第一章 そして魔王は慌てふためく
アルマディータ=ド=ラ=クール。
金髪蒼眼の美少女。
白い夏服の制服が真新しく、初々しい。背中で揺れる金髪からは名前は忘れたが黄色の華の甘い香りまでしてくる。その辺は授業中ということを意識して、雑念を払う。
教科書代わりのタブレットがまだ届いていないという理由で、アルマと机をくっつけて自分のを共用で見せている。
鈴宮彩。それが僕の名前だ。
アルマの(話せば長くなるが)下僕(まだ、認めてない)であり、契約者となる。
吸血鬼族の契約を中途半端な形で結んでしまった事が発端である。
吸血鬼の契約は自らの魔力を差し出す代わりに自らの回復能力を極限まで高めることが出来る。
それこそ首が胴体から切り離されるとか、心臓を貫かれない限り死なないくらいに。
別に自分の体で実践しようとは思わないけど。
アルマは今日から、この学院に転入してきた。しかも、自己紹介の時に僕の遠い親戚だと言い放ったりしてくれた。
どんな関係で金髪の親戚がいるって事になるんだ!?
初めて会った夏の高原分校舎で別れる時にはしばらく会えないって言ってた気がする。
確かに一ヶ月は殆ど毎日文通してたけど、こんな早く再会するとは。
僕の中では夏の思い出はゆっくり色褪せていくのかと思っていたのだが。
まずはこの授業が終わったら早々にアルマに事情を問い質した方が良さそうだ。
などと考えていたら、全く授業が身に入らない内に終わりを告げるチャイムが鳴った。
教科書は目を通せば、完璧に暗記出来る特異体質なので授業を聞いていなくとも問題はない。
日直の起立、礼の挨拶が終わるな否や僕はアルマの手を掴み図書室に走った。誰もいなさそうな場所が他に思いつかなかったのだ。
取り敢えず、誰もいないのを確認して、アルマに向き合う。
「随分、積極的になったのね。強引なのは嫌いじゃなくってよ。」
「手紙にも、こっちに来るなんて書いてなかったじゃないか!
いきなり来るなんて、驚くじゃないか。っていうか、遠い親戚ってどういう意味なのかな?」
「ぷー、もっと喜んでくれると思ってサプライズにしてたのに。」
アルマは頬を膨らませて少し怒って見せる。目が笑っているので本気ではないようだが。
「契約もしたし、通じ合っている訳だから親戚というか、家族というか……お嫁さん?。」
「ん?何をゴニョゴニョ言ってるのかな?」
「ううん、何だもないわ。まあ、彩の側で心変わりを待とうかなっと、思ってね。正式にこっちに居られるように手続きしてきたの。」
「ん?てことはこの前のは不法滞在な訳?」
「ギクッ…そんな事ないわよ。意外に鋭いなあ。ねぇ、彩…側にいれば私とのリンクを感じる?」
「何だか、胸のあたりがムズムズする感じかな。これがリンクなのかな?」
「私は、もっとドキドキするんだよ。彩の事を意識するときはね。
これから、宜しくね。彩!」
スカートの裾を持ち上げて挨拶をするアルマを横目に、僕は胸のムズムズより、頭痛の方が強くなるのを感じていた。
昼食に先んじて昼休みを利用して、鷹司さんがアルマに校内案内すると今度は連れ出したので、独り取り残された僕は割りと針の筵だったりした。
アルマについて行った方が良かったのかも知れないが、女子トークに入り込んでも面倒なので遠慮しておいた。
『鈴宮くん、いつから外人の親戚さんがいたの?』
やら、
『アルマさんとどういう関係なの?』
などなど答えに窮する質問ばかりである。 あー、とか。うー、とか、答えて何とか躱している。
答えられる事が少なくて、若干困る。
本当の事は言えないし。
吸血鬼と言って信じるかどうかは別にしてだけど。
何だかまたたく間に金髪美少女の転校生は有名になり、授業が終わる頃には教室の外に一目見ようと人垣が出来ていたりする。
「サッカー部のマネージャーとか、興味あると思うかい?」
「テニスとか経験しているのかな?」
様々な質問に回答するのが億劫になり、
「それは本人に聞いてみて。」
等と適当に返してしまったりする。
大公女がテニスをしている絵も中々想像出来ないが、マネージャー役に甘んじている姿は更に想像出来ない。
自分でボールを蹴っている方がまだ想像できそうだ。
購買で買ってきたサンドウィッチを頬張りながら、早々に教室から逃げ出した僕は屋上のベンチで残暑を主張する青空を見上げていた。
