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第二章 そして魔王は手を触れる

くすくす。

その日、僕の目覚ましは少しだけ早い時間に女の子の笑い声にアラーム音を変えて僕を起こそうとした。

何だか、華の良い香りが鼻腔をくすぐる。名も知らぬ黄色の花畑が頭に思い浮かぶ。

人の気配を感じて目を開けると人の生首がぶら下がっていた。

思わず悲鳴を上げそうになるが、すぐに誰かであるかを認識して飲み込む。

心臓がバクバクと踊っている。


「アルマ、心臓に良くないよ〜。」

「やっと起きたぁ。」


アルマが二段ベッドの上段から僕を覗いていたのだ。

ひっくしゅん。

途端に盛大なくしゃみが出る。

昨日は寝相が悪かったのか薄手のタオルケットだけにくるまっていた。

サマーブランケットがあったはずだが、床を見ても落ちていない。

二段ベッドの上から探していたそれは投げ込まれた。


「ありがとね。温かったわ。」

「なんでそこにいるのか聞いても良いかな?」

「シャワー浴びて、自分のベットを片付けようかと思ったんだけど彩の上でもおんなじかな〜って、あの後移動したの。

彩の寝顔は可愛かったわよ。今朝も早くに目が覚めたから、彩の顔を眺めてたの。」

「色々話し合いたい気分だけど、取り敢えず起きよう。」

「まずは私を抱き下ろしてね。」

「どうやって登ったの?」

「その辺に魔術で透明な階段を作って、登ったの。」

「じゃー、同じように下りれるよね?」

「えー、意地悪!良いわよ、も〜」


アルマは『えいっ!』と言う掛け声と共に二段ベッドの上段から飛び降りた。『危ない!』と叫ぶ間もなく、アルマの身体に掛かる下方向の加速度がみるみる減少し、ゆったりと足を着いた。少しだけ胸の辺りが存在を自己主張する。

水色の夜着はゆったりとしたリボンが胸元から腰の辺りを覆い、微妙に身体の線を隠している。

それでもプロポーションの良さは見て取れる。


「いつまで見てるのよ、起きるんでしょ?」

「今の魔術も便利そうだなと思っただけだよ。」

「一から教えて上げる。じゃー、着替えて由乃を手伝ってくるね〜。覗くなよ〜。」

「扉閉めてけよ!」


アルマは風のように僕の部屋を去っていった。

朝から、脱力である。

僕も服を着替えて本日の作業に備える。朝食までは少し時間があるので、日課の剣の素振りに行く事にする。

僕の養父は八閃流武術の師範をしていた。過去形なのは去年なくなったばかりだからだ。

拾い子の僕は遺品として虎杖丸と言う名の日本刀を受け取っていた。

後は三年分の学費も受け取っていたが、特待生として衣食住を保証されている上に、奨励金という名目でお小遣いまで貰っているのでどちらかというと貯金は増えているのかも知れない。

虎杖丸を片手に僕は日課の型の練習に出かけた。



休みの日にしては何故か寮生は早くから朝食を取っていた。

食べ終わっても中々席を立たない者も多い。アルマ目当てなのか?

僕は箸で魚の骨を器用に取り分けている目の前のアルマを見る。

淡いピンクのワンピースは袖と胸の部分に緋色のリボンがアクセントで飾り付けられているが全体としては落ち着いている。

このまま、フレンチレストランで食事をしても良さそうな正装に近い。

何となく、周りからの僕への視線が痛いのは気のせいであって欲しい。

どちらかと言うと吸血鬼と契約させられてしまった可哀想な被害者は僕ですから。

食事が終わるとアルマはまた由乃のお手伝いに食堂の奥へ戻って行く。

僕は逃げる様に自分の部屋に戻る。

もうすぐ鷹司さんが来てしまう。少なくとも自分の部屋は綺麗にしておこうと思ったのだ。物が少ないのでそれほど汚いとは思えないが、空気の入れ替えくらいはしておいた方が良いだろう。

外を見ると大きなトランクを二つ引いている鷹司さんが目に入る。

ベージュのキュロットスカートに白のサマーセーターという、動きやすい格好が引っ越し作業へのやる気を伺わせる。

まるで荷物が歩いているようだ。

慌てて、玄関に走る。

何を持って来たのだろうか?


