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第二一話 ゲルドヴァ再訪

 ゲルドヴァに遊びに行こう、と誘われてから二週間近くが経過し、ようやくゲルドヴァに赴く日が訪れた。その日の午前の診察はお休みし、糧食を朝食として日の出前にレンベルク砦を発つ。イデナの背中に乗るのは久しぶりだ。背負子はいつの間にやら改良されていて、寝心地が増々良くなっている。早起きによって削られた睡眠時間を、イデナの背中の上で取り戻す。


 ゲルドヴァに入る道では検問が敷かれていたものの、素通りに近いような通過をさせてもらった。話は先に通していたようだ。段取りが良い。




 最初に行くのはきっと武具店だろう、と思っていたのだが、エルリックが連れて行ったのは小洒落た料理屋だった。とてもエルリックらしい行動だというのに、私は予測できていなかった。私はまだまだこの新種のアンデッドを読み切れていない。


 美味しい料理と澄ました雰囲気の中、適正な量だけ食べる。これこそ私の求めていたものである。珍しく満足できる食事を取った後、二番目に連れて行かれたのが武具店だった。腹に余裕がある状態だと、買い物するにも心に余裕を持って品定めできるというものだ。


 ポーラは、鼻の下を伸びに伸ばした店員を巧みに操縦し、高額な値段帯の剣の説明をさせる。説明を受けた後、実際に私は何本か手に取って持ち心地を試す。闘衣は纏わず、試し斬りはせず、本当に柄を握って、握り心地と重さを確かめた程度でしかなく、どれが自分に合った剣なのかは分からなかった。


 ポーラが私とサマンダに尋ねる。


「どれか気に入った一振りはありましたか?」

「どれも素晴らしい剣なのだと思います。でも、私は正直武具の良し悪しが分からないので……」


 私とサマンダが持っている剣は軍からの支給品である。“仲間”の働きかけによって、支給品の中ではかなり上等なものが私たちに宛行(あてが)われたらしいが、自分で武具を買いに行ったことがないのでどれほど良いものなのか私は理解していない。


「では、これはちょっと受け付けないな、と思うものはどうでしょう? 食わず嫌いという現象はあるものの、 第一印象 ファーストインプレッションというのはときに深い部分での相性を見抜いていることがあります」


 ポーラは穏やかに私たちの好みを尋ねる。エルリックは予想以上に真剣に私たちの武器を選んでいる。


「私はどれにも苦手意識を感じませんでした」

「んー、私はあんまりこの剣好みじゃないですー。持ち心地っていうより、デザインの話ですけどー」


 問われたサマンダは遠慮することなく手に持った一振りに否定的意見を述べる。


「なるほど。では、サマンダさんには最初に手に取った剣を買うことにしましょう。ラムサスさんは最後に手に取った剣にします。いいですか?」

「もちろんです」


 エルリックが選んだのは、私たちが各々候補として手に取った剣の中で最も高い一振りだ。いずれも、軍人を続けていたら佐官昇進祝いにでもするのでなければ買えない高価格帯に位置している。高い買い物だというのに、選定にかかる時間はとても短かった。


 ラシードはウルドの遺品の剣を没収され、全く新しい剣を買い与えられた。ラシードにだけ二振り与えると不公平だから、と、三人を平等に扱うことに気を配っている。こういうところが、自称、『人間の心の機微が分かるアンデッド』である。


 アンデッドだろうが人間だろうが、親切と厚意を受けたのならば、奉謝しなければならない。


「ありがとうございます。授かった剣は大切にします」


 目を見てポーラにそう言うと、ポーラは首を横に振る。


「鞘の中で腐らせることなく、思う存分に振るってください。その剣があなた方の成長の助けとなるか、命を守ってくれるのであれば、たとえ明日、折れてしまったとしても私は嬉しいです」


 これは大分問題発言だ。この新種のアンデッドは、こんな人たらしの言葉を一体全体どこで覚えてきた。


 きっとエルリックは私たちを籠絡するためにこんな歯の浮くような台詞を言っているのだ。エルリックの術中に嵌ってはならない。だからこそ、この剣は絶対に大切にしなければならない。




