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第一話 『嵐の始まり』

 今日という日は私の人生において祝福すべき大切な日となるはずだった。

 そう、今日の夕方を迎えるまでは。

 強く吹き始めた風の音と共に、遠くの国道を走るトラックの音がリビングへと静かに響く。

 ソファに身を沈ませていた私は、不意を突かれたように体をこわばらせた。

 しかし音が遠ざかっていくのを聞き、ゆっくりとため息をつく。

 風が吹くたび、窓はおびえるように細かく揺れる。

 壁にかけている時計の針はそう遠くないうちに今日が終わることを示していた。

 念のために腕時計も見て時刻を確認する。

 こんな夜中に嵐が来るとは、厄介なものだ。


 いや……。

 これが本物の嵐なら、まだいいかもしれない。


 私はもう一度ため息をつき、悪い考えを追い払うように頭を軽く振った。

 今日は、息子の高校の入学式があった。

 息子はこの世界にいるたった一人の家族であり、私がこの世界で生きる最大の理由である。

 そしてなにより、私がこの世界で生きる最大の喜びなのだ。

 三年前に妻がいなくなってからは男手ひとつで育ててきた。

 今日は、そんな息子の成長の節目となる日だった。

 なのに……。

 なのに、どうして。

 無秩序にわき上がってくる様々な感情をしずめるように、私は懐かしい過去を思い出す。

 しかし心はさらに乱れてしまった。なので、今日の入学式のみに記憶の焦点を当てる。


 風は強さを増しているらしく、うなり声のような風音が聞こえてくる。

 おそらく明日の朝までには、このあたりの桜は散ってしまうだろう。

 残念ではあるが、それは仕方のないことだ。

 季節はめぐるものであり、桜の花はいつか散らなければならない。


 時の流れは誰にも止められないし、誰も止めるべきではない。


 そのようにして移ろいゆく時の中に、回り続ける世界の中に、私が愛してやまない日常の世界はあるのだ。

 苦難の果てに手にした、理想とする世界があるのだ。

 突然、玄関のほうから物音が聞えた。

 私の心臓は狂ったように鼓動を打つ。

 しかし誰かが訪ねてくる気配はない。

 おそらく、風が強く吹いてドアを揺らしただけなのだろう。

 そうだ、そうにちがいないと、私は安堵の息をつく。


 思い返してみれば、たしかあの時も嵐だったな――。


 回想を遮るように、階段を下りてくる音が聞こえる。

 私はリビングのドアに目をやった。

 やがてドアが開き、息子が姿をあらわす。

 その姿を見て、私は動揺した。

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