心の中で『何で、こーなったかなー?』と省みる。
「あ〜彩が、先に食べてる。待っててくれてても良いじゃない!」
背中から声を掛けられ思わず喉が詰まりそうになる。
トン。
優しくアルマの指が僕の背中を軽く叩くと、サンドウィッチが胃に落ちる。
魔術だ。
僕にはアルマの構築した術式は分からないが、触れられたところから温かなアルマの感覚が流れ込んできた。
「お帰り。何でここが分かったのかは怖いから聞かない。」
「も〜、冷たいなぁ。」
アルマはぴたっと並んで隣に腰を下ろした。意味有りげに自分の胸を指差す。リンクで分かるのか。勝手にGPSが付けられている気分だ。
反対側には拳一つ分離れて鷹司さんが座る。
ある意味両手に花ではある。
二人とも学院名物ゴボウコロッケパンと焙じ茶ミルクセーキを持っている。
我が学院の鉄板メニューである。
「櫻子に色々案内してもらっちゃった。これ美味しいよね。面白い味w
学院のカードをピッてするだけで貰えるのね?不思議。」
校内では学生証がお財布替わりになったりする。使い過ぎには注意がいるのだが。
焙じ茶ミルクセーキをストローでコクコク味わい僕を見る。
因みに僕のサンドウィッチのお供は健康を考えて野菜ジュースだったりする。
「これ、好きな人と一緒に飲むと結ばれるんだって、知ってた?」
アルマの何気ない一言に、鷹司さんがブハッと息を吐く。
コロッケパンが詰まったのか、耳まで赤くなって苦しそうだ。
確か、あれはほぼ『学院あるある伝説』で、飲んでる人数が多い=確率論的に付き合っているカップルが多いという話だったような…。
一部、売店の宣伝では?という話もある。まるでお菓子メーカーが仕掛けるバレンタインのチョコのようである。
因みに二月には『ギリギリホットココア』が、三月には『サンクスホットチョコ』なる期間限定ドリンクが発売される。
僕としては売店の陰謀説を推している。
「櫻子、大丈夫?」
「こほこほ…ええ、ありがと。」
「彩も飲んでみる?」
先程まで自分が加えていたストローごと僕に差し出してくる。
こういうところは割りと無防備だったりする。
「あ、やっぱダメ。」
何故かアルマは慌ててミルクセーキを暗い表情で引っ込める。なんだろ?
「鈴宮くんとアルマさんがご親戚だなんて、初めて知ったわ。
予め言っておいてくれれば良かったのに。」
さすがにそれは僕も知りませんでしたとは言えない。
僕も予め知っておきたかったけどね。
そこは激しく同意だ。
「あ、突然だったからね…ところでアルマは住むとこは決まったの?」
「彩のとこに入るのよ。宜しくね。」
「あぁ、寮か。」
確かに寮は男女の区別なく入れる。
有数の進学校であるためこの学院では全国から入学希望者が殺到するので自宅から通えない遠隔地の生徒用に寮が完備されている。
朝、夕食付きで完全個室である。
昔は二名で室だったのだろう二段ベッドが備え付けてあるが、それを独りで使っている。しかも、続き部屋で四名でシェアする事を前提にしている作りをしている。
部屋の入り口には隣の部屋への出入り口もあるのだ。今は隣は空き部屋だがしっかり鍵をかけてあって、出入りはできないのだが。
「荷物は?引っ越しがあるなら手伝うよ。」
「(^○^)、ありがとう。勿論、当てにしてるわよ 。明日は土曜日でお休みだから、本格的には明日辺りに荷物を整理するから、足りない物があったら貸してね。」
「お二人って久しぶりに会ったのよね?随分、息がピッタリなのね。」
「それは契約が…。」
「がぁ〜、手紙でやり取りはしてたからね。会うのは久しぶりだけどノリは同じというか、そんなに久しぶりな感じがしないからかな?ね?アルマ?」
夏の高原分校舎で小学生サイズに変身していたアルマがみんな既に出会っている事は記憶から消されているのだ。
当時は魔力の消費量を抑える為に必要だったらしいが、今は契約で魔力量が上がって逆に小学生化が難しいらしい。
吸血鬼契約を結んでいるなんて事は勿論言えない。
鷹司さんはキョトンとしているけど、何とか誤魔化せたみたいだ。
午後の授業は無難に過ぎて行った。
休み時間もみんな遠巻きに見ているだけで直接話しかけて来たりはしなかった。
次の授業の内容を予習したいらしく、アルマが熱心に僕に質問して話しかけて来ていたからだろうか?
