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第四章 そして魔王は逃げ回る

翌日、呆気なく僕等が気にしていた視線の謎は解けた。


「先輩、頭を上げて下さい。何度言われても僕には何もできませんよ。」

「分かった。なら、本人と直接話をしてやってくれないか?

断るにしても本人に直に話して貰えれば納得すると思うんだが。」


自主練に行くと昨日と同じように風城先輩が武道場で正座をして待っていたのだ。

嫌な予感がする。

僕が言われるがままに前に座ると突然頭を下げだしたのだ。

活動報告会の話は昨日決着が着いたので訝しがっていると滔々と説明をしだした。

曰く、妹さん…楓さんがアルマに部活動に参加してもらいたいらしいのだが、僕が昨日勧誘を蹴散らしてしまったので頼むに頼めなくなってしまったのだ。彼女としては先輩に直接頼むのも気が引けて、躊躇していたらさらに状況が悪化してしまったのだという。

そこで兄の人脈で風穴を開けようとしてきたのだ。


「先輩…妹さんが結構弱点だったりします?」

「アイツ、一度思ったら結構突っ走る性格でな…って、余計なお世話だ!」

「はいはい、ではお昼ご飯をご一緒するという事で段取りしておきます。」



「…で、ここで待ってるって訳ね。

朝練を覗きに行ったら男同士でコソコソやってるから何かと思っちゃった。」

「来てたの?」

「あんまりにもいつもより遅いから朝ごはんだよーって、呼びに行ったんだけど、声をかけそびれちゃったの。」


アルマはお弁当を広げながら、気配を探るような視線を辺りに送っていた。

いつもの屋上で僕らは風城先輩たちを待っていた。


「こ、こ、コンニチワ!」

「よっ!鈴宮…って、楓!なんでそんなに緊張してんだ?」

「うっさいわね、啓太は黙ってて。」


小声が全く丸聞こえの楓さんが風城先輩に鮮やかな肘打ちを決めている。

彼女も武道の心得があるのだろう。割りと腰を落としていて、堂に入っている。


「こんにちは、先だってはどうも。」

「こんにちは♪」

「クール先輩…これ読んで下さい。」


楓さんは震える手でラブレターにしては分厚いレポート用紙をアルマに手渡す。


「お手紙じゃないよね?…最近、靴箱に女の子からのお手紙が多くて。」


アルマは額に手を当てて天を仰ぐ。

いつの間にそんな事になっていたのだ?気が付かなかったぞ。


「違います。『吸血鬼の花嫁』という舞台劇です。今度の活動報告会で発表しようと思って書き下ろしたんです。

それでクール先輩に主役のドラキュラ伯爵の娘役をお願いできないか?と思いまして。」


アルマは吸血鬼という単語にドキッと固まって楓さんの話を聞いていた。


「クール先輩が身体が弱くて、運動系は出来ないからと鈴未先輩が皆の勧誘を断る為に刀を抜いた事は全校で知らない人はいません。」


いや、抜いてないし。

どこで話が盛られているのだろうか?


「それでも…この役に合うのはクール先輩しかいないと思うんです。半年間みんなで考えて少しずつ準備も進めてきました。

台本も手直しだらけだけど、この舞台に賭けてるんです!

週末、先輩にお会いした時に直感したんです。ラストシーンで相手の男性に抱かれる主人公の可憐さはクール先輩しか演じられません!」


今までの勧誘の中で一番迫力と熱意がこもった楓さんの申し出にさすがのアルマの鉄面皮笑顔も色を失っている。


「…う、うん。取り敢えず読んでみるから食事をしましょうか?」


アルマは僕達に食事を進めて、自分は台本を読み始めた。

とても昼休み中に読み切れる量ではないように思えるが、アルマはキチンと

読み込んでいるようだ。

僕と風城先輩は昼飯を食べながら、楓さんは固唾を飲んで焼きそばパンを握り締めている。

最後のページを読み終えたアルマは何も言わず、原稿を脇に置いて楓さんに向き直る。


「良く書けていると思います。凄く共感出来るところが多いわ。」


それはそうだろう。本物の吸血鬼の娘ですし、現に人間(僕)を狙っている訳だし。


「じゃぁ…。」

「でも、ダメ。この役は引き受けられないわ。」

「え?!…どうしてですか!?」

「ラストが結ばれず悲恋で終わるなんて許せない。

何のために苦労して血の暴走や人間や魔族の偏見を払拭してきたの?

