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第七話 『消失』

 雷鳴が窓ガラスをかすかに震わせる。

 しかし息子は雷鳴にまったく動じることなく話を続けた。

「突然こんなことを言って、父さんも戸惑っていると思う。でも、誤解しないでほしい。俺は父さんを憎んでいるわけじゃない。最初にも言った通り、心から感謝している。ただ、そのことと俺が主人公になることを切り離して考えた場合、父さんの存在が障害になるという事実が残ってしまうんだ。それだけのことなんだ。だから俺は、父さんを憎んではいない。そのことは信じてほしいんだ」

 信じるさ、とは言えなかった。

 私の口は閉じたままで、それをわずかにでも動かすことができなかったからだ。

 心情としては開いた口が塞がらないというかんじなのに。

 私の体と心には悲劇的なずれが生じていた。

「空想の物語世界、特に十代の高校生を主人公とした物語においては、何かしらの理由で両親が不在という場合がとても多いんだ」

 私の心を置き去りにしたまま、息子は話しを進める。

「日常ものの場合は主人公世代の活動が中心に描かれるから、両親をはじめとする大人世代には焦点が当たらない。たとえ一緒に暮らしていても、存在自体が無視される。ラブコメについてはヒロイン達との交流やラッキースケベ的な流れをつくるために、やはり両親の存在は邪魔になってしまう。父さんも男だから、そのへんのことはわかるよね。学園ミステリーものも主体となるのは主人公世代であって、両親などの大人がからんでくることはほとんどない。大人達がからんでくると主人公達の活躍の場が失われてしまうし、かといって何もしなければ何もしないことを読者に批判されてしまうからね」

 いったい息子は、どのような立場に立って今の話をしているのだろうか。

 世界の観測者だろうか。

 はたまた神だろうか。

 とにかく、息子が私という存在を排除したいと思っていることは確かなようだ。

 しかし……。

 ラッキースケベとは。

 あの息子が、そんなおぞましい言葉を口にするなんて。

「父さんも知っての通り、俺は家事を一通りこなせる。だから父さんがいなくなってもなんとか生きていけるよ。生活費はバイトで稼げばいいし、物語の主人公にはそういうケースが多いんだ。俺が大学生になったらここを出て一人暮らしをするから。その時は父さんもこの家に戻ってきてかまわないよ」

 なんということだろう。

 さりげなくこの家の主導権が、息子に奪われようとしている。

 そしてなにより――

 息子は私がいなくなることを前提に話を進めているではないか。

 私は、いなくなってしまうのだろうか。

 私は、私は…………。

 消えてしまうのだろうか。

「でもね、父さん。さっきも言った通り、俺は父さんを憎んでないし、失踪してほしいとも思っていない。父さんが失踪したら、俺が理想とする世界になんか嫌な感じの影が落ちてしまうから。だからここは多くの先例に従って、俺が高校生活を送っている間、父さんには海外へ単身赴任してほしいんだ。そうすればいろんな問題を解決できる。だから、お願いだ、父さん」

 息子の目がまっすぐに私を見つめる。

 目を背けたいという思いをこらえ、私は息子と向き合う。

 またひとつ、巨大な雷鳴が轟いた。

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