第三章 そして魔王は吠える
月曜日は色々新しい事が始まる。
週が始まると言うのは勿論、アルマがいるせい…お陰で周りに人垣が出来ている。
この時期の転入生が珍しい事もあるが、きっと金髪蒼眼の物珍しさも手伝っているに違いない。顔も…まぁ美人だし。
無邪気に人を下僕扱いしなければ良い子だとは思うのだが、つけ狙われている身としては喜んでばかりもいられない。
「アルマさんはどんなスポーツに興味がありますか?」
「サッカー部のマネージャーとか興味ないかな?」
「書道とかやってみたいとおもいませんか?」
などなど、話しかけてくるのは殆どが部活へのお誘いだ。
そう言えばそろそろ活動報告会の時期だ。他校で言えば文化祭に当たるだろうか?ウチの学院では部活動を推薦しており、クラス毎の出し物などはなく、各部活動が独自の出し物を企画する。部活に入っていない僕のような存在は稀有なので、生徒全員がその報告会を通して自分達の部活動をアピールする。確か、これが下半期に学院側から支給される予算配分に影響するはずだ。各部が挙って報告会に人を集めて予算獲得に動く訳である。
良いか悪いかは別にしてアルマが入れば話題性は出る。言い方は悪いが人寄せパンダにはちょうど良い。
去年は剣道部に一年間の武道場使用権を約束してもらう代わりに僕もしっかり参加はした。お手伝いだったが。
アルマの引きつり気味の笑顔が気になり出した頃にちょうど二時限目の始業のチャイムが響いた。
『ふへぇー』
声なきため息が窓際の席から聞こえてくる。
「大丈夫か?」
「うん、ありがと。大丈夫だよ。」
アルマは強張った顔で笑みを返してくる。
あんまり大丈夫そうでは無い。次の時間は鷹司さんにトイレにでも連れて行って貰おう。教室にいなければ少しは静かになるだろう。
そう思った僕の予想は甘かったようだ。
鷹司さんが気を遣い、僕が言う前にアルマを外に連れ出してくれたのだけど芸能人の取り巻きのように移動して行くのが遠くから見て取れる。
なんとかしなくては…だな。
他人事のように見ているが、今朝の自主練の時に、風城先輩が何だか遠回りに活動報告会の打診をしてきたので今年も手伝うことになるだろう。
去年は模造刀で藁人形が切れるか?という公開実験をやって見事にうまく切れない事を証明した。
最後に僕が虎杖丸で切れる事を証明しておしまい実験は終わるのだが。毎回一回だけの出番しかないので非常に楽をさせて貰った。
お陰で珍妙な渾名も戴いた。
曰く、『人形斬りの鈴宮』…なんとも間が抜けているが僕のネーミングセンスではない。
僕の修める八閃流では居合の技の一つで斬り抜いたイメージを作り上げてから身体をそれに合わせて動かすと言うものもある。その気合のせいで鈴宮イコール『物静かだが、実はおっかない人』のイメージができてしまった。
風城先輩、どうしてくれるんです?
人垣が…アルマが帰って来て窓際の自分の席に着く。
相変わらずの人気ぶりである、少しは飽きて減るかと思ったのだが全くその気配はない。
「ね、アルマさん!一度だけ体験してみましょうよ。ね?
今日だけでも練習に参加して一緒に汗を流しましょう。きっと気にいると思うの。」
あれは確か女子バスケットボール部の子だったかな?
