第二三話 敵地潜入 二 エイナード
敵地という環境と眠前のゴキブリ談義により、睡眠の質は最悪にまで落とされた。劣悪な睡眠を数時間取った後、夜明けを待たずに移動を再開する。目指すはオルシネーヴァの王都エイナード、走るのはエルリックだ。私たちは騎乗して背中の上で眠っていればいいのだから楽なものだ。
エイナードに着いたのは、ゲダリングを出た二日後の夜だった。オルシネーヴァの王都など、ずっと遠い異国の地だとばかり思っていた。移動の足さえあれば、ゲルドヴァから十日足らずで来られる場所にあった、というのだから驚きだ。更に遠いジバクマの首都ジェラズヴェザからエイナードまでなら片道二週間弱である。
偽装魔法を練習するため、ゲルドヴァからゲダリングまでは比較的ゆっくりと移動していたことを考慮すると、急げば片道十日未満でいけるかもしれない。
急行の馬車に十日も乗るなどとても考えられたものではないが、エルリックの背中に負ぶさっているのはそれほど悪くない。乗り心地もそうだし、何より一時休憩を気兼ねなく頼めるのがいい。馬車を止めてもらうにはそれなりに勇気と決意がいる。
ああ、私の感覚もすっかり麻痺したものだ。
王都郊外からエイナードの中心に位置するクラーサ城を望む。
「流石は名城と名高いクラーサ城です。夜の闇も彼の城の美しさを翳らせることはできません」
特別な暗視能力などない私たちでもクラーサ城はくっきりと見えている。王族が住むに相応しい威容を湛えている。私たちジバクマ人の王、ジルが執務する都庁の王の間にも、これに近い威厳が欲しいものである。
「“飾り”はあそこにあるらしいですし、真っ直ぐ王城に行くとしましょうか」
「いきなりですか。街中で情報収集を行って裏取りするなり、準備をするなりしてからのほうがいいのでは?」
到着即突入の姿勢を見せるエルリックをアリステルが止める。
「頑張って覚えてくれたサナさんには申し訳ないですが、この土地でコンシステントが看破されるのは必定。侵入にはいずれ気付かれる以上、巧遅となってはなりません……が……。失敬、リストさんの言うとおりです。目標達成には時間が掛かります。となると、ここはまた役所探しから行いましょう」
ポーラは奇妙に口篭ってからアリステルの意見に靡いた。
何だ……今のエルリックの翻意には何か引っかかるものがある。単にアリステルの意見に同調しただけではない様子だ。こういうときこそ小妖精に活躍してもらいたいところだというのに、ポーたんはこれといって有用な情報を拾ってこない。
「どなたかエイナードの土地鑑はありますか?」
「私は式典で一度だけ来たことがあります。ですが、王城、ホテル、あとは劇場くらいしか行っていないので、あまりお役に立てません」
まだ友好国だった時代にアリステルはエイナードを訪れたことがあるようだ。長距離移動を伴う外交官の健康管理のため、侍医の代わりに軍医に随行命令が下った、というところだろうか。
第一目標を王城から役所に変更してエイナードの街中を駆けていく。星の薄明かりでは判然としないものの、街並みからは何とはなしにジバクマと異なった趣きを感じる。少なくとも街そのものに漂う匂いがジバクマと明らかに違う。
この匂いは食べ物に由来するのだろうか。それとも海が近いからだろうか。近いといっても地上から海は見えないだろう。見えるとすれば日中、高所から。王城の高層階からであれば海が見えるかもしれない。
夜半であってもそこは王都。意図して避けない限り道を歩く人間が必ずいる。通りすがりの酔いどれ民間人をエルリックが眠らせ、スヤスヤと寝息を立てる酔っぱらいから私が情報を引き出す。これに意外と時間を取られた。何せ、トゥールさん越しに“質問”する私に土地勘が無いうえ、酔っ払いは自分の現在地をよく分かっていない。この酔っぱらいに素面の状態で、「役所はどこか」と尋ねれば、問題なく案内できるのだろう。しかし、酔っ払って眠らされている相手に、「役所はここから北側にあるのか?」と質問したところで有効な回答が得られない。酩酊した役立たずは路上に放置し、次の都民を探す。路上といっても端側に寄せておいたから、馬車に轢かれて死ぬことはないだろう。真夏の夜なのだし、凍死する心配もない。精々、蚊に散々に刺される程度のものだ。
数人を無駄に入眠させた後、素面の人間を見つけ、何とか役所の位置を割り出す。