放課後になって、席を立つと隣のクラスの女子がアルマに近寄ってきた。
隣のクラス…だと思う。見た事がないから、このクラスではない事は確かだが女子全員の顔を覚えている訳でもなく、いまいち自信はない。
「アルマディータさん、音楽とか興味あるかな?軽音楽部の部活動をこの後、覗いて行きませんか?」
「あ、抜け駆けだ!それならテニス部の練習を見て行ってよ!」
「ラクロスとか興味あるかな?」
それまで我慢していたのか、堰を切ったかのようにクラス中がアルマに押し寄せる。
どうやらクラス中の暗黙の了解で、今日のところは初日と言うこともあり、見守ろうと言う事になっていたようだ。
仰け反りながらも笑顔の鉄面皮は維持している。さすがは大公女様。
「今日はまだ初日なのであちこち見てみますので、何かあれば宜しくお願いしますね。彩と先約があるのでまた来週〜。」
先約などされた覚えはないけど、拒否権は無さそうなので、自分の今日の予定通り図書室へ行って本を返しに行くことにする。
鷹司さんに挨拶をすると、何だか用事があるようで三人連れ立って図書室を目指す事になった。
「私もアピールだけはしておこうと思ってね。」
図書室に着くと鷹司さんは何やら鞄から古いノートを取り出した。
「アルマさん、私は日本の弓矢の部活動『弓道部』に所属しているの。もし、興味があるなら来てみてね。歓迎するわ。」
「あー、あれは中々面白い競技よね。所作を覚えれば美しく見せられるものね。」
「え?やった事があるの?それなら、是非おいでよ。歓迎するよ。何処でやってたの?」
アルマの表情が固まる。
その記憶は差し替えられているから、アルマとしてはやった事がないはずなのだ。
そうですよね?アルマさん。
「いや、あの、彩から、その、櫻子の事はよく聞いていて。」
「え?鈴宮くんが?」
視線がこちらに向くが、すぐに下に落ちてしまう。
「なんて言ってたのかな?」
「え〜っと、弓道部は結構強いから興味があるなら鷹司さんを紹介するって言ってたんだよ。」
我ながら華麗な嘘である。
もはや共犯者。アルマのグッジョブのサムズアップを睨みながら澄ました顔で応える。
「ま、その。私で出来ることがあれば、うん。何でも言ってね…あ、後ね、こう言うのもやっているので良かったら参考にしてね。」
取り出したノートをクルリとこちらに見せる。
『陰陽術&ミステリー研究会』の活動日誌である。そう言えば夏の特別講習の時に無理矢理加入させられた。あれは無かったことにはなっていないんだろうなぁ。
「鈴宮くんもメンバーなのだけれど、まだ二人だけだから良かったら考えてみてね。三人以上いないと部活動として認められないのよ。
あ、でも、私も弓道部との兼部だから弓道部が終わってから合流する形になるんだけどね。活動場所は図書室でいいよね?」
無理して活動しなくても、と言い出そうとしたのだが遅かったようだ。
無言で頷く。
放課後は図書室で本を読むのが日課となっているので僕としてはやる事は変わらない。まあ、読書に鷹司さんが加わるだけなのだろう。
「へ〜、面白そうね。あ、弓道の方は見るのは良いけど才能はないから止めておくわ。研究会の方は彩ともよく話してみるね。」
「ちょうど日曜日が試合だから、良かったら見に来てね。うちの学校でやるから。鈴宮くんも良かったらどうぞ。じゃあ、私は弓道部の方に顔出さなくちゃなのでこれで失礼するね。…副部長さん、勧誘宜しくね。」
しゅたっと、手を上げると鷹司さんは図書室から早々に出て行ってしまう。
いつから副部長に任命されたのだろうか?研究会のメンバーが二人なので当たり前と言えば当たり前なのだが。
「アルマ、周りのみんなはどこまでの記憶があるのか今度、教えておいてくれるかな?…ヒヤヒヤする。」
「まぁ、私のとこだけざっくり抜けているだけよ。」