「おはよう!鷹司さん、早かったね。」

「あ、鈴宮くん。」

「どうしたの?その大荷物?」


鷹司さんのトランクを持ち代わりながら聞いてみる。


「えーっと、私も寮に引っ越しする事になったの。ま、その、そーしたんだけどね。」

「急だね。何かあったの?」


昨夜のビデオコールでアルマが一緒の部屋にいる所を見て、負けてられないと対抗心を燃やした事や父親に『アルマに変な虫がつかない様に監視する』というさも真っ当な建前論を振りかざし、学院総務に今朝手続きをした事などお首にも出さない。


「アルマさんのこともあるし、前々から少しお話もあったのですけどね。」


何だか苦しい理由に僕は胡乱な感じを受けたが、何も聞かないでおいた。

彼女には、彼女なりの理由があるのだろう。

トランクを玄関に入れると鷹司さんは由乃さんに挨拶に行くと言って食堂の方へ消えていった。

すぐにアルマと二人で戻ってくる。

食堂で洗い物の手伝いをしていたアルマと出会ったという。


「彩、聞いた?櫻子も寮に入るんですって!良かったね?」

「あ、ああ。」


何がどう良いのか分からないが取り敢えずコクコク頷く。

そして…。


「えーっと、ココ?」

「みたいね。」

「ですね、私の荷物は適当に中に入れておいて、アルマさんのを先に片付けてしまいましょう。」


僕は自分の部屋の正面の元空き部屋を眺めて、運命の神様を恨めしく思い始めていた。

隣にアルマ。正面に鷹司さんが越して来ることになろうとは。

確かに三年生が卒業して出て行った後だが…。

神様は僕の平穏な高校生ライフに余計なドラマを巻き起こしたいらしい。

いや、まあ吸血鬼に下僕として付け狙われる時点で波乱には満ちてるけどね。

取り敢えず、僕らはアルマの引っ越しの手伝いを始めた。



アルマのクローゼットを見ながら、鷹司さんは首を傾げている。


「う〜ん、アルマさんの家ってお金持ちなのね。普段着がドレスばっかり。いつも家の中でもこんな正装しているの?」

「えーっと、良い物持ってき過ぎちゃったみたい。ほら、有名校だと聞いてたので社交パーティみたいのがあったらどうしようかな?とか…ね。」


アルマはチラチラとこちらに助けを求める様に視線を送る。

僕はと言えば、確かに大公家の姫君ともなれば…どの程度なのかは別にして、こういうのが普段着になるんだろうなあと勝手に考えていた。


「ま、普段着はこれから買いに行けば良いしね…まだお昼には少し時間があるから、鷹司さんの荷物の整理が終わったら食事も兼ねて、足りない物の買い物にでも行こうか?」


適当に相槌を打ちながら、カルチャーギャップを感じていた。

駅前のモールにあるウニクロで普段着くらいは買えるだろう。

アルマの基準に合うかはちょっと微妙だが…まぁ、気に入るのもあるだろうし。

…と言うことで、鷹司さんがテキパキと独りでアルマと自分の部屋の片付けを終わらせて駅前まで三人で出てきている。

が、先程からアルマが『へー』とか、『わー』とか目を輝かせながらあちこちのショーウインドウを覗き込んでいる。迷子にならないか心配なくらいである。

まずはお昼ご飯ということで、近くのワックバーガーに入る事にした。

そう言えば食事の好みとかも聞いておいた方が良いかもしれないな。

味覚に関しては由乃さんの料理を素直に受け入れている所からも余り大差ないと思っている。


「ここはハンバーガーのお店で、テリヤキバーガーがお勧めかな。」

「食べたこと無いけど、彩がそう言うならそれにする。」

「鷹司さんは何にする?」

「私もそれにする。アルマさんはあんまりファストフードは食べないんだ。外国の人って結構食べるんだと思ってた。こういうのも偏見なのね。いけない、いけない。」


「あんまり、外食しないお家だったから。あ、でも雑誌とかで見ているから知ってるよ。」


僕らの順番になり、まとめてオーダーする。

まとめてオーダーしてしまった手前、精算もまとめたのだが。


「お、鈴宮くんの奢りなの?ありがと〜。」

「うん、ありがと。」

「まあ、休みの時に親戚・・のアルマが手伝って貰った訳だし、ここくらいはね。」


何故か興味津々に僕の手元を見つめるアルマとふと目が合う。


(ねぇねぇ、それがこっちの金貨なの?紙で出来てるんだ。)

思わず絶句してしまう。

そうか、夏はそういう必要がなかったから意識しなかったけど、生活習慣の違いは教えておかないと拙いかもしれない。


「私はこれで大丈夫って、渡されたんだけどね。」


アルマが取り出したのは名前が白字で彫られている漆黒のカードだった。

クレジットカード会社のロゴではなく、国営銀行のロゴマーク中央で燦然と金色に輝いている。ホログラムを使って立体感が出るあたりは偽造防止も厳しそうだ。

使用限度額って…いやいや、そもそも誰が払うんだろう?


「わぁ、何か凄いね。」

「使えるんだよね?それ?」

「使ったことないから、よく分かんないけど、大丈夫なんじゃないかな?うちの外事部の正式手配だから。」


げふん、ゴホン!