苦労の末に見つけた役所はゲダリングと同じく警備が手薄だった。エルリックはなぜか結界陣の情報探しを私たちに一任すると、「別の探し物がある」と言って建物内で別行動を取り始めた。また隠し事、秘密主義アンデッドだ。
ポーたんはエルリックの行動から情報を拾うものの、この拾ってきた情報がまた役に立たない。『物を探す』では、ポーラが放った言葉そのままではないか。もっと細部、何を探そうとしているのか拾ってこなければ意味がない。
ポーたんが掴めるのは大意に限られる。詳細を調べる能力は全く無い。そういうのはトゥールさんの領分だ。しかし、トゥールさんはエルリックに使用を禁じられているうえ、“転写”しようとした瞬間に即座に勘付かれてしまう。それに、エルリックの領袖が誰なのか分からない。実は、背高やシーワたちとは全く別の場所に居るのかもしれない。例えばマディオフの牢獄の中のような……。なーんて、それはいくらなんでもありえないか。
エルリックの動向が気になりながらも、こちらはこちらで結界陣の保管場所に繋がる情報探しを開始する。四人で手分けして山と積まれた書類に目を通すも、これといった情報には誰ひとりとしてありつけない。
ゲダリングにいたオルシネーヴァ軍の幹部連中は結界陣の存在を把握していた。だが、王都の役所ではそれらしい情報が見当たらない。つまり、結界陣についての情報を持っているのは軍の関係者だけ?
となると情報を漁るべきは、役所のような行政施設ではなく、基地、駐屯地、司令部などといった軍事施設ではないだろうか。しかし、それはかなりの危険行為。結界陣の保管場所にでもされていない限り、軍事施設に侵入すべきではない。
私たちは見つけたエイナードの地図を頭に叩き込み、軍の幹部や国の要人の住所を記憶した。調査場所として適当なのはこの者たちの住居だ。もしこれでも情報の裏を取れなければ、不確実な情報を頼りに王城に乗り込まなければならなくなる。
その後、私たちとは別に何かを探し当てたエルリックと合流し、役所を出た。入手したての情報を頼りに高級住宅街へ赴き、将官ひとりの調査を終えたところでその日の活動は終了となった。じきに夜が明ける。日中、私たちが身を隠すに適当な潜伏場所を探さないといけない。
王都の外れに廃墟となった教会を見つけ、そこを潜伏場所と定めて急造ながら地下室を設える。
廃墟というのは子どもの遊び場だったり浮浪者の塒だったりと、人の出入りは必ずしも稀ではないが、地下室の存在は私たち以外誰も知らない。アンデッド感知の魔道具を持ってこんな場所を訪れる人間などいないだろう。安心して休める。再び日が沈むまではここで待機だ。
「では、ここでお留守番をお願いします」
地下室で休もうとする私たちを置き、エルリックはまたしても私たちと別行動を取ろうとする。四人がかりで理由を尋ねても、「私用です」としか答えない。
私用だろうが公用だろうが、日が射すオルシネーヴァの王都を髑髏仮面の集団が歩いていたらアンデッド感知が無くとも怪しまれそうなものだ。その指摘を幻惑魔法ひとつが封殺する。
エルリックが披露したのは変装魔法ディスガイズだった。背高、イデナ、マドヴァの三人がメンバーへ次々とディスガイズを施すと、そこに現れるはオルシネーヴァ人として変哲のない男女八人だ。
ディスガイズまで使えるとは、本当に多芸だ。
ディスガイズでふと思い出すのがシーワの剣だ。シーワの持つ剣には真の形状を隠す幻惑魔法がかかっている。これは魔道具のように半永久的に付与されたものではなく、メンバーの誰かしらが反復してかけ直し続けているディスガイズなのかもしれない。
いかにディスガイズといえど、惑わせるのは人間の視覚だけ。アンデッド感知を欺くことはできない。だからこそ私の偽装魔法が必要になる。その点を尋ねても、「王城にも現役の教会にも行かないので問題ありません」と、軽く退ける。
結局、エルリックは細部を語らぬまま、オルシネーヴァ人の犇めく王都へ繰り出して行った。
◇◇
エルリック不在時にオルシネーヴァ人にこの場所が見つかると、私たちは地下室を放棄しなければならない。ここを諦めた際の合流場所など決めていない。見つかる危険性は低いと思うが、万が一が無いとは誰にも断言できない。強い不安の中、私たちは地下で息を殺す。
エルリックが教会に戻ってきたのは昼過ぎだった。午前様よりもなお長い、随分と勝手気ままな自由行動だ。夜更かしと言い表すには長すぎる連続行動の影響でポーラは疲れた様子であり、地下に戻るなり横になってしまう。
