第五章 そして魔王は魅了さるる
「私は貴方の愛に溺れていたいの、貴方の尊き血にではないわ!
貴方に信じて貰えないなら、この白木の刃で私を貫いて…。世界は貴方を中心に廻っているの。
貴方の中で私の記憶が生きるなら、このまま生き永らえるより私は幸せになれる。」
吸血鬼姫がスポットライトの中で跪き、観客の方へ白い腕を伸ばす。
血を思わせる朱いドレスから伸びる腕はより一層白く見える。
「愛してとは言わないわ、私は異形の身…ただ、私が貴方を愛している事だけは知っていて。
そう…貴方は私に死すら与えてはくれないのね。
私は貴方に受け入れられなくとも、貴方を愛してる事だけを胸に生涯を生きて行けるわ。
貴方のことは、だって…片時も忘れないもの。」
両の腕でその細い肩をそっと抱く。
力を入れず、そっと儚げに。
細い身体がより一層か弱く、か細く見えるように気をつける。
「…人間の言葉に私のこの気持ちを表せる言葉があれば良いのに。
私は貴方を…ただ、ただ…愛しています。」
アルマの大きな瞳から一筋の涙が流れ落ちる。
沈黙が舞台を支配する。
周りにいた全員が息を止めてアルマを注目していた。
「ほら!ここで暗転!…私達が見惚れててどーすんのよ!」
奇妙なほど長い幕間だが、楓の一言でみんな止めていた息を吐き出した。
一斉にざわめきが戻る。
「楓だって、見惚れてたじゃん!」
他の部員から揶揄する笑いながら野次が飛ぶ。
「しょーがないでしょ、迫真のお芝居なんだもん。アルマ先輩、私が男なら独り占めする。」
「女の子同士でも、アルマ先輩なら許しちゃう。」
「ま、ま、ま、待ってよ。みんな、褒め過ぎだし。…少し休憩しましょうか?」
アルマは周りに迫られ、慌てて逃げ出す。その純な反応に後輩からは密かに温かい視線が向けられている。
楓が二年生の転校生を主役にという提案を聞いた時、一年生しかいない演劇部員たちの間ではどんな人となりなんだろうと心配する声も多かった。
しかも、自分達が作り上げてきた舞台の主役なのだ。
いくら楓自身が主役の座を下りて、交代すると言っても自分達の手作り舞台が滅茶苦茶にされてはかなわない。
責任は私が取るからと言う楓が強引にお仕切り、オファーに至った経緯もある。
ところが衣装の無償提供や本格的なお姫様演技(演技ではないのだが)、気さくに誰にでも話しかける性格に触れて今ではアルマ以外の主役はあり得ないという雰囲気になっていた。
「はーい、じゃぁ次のリハまで五分休憩ねー。」
もはや衣装の心配どころか、本物の宮廷ドレスを着てはしゃぐ女子部員が舞台を配置換えをし終えて、車座になった休み始める。
出演者がシークレットで進められているのでアルマもうっかり衣装のままで体育館の外に出る事は出来なかった。
軽音楽部などと舞台の使用時間の取り合いで、短時間であったがそれぞれが台詞を頭に入れてリハーサルは順調に進んでいた。
衣装で想像力をかき立てられるかが問題であったので、それが解決した今となってはリハに集中出来ているのだ。
後十日間の時間的猶予を演技に集中出来るのは嬉しい誤算である。
部員たちはアルマから提供された衣装を自分のサイズに調整して着こなしている。
主に胸の部分ではみな俯きながら少し胸のカップサイズを詰めていた。
「アルマ先輩、体調大丈夫ですか?疲れているみたいですけど。」
「え?…全然大丈夫だよ。ありがとう。楓も色々大変でしょう。みんなも風邪引かないでよ〜、一緒に舞台を成功させようね。」
「「はい!アルマ先輩!」」
身体が弱い事になっているアルマの体調を心配して楓が声を掛ける。