アルマに噛み付くかの勢いで迫っているところを見ると何か切羽詰まった事情がありそうだが…。
アルマの少しだけ泣きそうな顔を見せられてはもう黙ってはおけない。
仕方がない…あんまり目立ちたくはないのだが。
僕はガタッとわざと椅子を鳴らして立ち上がるとアルマの横に立つ。
肩に手を載せると安心したような、縋るような蒼い瞳が僕を捉える。
アルマの耳元で一言囁いてから周りの人垣を一瞥する。
「みんな、ごめん。話し難そうだから僕から説明するけど、アルマの身体はちょっと特殊だから、運動系の部活動には入れない。
家の事情でいつまでいられるかも、分からないから皆に迷惑をかけたくない
っていうのもあるからね。
まずはこっちの生活になれるのが優先だから、少し緩めの文化系の部活に席を置かせてもらう事で話を決めているんだ。そういう訳だから悪いけど引き取って欲しい。」
「でも、鈴宮くん…。」
「これはアルマの意思だよ。」
肩に手を置いたまま身体を一歩前に進める。
言い合いになるのは避けたいので、『人形斬りの鈴宮』の剣気を纏わせる…あんまり効果はないかもだが、アルマから視線をはずさせるには十分だろう。
先程耳元で使うように囁いた『魅了』を絶賛発動中のアルマの指はコネコネと虚空に文字を書いているはずだからだ。
「みんなゴメンね!誘ってくれる気持はすごく嬉しいわ…でも、そういう訳だからご期待には添えないの。彩と同じところに行くことにしたの。」
アルマのダメ押しの一言でみんなは渋々納得した様子で三々五々自分の教室へ戻っていく。
悲嘆に暮れて泣き出している女子もいた。大げさだなぁ。
「彩、ありがとね。」
「ねぇ、鈴宮くん…その緩いっていう部活に心当たりがあるのだけれど、真面目に勧誘してくれたのかしら?」
席に戻ると両側から声がかかる。
「ま、取り敢えず副部長らしいからね。な?アルマ?」
「うん、宜しくね。櫻子!」
鷹司さんの声に少しトゲがあるように思えるのは気のせいだろうか?
そうこうしていると次の授業の始まりを告げるチャイムがなる。
ちょこちょこと担任の雛菊先生が登壇してくる。公称身長百六十センチの小柄な身体だが、あれでフルコンタクト系の空手を趣味でこなしているのだから世の中分からない。
日本史の授業が終わると鷹司さんが何やら雛ちゃん先生と話し込んでいた。
それを尻目にアルマを連れ出して昼食に出かける。
アルマは今日もお弁当を持参している。どうも僕の分もあるらしい。
購買部でパンを買おうとしたらずっしりと重い手提げ袋を渡された。
天気の良い日は屋上が気持ちが良いので、今日も屋上に顔を出す。
チラホラと人影もまばらにある。
僕にとっては適度な人口密度だ。
ベンチに腰掛けてお弁当を広げる。流石に重箱ではないものの色とりどりのおかずが並んでいる。
「あの、アルマさん?…毎日こんなんじゃ大変だと思うからもっと簡単なので良いよ?」
餡掛けソースのかかった唐揚げを口に運びながら何だか悪い気がして言ってしまう。
「美味しくないの?」
「ひや、ほいしいえす。(いや、おいしいです )」
「なら、良いのよ。気にしないで、私の下僕ならこれくらい当然の権利だと思いなさい(*^^*)…どちらかと言うとこっちが今回の目的なんだから。」
「ん?!」
「あぁ、気にしないで。」
何だか誤魔化された気もするが、鉄壁の笑顔にそれ以上の追求が出来なかった。恐るべし大公女!
そこへ鷹司さんがやってきた。
いつもは月曜は生徒会室に顔を出しているが今日は珍しい。
「ご一緒したらお邪魔かしら?」
「どうぞ!櫻子も少し食べて、作り過ぎちゃったの。」
アルマが少しこちらに近づいて鷹司さんのためにスペースを作る。
明石焼きパンなる我が校購買部のチャレンジ製品を片手にアルマの隣に腰を下ろすとタブレット端末の画面を見せる。
「これで少しは落ち着くと思うわ。アルマさんの校内情報の部活動情報に記入してもらったの。」
鷹司さんが見せたのは生徒の校内公開情報だった。
第三者に開示されるのは顔写真に名前、クラス、部活動なとの差し障りがないものだけだ。本人であれば生年月日や今までの成績情報から、血液型やスリーサイズまで個人情報が網羅されている。学院側のセキュリティを強く信じたい。
「雛菊先生に担当教諭をお願いして、ここに『ミステリー&陰陽師研究会』と入力した貰ったの。部活への勧誘はここが空欄の人を狙って行われるからアルマさんへの勧誘は激減すると思うな。
まぁ、怖いボディガードがいるから基本的にもう相当勇気のある人しか来ないと思うけどね。」
「怖いボディガード?」
アルマが小首を傾げると鷹司さんがすぐに解説してくれる。
「鈴宮くんって、校内じゃ『返り血の鈴宮』という名前でちょっと怖がられてるのよ?