周りに誰もいないのを確認しつつも声を潜めてしまう。
何ともざっくりした応えに胡乱な思いで借りていた本を返しに立ち上がる。
アルマもお目当ての本があるらしく、雑誌のコーナーに向かって行く。
二人ともお目当ての本を手に隣同士で読んでいると夏の一時を思い出す。
「ちょっと前なのに何だか、こういうの懐かしいかも。」
「僕も、そう思ってたよ。まさか、こんな事になるとはね。」
「迷惑だった…かな?」
アルマはちらちらこちらを見ながら無理矢理目線を下に落としている。
「まぁ、誘拐宣言している吸血鬼が側にいて落ち着ける人間は僕くらいだろうから…飽きなくて良いんじゃない?」
何故だか、アルマは耳まで真っ赤にして押し黙ってしまう。
「ところで部活動とか、どうするの?あの調子だと月曜日から勧誘で行列ができるんじゃないか?」
「運動系は止めた方が良いと思うのよね。うっかり魔術を使ってしまいそうだしね。当面は何もしないわ。
こっちへ来たのは合意の上での誘拐が目的だもの。」
過去に弓道の練習でいつもの癖で矢に魔術を行使して、小学生が完璧な射術を披露してしまった事があったのだ。
「合意の上での誘拐って、文意が成立してない気がするけど。」
「彩はいつもはどうしているの?」
「朝は剣道部の練習の前入りをして独り稽古をするけど、放課後はここで本を読んでいる事が多いかな。
テスト前でない限り、ここが混むことはないから落ち着けるしね。」
「ふ〜ん。」
「ま、すぐ決めなきゃいけない訳でも、どうしても何処かに入らなきゃいけない訳でもないからそんなに思いつめなくても大丈夫だと思うよ。」
行列の整理係をする自分の姿を一瞬想像してしまう。
「何かあったら、下僕にお任せするわ。」
「地位向上を要求したいとこだな〜。」
アルマは『ハイティーン』に目を通しながら何やらメモを取っている。
相変わらず勉強熱心な事だ。
それから二人して取り留めもない話をしながら空の色が黄金色に変わるまで図書室で過ごした。まるで夏休みに逆戻りしたみたいだ。
☆
「ここが寮だよ。」
図書室を後にした僕は学院の外れにある寮にアルマを案内した。
「なるほどね。高原分校舎の寮と同じなのね。」
「個室の他に、食堂、大浴場なんかはおんなじかな。生徒証がカードキーになっているところも同じだよ。」
カードキーを入り口の端末にかざすと自動ドアが開く。
アルマも続いて、カードをかざして入寮する。
「お帰りなさい、鈴宮さん。そちらは今日から入るクールさんかしら?」
管理人室から寮監の由乃さんが顔を出す。
食堂の主にして、皆の世話がかりだったりする。地方から出て来て心細い入寮者の母親代わりと言っても良い。
「由乃…さん?」
アルマは由乃さんに駆け寄ると突然抱き締めた。
外人特有のハグと勘違いしたのか、由乃さんも軽く抱き締め返す。
「あぁ、ごめんなさい。何だか初めて会う気がしなくって。私のことはアルマと呼んでください。」
アルマはハッと我に返り、由乃さんを離した。
「良いのよ、気にしないでアルマさん。私も同じ気持ちだったのよ…変ねぇ。
荷物はお部屋に届いていますからね。足りない物があったら言って頂戴ね。
鈴宮さん、後は宜しくね。」
「あ、はい。」
「由乃さん、これからも宜しくお願いします。」
一頻り挨拶が終わると自分の部屋に向かう。
隣を歩くアルマに部屋番号を聞くと何故か、目の前にやって来た僕の部屋のドアを指し示す。
「ココ。」
「ん?ここは僕の部屋だよ?」
「知ってる。」
何故かアルマはキーカードを翳すと僕の部屋の鍵を開けてしまう。
「へぇ〜、やっぱり綺麗に使っているのね。」
「え?」
スタスタと部屋の中に入るアルマの後を追って自分の部屋に入る。
部屋の中央に見知らぬ革製のスーツケースが置いてある。あれが由乃さんの言っていた荷物か。
その荷物を取りに来たのかな?