傅かれるでもなく、同じ目線で心配してくれる同性はコティ以来である。
そもそもアルマの心配事は他にあった。昨日出会った百合である。
確証はない。
でも、何かが引っかかる。魔術の片鱗は見えなかった。
巧妙に百合の質問には自分では答えないようにしていた。
自分の名前も、自分がやる事についても。名前を自ら明かす事は魔術に利用される事もあるのだ。
奥の院には大杉同様前大戦の残り香が微かにしていた。
あそこがゲートになっていた事は間違いないと思う。少なくとも、今は稼働していないように視える。
調べて、かえって封印を解くような事になっても問題だし、今のところは静観するつもりでいるが…気にはなる。
彩には心配をかけたくないので、確証が取れるまで話さないつもりでいた。
「さぁ、リハ再開するよお〜。軽音楽部が来るまで後三十分!最後まで通しでやったら今日は終了!」
楓の声でみんなが動き始める。
人間界は不思議だ。地位は身分ではなく、頑張った人にみんながついてくる。
そんな当たり前な事にアルマは新鮮な感銘を受けていた。
でも、この方が自分にも納得が出来た。頑張っている楓の事を受け入れている事自体がそれを物語っている。
割りと気を張り詰めていたので時間が過ぎ去るのも早い。
一通り演目のリハが終わるとそろそろ交代の時間だ。
後片付けをして、アルマが時間差で先に体育館を出る。どこまで効果があるかだが、楓が言い出した偽装作戦だった。
「ゴミ捨てておくねー。裏の焼却炉で良いんだよね?」
「あ、アルマ先輩。良いですよ、私達でやりますから。」
「平気、平気。これくらい!お疲れ様でした!お先に〜!」
アルマはごみ袋を片手に体育館の裏口からこっそりと抜け出る。
既に制服姿に戻っているが、楓からは
当日まで誰にも言わないように厳命されているので、誰にも見られていないか辺りを見回してしまう。
人の気配が無いことを確認して、校舎裏の焼却炉を目指す。
彩と教室掃除のごみを捨てに来た事はあるが、一人で来るのは初めてだった。
焼却炉にごみを投げ入れるとアルマは元来た道へくるりと振り返る。
その時、校舎の端にあるはずの焼却炉
より更に奥へ道が繋がっているのが目に入った。
好奇心でそちらの方へ足を向ける。
一歩そちらに踏み出した瞬間、ふんわりとした空気のベールを抜けた気がした。
何故だが、やっぱり彩のとこに帰ろうかな?と足が止まる。
踵を返そうとした時、頭の中でフラッシュライトが瞬く。
アルマは一気に後ろに飛び退る。
辺りに人の気配が無いことを確認する。
…迂闊だった。
自分が今、人間界に来ている事を忘れてしまうという油断。
演劇の練習が終わって緊張が解けたとは言え、異界の地にいる自分の立場を忘れているとは。
アルマは歯噛みする。
今のベールはまさしく人払いの魔術。
逆に言えば…何か隠さなくてはいけないものがあるという事だ。
全身が緊張する。アルマは人からは視えないように最小限の『領域』を発動させる。
『領域』は吸血鬼族の得意とする魔術で自らの周りに魔術の壁を作り、防御力を高める。理論的にはその壁で攻撃することも可能であり、魔力が強い方が有利である。
中でもクール家に伝わる固有魔術ではその範囲を広げる事も可能であり、一族の中でもアルマの技量は群を抜いていた。
ただし、ここで領域を使えば魔力を感知される恐れがあるためアルマは領域を極力抑えて魔力を反射するのではなく、吸収する術式で身体に纏わりつかせた。
一歩ずつ焼却炉の奥へ近づく。
また、ベールを感じたが領域の効果で精神面への干渉は完全にブロック出来た。