軽くアルマの足を突きながら、咳払いをする。


『お待ちどう様でした〜!』というワックバーガーの店員さんの声に救われ、話は中断し、三人で空いている席に移動する。

初めて食べる味だったようでアルマにはなかなか好評であった。

食後に鷹司さんが席を外した隙にアルマに耳打ちする。


「こっちの慣習をレクチャーしないと拙いかもしれないね。

アルマのお家の方と違う事も多そうだし。慣れないうちは、あまり独りで居ない方が良いかもしれないね。

やっぱりバレたら拙いんだろうし。」

「そだね。図書室の雑誌でこっちの食べ物とか、服なんかは見てたけど、お金を見るのは初めてだったわ。この四角いのはどうやって使うの?」

「それは僕に聞かれても…後で服でも買った時に試してみよう。」

「宜しく頼みます、我が下僕よ!」


その後、普段着を買いにウニクロを周りファッションショー張りに、何回も着替えては評価するの繰り返しを楽しんだ。

主にアルマと鷹司さんが!だけど。

組み合わせが出来る3〜4着を選んでいざレジへ向かう。

荷物持ちを装い、アルマの隣で支払いのタイミングを待つ。

アルマがゴクリと生唾を飲み込んでからカードを渡すのが分かった。

『サインは不要です。お買上げありがとうございました。』

ウニクロの店員さんの爽やかな声で拍子抜けしてしまう。

なんの事はなく、あっさりと支払いも完了してしまう。恐るべし、霊魔界の謎のカード。

すっかり気を良くしたアルマはあちこちのウィンドウを覗いてはチェックを怠らなかった。

何度か、襟首を掴んで衝動買いを自重させた以外は無難に過ごしている。

男子禁制の下着ショップでは鷹司さんが『任せておいて』と力強く言ってアルマに付いて行った。

帰ってくると何故か彼女も小さな紙袋を持っていたが、敢えて見ないフリをしておいた。アルマの紙袋がそれほど膨らんでいないのは彼女の功績に違いないからだ。


「彩、可愛いのがあったよ!え〜っとね。」

「アルマちゃん、ここで…っていうか男の子に見せちゃダメだよ。」

「そなの?」

「です!」

「です!」


思わずリエゾンしてしまう。

何をしようとしたのだろうか?全く。

たっぷりと買い物を満喫した二人と付添一名は遅めのお茶をする事にする。

両手に荷物を持ちながらの買い物が

多少うざったくなってきた事もある。

それにこれ以上、買い物を続けると際限なく荷物が増えてしまいそうだ。


「取り敢えず、身の回りのものは揃ったみたいだね。」


僕達はオープンテラスの喫茶店で紅茶とスコーンを堪能しながら、陽の傾き始めたモールにごった返す人々の流れを見ていた。


「何だか面白い物が沢山あって、飽きないわ。また、来ようね。」


上機嫌のアルマは買い物袋を見て、ご満悦である。


「欲しい物じゃなく、必要な物を必要なだけ買わないとお金はいくらあっても足りないよ。」

「はーい、彩のケチ〜。見て楽しむだけよ。」


見えないように舌を出しているあたり、どこまで本気か怪しい。


「あ、そう言えば角のお店に可愛い鏡があったなぁ…ちょっと見てくるね。」

「じゃ、私も。」

「僕は、荷物を見ているから二人で行っておいで。」


