第九話 『絶叫』
どうすればいい。
どうすれば、この状況を打開できる?
「今の、この生活ではだめなのか? このままの世界で、お前は主人公になれないのか?」
私は今にも消えてしまいそうな小さな声で言う。
息子は、首を横に振った。
「父さん、俺には理想とする世界があって、その世界の中心に、主人公になりたいという意志があるんだ」
「やはりそうか。いや、わかっているさ。お前の気持ちは、父さんにもよくわかる……」
ここまで来てしまった以上、私も覚悟を決めなければならないのだろう。
「……父さんもな、お前くらいの年に、お前と同じようなことを考えたんだ。父さんにも理想とする世界があって、その中心に、主人公になりたいと思ったことがあった。そして父さんはそれまでの世界を捨てて、新しい世界に飛び込んだ。だがそこから先は苦難と挫折と苦痛と悲しみの連続だった。希望は絶望と呪いにかわり、心を容赦なくむしばんだ。かつての世界に、自分が捨ててしまった世界に、何度帰りたいと思ったかわからない。だが、すべてはもう手遅れだった。希望のあとに心を埋めたのは、果てしない後悔だった」
「その話は、本当のことなのかい?」
「父さんがお前に、こんなうそをつくと思うのか?」
「思わないよ。それで……、いや、だから、俺を思いとどまらせようとしているのか? 俺に父さんのような苦しみを背負わせたくないから」
私は歯を食いしばり、言葉をこらえる。
ここで私は何も言ってはいけない。
息子が、その心で、答えを見つけなければ意味がないからだ。
大丈夫。
私の真心は、必ず息子に届く。
「父さん……。心配はいらないよ。きっとその頃の父さんは、身の程知らずの中二病だったんだ。でも俺はちがう。俺は父さんみたいな無様な失敗はしないから」
どちくしょうがああああああああああああっ!
叫びたかった。
喉が張り裂け血があふれるまで。
あらん限りの声を上げて。
今、この瞬間、私の真心は踏みにじられたのだから。
それも、最も愛する者の手によって。
「…………どうあっても、お前は主人公になるというのか」
息子はうなずいた。
「そのために、今ある世界を否定するのか。これまでの日常を否定するのか」
息子はうなずいた。
「この私を……、父親を否定するというのか」
息子は、うなずいた。
もうたくさんだ。
猛烈な暴風が吹き荒れ、窓を強くたたく。
まるで、招かれざる客が無理矢理ここへ入ろうとしているかのように。