曲がり角に差し掛かると壁に背中を合わせて、少しずつ顔だけを覗かせる。
窓のない建物の壁に囲まれた辻の行き止まりに小さな社があった。
朱塗りの鳥居が何重にも重なり、社はほんの少ししか見えないが綺麗に整備されている事が見て取れる。
何となくだが、防護魔術の気配がする。不用意に人間が近づかないように人除けの魔術が施されているのだろう。アルマとしては不用意に社に近づいて霊魔界へ警報が出ても面倒になるので見るだけに留めている。
先程の人払いの術式を思い返し、何となく魔人族のものに似ている事を確認する。
確かにここは魔人族の担当エリアであり、彼らが公式なゲートを保持している事は珍しくない。
吸血鬼族も守護地域であるヨーロッパでは各地の教会にゲートを持っている。
魔人族のゲートがあることを確認出来ただけでも良しとして、近づかない方が良い場所リストに加えておく。
アルマは危うきに近寄らずで、それだけを心に止めると元来た道を戻り、領域を解いた。
心臓がトクトクと鳴っている。
こちらから何かをしなければ、魔人族からとやかく言われる事もないのはずだ。
心配事を一つ増やして、その日は暮れていった。
☆
『鈴宮 彩さん、鈴宮 彩さん…至急、職員室までお出で下さい。
お客様がお見えです。』
図書室で研究会のフルメンバー…と言っても鷹司部長さん、アルマと僕の三人だけだが、活動を行ってた時の事だ。
突然の雛菊先生の校内放送に思わず、僕は唖然としてしまう。
アルマは体育館での練習が遅番だったので先に研究会の会合場所である図書室に顔を出していて、珍しく鷹司さんの弓道部も男子が一斉練習をするとの事で今日はお休みになっているらしい。鷹司さんを始めとして少数ながら好成績の女子弓道部に負けじと活動報告会の練習をしているのだろう。
しかし、僕に会いに来るなんて、誰だ?
去年亡くなった養父嚴志郎の親族だろうか?もう失う親族もいない身としては首を撚るばかりだ。
アルマと鷹司さんを図書室に残して職員室まで足を運ぶ。
「あぁ、鈴宮!やっと来たな!…彼女がお待ちかねだぞ!」
「かの…じょ?」
「こんにちは、彩。活動報告会のお誘いを受けたので事前に場所を確認しに来たら、こちらの雛先生にここへご招待されてしまいました。」
昨日歌声神社で会った百合ちゃんが昨日とは違う朱色の和装でぺこりと頭を下げる。
相変わらず切り揃えられた黒髪が艷やかである。
隣で座っている雛菊先生と身長が変わらないのではないか?と見比べたが意図を見通したかのように睨まれたので慌てて百合ちゃんに視線を固定する。
「校門の前で校内を伺っていた所を見かけてな…要件を聞いたら君の名前が出て来たという訳だ。
知り合いなのか?」
「えぇ、まぁ…僕のというより僕ら研究会の…と言いますか。
土曜日に歌声神社で会って、今度の活動報告会へ招待していたんです。」
雛先生は胡乱な顔をして、僕の耳元にポツリと呟く。
「君はあれか?…幼女好きなのか?犯罪的なことはしてないだろうな?」
「先生、僕をどういう目で見ているんですか?」
「こほん。勿論、健全な青少年だと信じているとも…なぁに、ちょっと心配になっただけだ。ハハハ。」
笑って誤魔化しても白々しさは明白だ。
雛先生は白塗りの雰囲気を壊すようにわざとらしく口調を変えた。
「一応、校内に保護者が帯同していれば見学は許可できるからな鈴宮…案内してやれ。
大事な将来の生徒候補だからな。
では、百合さん。鈴宮に案内してもらって学院を楽しんでいってください。」
ヤレヤレ…先生も青田買いか!?
