ポケット(マネー)モンスター
◇ ◇ ◇
はぁ……、今日はいつもより酷い一日だ……。
廊下を歩きながら、今日一日の出来事を振り返ってみる。
訳の分からんしりとりに巻き込まれ、ビャッコが発情して骨折させられそうになって、オネエの化粧師が来て———————
——————駄目だ、思い返しただけで頭が痛い……。
破天荒にも程がある。
結局、ゲンブとは決着にならなかった為、僕がわざと負けたことにより、事なきを得た。
本人は不服そうだったが、当番の仕事もあってか、「今日はありがと~」と言って持ち場に行った。
たしか掃除当番だったか。そしてビャッコが洗濯当番。買い物兼食事当番が……あれ? まさか……。
「たっだいまー‼」
玄関から聞こえたその声は、やがて屋敷中に響き渡る。
あれから姿が見えないと思ったら……そういうことか。
僕は“納得”と同時に“不安”が募る。
彼女があの当番になると、いつもこうだ。全く……。
どうにかならんものか、と思いながらリビングへと足を運ぶ。
不安のせいなのか、足取りが重く感じる。
何をそんなに気に病んでいるのだ、と誰もが思うだろうが、それくらい重要な事なのだ。
左胸の奥がもやもやしてて、冷や汗が止まらない。
不安感に駆られながらも、リビングに到着し、中に入る。
「あ! セイリュウ。晩ご飯はまだよ?」
知ってる。
台所で袋を漁るスザクに見つかってしまった。
メタルのギアなら、確実に面倒な事になっているに違いない。
ゲームオーバーになって、「応答してくれ……! ボスゥゥゥゥゥゥーー‼」って音声が聞こえてきそうだな。
「まさか、つまみ食いしに来たの?」
「お前の料理なんぞ、つまみたくもないわ」
そう。今週の買い物兼食事当番担当は——————
「な、何ですって⁈」
————————一番大変な奴が、大変な役職に就いちゃったよ……。
僕は理解した。どうやら今週は疲れが酷く感じてしまう週なのだと。
理解はするが、納得はしたくない事実だ……。
「ふん! いいわよ! あたしの料理で、『ギャフン』って言わせてやるんだから!」
「頼むお前は料理するな。あと『ギャフン』じゃない。『ウギャアァァー!』だ」
「何で死にかけてんのよ⁈」
無理もない。スザクの料理は食べたくない。
どうして、スザクが買い物兼食事当番になると不安なのか。
主な原因は二つある。
まず一つは、予算と食材。
僕はスザクのもとに歩み寄り、彼女が先ほどテーブルに置いた買い物のビニール袋に目をやる。
「な、何よ」
無駄な物を買っていないかチェックする。
スザクは時々、不要な品物を購入してくる事がある。
買い出しに出向く前に、何を作るのか、冷蔵庫の中や貯蔵してある物などを確認するのが基本だ。
作る物のレシピや貯蔵物を確認し、足りなければ店で購入する。
それが買い物(買い出し)だ。
でも、足りているにも関わらず、ストックがあるくせに、同じものを買う。これは時間と予算と物の無駄だ。
それが生モノや新鮮な食材であれば、尚更だ。腐って捨ててしまうのがオチに決まっている。
スザクは大体それをしてしまう傾向にあるのだが、果たして今日は……?
僕は袋の中の物を漁る。
「言っとくけど! おかしな物とか買ってないわよ! ちゃんと冷蔵庫の中とか見t「おい、これはなんだ」」
僕は袋から、ある雑誌を取り出す。
「あ! ちょ、それは……!」
見ると『貧乳必読‼ 数日で巨乳になれる豊胸マッサージの効果アップ‼』と大文字でプリントされている。
僕は察した。そして見てはいけないものを見てしまった。
「そ、そそそそそそれは、ええーっとぉー……!」
めっちゃ動揺してるよ……。
はわわ、と慌てふためいている今のスザクは、素直にかわいいと思える。
そんなことはどうでもいいとして、今はこのスザクの欲望が具現化されたような塊をどうにかせねば。
「なあスザク。これ「いやああああああああ! やめてぇぇぇぇ! 何も言わないでぇぇぇぇぇ‼」」
貧乳も……苦労しているんだな……。
なんだか可哀想になってきた……。
「うん。雑誌の内容については深く追求すのは止そう」
いくら僕でも、空気を読むことくらいはできる。これ以上掘り下げてしまったら、スザクが色んな意味で死んでしまう。
「ただ一つだけ聞きたい。これは何のお金で買った?」
「うぅ……。買い物のお金がちょっと残ったかr」
「はい没収」
「何でよぉ⁈ 待って! ちょっと待ってぇ⁈」
「お前のポケットマネーで買ったのなら何も言わないが、買い出しの予算から引いたのなら話は別だ」
「別にいいじゃない! ちょっとぐらい使っても! 余っちゃったんだから仕方がないでしょ!」
「余った分は、明日の予算になる」
倹約な返答に、スザクも涙目になって頬を膨らませる。
ふくれっ面をしても、返さないぞ。
全く、困った問題児だ。
しかし……、本当に胸がコンプレックスなんだな……。すごい執念が感じられるぞ……。
そう思い、ふとスザクに目を向けると———————
「ん……んぐっ……、ひぐっ……」
顔を真っ赤にして、泣くのを堪えている。まるで親に叱られている子供のように。
僕は「はぁ……」とため息を吐き、雑誌をスザクに差し出す。
「……え?」
「今日は見逃そう。ほれ」
「返して、ひぐっ、くれる、ぐすっ、の………?」
そんな顔でいられたらな。まるでこっちが悪者みたいじゃないか。
スザクが雑誌を受け取り、口を尖らせてこう言う。
「あ……ありがと……」
……あれ? この子ツンデレキャラだっけ?