アルマはスーツケースの前でクルリと向き直り、正座をしていきなり三つ指をついた。
「不束か者ですが、末永く宜しくお願いします。」
「何してるの?アルマ?」
「え?だって一緒に住むなら最初にキチンとご挨拶はしておかないと。
あ、お蕎麦とか買ってないけどそれは大丈夫かな?こっちでは引っ越ししたら、お蕎麦を撒き散らしてご挨拶するんだよね?あれって、お掃除大変ぢゃないの?」
「いや、だいぶ間違っている上に、僕は一緒に住むなんて聞いてないよ。…というか、男女が一緒に暮らしちゃまずいよね?」
「え〜、なんでよ〜?折角、こっちに来たんだからお世話して(・・)もらおうと思ってたのに!(ΦωΦ)」
「なんでって、僕は男だよ。い、一緒の、部屋なんかには…。」
「ん?……彩?」
「何?」
「いま、エッチな事を考えてたでしょ?」
「ちが…わないかも知れないけど、それはやっぱりダメ!空いてる部屋はある筈だから。」
「彩…ホントに良いの?」
アルマは横髪をクルクルと巻きながら、上目遣いでこちらを見る。
ゴクリ…と、喉はならないくらいには理性が勝ってくれる。
「だめ!」
「やっぱり、だめかぁ〜…さてと、彩をからかうのもこれくらいにして、私は自分の部屋に行こうかな。(*˘︶˘*).。.:*♡」
「えっ…?!」
「ここには荷物を取りに来ただけですもの。期待させちゃったかな?ふふふ。(>ω<)」
「『ふふふ。』じゃない!さっさと行きなさい!」
「は〜い。」
仕方なく、アルマのスーツケースを持ち上げて外を目指す。
結構な大きさなのに持ち上げると思ったより随分と軽かった。
「軽っ!」
思わず声が出る。
「それは魔術がかかっているのよ。持ち主が許した相手にしか作用しないけど、運び手の動きを助ける術式が発動するのよ。」
「便利だね。今度、教えて貰う事にするよ。」
「よしよし、順調に下僕街道をまっしぐらね。」
アルマは玄関の脇に付いている続き部屋の入り口にキーカードを当てる。
ピピッと連続音がして、二つの扉の鍵が一気に開く。
「あ、安心して!彩のキーカードぢゃ私の方の扉は開かないから乙女の花園には勝手に入れないからね。」
チラッと僕を振り返り、隣室へ入っていく。何が安心するのかよく分からないのだが…ん、逆はあるということか?
「由乃が綺麗にしてくれてるわ。流石ね。」
アルマは僕の部屋と代わり映えしない室内を見渡して感想を漏らす。
「食事は六時からだから、それまで荷物の整理でもして、ゆっくりしなよ。必要なら呼んでくれれば手伝うよ。」
荷物を適当に部屋の真ん中に置く。
「ありがとね。食堂には独りで行けるから気にしないで。ちょっと、由乃と話もあるしね。」
僕は頷いて自分の部屋に戻る。
アルマの方と自分の方の扉を閉める。
結構な防音性能があるのでよっぽどの事がないと隣室の音は漏れて来ないだろう。
制服をハンガーに掛け、鞄の中から教科書代わりのタブレット端末を取り出すと備え付けの学習机の上のクレードルの上にセットする。自動的に今日の授業中に自分で入力したノートデータがサーバーからダウンロードされ、机に内蔵された電子デバイス上で表示される。
教室で机内蔵のディスプレイに直接ペンやキーボードで入力した個人ノートのデータはそのまま学校のクラウドサーバーに保管され、自宅でも学校指定のこのモバイル端末を使って読み返す事も出来る。
寮の机は学校と同じ仕様なので、机の上にところ狭しと今日のノートが広がる。夏の講習会で行った高原分校舎ではここまでの設備はない。
僕の独特の勉強方法だが、少し離れた所からすべてのノートを俯瞰して眺めて授業の中身を回想する。
所々アルマの事が気になっていたが、キチンと記憶している事を確認するとローカルチップにバックアップを取って収納する。これで今日の分ははっきりと記憶に刻み込んだ。