というか、僕はまだ結婚すらしていないのに既に子連れ設定とか…。
ボヤいても仕方ないので、百合ちゃんを伴って、まずは図書室を目指す。
女の子の案内は鷹司さんの方が上手いだろう。
一人で百合ちゃんを案内していたら、雛先生のような誤解を更に生むに違いない。
これ以上、校内で目立ちたくはなかった。
ふと指先に何か冷たいものが触れる。
百合ちゃんの指だった。
視線を下に移すと百合ちゃんがこちらを怯えたように見上げている。
小さな女の子が一人で見知らぬところへ来たのだ。
好奇心が薄れて怖さが先に立ってきても仕方がない。
僕はそっと百合ちゃんの手を握った。
「…お前は変わらずいつも優しいな…。」
「え?百合ちゃん、何か言った?」
「何でもない。」
傍から見れば幼女誘拐の現行犯かもしれないが、特に誰ともすれ違わず、そして何より騒ぎにもならず、図書室へ到着した。
ところがアルマの姿はなく、鷹司さんが一人で過去の研究会の活動日誌とにらめっこしていた。
図書室に入ると人の気配がしたのか、百合ちゃんはそっと手を離した。
「おかえり〜…って、えーっと、百合ちゃん!?」
鷹司さんの驚きも尤もだ。
僕の方も驚いているのだから。
「こんにちは。」
「活動報告会の下見に来てくれたんだって。あれ?アルマは?」
「アルマさんは時間だから、体育館に行ったわ。
何だか、雑誌を読んでたら真っ赤な顔で立ち上がったと思ったら、練習の時間だからって行ってしまったの。
百合ちゃん、いらっしゃい。ゆっくりしていってね。」
僕は図書室用に取っておいたキャンディバーを思い出して、カバンの中から取り出す。
「はい、百合ちゃん。良ければどうぞ…こないだのとはちょっと味が違うけど。」
「うん。」
百合ちゃんは少しはにかみながらキャンディを受け取り、派手派手しい包装紙を取り除き、口へパクリと加える。
「折角来てもらったんだけど、まだ活動報告会の準備は終わってないから案内と言っても、校内をぐるりと回るくらいしかないんだけど…どうする?鷹司さん?」
「ん〜、そうねぇ。準備の様子を見て回るくらいかしら?
当日はもっと賑やかだから、楽しみにしておいてね。」
「アルマが練習行ったのなら、体育館にでも行きましょうか?
なんだか秘密練習らしいけど頼めば入れてくれるんじゃないかな?」
そう言って僕らは連れだって体育館へと向かった。体育館のドアには『演劇部秘密練習中!覗いたらダメ!』とデカデカと貼り紙がされている。
出入口のドアをノックすると楓さんが遮光カーテンの隙間から顔だけを出してきた。
「まだ、交代の時間じゃ…ない…って、鈴宮先輩!どーしたんですか!?」
次に体育館を使用予定の部が前乗りしてきたのかと血相を変えて楓部長が出てきたのだが、僕だと気づき慌てて口調を変える。
どつかれなくて良かった。
「百合ちゃんが活動報告会の下見に来たんだけどね。
演劇部ならリハーサルを見ても面白そうかなって、連れてきたという訳なんだけど…どうかな?」
「うーん、いくら先輩の頼みでも一応オフレコ貫いているので…まぁ、百合ちゃんだけなら見せても良いんですけどね。」
「ありがとう。今日は単に下見だけだから、少し雰囲気が分かるだけで良いの。」
「まぁ、そういう事なら!お客様第一号として認定します(^o^)」
百合ちゃんはいち早く応えて、楓さんの脇から、スルリと体育館の中に潜り込んでしまう。
「先輩たちは残念ながら、ここまででーす。後は当日をお楽しみに〜。」
「帰りは一人で帰れるから、気にしないで…もともと一人で来たんだから。またね、彩!」
百合ちゃんは声だけで、そう言い残して体育館の中へあっさり消えて行ってしまう。
ポツリ…と二人きりで取り残された僕らはお互いの顔を見合う。
「どう…しよっか?…私、今日は練習がお休みなの。鈴宮くんさえ良ければお茶とか…その、しにいく?」
「僕は構わないよ。」
「え、わ!そ、そう!?…剣道部とかに顔出さなくて良いのかな?」
「いま、出来れば近づきたくないなぁ。」
先日の部員総出の打ち込み練習を思い出し、ぶるると首を振る。
全員を相手にするなんて疲れる。
しかし、鷹司さんはなんでそんなに声が裏返ってるのかな?
