第二話 『宣言』
私の前に現れた息子が身に着けていたのは、真新しい濃紺のブレザーと、グレーのズボン。明るい水色のネクタイに真っ白なカッターシャツ。
そう。高校の制服だった。
いや、高校生が高校の制服を着ることは、何もおかしくない。
だが今は真夜中だ。
こんな時間にもかかわらず制服を着る必要性がどこにあるのだろう。
何かが狂い始めているという予感が、私の胸をざわめかせる。
そんな予感を振り払うように、私は何気ないかんじの微笑みを浮かべた。
そして、普段と変わらない口調で言った。
「どうしたんだ、こんな時間に」
「父さん。その、話があるんだ。とても大切な話なんだ」
息子はまっすぐな眼差しを向け、真剣な口調で言った。
「そうかい。まあ、そんなところに立っていないで、こっちに来て座りなさい」
息子はうなずき、私の正面にあるソファに座る。
何となくだが、私はその動作にぎこちなさを感じた。
大切な話をするにあたって、息子は緊張しているのだろうか。
それとも、興奮をおさえているのだろうか。
気持ちを落ち着けるように息子は短く息を吐き、口を開いた。
「まずはお礼を言わせてほしい。父さんのおかげで、俺はここまで成長することができた。三年前に母さんがいなくなってからは男手ひとつで俺を育てることになって、大変なこともたくさんあったと思う。だけど父さんは、俺のために毎日がんばってくれた。父さんには心から感謝している。本当に、ありがとう」
「いや……。父さんは父さんの望んだことをしただけさ。むしろ私のほうこそお前には感謝しているよ。小さい頃からとてもしっかりしていたし、母さんがいなくなってからは家事もすすんでやってくれるようになった。中学生になって部活や勉強が忙しくなったにも関わらず、私の仕事の手伝いもしてくれた。お前は本当に立派な人間だ。お前は、私の誇りだよ」
「父さん……」
私はうなずき、目を閉じる。
そして、幸せに満ちた暖かな記憶を呼び覚ます。
そう。本当によくできた息子なのだ。
小学生の頃から一角の人物になるだろうと思っていたが、中学生になってからはその予想を超える成長ぶりを見せてくれた。
成績はいつもトップクラスで、所属していた剣道部では一年生のうちに主将の座に上りつめ、三年生の時には全国大会にも出場した。
一方で家事も完璧にこなし、私の仕事も期待以上に手伝ってくれている。
体つきも少年らしいしっかりとしたものになり、顔立ちもきれいに整い始めた。
それは若かりし頃の妻の面影を強く感じさせるものだった。
目元の繊細さやすっきりとした口元は、まさに妻のものだ。
あと数年もすれば、中性的な顔立ちの美青年になるだろう。
息子は私の誇りなのだ。
同時に私がこの世界で生きてきた証であり、象徴なのだ。
私は目を開け、息子の顔を見る。
「それで、大切な話というのはなんだ?」
「俺のこれからの人生、そして俺が生きる意味そのものに関わってくる、重要な命題について話したい。本当に、大切な話なんだ」
息子は思い詰めるように口を閉じる。
私はせかすことなく、息子が口を開くのを待つ。
その間、私の心臓は破れんばかりに鼓動を打ち鳴らしていた。
それに呼応するかのごとく、雨の音が聞こえてきた。
やがて、息子は口を開いた。
「俺は、主人公になる」