去年の活動報告会の剣道部の出し物で血みどろになりながら剣舞をしてたから有名なの。」
「あれは風城先輩が面白半分に藁人形の中に血糊何か仕込むからじゃないか?後で掃除が大変だったんだよ。」
「白い道着を真っ赤に染めて校内を歩くもんだから周りから『きゃーきゃー』言われてたの。」
そりゃ、そんな格好で校内を彷徨けばそうなるだろうが『返り血の…』と言うのは初めて聞いたぞ。
というか、ひなちゃん先生が研究会の担当教諭だからみんな大人しくしようとするんじゃないか?
小さな身体ながら、無表情で『あぁ⤴?』って感じで言われると普通ビビるけどね。
「普段はあんまり喋らない鈴宮くんが教室であそこまで凄むんだもの。女の子の中には帰り際に泣き出す子もいたのよ。『殺されるかと思った〜。』ってね。」
「ふ〜ん。」
アルマが意味深な顔でこちらを振り返る。やめてくれ!あれは忌まわしい事故…イタズラだったんだから。
アルマ、ニシシって笑うと品がなくなるぞ!
「では、宜しくお願いします。返り血のボディガード様。」
「…ホント勘弁して。」
「あ、ついでに鈴宮くんも入力してもらったから。
今年は演舞が見れないかと思うと残念だけど…まぁ、お手伝いは部活登録とは別だから大丈夫かな?兼部も申請すれば可能よ。実際、私も弓道部との掛け持ちだし。」
ほらっと言って鷹司さんは端末に僕の情報を出して見せてくれた。
確かに研究会所属になっている。しかも、しっかりと副部長に任命されている。
空欄でもお誘いがなかったのは風城先輩の恩恵だったのか?
鷹司さんの予想通り、午後の休み時間にはピタリと勧誘は来なくなっていた。
僕らは無事に放課後を迎える事が出来た。
「さて、私は弓道部に顔を出すので二人は図書室で研究に勤しんで下さいね。これ、例の過去の活動日誌ね。良かったら目を通しておいて。
一応、緩くないので真面目にやるように(~_~メ)。」
僕は片手を挙げて応えると席を立った。すぐにアルマが僕に荷物を持たせる。すぐに持ってしまう僕はジェントルマンなのだろうか?
徐々に下僕として教育されているんだろうか?
教室を出るとアルマがあらぬ方を振り返り、何かを凝視し始めた。
「どうした?何かあったのか?」
「ううん、何でもない。気のせいみたい。いこ!」
勧誘のされ過ぎで気が昂ぶっているのかもしれない。
図書室には意外な人物が待っていた。
「ひなちゃ…先生。どうしたんです?」
「あー?ま、その初日の活動くらいは話を聞いておこうと思ってな。担任でもあるし。
アルマディータ、その後迷惑はかかってないか?」
「はい、大丈夫です。彩も居ますし。」
「まぁ、なんだ…あいつらも悪気があるって訳じゃないんだ。
活動報告会は予算の決定にも影響するし、成果を見せる機会でもあるからな。ちょっと過熱気味になる。
そこの鈴宮に至っては一年生の時に人を斬って返り血を浴びたって有名人だからな。」
「先生、藁人形に、血糊です。誤解を呼ぶ説明をわざとしないで下さい。」
「そーだったか?まぁ、いいや…この研究会は鷹司の肝煎りで始まったから滅多な事では脱線しないと思うが、部活動である事を忘れずに!」
「はぁ。」
「鈴宮、気のない返事をするな…んで、鷹司は何を再開しようとしているんだ?」
「先生、聞かないで引き受けたのですか?」
「三年前のミステリー研究会創設時の顧問は私だからな。
その…なんだ…ぶっちゃけ、何で兄貴の研究会を再開しようと思ったのかと気になってね。」
「兄貴?この研究会って鷹司のお兄さんが作ったんですか?」
「何だ、知らないで入ったのか?」
「まぁ、そうですね。どちらかというと成り行きで…(;一_一)。」
何となく高原で鷹司さんが口籠る理由が分かった気もする。
身内の作った研究会を再興しようというのだ、気恥ずかしい事もあるだろう。
ということはあのノートは鷹司兄が書いた物なのだろうか?