何か変な事、言ったかな?
「よ、よし!…制服で街に行くと目立つから寮に戻って着替えて出掛ける?…あ、でも、デートとかそういうんじゃないから!」
何故か、全力で否定される。
僕もそれ程意識していなかったが、やっぱり副会長ともなると周りの目は注意しないと、変な噂が立ってしまうのだろう。
こっちも気をつけて上げないとね。
「う、うん。でも、鷹司さん。生徒会の方は良かったの?放課後、顔出すとかお昼に言ってなかった?」
「あ…。」
「いや、何で泣きそうな顔してるのさ?…いや、ごめんごめん。」
「鈴宮くんはいつも謝れば良いと思ってるでしょ。もー、知りません!」
折角のチャンスだったのに!という一言を何とか飲み込んだ櫻子は溜息と共に肩を落とした。
「ごめんごめん。まだ時間があるなら、自販機のコーヒーを奢るよ。
細やかなお詫びだけど。」
「そうやって、百合ちゃんの事も餌付けしてるのね。
まぁ、いいわ。それで許してあげる。その代わり、一番高いロイヤルカフェモカでお願いします。」
「ぐ…はーい。」
何とか機嫌を直してくれた鷹司さんと僕は中庭のベンチで時間まで歌声神社の謎について仮説を立てながら議論を続けた。
鷹司さんから、何か話があるのかと思ったがその日は特にはないまま過ぎていった。
☆
あっという間に準備期間も終わり、迎えた活動報告会の当日。
快晴という好天に恵まれたので客足もまずまずであった。
お客様とは近隣の住民の事で、皆さんも学院側が招待してイベントを盛り上げている。既に気合いが入ったお祭り雰囲気になっていた。
各部活の来年度予算獲得へのアピールという理由も手伝ってか、出展者側の気合の入り方も相当であったが…。
特に各部が出している参加型の出し物の参加費や飲食系の代金が徴収されるのでその収益も馬鹿にならない。
アルマが参加する演劇部の舞台は午前と午後の二回。
僕がお手伝いする剣道部も同じく午前と午後の二回のイベントをやる。
午後の時間は幸いズレているので午後一番はアルマの演劇を見に行く予定だ。
風城先輩は『千人抜きだぁー』と息巻いていたが、ホントは賞品となっているアルマ特製弁当を独り占めしたいだけじゃないかとも思う。
アルマのお弁当の旨さはいつも身に沁みているので僕には譲る気はさらさらない。
賞品を守りきったら、僕が貰える事はちゃっかり確認している。
アルマも気を遣い、午前十時では昼食を、四時過ぎの部ではおやつを作って来ていた。
いつの間に作ったんだろうと、手際の良さにびっくりである。
お弁当とおやつは頂こう…ちょっと贅沢というか恨まれそうだが。
何にせよ、それがないと僕のお昼ご飯がない。
『今日はさすがに自分達の分は作れなかったの〜。ゴメンネ。』
と、アルマに言われてしまえば致し方ない。ここは是非とも食料確保に動かねば。教室で別れた僕らは体育館と武道場へとそれぞれ向かう。
僕は更衣室で用意されていた白い道着に着替えると、身が引き締まる思いがする。
剣道部は型の演武に続いて乱取りと呼ぶ一人に順番に打ち掛かる練習風景を見せた後、いよいよ参加型アトラクションに移行する予定だ。
乱取りの攻撃側は一撃離脱、受け側はいなしても、反撃しても良い。
参加型アトラクションは、まぁスポーツチャンバラである。風船を割られた方の負けである。
更衣室から道場に入ると何故かピッタリとブルーシートが敷き詰められていた。嫌な予感がする。
「風城先輩、今日は宜しくお願いします。」
まずは部長の風城先輩に挨拶をする。