疲れて休息を取るポーラを邪魔したくはないため、仕方なくフルルに、「少しだけお話できませんか?」と、声を掛けてみるものの、「疲れているので寝かせてください」と、横になったままのポーラが答える始末。
ポーラには聞いていない。フルルが返事をしてくれればポーラは寝たままでもいいのに……。
私たちはエルリックが戻ってきた後も、地下室で静かに時が過ぎるのを待つしかなかった。
ポーラが目を覚ましたのは日没後だった。普段より少し長目に睡眠時間を取ったことになる。疲れが抜けて溌剌とした顔のポーラにアリステルが質問する。
「もう伺ってもいいですよね。本当は午前中、何をしていたのですか? 私用、という回答では、到底納得できません」
少し強めに不満と抗議の感情を込めたアリステルの言葉を聞いてもポーラの上機嫌は損なわれない。
「以前、王の間で言ったことですよ。我々の本当の目的のひとつを達成するために動いていたに過ぎません」
「夜になるか、せめて薄暗くなるまで待ってから動き出せばいいではありませんか。何も態々、人の多い日中に出掛けずとも――」
「それが、日中のほうが夜よりも好都合なのです」
人間が店に買い出しに行くのではないのだ。人の多い時間のほうが好都合となる理由が全く見えてこない。
「そんな話があるのでしょうか?」
「それがあるのです。だからこそ上手くいった。今日は下調べができれば上々と思っていましたが、想定以上に障害が無かったため、目的を達成してしまったほどです」
「えっ、そうなんですか!?」
「それってもしかして、もう故郷に帰れるってことですか?」
ラシードはエルリックの目的が結界陣の奪還と考え、エイナードを離脱できると早合点している。
エルリックが何かを探していたのは事実。しかし、それは結界陣絡みの話ではなく、おそらく呪い関連の話。エルリックにかけられた呪いを解くための鍵となる魔道具でも探していたのかもしれない。
「“飾り”を放っておいていいのであれば、いつでも帰れますよ。もう我々はこの場所に未練がないので」
「ポーラさんが言っていた『取り返さなければならない物』とは、“飾り”ではないのでしょうか?」
アリステルはエルリックの言葉を私とは全く別の意味に解釈していた。口調こそ穏やかなものの、アリステルの眼光は鋭く尖っている。
「我々は一度も“飾り”を取り戻したい、とは言っていません」
ポーラはアリステルを斜めに見て笑う。今まで私たちを欺いていた……? しかし、エルリックが私たちを騙す理由が分からない。エルリックは“取り返さなければならない物”とやらを奪還した。私たちの力をこれっぽっちも借りずに。想定以上に上手くいった、とは言うものの、最初から私たちなど要らなかったのだ。
では、なぜ嘘をつく。ポーたんの能力で嘘を見抜けなかった原因も不明だ。やはりポーたんはエルリックの影響を受けている? それともまさか、私たちは己に都合の良いように勘違いしていただけ?
取り返した物とは何だ? 結界陣以上に大切な物なのか? それが精霊宝具級のアーチファクトだとして、それほど貴重な物であれば普通に考えて、超厳重な守りの下に保管しておくはずだ。オルシネーヴァに奪われたアーチファクトをどうしてこうも容易く奪還できる?
エルリックが隠していた事実を小出しに開示する度、私の疑問は何倍にも膨れ上がる。
「エルリックの本当の目的とは何なのです。何を取り返してきたのです」
アリステルは遠回しな聞き方をやめ、ずばり核心を尋ねた。
そんな大事なことをこんなところで教えてくれるはずがない。
「ただの魔道具の装飾品です。私にとっては“飾り”よりも大切な、ね」
「それ、どんな効果があるんですかー?」
詰問の色を帯びつつあるアリステルを落ち着けるため、サマンダが問い掛ける。口調は、普段の会話時と変わらない何気ない気安い自然なものだ。小妖精を使える私でなければ分からないくらいとても自然な問い掛け、それを咄嗟にできるのがサマンダだ。
「着用者の周囲にアンデッドが近づいたとき、着用者の能力を高めてくれます」
返ってきたのは至って普通の魔道具の効果だった。決してアーチファクトと崇められるようなものではない。着用者の対アンデッド能力を何倍にも何十倍にも高めてくれるのであれば超級魔道具や精霊宝具に分類されるかもしれないが、新種のアンデッドがそんなものを求めるか?