預かってきたノートを取り出して机の上で広げる。
「この中で調査完了していない項目をやるんだと思いますよ。昔の活動日誌です。」
「懐かしいものが出てきたな。鷹司がこれを見つけて来たのか?
倉庫整理も押し付けてみるもんだな…ぢゃなかった、やってみるもんだな。」
「ひな先生…。」
「いや、何、コホン…何か面白い事が分かったら、私にも報告してくれ。
独り占めするなよ!ミステリーの中にはホントに危ないのもあるからね。」
ホントに危険な事をすでに体験済みな僕達としてはひなちゃんを進んで巻き込もうとは思わなかったが、取り敢えずコクコク頷いておく。
「大丈夫、大抵の事はコレで解決するから!」
ギュッと拳を握り、ガッツポーズを見せる。ひなちゃんはニカッと微笑んで図書室を後にしていった。
「雛ちゃん先生った何だかカッコイイよね?ああいうの侠気があるっていうんだよね?」
「アルマ、それは微妙に褒めてない気がする。」
それから僕らは鷹司兄ノートをペラペラと捲りながら記録を辿っていった。
主に学院周辺の事象が記載されているが殆どは単なる偶然とも取れる事象と言えた。
それらを疑って、一つ一つ分析して行く過程が書かれている。鷹司兄は非常に几帳面な人物のようだ。
そういう意味では妹も同じだから、家系なのかもしれない。
鷹司兄ノートの中で未解決として残っていたのは、
①悲恋湖の失踪事件
②歌声神社の歌声
③学院裏道祖神の異常振動
と言った所だ。その他にも疑わしそうな記述はあるもののアルマとしては旧神の影響はなさそうとのことだった。
①は既に解決済みだが、それを報告する訳にも行かないのでウヤムヤにするしかない。
後は②③に鷹司さんを巻き込まなければ『危険はない』はずだ。
④トイレの花子さんに愚痴を言われたり、
⑤理科室の人体模型が百鬼夜行したり、
⑥古井戸から生暖かい風が吹き上がるなどその他にも胡散臭そうな事象が取り上げられていた。
鷹司兄…貴方はどんな顔でこれを書いていたのだろうか?
ノートをパタリと閉じたところで鷹司さんが息を切らせてやってきた。
「ごめんごめん、遅くなっちゃった。
でも、これから生徒会の仕事なの〜、明日は参加するから今日はここまでね。」
「あぁ、構わないよ。ノートは二人で目を通しておいたから僕らは急がないから。」
「櫻子、ガンバってね!」
「うん、ありがと。それじゃ、またね〜。」
ノートを受け取った鷹司さんが嵐のように過ぎていくのを目で追いかけながら僕らはまた自分達のの読書に戻った。
「彩、こっちは不思議だね。みんな平等で身分とか出自じゃなくて何か自由だよね。
みんな普通に接してくれるのが嬉しいな。
部活動の勧誘はちょっと怖かったけどね。」
「そか…それは良かったね。アルマもすぐに慣れるといいな。」
その日が無事に終わったのは嵐の前の静けさだったと思い知らされる事になる。
☆
翌朝、僕はいつも通り出掛けた自主練で目の当たりにする。
「お、おはようございます…風城先輩?」
自分よりも早く先輩が来ていることも珍しいが既に防具を付け終えて、正座をして僕を待ち構えていたのだ。
「今日で一年…俺はお前に再戦を申し込む。俺が勝ったら鈴宮は剣道部に入る。負けたら活動報告会の助力を条件に武道場の使用許可を今まで通り出す…どうだ?。」
「…宜しくお願いします。」
去年同様、一方的で理不尽な条件であったが拒否権はなさそうだ。
僕も防具も付けて竹刀を構える。
剣道は苦手だ。八閃流は武術であって剣道ではない。例えば剣道に蹴り技や肘打ちなどは存在しない。
ルールに則り行う試合ではどうしても身体を自由に動かせない。
一瞬の判断が遅れるのだ。風城先輩くらいの猛者相手でこれは致命的だ。
三十分後、僕らは倒れ込むように床に突っ伏していた。
「あの…フェイント、は…ズリぃぞ…鈴宮。」
「腕返しは…別に、違反じゃないはず…です。」
息を整える間もない。
八閃流の腕返しは手首で剣を引き戻してタイミングを外す技だ。
相手の防御を躱し、無防備な箇所に撃ち込む。相手からすれば来るはずの剣が目の前から消える。
集中した視野の外から攻撃が来るので躱し辛い。自分の切っ先に集中してくればくれるほど意外性の増す技だ。
