第八話 『鼓動』
雷鳴の残響が消えたあと、私は心を整理するように息を吐いた。
「……そうだな。まずは一つ、確認しておこうか。お前は父さんが何の仕事をしているか、知っているな?」
「もちろんだよ。喫茶店の経営だよね」
「そうだ。私達が今いるこの建物こそが、店舗兼住居なのだから、お前も当然知っているはずだ。地域の方々に愛されて、もうかれこれ二十年近くになるだろうか。高校さえ卒業していなかった私が、母さんと共に裸一貫でつくりあげたのがこの店だ。それにお前も、よく店の手伝いをしてくれている。お客の中にはお前のファンも多い。看板娘ならぬ看板息子だ。だからこそ、お前にはわかるだろう。言うなれば父さんの仕事はグローバリズムとは程遠い地域密着型の零細企業で、海外への単身赴任など縁もゆかりもない話しだということが」
息子は何も言わず、ポケットからコーヒー豆の入った小さな袋を取り出して私に見せた。
それは店で販売しているコーヒー豆だった。
袋には『キリマンジャロ』のラベルが貼ってある。
「よしなさい」
私は再び息子の顔を見る。
「そんなものを持ち出して……、どういうつもりなんだ」
「マイファーザ、プリーズリッスン」
「英語なんか、使うんじゃない!」
ついに私は怒鳴ってしまった。
最後に息子を怒鳴ったのがいつだったかは思い出せない。
しかし、この瞬間のことは未来永劫忘れることはないだろう。
なぜだ。
なぜ運命は私に、このような重荷を背負わせるのか。
「お前は、お前は父さんを、必要としていないのか?」
「アイシンク、ザッツアバウト」
「お前の心はいつまで異国をさまよっているんだ。早く戻ってきなさい」
「俺が父さんを必要としないなんて、そんなことあるわけがないだろ。父さんは俺の、大切な肉親なのだから。それでも……、それでも俺は、主人公にならなくちゃいけない。今がその時なんだ。俺だって父さんと離れ離れになるのは辛い。でも、それは俺が主人公になるために必要な試練であり、代償でもあるんだ。だから俺は、逃げるわけにはいかないんだ」
私はソファから立ち上がり、両手を固く握りしめて息子を見下ろす。
嵐の騒音が、リビングに鳴り響き、私の鼓動を早めた。
いけない、と私の心が叫ぶ。
怒りに身を委ねるな。
暴力では何も解決しない。
それに、こんなことで拳を振るうなんて。
そんなこと、いくらなんでもかなしすぎるじゃないか。
私はソファに腰を下ろし、深くため息をついた。