「おぉ、鈴宮。手伝って貰って悪いな。助かる。」
「先輩。念の為、お伺いしたいのですがこのブルーシートは何のためにあるんですか?」
「それは…ほれ、観覧者の方は土足で入りたいだろうし掃除が楽だしな。
神聖な道場に土足と言う訳にはいかないからな…うんうん。(^_^;)」
怪しい。
…あからさまに怪しい。
武道場の入り口には靴箱が常備されており、礼儀の意味でも土足を厳禁にしている。
「先輩、先輩。他の部員の人達は何でいつもと違う薄手の白い道着なんですか?」
「あぁ、あれはイベント用に新調したんだ。ま、一回だけだし。鈴宮の分もロッカーにあったと思うぞ。」
「ええ、何故か二つもありましたよ。
…先輩、先輩。その白い新しく新調した道着の下に皆さんだけ着込んでいるのは何ですか?」
「ん?…この道着は少し寒いかなと着込んでいるだけだ。
気にするな。ははは。さぁて、そろそろ集まったかな〜。よし!全員集合!」
何かを誤魔化すかのように五分前集合をかける風城先輩号令に従って移動を開始する。
部外者の僕は一番後ろに整列をする。
三々五々観覧者も増え始めている。
何故かみんなカメラを持っている。
「只今より、剣道部の活動報告会を開始させて頂きます。
まずは全体演武を披露させて頂いた後で、乱取りをお見せ致します。
日頃の鍛錬の成果をご覧ください。
その後で、皆様お待ちかねの美少女料理人アルマディータ嬢特製のお弁当をかけた千人斬りイベントを開催したいと思います。」
何故か最後のイベント告知で『うぉー』という野太い歓声が上がる。手の空いている男子学生の数が倍加している気がする。
演武の型を部員全員に混じり行う。
竹刀で袈裟がけ、切り上げ、横薙ぎなどを一同が一糸乱れず披露する。
最後の型を終えると会場の観覧者から感嘆と拍手と歓声を頂く。
「次、乱取り!鈴宮、前に!」
嫌な予感がする。
ほぼ確信に近いのは風城先輩がニヤリとしただけではない直感的な部分だ。
自分の竹刀を握り直し、前に立つ。
僕の前には剣道部の猛者達が一列に並んでいる。
「宜しくお願いします!」
『宜しくお願いします!!』
全員の唱和に武道場にピリッとした緊張感が溢れる。
「よし、始め!」
一人目の部員が飛び込んでくる。
確か一年生の田中くんだったかな?何度か乱取りで打ち合った事がある。
小手を護る為に剣先が少し右にずらすのが癖だ。本能的な部分が多分にあるのだろう。
お互いに防具は着けていないので剣を交えて、いなすだけである。
…だけのはずである。たぶん。
彼の切っ先が触れ合った瞬間、小手を狙う機動で通常の試合同様のスピードで打ち込んでくる。
竹刀を狙わないのは反則だ!防具はないんだぞ!
いなすだけでは間に合わず、
思わず竹刀を力任せに擦りあげて、がら空きになった胴を打ってしまう。
「やったぁー!」
何故か歓声を上げつつ、通り過ぎていく。今の感覚。道着の下に打撃を吸収する防具を着込んでいると見た。
ズルい。
乱取りにしては次の打手が中々来ない。
「こら、田中。喜んでないで段取り通り切られたら死ね!」
「あ、はい!…うがー、やられたー。」
一年生の田中くんはそう言うとポケットから何かを取り出し、自らの道着に液体をかける。みるみる、白い道着が緋色に染まっていく。
剣道部名物の血糊である。
観覧者からは笑いが起きている。
田中くんはくるくる回りながらブルーシートの端っこに綺麗に倒れ込む。
死者一名の出来上がりである。
風城先輩…あなた、今年も何しているんですか!?