決して疲れているとか、少し飽き飽きしていることではない。

女の子同士の方が良いと思っただけである…ほんと。

僕はぬるくなった紅茶を飲み干して持ってきていた読みかけの本を開く。

本好きの欠点は読み始めると時が経つのを忘れがちになる事だ。

だから、少し息を切らした鷹司さんが隣に来た時にはどのくらいの時間が経ったのか認識出来なかった…いや、ホント。


「鈴宮くん、アルマさん戻ってきたかな?途中で見失っちゃって。」

「え?!…んーっと。ちょっと探して来るから、鷹司さんは少し座って休んでいてくれる?荷物をお願いします。」


僕は返事も聞かずに席を離れた。当てはなかったが、GPSの逆探知が出来るのではないかと思ったのだ。

胸のうずく方に勘感覚で行くとエスカレーターを昇る。

人がどっと多くなる。何かのタイムセールをしているようだった。

人混みを掻き分けて行くと、完全に方向感覚を失っているであろうアルマがテンパった表情を浮かべてオロオロしていた。


「絶賛迷子中な顔だね…ごめん、遅くなった。」


近くまで行き、アルマの手を取る。

一瞬、ビクッとしたが僕を認識すると半泣きになる。クシャと笑う安堵の表情は今にも泣きそうで、胸がズキリとする。これもリンクなのだろうか?


「遅いわよ。帰れないぢゃないのよ。」


口調ほど怒っていないのは目を見れば分かる。

ぎゅっと握り返してくる手が震えてる気がするのは気のせいだろうか?

エスカレーターを下りると自分のいる場所の把握ができたのか、少し余裕が出てきたみたいだ。


「すごい人数の人達に押し流されて、あそこまで行っちゃったの。

気が着いたら何処だか分かんなくなっちゃってたの。彩、見つけくれてありがとね…ま、下僕なら当然よね。」


憎まれ口まで元通りだ。

鷹司さんを見つけると小走りに走り寄って行って何やら話し始めた。

頭を撫でられている所をみると事情の説明とお詫びをうまく乗り切っているようだ。

周りが少し明るくなったと思いきや少し早いがモールの照明がついたようだ。壁の照明はキャンドルを、天井にはシャンデリアを模した灯りが辺りを柔らかな色に染める。


「わぁ〜、綺麗ね。」

「そうね。」


アルマと鷹司さんはテラスから階下の景色を眺めて、ライトアップを楽しんでいた。


「あ、いけない。もうこんな時間。ねぇ、二人共明日は何か用事はあるのかな?

もし良ければ明日の弓道部の大会に遊びに来ません?市立武道館でやるのよ。」

「あ、見に行きたい!いいでしょ?彩?」

「特に用事もないから構わないよ。」

「細かな事はメールしておくね。私、自宅に戻って明日の支度しなきゃ。明日の夜から寮で暮らす事になるので宜しくね。じゃ、悪いのですけど私はこれで帰るわね。」

「櫻子、今日はありがとね。また、明日ね。」


二人は手をフリフリ挨拶を交わす。いつの間にか仲良くなっている。


「じゃあ、そろそろ僕らも帰ろうか?」


まだイルミネーションを眺めているアルマの背中に声をかけて、荷物を纏める。


「はーい。そろそろ由乃も夕食の仕込みをしてるでしょうしね。

弟子入りしたからには味を盗まなくっちゃっね!