映像記憶力とでもいうのだろうか、一度見た記憶は忘れる事がない便利な体質だ。学年トップもこの体質のおかげでキープしていると言って良い。
ディスプレイを切ろうとするとローカルコールが入る。インターネット電話だが、この場合校内のローカルネットからの通信だった。
発信者は鷹司さんだ。親しい者同士なら画像付の通話を選ぶだろうが女の子相手に自分の部屋を背景に通話する気もなかったので音声通話のボタンを押して、椅子に腰掛ける。
少し紅い顔の鷹司さんの顔が、写し出される。練習が終わったばかりなのだろう。
慌ててこちらも画像通話に切り替える。こちら側に写せない事情がない限り、画像付には画像付に合わせるのがマナーだ。
因みに夜に異性にコールする時などは音声のみがマナーだったりする。
女の子は着ている物に拘ったりするからだ。勿論、同性同士や恋人同士なら良いのだろうが。
「こ、こんばんわ、鈴宮くん。こんな時間に、突然ごめんなさい。」
「大丈夫だよ。今、練習終わったの?遅くまで大変だね。」
「日曜日が大会だから、ちょっと力入っちゃって…あ、あの。」
「県大会予選がそろそろなのか。頑張ってね。」
「あ、うん。それでね、明日なんだけど…アルマさんのお引っ越しのお手伝いに行こうかなって。」
何故、僕に?と思ったが彼女の分の端末がまだ来ていないのを思い出した。
「えーっと、後で本人に確認してメールを入れておくよ。喜ぶと思うよ。」
「女手も必要ですものね…宜しくね。ぢゃ、またね。」
通話を終えると、そろそろ夕食の時間になっていた。
続き部屋用の扉をノックしようとして、一度外へ出て表のドアをノックする。
三回ほどノックして、そう言えば由乃さんと話があるような事を言っていた事を思い出した。
階下に降りて行くと、いつもは閑散としている食堂がざわついている。
食堂に入ると原因はすぐに分かった。
厨房にアルマがいた。髪を結い上げ真っ白な割烹着を纏ったアルマがおかずの盛り付けをしている。
揚げたてのミルフィーユカツを手際よく切り分け、刻んだキャベツサラダの上に並べる。トマトとパセリで色付けしてレモンを添えれば完成だ。
「お待たせしました。今度、入ったアルマディータです、宜しくお願いします。」
自己紹介をしつつ、おかずのプレートを結構な手際で手渡して行く。
「何してるの?」
思わず、声をかける。
「由乃さんに弟子入りしたのよ。さあ、彩も並んで!」
元気よく切り盛りするアルマに促され、列に並ぶ。
はい、どうぞ!と大盛に盛られて適当な席に着く。
何だか夏の一コマを思い出してしまう。あの時はまだ小学生な大きさのアルマが由乃の手伝いをして反響を呼んでいた。
☆
後片付けの手伝いまでこなして、アルマがベッドに倒れ込んだのは九時をまわっていた。
僕は二段ベッドの下を使っていた。
上の弾にはマットレスは敷いてあるものの使っていない。
掃除も面倒なので埃避けのカバーを掛けて放置している。
「一応、言っておくけどそこは僕のベッドだからね。」
「うん、彩の匂いがするから知ってる。クンクン。」
「疲れてるんだから、無理しちゃダメだよ。」
未だに制服姿のアルマの頭をポンポンと撫でる。解いた金髪がさらりと揺れる。
僕は定位置になってきたベッド下で直接床に座りながら、今日借りてきた本を広げている。
「そう言えば、鷹司さんが明日アルマの引っ越しの手伝いに来てくれるって言ってたよ。」
「え!?」
僕の言葉に驚いて、アルマが起き上がる。
「なに?拙かった?」
「魔術がバレる…かも?今夜中に荷物を出して置かなくちゃ。」
「だって、あの箱一つなんでしょ?そんなに大変ぢゃないから、断るかい?」
余りに気の進まない様子のアルマを見て、タブレット端末で鷹司さんに断りのメールを入れてみた。