「次!鈴宮から一本取るか、いなされないだけの打ち込みが出来たら、次の練習試合の候補者だぞ!
田中だけにいい思いをさせるな!」
「押忍!行きます!」
次の部員が構えを堅くする。
いや、人を試験台にしないで頂きたい。全く。
ココでネタバラシということは簡単に打ち込むなと言う僕への指示も同然だ。
風城先輩…部長の責務放棄し過ぎです。
僕は愚痴を言う間もなく、次の攻撃者の相手をする。
相手が本気で打ち込んでくると分かった以上、こちらも本気を出して剣先をいなす。
そこから先は死者を三名程増やしたが、最後に風城先輩が相手を務める。
もはや、乱取りとは言えなくなった必死の部員達の打ち込みに慣れてきたものの風城先輩のスピードは桁違いだ。
いなすどころか防御に回ってしまう。
風城先輩の目が僕の竹刀の切っ先を追いかけるようになっている。
そこへ手首を捻り、竹刀の切っ先を引いてすかさず踏み込む。先輩の視界から僕の竹刀は消えでいるはずだ。
すかさず身体を沈める。これで視界の中から僕自身も消えているはずだ。
早いスピードを把握しようとするとどうしても視野が狭まるものだ。
胴を薙いで後ろへ抜け、僕の勝ちなのだが、先輩は嬉しそうにポケットの血糊を道着にかけて死者の列に加わる。
「今回は死者5名に留まりました。午後の演舞では何人になるか乞うご期待です。では、これから…。」
風城部長が死人の体で演目を次へ進める。
部員全員でブルーシートの上を清掃して血糊を拭き取ると、今度は僕の準備が始まる。
額と両肩口に二つ、合計三つの紙風船を付ける。
手にはスポンジ製の柔らかなスポーツ竹刀を持たされる。
この竹刀なら叩かれても痛くないので安心して打ち合いが出来るのだ。
双方とも三つの紙風船のうち一つでも破れたら負けである。
参加者が続々と列を成す。
そして、僕の昼飯争奪戦が始まった。
☆
昼休み時間にいつもの屋上で、僕は午前中の戦果をアルマ、それに鷹司さんと仲良く分け合っていた。
無論、一人分のお弁当では足りないのでコロッケごぼうパンは必須だ。
開口一番、『彩が五人も斬り殺しちゃったってほんと?』とアルマに聞かれた時には風城先輩が故意に噂を流していると確信した。
情報源は案外、妹の楓さんだったりするのかな?
「でも、鈴宮くん。イベントで一人も成功者出さないなんて良かったの?
確か、一回百円で何回も参加した男子もいたんでしょ?」
「う…大人気なかったとは思うけど、僕の昼ご飯確保の為に、仕方なく。
背に腹は変えられないし。」
「私の料理の腕は凄いのだ!」
アルマが笑顔で力コブを作ってみせる。
「はは〜毎度、お世話になっております。」
「ご相伴に預かっております(^^)v。
ところで、アルマさんの演劇はどうだったの?午前中は弓道部と生徒会の仕事で行けなかったのよ。」
「みんなうまくやってたと思うよ。拍手も一杯貰ったし。泣いてた子もいた の…ちゃんと観てくれてたんだな〜って嬉しかった。午後の部も頑張るわ♪」
「午後の会には僕も行けると思うから、楽しみにしているよ。」
「私もお邪魔します。」
「うん、頑張るね。」
僕は午後の死者数を心配しながら、今だけはアルマのお手製の昼食を楽しんだ。
…そして、舞台の幕が上がる。