その為に誘導する方が難しいくらいだ。今回は何とか引っ掛かってくれ、風城先輩の面を奪う事が出来た。
「で、今年は何をされる予定なんですか?活動報告会。」
「聞いて驚け!千人斬りだ!」
「あ、却下です。」
「待て待て、話を聞けって。」
お互いに息が落ち着いたところで防具を外しながら聞いておく。
「剣道は楽しいって事を知ってもらう為に風船チャンバラを演る。
お互いに面、小手、胴に風船を付けてどれかが割られたら負けってやつだ。
竹刀を使うと痛いのでお互いにスポンジ製のスポーツ竹刀を使う。
剣道部員に勝ったら豪華賞品!」
「って、豪華賞品って何を準備するんですか?」
「そこは…な、部費も厳しいので負けないようにしよう。」
「先輩…。」
「大丈夫だ。俺とお前なら滅多な事じゃやられないし。
イザとなったらゴボウコロッケパン一週間分とか…。」
「先輩、もう少し真面目に考えてください。」
「…はい。」
いずれにしても僕は活動報告会に否応なく巻き込まれる事になった。
☆
「ふ〜ん、ゴボウコロッケパン一週間分かぁ。あれも美味しいよね。」
「アルマのお弁当の方が何倍も有り難いよ。毎朝、大変じゃないか?」
アルマは僕が朝練に行く時には既に厨房に入り、寮に帰れば着替えてすぐにまた厨房へという生活を送っている。
いつも通りというか、二人で取る屋上での昼食が定着しつつある。
一歩一歩秋に近づく快晴の空を満喫しつつアルマの作ってくれる昼食を二人で取っている。
鷹司さんは今日こそ生徒会に呼ばれてそこで昼食を取っているはずだ。
食材は厨房の余り物を利用しているとは思えない出来栄えである。
突然、アルマがハッとして後ろを振り返る。
コの字型の校舎の反対側は一年生の建屋だ。その屋上を凝視する。
「アルマ、どうかしたのか?今日は何だかやたらとそういうの多いよね?」
「何だか見られている気がするの。悪い感じぢゃないんだけど気になるだけ…旧神達の攻撃や霊魔界からの干渉ではないと思うの。普通なら気にしないんだけどね。」
後半は声を落としてヒソヒソと話す。
それほど心配する事もないかもしれない。長く続くようならアルマに魔術を使ってもらうという手もある。
「お、仲良く昼飯か?」
珍しく風城先輩が屋上に顔を出す。
「こんにちは!風城先輩♪」
「先輩はもう食べたんですか?」
「いや、賞品何しようか考えてたらココに来てた。」
取り敢えずゴボウコロッケパンを握りしめているので食いっぱぐれる事はないだろう。
「なんだ、鈴宮はアルマさんの愛妻弁当なのか?羨ましいな。
楓ももう少し料理とか出来ると良いんだけどな。」
「今、寮の由乃さんの所で修行させて貰っていますの。この鰺の梅肉揚げも自信作なんです。」
アルマは楊枝で止められている鰺の揚げ物を風城先輩に差し出す。
先輩は受け取るとパクリと口に入れると目を見開いた。
「お、確かに上手い!…ん!?なぁ、鈴宮、由乃さんの特製弁当ってのはどうだ?」
「賞品ですか?特定の部活に利益供与するのは問題なんじゃないですか?由乃さん的に?」
確かに一度でも由乃さんの料理を味わっている身としてはそれは垂涎ものだろう。
「何だか分かんないけど、なら私が作ろうか?毎日習って作ってるし。」
何気なくアルマが出汁巻き玉子に箸を伸ばしながら提案してくれる。
「え!?良いんですか?アルマさん。」
「私ので良ければ…。」
「よし!これなら行ける!有り難い!」
「まぁ、アルマのこの料理ならどこに出しても恥ずかしくないしね。
アルマが協力してくれるなら頼もしいよ。」
「アルマ様に任せなさい!」
風城先輩は重荷が片付いたのかウキウキしながら帰っていった。
アルマは訳も分からず引き受けた感が満載なのでこれはこれで心配だ。
「無理してないか、アルマ?」
「頼ってくれるのって、嬉しいよ。頑張らなくっちゃ!…あの二人には彩と結ばせてくれたお礼もしなくちゃっておもってたしね。」
あー、そう言う事か。
と、僕は納得してしまった。
記憶を消したとはいえ、風城兄妹を旧神と関わらせてしまった事にアルマなりに後悔しているのだろう。
霊魔界には旧神から人間を護るという共通認識がある。
因みにもし、誰も活動報告会で勝てなかったらそれは僕が食べられるのだろうか?