最後は苦労したヒロインが救われるお話ぢゃなきゃ。そうじゃなきゃ、女が立たないわ!」


なんとも侠気溢れる意見で台本を却下した。というか、かなり自分勝手な理由だよね?それ!

楓さんも俯いて項垂れている。

そりゃ、今まで作り上げてきた台本が全否定されれば泣きたくもなるよね?

アルマ…言い過ぎだぞ!


「やっぱり…やっぱり、そうですよね?最後はハッピーエンドじゃなきゃダメですよね!」


くいっと頭を上げた楓さんは何故か晴れ晴れしくニカッと笑っている。


「みんなの意見で割れていて、ハッピーエンド版ってのもあるんです。

やっぱり同情して泣かれるより、嬉し泣きの、もらい泣きの方が良いですよね?」

「え?!そんなのもあるの?」

「台本は放課後にお持ちします。その内容で良ければ参加していただけると言うことで宜しいですか?」

「え、ええ、まぁ。」


タジタジとアルマが仰け反る。


「分かりました!では、放課後にお会いしましょう!」


それだけ言い残すと風城先輩の襟首を掴んで颯爽と消え去ってしまう。


「えーっと、取り敢えず主役おめでとう…かな?」

「う、うん。舞台に賭ける情熱に圧倒されちゃった。頑張るって良いよね?応援したくなっちゃうもの。

私も頑張らないとね。」



そして、放課後の図書室。


「ほうほう、それで演劇部のお手伝い・・・・をしたいと。」

「そういう事になりますね♪良いかしら櫻子?」


昼飯の時の一件を『そう言えば…』と言いつつ鷹司さんに報告した所、何故か愁眉を上げて問い詰めるように僕に迫る。何故か、顔に迫力があります。


「まぁ、席はあくまでこっちで活動報告会だけの助っ人と言うことでどうかな?

アルマも演劇自体は演るより観るほうが好きだって言っているし。」

「ま…その、それなら良いんだけどね。部活動の認定要件は三名以上の生徒が必要だからね…その、今抜けられちゃうと困るのよ。」


なるほど、そういう事情だったか。

折角、活動再開した研究会が空中分解する事を危惧していたのか。


「一回だけだし…頑張ってる楓も応援しないとだし。ま、台本次第だけどね。勿論、神社の調査もやるから安心して!」

「まぁ、アルマさんがそこまで言うなら止められないわね。頑張ってね。」

「良かった、まだいらっしゃった!」


そこへ楓さんが紙束を手に図書室へ走り込んできた。


「あ、鷹司副会長!こんにちは!

クール先輩、これ新しい台本です。是非、読んでみてください。」

駆け込んでくるなり、何だか更に厚みを増した気がする台本をアルマに手渡した。


「風城さん、活動報告会対まで後十日くらいだけど準備は進んでいるの?」


鷹司さんの一言に楓さんの表情が一瞬固まる。

そう言えば後十日しかないのか。まぁ、だから週末も登校日で準備を進めるのだけれど。数えたら短いな。


「後は衣装だけですから、十分です。クール先輩には台本の読込とリハをメインでお願いして完成して行きますから間に合います!」


楓さんはそう応えると心配そうに台本を読み耽るアルマを見つめる。

結構なハイペースで読み進めている。

ゴクリ。

アルマが最後のページを読み終えた時、楓さんの喉が鳴った。


「ど、どうでしょう?クール先輩。」

「楓さん、アルマで良いわよ。監督兼部長さんなんだし…一年で部長さんって凄いわね。」

「うちは雑用が多い部長を代々一年生がやっているんです…まぁ、人数が少なくて本当のところは一年生しか居ないので私がやっているんですけど。」

「でも、監督さんですから指示には従います。私で良ければこの役を引き受けたいと思います。宜しくお願いします。」


アルマが頭を下げると、感極まったように楓さんがうるうるし始める。

…が。


「でも、まだ細かな設定が甘いです。

練習の中で台詞は少しずつ手直しをして、いい作品を作りましょうね。」

「あ、はい!でも、台詞覚えるのが大変かもです…皆は少ないですけどアルマ先輩は出番も多いですし。」

「特に18ページの吸血鬼の血の暴走のシーンでヒロインがいう『血が、血が…啜りたい』はないでしょう。

それから、28ページの『この身を焼き尽くして満足なら、そうなさると良いわ!』というのもちょっと乱暴かと…深窓のお嬢様キャラなのですから、もっとこう…ん?どうしたの?3人とも?」

