランニングウェアで着こなしている。
動きやすさを重視したこの格好で分かる通り、彼女はスポーツをしている。大抵の種目はできるらしく、主に「剣道」に力を入れている。
そんな彼女の右脚には、紅色の宝石が嵌められた橙色の足輪を着けている。
彼女は『火南 朱雀』。南を司る鳥の神。属性は【火】。
スザクはポニーテールで、炎の如く燃え盛る様な赤髪。
毎朝必ず、決まった時間に起床して、ランニングや剣道の練習を行うのが彼女の日課。(僕も何度か付き合わされたことがある。)
後者は結構な熟練者で、毎年行われる大会で優勝、準優勝と成績を収めている。
こう聞くと、スポーツができる女子。運動神経抜群。三刀流できそう、と思いがちだが僕としては疫病神に等しい……。
なぜなら彼女は、僕に何かと勝負を挑んでくるからだ。
理由は──────
「セイリュウを超えたいから!」
─────最初に聞いた時、「は? 何をほざいているんだこの小娘は?」と思った。
僕を超えるなんて簡単だろ? 中ボスどころか、最初にエンカウントする雑魚モンスターだぞ?
僕なんて、武術や格闘技の大会とゲームの大会で何度か優勝して、イラストとかアートのコンテストで特別賞を四回くらい受賞して、運転免許と医師免許を持っているだけのただの青いトカゲだぞ?
今でも自分の思考回路には、理解不能という四字熟語が表示されている。
バカなのかなこの子?、とスザクを見て、僕は溜息を吐く。
「ちょっと。あたしを見てなんで溜息が出るのよ?」
「バカだなぁーって、思ったから」
「ほんとの事でももう少し気を使うとかしなさいよ⁈」
「目が合えば、喧嘩を売り始めるから」
前世はヤンキーだったのかな?
「け、喧嘩じゃないわよ! ただ、闘争心が……」
「はい?」
「とにかく! あたしはあんたに勝ちたいのーっ!」
傍若無人にしては身勝手が過ぎるな、こりゃ。
「まあ、スザクちゃん、話は後にして先にご飯食べよ? 私はセイリュウ君と目が合っちゃうと、ね……♡?」
わぁー、物凄い卑猥に聞こえるー。
何が『ね』なのかよく分からないが、とりあえず今は朝ご飯を食べよう。
朝の腹ごしらえから一日が始まるのだからな。面倒事は後回しだ。
スザクも「それもそうね」と口を尖らせ、大人しく自分の席に座る。
「それじゃあ」
「「「いただきます」」」