魔鉱石とは違ってなんだかキラキラしてるのね?こっちの景色って不思議。」


並んで歩き始めた僕の小指にアルマの指が触れる。

見ると顔を真っ赤にしたアルマが俯きながら顔を背ける。


「また、迷子になったら困るでしょ。下僕なら、ちゃんと護ってよね。」


僕はアルマの手を優しく握った。

俯いたままのアルマがぎゅっと握り返してくるのを可愛く思いながら寮への道を口数少なに歩いた。

アルマの手が温かかったことだけが頭に残り、何を話したのかあんまり覚えていない。



翌日、僕らは鷹司さんの弓道部が出場している県大会の地区予選会場を訪れて試合を観戦していた。

静寂の中、引き絞られる弦がキリキリと音を立てる。

次の瞬間、『トンっ』と二十八メートル離れた的から音が反響する。放たれてから的に吸い込まれるまでがとてもリズミカルで、所作の美しさも相まって見惚れてしまう。

ルールはよく分からないが一人四本ずつを放ち、的に当たった数を競うようだ。順番に打ち合い、要は最後まで外さなかったら勝ちになる。

割りと淡々と進んで行くので大声を出して応援するのも憚られる気がする。

アルマは朝早くから食堂でごそごそやっていたらしく、僕は重い紙袋を持たされてここに来た。

何かおやつでも持って来たのだろうか?不意に夏期講習の時にはパンケーキを焼いて食べた事を思い出した。

因みに部屋の片付いたアルマは昨夜はこちらに侵入してくる事はなかった。

…と、思う。熟睡していたのでもしかしたら?と言うことはあり得るが。


ウチの学校の番になり、鷹司さんの出番がやってきた。

一段と凛としている気がする。県大会への出場がかかっている地区予選だけに夏に見た練習の時とは段違いに気合が入っている。

相対し、軽く目を瞑り集中しているのが分かる。

目を見開くと弓を引き絞り、静止する。時が止まったと錯覚した瞬間、矢は放たれる。

トンッ。

的の中央に矢が突き刺さる。

同じ要領で四本とも的に当たる。

先程の相手校選手が最後の一本を外したので、無事に鷹司さんが勝ち星を上げる。こっちの試合が終わっても隣ではまだ試合をしているので拍手も出来ない。それでも、アルマは手を振って鷹司さんにエールを送っている。