「一回読んだだけで台詞覚えちゃったんですか?」

「あの短期間で!?」


楓さんと鷹司さんが驚愕の目を向けている。まぁ、教科書やら授業内容なんかは一回で覚えてしまう自分はそんなもんなかな?と思えてしまうのだが。


「えぇ、普通…ぢゃないの?」


ちらりと僕を見るが体質と言うことで逃げるしかないかな(・・;)。

それからもアルマのダメ出しが続き、楓さんの顔が次第に青くなってくる。台本の手直しも一苦労だろう。


「アルマ、他の人の台詞に影響しないならリハーサルを通してアルマが相談して書き直して作り上げて行けば良いんじゃないかな?」

「ま、それもそうね…。」


アルマの同意で楓さんもホッと安堵する。ワガママ女優の言う事ばかり聞いていても準備は進まないだろう。


「まぁ、任せて!本物が演じるんだから成功は間違いないんだから!」


げふっ!思わず足を蹴る!


「それを言うなら本物みたいに演じるから大丈夫って言うべきなんじゃないかな、アルマ?」

「あー、それそれ(・・;)」


既に大根役者っぽいけど、ホントに大丈夫だろうか?

取り敢えず演劇部としては主役の配役を当日まで隠してサプライズにしようと言う事になったらしい。

週末に衣装合わせとかもやるようだ。

剣道部の準備に時間を取られなければ顔を出すことにしよう。

まぁ、何はともあれ落ち着きそうで良かった。

…と、思った僕が甘かった。

翌日、研究会と言う名の図書室通いに先んじてアルマは一人で演劇部の部室に挨拶をしに行った。

僕は相変わらずのんびりと本を読んでいたのだが、血相を変えたアルマが図書室に転がり込んでくるなり、問答無用で寮に拉致されてアルマの部屋で正座をして今、壁を見つめている。

何故見つめているのかと言えば、後ろで『こっち向いたら引っ叩くから』と理不尽な要求を突きつけたアルマが後ろで着替えているからだ。

それなら着替えてから僕の部屋に来てくれれば良いのだが、急いで何かの文句を言いたいのか『そこへ直れ!下僕よ!』の状況になっている。

衣擦れの音が止むとアルマから許可が出る。


「彩…どー思う?部員は楓さんを入れて女の子四人だけ。

男の子役は居ないから、全部仮想の相手に話しかけながら進めていく舞台なのよ。

だから、雰囲気作りの為にも衣装は大事だと思うの。」


水色のドレス…ワンピースに同じ色のサテン生地を合わせて華やかに見せている。まぁ、中世のお姫様のイメージにはあっているとは思うけど。

黄色のリボンが腰の辺りを彩ってアクセントをつけている。

既製品に飾りを後付して、それらしく見せている。


「ま、その…可愛いとは思うよ。吸血鬼のデザインセンスってよく分からないけど。」

変ではないし、褒めておくことに越したことはない、か?


「こっちの童話で言うところのシンデレラが輝くのは、舞踏会で華やかなドレスに身を包んで憧れの社交界へデビュー出来たからなのよ?

女の子が一番華やかに、輝く瞬間な訳!分かる?そこ?」

「は、はぁ…。」


正直、あんまり分かんない…とは言える雰囲気ではない。


「それなのに、コレはないんぢゃないかなぁ。いや、頑張っているとは思うの。一から作るのも大変だし、時間もないからね…でもね、大好きな人に告白の返事を貰うなら…その、もう少し綺麗にというか、可愛くありたいのよ。ほら、舞台背景なんかはある程度想像も入れてもらって誤魔化せるけど、衣装は…ね?」

「まさか、魔術を使おうなんて思ってないよね?」

「……。」

「アルマ、目を見なさい。」

「や、やだなぁ…あはは。そんな事は…はぁ、ちょっとしか思ってません…でした。」

「ズルはダメって自分で言ってただろ?こういうのも人の手で作り上げて行くべきなんじゃないかな?