「なら、ポーラさんは今、すっげぇ強いってことですか?」
戦闘能力の低いポーラにそんな魔道具を持たせて何になる。ポーラの戦闘力が数倍に増したところで、きっと私はポーラを倒せる。かといって、他のメンバーがその魔道具を装備できるとも思えない。エルリックにとってその魔道具は何の意味がある。
ああ、この何を言われても意味が分からないこの感覚、久しぶりだ。ジルの部屋で話し合った時以来の、光の射さない暗中に突き落とされたような気分である。私の思考の暗さを思えば、この地下室など燦然と光輝いていると言ってもいい。
「私が装着していると早合点。同じような目の曇らせ方を別の場面でしないでくださいね。それが戦場であれば、自分だけでなく仲間の命を奪うことにもなりかねませんよ」
ラシードは何も考えずにポーラが装着しているものと思ったのかもしれないが、落ち着いて考えてみても同じ結論に達する。そのアイテムはアンデッドに抗うために作られた魔道具のはずだ。こういうのは大抵、アンデッドには装着できないか、アンデッドが装着しても効果を発揮しない、と相場が決まっている。新種のアンデッドだと話はまた別、とは思えないのだが……。
「では、誰が装備しているのですか?」
ポーラは尋ねた私を見て、くつくつと笑う。
「秘密です。推理ゲームだと思って考えてみてください。あなたのように頭がいい人には、当てずっぽうや能力頼みではなく、理詰めで正解してほしいです」
そんな遊戯要素など、こちらは些かも求めていない。しかし、そう言うならば、遊戯らしく発想をガラリと変えてみるか……。
エルリックが全ての情報を開示しているとは限らない。対アンデッド魔道具、というのは、その装飾品が持つ特徴のひとつに過ぎず、実は教えてくれた効果以外にも隠された特別な効果があるのかもしれない。例えば表裏のある服のような魔道具で、裏返しに装着すると、アンデッドの能力を高めてくれる、というのはどうだろう。そういう魔道具ならば、シーワや背高が装着するのが最も力を発揮する。
「さて、今日は王城に行きますから戦闘になるかもしれません。気を引き締めて行きましょう」
遊戯と言うから折角考えているのに、エルリックは答え合わせをせずに行動を開始しようとする。
「昨夜の将官の調査でも“飾り”は王城の宝物庫内にある、ということでしたが、ここで調べたのはまだひとりだけです。もう何人か確かめて確信が得られてからでもいいのではありませんか? 最近保管場所を変えた、などということが、万が一にもあってはいけません。一度王城に侵入すると、その後は王城だけでなくエイナード全域の警戒度が最大まで引き上げられるものと考えたほうがいい。故に王城に突入するのは、最後の最後にすべきです」
王城探索をより後に回すべき理由をアリステルが丁寧に説く。苦労して王城に侵入し、結果そこには結界陣がありませんでした、では目も当てられない。調査に調査を重ねた末の失着ならばやむを得ない。されど、調査不足での失敗は怠慢と同義だ。
「それは大丈夫ですよ。今も宝物庫にあるはずです。しかも、何と今は宝物庫の錠を解く方法も判明しています。時間が経つと、我々が本日午前中にしていたことが露呈し、開けられる錠が開けられなくなってしまうかもしれません」
何だ何だ、それは一体全体どういう意味だ。この新種のアンデッドはまさかこともあろうに宝物庫に予行侵入でもしてきたのではあるまいな?
