サガルマータの雨
月曜日 午前七時三十分、雨が降っている。
テーブルの上のトーストを一齧りして、彼女が玄関から駆け出していく。
踏切の音、雨の音。
テーブルに残った二人分のコーヒー、トースト、サラダ、ヨーグルト。
コーヒーは苦い。
遠くの山から運ばれてくる、湿気を含んだ風。
雲が地面を濡らす。
火曜日 午前七時三十分、今日も雨が降っている。
昨日よりも強い雨。
今日はトーストを齧りもせずに彼女は玄関から駆け出していく。
黒い傘と外に跳ねた毛先。
テーブルに残った二人分のコーヒー、トースト、サラダ。
ヨーグルトは無い。
コーヒーは今日も苦い。
水曜日 午前七時ニ十五分、雨が降っている。
風も吹いている。
ぼくの向かいに座って、トーストを一齧りしてコーヒーを啜る彼女。
「梅雨ってさ、なんで毎年やってくるか、君は知ってる?」
「梅雨なんて、来なければいいのに」
二分後に彼女は玄関から駆け出す。
テーブルに残った二人分のコーヒー、トースト。
コーヒーの香りが、舌先から消えていく。
水曜日 午前七時二十分、雨が降っている。
洗面台で髪を整え、ぼくの向かいに座る彼女。
トーストを平らげて、コーヒーを啜る彼女。
「梅雨は、絶対に来るんだよ」
「どうして?」
「山が、あるからだよ」
二分後に彼女は玄関から駆け出す。
黒い傘と結った髪。
テーブルに残ったコーヒー。
甘さが口の中に残る。
木曜日 午前七時十五分、土砂降りの雨。
トーストを食べ終え、コーヒーを啜る彼女。
ぼくの向かいで、無表情な彼女。
「山って?」
「梅雨を運んでくる山だよ」
「どうして山は梅雨を運んでくるの?」
「理由なんてないよ。ただ、事実だけがあるんだよ」
二分後に彼女は玄関の戸を開ける。
ゆっくりと駅へと向かう。
窓から彼女を見下ろす。
黒い傘が、雨を割る。
テーブルに残ったコーヒー。
ほろ苦い。
金曜日 午前七時五分、地面を叩く雨の音。
雨樋から水が流れ落ちている。
彼女がテーブルに朝食を並べる。
コーヒー、トースト、サラダ、ヨーグルト。それと、甘い苺ジャムの小瓶。
「梅雨は毎年やってくるのね」
「そうだよ、毎年やってくるんだ、必ずね」
コーヒーを啜りながら、開け放した窓の外を眺める彼女。
夜のように暗い朝。
五分後に彼女は玄関の戸を開ける。
昨晩買った、水玉模様の傘。
窓から彼女を見下ろす。
いつもよりもゆっくり歩く彼女。
テーブルに残ったコーヒー。
今日は特別に美味しく感じる。
「よかったね、サガルマータ。そこに、居ていいみたいだよ。いつまでも、ね」