自分の服を組み合わせてそれっぽく見せるとかさ。工夫すれば何とかそれっぽく見えるんじゃないかな?」

「ズルは…ダメだけど…ん?自分の服?」

「ほら、アルマもドレスを持ってきてたじゃない。ああいうのを着るっていうもありじゃないかな?本物の吸血鬼族のドレスな訳じゃない?だから…。」

「それよ!」

「何よ?」

「私のドレスを持ち込んぢゃえば良いんじゃない?全員分の全部のシーンの衣装だと…ぶつぶつ。」


何やら怪しげな事を考え始めてしまったアルマはやがて楓さんから預けられている台本を読み始めてしまう。

君子危うきに近寄らず。

僕はサッサと自室へ退散して事なきを得たのだった。こういう時に続き部屋は便利だ。



翌朝、登校の時に突然…。


「彩、荷物運びを手伝って貰えないかな?…いえ、下僕として手伝いなさい!」


…と、言われた時にはまた何が始まったのかと思ったものです。


「お家に服を取りに行くので、一緒に来て欲しいのよ。私だけだと持ち切れないので、お手伝い宜しくね。」

「…それってアルマのおむこうに行くって事だよね?」


頭の中に警戒アラームが鳴る。


「…ちっ」

(バレたか!案外良い手だと思ったんだけどなー。やっぱり鋭いなあ。)

「アルマ。今、何か悪い事考えてた顔してたよ。」

「そんな事ないわよ〜、おほほほ。

んーでも、どうしようかな?荷物を持ってきたいのはホントなんだよね。

彩がうまく来てくれれば一緒に用事を済ませちゃおうと考えたのは事実だけど…。」

「今、微妙に怖いこと聞いた気がするけど…取り敢えずスルーで。

こっちではシロネコさんが荷物を運んでくれる宅急便サービスってのがあるんだよ。向こうにはそういうサービスはないのかい?」

「ね、猫が運ぶの!?人間にも使役出来る使い魔が存在するのね。流石だわ。」

「ん〜、ちょっと違うけど、お手紙は届くのだから同じように品物も届くのかなって思ったんだけなんだけど。」

「なるほど…時間もないし、一度お手紙書いてみるしかなさそうね。」


僕も半信半疑だったけど、お手紙の結果、翌日にはアルマの元に大量のダンボールが届くようだった。意外に近いのだろうか霊魔界って…。

アルマは台詞は完璧に暗記しているが自分で納得のいく言い回しに変えようと台本に朱書きを始めていた。

見る間にページが赤く染まって行く。

たまに僕の方を見てブツブツと何かを呟いているが気にしないようにしている。これ以上巻き込まれないようにしなくては。

僕の方も剣道部に駆り出されてスポーツ竹刀や風船付防具の準備を進めていた。風城先輩が冗談で『練習のつもりで全員の攻撃躱してみろ!』と言い出し、部員全員に追いかけ回される羽目になったのは忘れたい余談である。


土曜日なのだが、活動報告会の準備の為に登校日となっている。

授業はないのだが、それでも休むと欠席扱いなのでアルマは演劇部に、僕は剣道部に顔を出している。

残念ながら、研究会は活動報告会にはエントリーしていないので、図書室で至福の一時を過ごしているだけでは登校と認められないのだ。

来年は楽しい歴史文献調査という名目で参加してみよう。

それなら本を読んでいても怒られない…はずだ!



「櫻子の所は何をするの?」

「弓道部は女子の方は連射演舞って言ってみんなで同じ的を音楽に合わせて射抜いていく演舞を一日四回やる予定なの。

良ければ見に来てね!試射できる実演の時間もあるから!」


昼休みの屋上。

三人での昼食は自然と報告会の話題になる。僕らにとってはお祭りには違いないので皆浮かれているのだ。


「今日は早くに終わるだろうから、帰りに神社に寄って様子を見に行きましょう。」

鷹司部長様の号令がかかり、一斉下校指示の下る三時過ぎに校門で全部員が集合した。

正確には全部員プラス一名。風城楓さんもいた。


「さて、行きましょうか?…って、楓さんはどうしたの?」

「歌声神社に行かれるんですよね?舞台成功のお参りにアルマ先輩とご一緒しようかと思いまして。」

「その後で、届いているはずの衣装の打ち合わせを寮でしようかなって私が誘ったの。」

「まぁ、時間はあるから大丈夫かな。あんまり遅くなるとご家族が心配なさるから暗くなる前に帰宅して下さいね。」


さすがは生徒副会長。そつがない。

というか、何かあったら僕が風城先輩に殺されるんだろうなあ。


「あ、大丈夫です。啓太…じゃなかった兄が寮まで迎えに来てくれる予定なのです。」


何気に過保護ですね。風城先輩!