まぁ、休日にわざわざ悪いしね。
途端にビデオコールが鳴る。鷹司さんである。メールを見ての折り返しなら、神速と言わざるを得ない。
後ろにアルマが映らないように気をつけながらコールを取る。
お風呂上がりなのか、濡れた髪をアップにして、首にはタオルがかけられている。シンプルなデザインのベージュ色の厚手なカットソーが上気した首元に覗く。
「鈴宮くん!アルマさんに遠慮しないでって伝えておいて下さい。
女の子には男の子には見られたくないものだってあるんですから、無理に手伝ったりしちゃ駄目だよ。」
「ん?その声は櫻子だ。何これ、面白そう。」
ノソノソとベッドの上を移動して、画面を覗き込む。勿論、鷹司さんにもバッチリ見られてしまう。
「あ、櫻子だぁ〜。(^○^)」
画面の向こうに嬉しそうに手を振る。
いらぬ誤解を誘う可能性があったので、出来れば映って欲しくなかったんだけどね。
「…アルマさん、明日十時過ぎにお伺いしますね。遠慮はしなくて、良いのよ。女の子の荷物もあるだろうし。ところで…あの…なんで鈴宮くんの部屋にいるのかな?」
それは僕も知りたい。
「ちょっと、遊びに来てまーす。櫻子、大丈夫だよ。彩も隣の部屋だし、荷物は…まぁ、それほどないし…。」
「隣!?…アルマ、気にしないで。明日、十時に行くから。」
「ありがと…でも。」
「それじゃ、おやすみなさい♪」
被せ気味にそう言うと、鷹司さんは回線を切った。ディスプレイが暗くなるのと、アルマの顔を見るのはほぼ同時だった。
「と、いう事で今夜中にバレそうなとこは片しておいた方が良さそうだね?一体、何が問題なんだい?」
「あの鞄は次元圧縮されてるから、中にクローゼット…ううん、こっち言えば家が丸ごと入ってると思って。いるものだけ、あそこから出して使うつもりだったのよ。(。ŏ﹏ŏ)」
「…想像を遥かに超えて言葉もないけど。取り敢えず、身の周りの物だけを出しておいて、明日整理して見せるしかないんじゃないかな?」
「う〜、今から出すのかぁ。」
僕のベットの上でゴロゴロ転がり始めたアルマを横目で見ながら、仕方なく本を閉じる。
「はぁ、分かったよ…手伝うよ。早く始めよう。」
「ゆけ、我が下僕よ。(^^♪」
「はいはい、現実逃避しないでやりますよ〜。」
☆
こんなはずじゃ、なかった。
二人はアルマの二段ベッドのそれぞれに、うず高く積まれた荷物を見ながら呻いた。
衣類、衣類、衣類。
化粧品?、小物入れ、たまに見慣れない謎の魔術道具。
家、一つ分というのは伊達ではないかも知れない。
「取り敢えず、魔術関連グッズはしまおう。」
「うん。」
「服の中で普通は着ないものはしまおう。」
「どれ着ないと思う?分からなくて色々と持ってきたのよ。彩が見立ててよ。」
「取り敢えず、ドレスっぽいのはいらないと思う。」
「これ、向こうの普段着だよ。ドレスはもっと…。」
「これで半分くらいになるはず。」
僕が線引きをしたそばからアルマがスーツケースの中に放り込んで戻していく。
自動的に分類整理されて、しまわれるのだから便利この上ない。
それでも寝る場所が確保できない。
気づけば時計は一時を示している。
「取り敢えず、ベッドの上の物をどかして後は明日にしようか?」
「分かったわ。取り敢えず、シャワー浴びて寝る準備します。ありがとね、彩。」
「ん、おやすみ!」
何故だか、物分りの良いアルマに見送られ僕は自分の部屋に帰った。こちらもシャワーを浴びて部屋着のスウェットに着替えてすぐにベッドに入り込む。
端末で目覚ましがオンになっている事を確認して電気を消す。
明日も気を使う一日になりそうだ。
気が滅入ると、眠りも深くなるのか現実逃避張りにコテっと眠りについた。
夜中の物音に気がつかないくらいに。