会場に午前の部の終わりを告げるチャイムが鳴ると一斉に喧騒が沸き起こる。

『やった〜』とか、『惜しかった』などなどそれまで留めていた感想や歓声を纏めて上げている。

僕達も息を詰めて観戦していたので一気にリラックス出来る。


「何だかこっちが緊張しちゃうのね…櫻子は凄いなあ。」

「集中力が途切れないのは凄いと思う…ところでお昼みたいだけどお昼ご飯はどうする?」

「ちょっと待っててね、櫻子呼んでくる。」


そういうとアルマはテケテケと部員達と話している鷹司さんに駆け寄っていく。

鷹司さんがこっちを見た気がして、手を上げて応える。

アルマは四人いる弓道部員全員を引き連れてやってきた。


「鈴宮くん、お昼ご一緒しちゃって良いの?アルマさんが誘ってくださったのですけど。」

「えーっと、構わないけど僕も何がどーなっているのかはイマイチ理解してないんだけどね。」


アルマは観覧席の椅子の上に、僕が持って来た紙袋の中身を広げ始めた。

1、2、3…7段の重箱である。

これは重い…納得だ。

中身も唐揚げやタコさんウィンナーの洋風から、しぐれ煮や焼き魚などの和風のおかずがところ狭しと並んでいる。俵おにぎりもあり、ボリュームは満点である。


「わぁ〜、凄〜い。お弁当なかったからみんなでパンでも買おうかって話てたの。アルマさん、ホントに良いの?」

「勿論!これ食べて午後も頑張ってね!櫻子達なら大丈夫!みんな座って!座って!」


女子五名にポツリと僕が一人混ざっているのも居心地が悪いがアルマが楽しそうなので少しだけ我慢である。

食事を終えて、すっかり仲良くなった弓道部女子部員達にエールを送って送り出すと、アルマは『ふへぇー』とため息をつく。


「食べ過ぎかい?」

「何か、沢山お話したら…疲れた。あんなに同年代の子たちと話すの、久しぶりだから楽しかったわ。」


楽しそうにお弁当箱の後片付けを片手間に会場で準備を始めた鷹司さん達を眺めている。

「随分、熱心に部活に誘われてたじゃないか?弓道やるのかい?」

「う~、つい魔術を使っちゃうと思うのよね〜。向こうではそれが普通だがらね。

みんな、ちゃんと頑張ってるし。私は入らない方が良いと思うんだ。だって、ズルしてるみたいぢゃない?

こっちの人は、なんて言うかな…ちゃんと努力しているの。うまく言えないけど、そういうのって大切だと思うの。だから…私は遠慮する。」


彼女なりの敬意の払い方なんだろうと思う。大切にしているものを見極めるアルマの感覚にはハッとさせられる時がある…たまに。

別意味にぶっ飛んでいる時の方が多いけど。


「あ、今、ちょっと『こいつも結構考えてるんだなぁ』とか少しディスったでしょ〜。」

「え、いや…これってそんな事も分かるの?」


慌てて胸の所を押さえる。吸血鬼のリンク、恐るべし!