まぁ、調べると言ってもそれ程境内が広いと言うわけでもない。

鷹司さんが境内へと続く石段を登りながら、今回のミステリーのおさらいをする。


「今日の調査の目的はこの神社から聞こえてきたという鈴の音に似た歌声の正体を見つけ出すこと。

十年前に一度そういう話があったのだけれど、また先週末にその歌声が聞こえたと言うのよ。宮司さんが偶然聞いていたの。」

「先週末なら僕とアルマ、それに楓さんもここには来てましたよ。」

「舞台の成功祈願に来たらアルマ先輩に逢えたんです。これは神の啓示以外の何ものでもありませんわ。

雅楽の神様が祀ってあるんですよ。この神社!」

「歌声神社というのも珍しいものね。ところでその時、何か気づいた事はなかった?」


もはやシャーロック・ホームズばりの聞き込みを開始する鷹司さんは何かうきうきしている。


「境内を少し案内してすぐ帰ったから、僕らはあんまり参考になるような事はなかったかな…ね?」


アルマを見ても、コクリと頷くばかり。


「私も、兄と先週来てますけど…気になる事は無かったのですけど、具体的にはどんな音なんですか?」

「鈴の音ということだったわ。」

「鈴…。」


四人が境内に着いた時も静かそのものだった。

早速、宮司さんに話を聞きに行く我らがホームズ女史は慣れた様子で社の隅にある詰所に入って行く。

僕らもぞろぞろと鷹司さんの後に続く。宮司の方は人の良さそうな白髪混じりの老人であった。

息子さんが禰宜を務めているので実質的には引退したも同然とカラカラ笑いながら話してくれた。

その宮司さん曰く、水琴窟で響くような鈴の音が先週確かに聞こえたと言うのだ。

流石に十年前の事は『そんな事もあったような気もする』程度の記憶でしかなかったが…。

鈴の音が鳴った時には一際強い風が境内に吹き抜けたという話も聞くことが出来た。

但し、鈴の音の後には特に変わった事もなかったというのだ。

旧神の影響も危惧したが、どうやら杞憂なのかもしれない。

僕達は宮司さんの話を聞いた後で実際に境内で風の通り道を確認して少し上流の方へ行ってみる事にした。

神社の社の少し奥には大杉が生えており、社との間に小道が出来ている。

宮司さんの話では山の頂上まで山道が続いているらしい。

奥の院と思われる小さな社が見えてくる辺りで僕らは歩みを止めた。

少しだけ開けた奥の院のある場所からでは山頂を見通せないが、木々の背が低く、V字型に山道が続いて行くのが分かる。

山から吹き下ろす風の通り道にはなり得るのかもしれない。

季節的なもので、風と気温、湿度などのタイミングがあった時だけ、鈴の音に似た音が怪現象として現れるのかもしれない。


「そこで何してるの?」


僕らは山頂の方ばかりに気を取られていたので、背後から声をかけられて飛び上がってしまった。

気配を全く感じなかったのだ。

幼い少女は小さいながらも水色の和服を着ていた。随分と着慣れていることが所作の優美さからも見て取れた。

黒目黒髪が緑の木々の中では一際目立っている。眉毛の上で切り揃えられた黒髪は腰の所まで真っ直ぐ伸びてそこでも綺麗に切り揃えられていた。


「こんにちは。ちょっと、お姉さん達は調査をしてたのよ。

この辺で鈴の音が聞こえて来たという話があるの。お嬢ちゃんは何か知っているかな?」

「ユーリ…私は百合ゆりと言う。」

「私は、鷹司櫻子。誠桜学院の二年生です。」

「私は風城楓。一年生だよ。」

「僕は鈴宮彩。こちらはアルマだよ。同じく二年生だよ。お近づきの印にどうぞ!」


僕は鞄の中からキャンディバーを取り出して渡す。今日の読者分だったが図書室に寄らずに来たので余っていたのを思い出したのだ。

百合はしばらく僕を見ていたが、やがて手を伸ばしてキャンディを受け取ってくれた。

『知らない人から貰った物を食べちゃダメ』とでも言われているのかもしれないと心配になったが百合はパクっと着物と同じ水色のキャンディを口に入れた。


「百合ちゃん、この辺で変な音を聞いた事はないかな?鈴の音みたいなんだけどね。」


百合は首を振って分からないと応える。


「そっかー、やっぱり風の仕業かな〜。」


ヒュルリ。