それなら少し頑張ってみようかな。
密かに心の中で誓ってみる。
☆
「…と言うことで、歌声神社の案件を調べてみようと思うの。」
初めてとも言えるまともな研究会の会合で鷹司さんはそう説明を始めた。
なんでも、ココ十年何事も無かったのだが先週末に社の中から歌声が聞こえて来たらしい。
「週末に寄ってみたけど、特に変わった事は無かったけどなぁ?」
「大きな杉の木があるとこだよね?ん〜、神秘的かもだけどね。
こっちのトイレの花子さんに会うっていうのは?」
「アルマさん、トイレにポツンと私と二人で女子トイレにいるのも寂しくない?
しかも鈴宮くんは外で待ってなきゃなのよ?」
「う、それは嫌かも。」
「しかも、聞けるのは愚痴だけなのよ?」
問題は歌声神社の案件に危険がないかどうかだ。
悲恋湖の一件ではこれでも僕は背中に深手を負ったりしている。
あの時はたまたま実害は出なかったが今回もそうなるとは限らない。
二人の沈黙を了承と取ったのか鷹司さんは話を進める。
「特に実害が出ているわけでないの。
参拝者が綺麗な歌声を聞いたと言うものなの。まぁ、風か何かの影響だと見るのが妥当なとこだと思うのだけれど。まずは現地に行って見ないとね。
平日は遅くなっちゃうから今度の土曜日なんてどうかな?
報告会の準備で登校日だけど、早く終わるはずだからちょっと寄り道して帰りましょう。」
何だか俄然やる気の鷹司さんである。
まぁ、何事も無い事を祈る事とする。
その日はそこでお開きになったが鷹司さんは生徒会に寄らなくては行けないので二人で帰途に着く。
寮への微妙な時間なのか人通りが無かった。寮生は家が近い事もあり、結構遅くまで学院に残っていることも多い。そんな影響かもしれない。
校門を出てしばらく歩いているとアルマが鞄を預けてきた。『持て』ということらしい。
真っ直ぐ前を向きながら、右手で空中で文字を書き始める。
僕にはアルマの指先から淡い蒼色のインクが虚空に描かれているように見えた。
「深き黄昏の園、我が蒼き血潮の及ぶ限り、其は我が園なり…ん?」
アルマの冷徹な声と指が途中で止まる。
「何かに見られているけど、気配が薄すぎて掴み辛いわね。
魔術で何とか掴もうとしたけど駄目だったわ。発動前に消えちゃった。」
「僕には何にも感じなかったな。殺気みたいのは感じなかったけど。
これだけアルマが感じるならアルマに向けたものなんだろうね。」
「そうね、私も殺気ではないと思うの。」
「案外、アルマのファンの人だったりして?」
「拝謁の栄に浴させて上げても良くってよ。(︶^︶)
気になるけど、イザとなったら魔術を使わせて貰うわ。」
後ろを振り返ってもやはり誰もいなかった。
旧神たちの悪戯でなければ良いのだが…一抹の不安を感じながら僕達は寮への道を並んで帰った。
成り行き上、僕が持つ事になったアルマのカバンは何故かそのまま僕が持っていく事になってしまったが決して定常化させないと誓ってみる。