「分かんないわよ、そんな事…彩の場合、顔に出るから分かりやすいだけよ。って、やっぱり思ってたのね!」

「いや…そんな事は。」

「そこ!お話する時は目を見る!」


午後の試合も白熱するも、静寂の中で進んで行った。

ウチの学院は安定して的を射抜き続けていた。相手のミスを待つという神経戦に見ているこっちが疲れてしまう。

なので、ウチの学院の優勝が決まった瞬間に二人とも身体の力が抜けて…。


「ふふぁ〜、勝ったぁ。」

「緊張したね。」


思わずへにゃっと椅子の上でアルマは僕がに寄り掛かる。

それでもアルマは選手全員に拍手を送りながら、鷹司さんに向けて手を振っている。

こちらに気づいた弓道部の面々も手を振り返して来る。

アルマはぱっと立ち上がると駆け寄っていき何やら歓びを分かち合っている。

テケテケ戻ってくると何故か仁王立ちで僕を指さす。


「さぁ、彩!帰るわよ〜!」

「ん?いいの?最後までいなくて?」

「挨拶はしてきたし、最後は頑張った彼女達だけで今の気持ちを共有した方がいいと思うの。

戦士の気持ちは同じ戦場に立った者にしか分からないって言うし。

それに、部外者は豆腐の角に頭ぶつけて怪我しちゃうんだぞ!」

「微妙に違うけど…そういう事なら。」


アルマにはアルマなりの判断基準があるに違いない。団体競技を戦い抜いたチームだけでお祝いするのは、部外者がいない分だけ余計な気遣いなく楽しめるに違いない。

僕は手近な荷物を纏めて席を立った。

軽く鷹司さん達に会釈をして、アルマと共に会場を後にした。

まだ、夕方には間があるが夕食の仕込みのお手伝いという使命に燃えるアルマにはあんまり時間がないらしい。

真っ直ぐ帰るのもつまらないので、少しだけ遠回りをする事にした。


「今日は美味しいお昼ご飯をありがとう。すっかり、こっちの料理には慣れたみたいだね。」

「まだまだよ。由乃の料理は魔術級だもの…味付けを真似するだけで精一杯。でも、ありがと。褒めてくれて。」

「まだ、時間は大丈夫だよね?少しだけ寄り道をしていこう。」


学院寮への道を外れて、遠回りをする。街中には行かないが、この道を行くと大きな杉の木がある神社に出る。

名前葉忘れたが小学生の時には養父に連れられて毎年夏祭りに来ていた。

養父の嚴志郎は何か仕事で来ていたようでいつも野放しにされていた記憶がある。


「ここが地元の神社だよ。名前は忘れたけど、ほらあそこに大きな杉の木があるでしょ?あれが有名な魔槍杉。

その昔、悪い魔物を退治するのに使った槍が杉の形になったって言われてるんだよ。」

「へぇ〜!大きいね。こんな遠くから見ても分かるもの。古い木なんだね。

その言い伝えはちょっと心当たる物があって嫌なんだけどね。

彩には知っておいてもらいたいのだけれど、この世界は一つではないの…。」


アルマの説明によると大きく分けて世界は三つに分かれているらしい。

一つはココ、魔術とは無縁の人間界。

そして、二つ目はアルマ達のいる霊魔界で新世界とも言われているらしい。

それはもう一つ封印されている旧世界が存在する。旧世界には魔法・・を操る神々がいたらしい。

旧神と呼ばれている彼らは信仰されることが力の源であり、自然の理に反する魔法を、引き起こされる災害も無視して行使して、人々からの信仰を集めていたと言う。

中世欧州の悪魔信仰などはその代表かもしれない。人々の欲求を満たす代償に魂を贄とする悪魔の手口と酷似していると思う。

新世界と旧世界は元々一つであったが、旧神達の人間界への干渉を嫌ったその他の種族たちが何百年に渡る激しい戦いの末に世界を割り裂いて旧世界に旧神達を封印した。


「…という訳で、人間界は安全になったのだけど、結界も完全ではないの。

強い想いが回廊を作ることもあるし、人間界にひっそりと残っている旧神もいるしね。ほら、悲恋湖にいた蛇神なんかもその一人。」


大きな杉の木の周りをクルリと周りながらアルマは説明を続ける。


「ここには、今はそんなに大きな魔力マナも感じないから大丈夫だと思うけど、元々こういう地脈が集まる場所では魔力マナがうねるから要注意なんだけどね。」

「脅かすなよ…行方不明になった人がいるとは聞いてないから、大丈夫だと思うけど。」

「今は万全なアルマ様がいるから大丈夫ですって!」


ポスンと自分の胸を叩く。ささやかではない胸が揺れて存在を自己主張する。


「期待してまーす(・・;)。」

「ヨシヨシ。」


僕らはお参りをして境内を後にした。

長い石段を降りきった所で、意外な人物達と出会う。


「よう、鈴宮!」


剣道部の主将の風城先輩である。

短く切り揃えた髪に、ガッチリと鍛え上げた偉丈夫は隣に女性を伴っていた。妹の楓さんだ。頭一つ低い位置でポニーテールが揺れている。

この二人が夏期講習で訪れた高原にある悲恋湖で旧神の毒牙にかかる所をアルマと僕で助け出したのだ。

そのおかげで僕は吸血鬼の下僕への道へ片足を突っ込む事となったのだが。


「こんにちは、風城先輩。楓さんもこんにちは!」

「鈴宮先輩、兄がいつもお世話になっています。」


ペコリと頭を下げる。


「ひさ…初めまして、アルマディータと言います。誠桜学院に留学してきましたの。宜しくお願いします。

いま、彩にここら辺りを案内してもらっていたのです。」


危ない、危ない。

肘で突っ込まなかったら、『久しぶり!元気してた?』くらいは言いかねない。


「三年の風城啓太です。鈴宮とは剣道部で一緒なので合わせて宜しくお願いします。

こっちは妹の楓。一年生なので二人の後輩だな。宜しくな。」


楓さんはボーッとしてアルマを見つめている。どうしたのだろう?

金髪が珍しいのかな?


「ところで先輩、僕はいつから剣道部に所属したんでしたっけ?」

「細かな事を気にしやがって…んじゃまたなー!」


嵐のように過ぎていく風城兄妹はそのまま境内に上がって行った。


「二人共、元気そうで良かったね。」

「向こうに記憶は無いけどね。」


お互いの顔を見合せて思わず微笑む。

帰り道、またアルマの指が遠慮がちな僕の手に触れた。

しっかりと握り返して二人は神社を後にした。


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