一迅の風が吹き下ろされる。奥の院の本坪鈴がカラリと音を立てる。


「かもしれませんね。」


アルマが奥の院を覗きながら呟く。


「お化けでも探しているの?」

「まぁ、そんなようなものかなぁ。僕らはミステリー研究会っていうのをやっていてね。この神社で鳴る鈴の音の正体を探しているんだ。」

「ふぅーん。」

「百合ちゃんはお参りに来たの?…一人なの?」

「えぇ、そうね…鈴の音の件だけど、ちょくちょく来ればその原因も分かるんじゃない?」

「確かに一度で全部調べるっていうのも無理があるわね。

活動報告会で忙しいけど、暇を見て来てみましょう。」

「そーですね!アルマ先輩の舞台の成功祈念もしなきゃですし。」

「『私達の』でしょ?貴女の部よ。私はただのお手伝い。」

「活動報告会…?」

「あぁ、私達の学院で開く部活動の成果発表会みたいなものね。

お菓子とかの出店もあるから、百合ちゃんも良かったら遊びにお出でよ。」


流石は副会長。校外勧誘もバッチリですね。


「ねぇ、なんで貴方からは彼女の匂いがする?」


百合は僕を見上げて、そしてアルマを指差しとんでもない事を聞いてくる。

思わず自分の匂いを嗅いでしまう。


「今まで一緒にいたからじゃないかな?」

アルマに向き直り、助けを求めるがニッコリ笑顔が返って来ただけであった。誤解されるじゃないか!アルマ!

ほら、鷹司さんとか怪しげな目で僕を見てるし。


「ふ〜ん、貴女は何をするの?」


アルマを真っ直ぐ見て、百合ちゃんが質問する。


「舞台をするんです。『吸血鬼の花嫁』っいう、恋愛ものの演劇舞台なの。是非、見に来てね!」


楓さんが鷹司さんに負けず劣らず校外勧誘をする。


「へぇ〜、面白そう…伺うわ。」

「うんうん、入場無料だから是非遊びに来てね!」


僕らは十日後の日時を告げて、まだ境内に残るという百合ちゃんを残して神社を後にした。

案外、宮司さんのお孫さんなのかもしれない。

四人は暗くなる前に寮に着き、それぞれ自室に戻る。

楓さんはアルマについて部屋に入る。

問題は…。

玄関に積まれたダンボールの山だ。


「よぉ、楓は来てるか?」


そこへ道連れがノコノコとやって来た。


「風城先輩、ちょうど良いところに…来た早々で申し訳ありませんが、この荷物を楓さん(・・・)の所まで運ぶので手伝って下さい。」

「お、おぉ。」


楓さんの名前は絶大だな。これはいざという時役に立つかな?

二人で二個ずつのダンボールを運べば終了である。


「あ、啓太…アルマ先輩の部屋をジロジロ見ない!」

「見てねぇーよ。」

「ありがとうございます、風城先輩。楓さんを少しお借りしますね。」


僕らは這う這うの体でアルマの部屋を逃げ出すと食堂で時間を潰した。

僕の部屋には何もないというのもあるが、近くにいるとまた用事を頼まれそうと言う事もある。

しばらく活動報告会の段取りを話しているとワイキャイと姦しい二人が降りてきた。

すっかり意気投合している。

楓さんは大きな紙袋を二つも下げていた。


「おう、楓。終わったのか?」

「うん、アルマ先輩の私服って凄いのよ。本物のお姫様みたいなの。

みんなの衣装もお借りできたし、後は体型に合わせて微調整をして出来上がりよ。」

「古着なので返す必要もないから、みんなで遠慮なく、使って。」

「アルマ先輩、ラストのシーンでやっぱりアレ着ましょうよ、だめですか?」

「さ、さすがにアレはまだ恥ずかしいなぁ…ってか、アレ着ると婚期が遅れるって読んだことがある。」

「大丈夫です。鈴宮先輩!アルマ先輩を幸せにして上げて下さいね!」


突然、呼びかけられその気迫に頷いてしまったが良かったのだろうか?

また、何か良からぬ事に巻き込まれそうな気がする。

そんな不穏な空気の中、風城兄妹は帰っていった。


「アルマ、何があったの?」

「ん〜、内緒。その方が彩は心安らかよ。(。>﹏<。)」


ますます不安になる一言を残してアルマは夕食のお手伝いに厨房に入って行った。

僕は果たして危機から逃げられるのだろうか?

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