「不安なようですから、少しネタばらしをしましょうか」
ポーラは私たちの顔を一望すると、秘密の一部の開示を決めた。私以外の三人も同じような不安を抱き、それを顔に出していたようだ。
「午前中に我々が行ってきたのは宮廷魔道士ルーヴァン・ブロイスという男の邸宅です。貴重な魔道具の収集癖を持つ彼が、私の魔道具を持っていたのです。日中は仕事に出掛けるため、邸宅にルーヴァンは不在。本人だけでなく家人も居なかったため、我々は悠々と魔道具を探すことができました」
そうか。エルリックは個人宅に行きたいがために日中を選んで出掛けたのだ。それは納得できるにしても、ルーヴァンがダニエルの遺産を持っていた事実が衝撃的だ。エルリックが言う装飾品のことを、私たちは今日まで存在すら知らなかった、というのに。
いくら強かろうと、高い身分にある宮廷魔道士だろうと、ダニエルの遺産ほどの宝物を一個の魔法使いが独占できるものだろうか。
「彼は“飾り”にも興味があったようです。宝物庫に忍び込む算段を立て、手記に認めていました。手記を読んだ限りではまだ実行に移していません。ウカウカしていると、ルーヴァンは我々が家宅侵入したことに気付きます。王城が平時の静けさを確実に守っているのはルーヴァンが家の異状に気付くまでの間だけ。彼が妙な行動を取る前に彼の想いを我々が引き継ぎ、代わりに実行してさしあげようではありませんか」
筋は一応通っているものの、新種のアンデッドらしい無茶苦茶な論理だ。どうすればこういう絶妙なズレ方ができる。
「やはり王城ですか。親衛隊に見つからないことを願うばかりです」
「無理ですね。手記には王城の備えについて、ある程度書き込まれていました。それによると、予想に違わず高水準のアンデッド感知器がある、とのこと。残念ながらサナさんのコンシステントは王城で確実に看破される。つまり、親衛隊に気付かれる中で奪還しなければならない。となると、迅速さが命になります」
私たちがゲダリングからここまで何事もなくこられたのは、敵との遭遇を完全に回避できたお陰である。
今いるのは敵の本陣。一度見つかってしまうと、ルーヴァンをはじめとしたオルシネーヴァ最強級の手練れが向かってくることになる。宮廷魔導士だけではない。親衛隊、王都防衛兵、見渡す限りを埋め尽くす大量の敵が襲いかかってくる。
エルリックはそんなもの、慣れっこかもしれない。しかし、アリステル班は違う。私たちは強くなったとはいえ、数千、数万の敵と闘う力も自信もない。一番強いラシードであっても、一気に薙ぎ払えるのはおそらくシルバークラスの常備兵程度まで。ゴールドクラス以上の精鋭兵になってくると、複数を一度に相手するのは厳しい。
「敵を倒すだけなら簡単なのですが、話はそう簡単にいかない。宝物庫に戦闘の余波が及んで魔道具を破損してしまってはなりませんし、皆さんが負傷してもいけない。激しい戦闘になった場合、あなた方全員を守るのは、もしかするとオルシネーヴァ兵を殺さぬように手加減するよりも難しいかもしれません。そこで、王城入りする人員を絞ろうと思います」
ほくそ笑むポーラを見て私たち四人の表情が変化する。出来上がった表情四つはてんでバラバラ。ああ、これは全員銘々違うことを切望しているパターンだ……。
「サナさんには、オルシネーヴァの横っ面を引っぱたく様に言われています。ところが、我々だと張り切りすぎて、頬を叩いた拍子に頭が胴から飛んでいってしまうかもしれません。又とない機会です。王都を安全だと思い込むオルシネーヴァ人の頬を、ここは是非サナさんに力強く張ってもらいたいと思います」
私の能力が他の誰にも代替できない以上、付いていくに吝かではない。ただ、あの時勢いに任せて言ったことを、このような形で有言実行させられる、という点に関してだけは、素直に受け容れがたいものがある。
「王城に忍び込むのは我々とサナさんだけでも問題ありません。他の三人にはこのままここで待っていてもらうのもいいでしょう。さあ、どうします?」
「俺は絶対行きますよ。サナだけを危険な場所には送り込めません。それに本職の癒やし手がいたほうがいいでしょ?」
ラシードが黙って待っているはずもなく、突入メンバーへの加入を申し出る。最下層突入時とは違い、エルリックはラシードの申し出を断ろうとしない。
「地下室はちゃんと守っておきまーす」
清々しいまでのいい加減な逃げ口上でサマンダは突入メンバー入りを拒否する。サマンダは敵地においても全くブレる様子がない。
「私はもちろん同行します」
アリステルも突入メンバーへの参加を志願する。
「ここにひとりだけ人間を残す、というのは好ましくありません。二人ならば簡単に切り抜けられる状況でも、ひとりだと呆気なく……ということは十分考えられます。リストさんの王城構造に関する記憶は魅力ですが、サナさんがいればそれは何とかなる。医療知識が必要な場面は、リストさんの自慢の弟子、アシッド君が何とかしてくれる。ということで、タバサさんだけではなく、リストさんも残ってください」
「ですが……」
アリステルはしばらくポーラと問答したものの、説き伏せることはできずにあえなく地下室待機組となった。