 剣の授受を済ませてエルリックの企みを人知れず華麗に看破した後は、防具の品定めである。


 エルリックは防具について口出しする気が無いようで、ご自由にしてください、と言っていたのだが、サマンダが闘衣()対応装備を買おうとしているのを見つけて前言撤回、大反対を始めた。どんなに安物でもいいから闘衣対応装備を買うよう、延々主張する。丸一年分以上の給与が手付かずだったから、私やラシードは問題なく買える。しかし、それは私たち二人の話。サマンダには家庭の事情がある。


 サマンダは闘衣対応防具を買おうとしない本当の理由を明言しないものの、遣り取りを繰り返すうちにエルリックはサマンダに事情があることを察する。ポーラは両手で頭を抱えて悩み始めてしまった。


 しばらく、ぶつぶつと独り言を発した後、ポーラはノソリノソリと店員の下へ行き、生気のない顔で交渉を始めた。


 最終的にエルリックは私たち三人全員に闘衣対応防具を買ってくれた。闘衣対応防具の中では比較的安い価格帯の装備ではあるが、そもそも防具というのは武器に比べて値の張る物であり、三人全員に買い与えるのはかなりの出費である。防具を買った後のポーラは心神耗弱者のように虚ろな表情をしていた。どうやらさしものエルリックの財布でも、三人分の闘衣対応武具を購入するのは堪えたようだ。




 私とサマンダが最も欲していた鎧下着の選定には、今度こそ本当に口出ししてこなかった。興味が無いから、ではなく、口を挟む精神的余裕が無かったから、なのかもしれない。これで身体を締め付ける窮屈な衣服とはおさらばできる、と喜んですぐに新しい服に着替えはしたものの、ポーラが何度も繕い、目立つ部分に至ってはかけはぎをしてくれた古着を端金に換えるときは切なさを感じた。葛藤を抱く私とは対照的にサマンダは何の躊躇いもなく売り払っていた。




 装備を新調した後は自由行動になった。私とサマンダは当てもなく街を歩こうとするも、アリステルはなぜか自由を与えられても動き出さない。そんなアリステルにポーラが理由を尋ねる。


「本当は懐中時計を修理しに行きたいんです。でも、修理が終わった後に完了品を受け取りに来られないから、どうしようかな、と思いまして……」


 苦悩するアリステルの背中をエルリックが押す。


「後日我々だけでゲルドヴァを訪れて代理回収するので修理に出してください」


 遠慮するアリステルにエルリックは重ねて、そもそもここ数日砦を空けていたのは、何度もゲルドヴァに来ていたからだ、とも言っていた。移動する自由とどこまでも移動できる足がある、というのは羨ましい。


 説得に折れたアリステルはエルリックと一緒に時計屋に向かって歩いていった。結局エルリックに言われるがままにエルリックと共に行動。はたしてあれを自由行動と言っていいのだろうか。




 アリステルの背中を見送った後、改めて私とサマンダは連れ立つ。任務に必要な消耗品類を買い足し、任務とは無関係だが携行してもそこまで邪魔にはならない小物に手を伸ばし、久しぶりに街歩きをした。ずっと軍人をしていたのに、すぐに自分を女性に切り替えられるサマンダに付いていったおかげで、私もゲルドヴァの街歩きを楽しむことができた。


 露店はまだしも、サマンダはどうして見知らぬ店にフラッと思い付きで入れるのかよく分からない。サマンダに付いて中に入ってみると、確かに店内はサマンダが好きそうなレイアウトでサマンダの好きそうなアイテムが綺麗に可愛らしく取り揃えられている。店外から店内の様子がイメージできるのだろうか。看板に、「サマンダさんの好みに合った店です」と書いてあるわけでもないのに。不思議だ。




 非番の自由行動に成功も失敗もないが、敢えて判定するなら雑貨店巡りはまずまずの成功だったと言えよう。私は結構楽しんだ。しかし、二人で入った夕食の店だけは失敗だった。不味い、とまでは言わないが、価格に見合った仕事ができていない味だった。及第点だったのはデザートだけである。食糧難に陥っていないとはいえ、戦時下のジバクマで甘味を求めるのは平時以上に金が要る。手を出しやすい価格帯の店では贅沢品である甘味を提供していない。甘味を食べたいがために入った店で甘味までイマイチだったら、私の不満は大いに募ったことだろう。


 実はこの夕食、ラシードから、「一緒に食べに行こう」と誘われていたのだ。けれども、サマンダが、「私と二人だけで話したいことがある」と言うので断らざるを得なかった。


 何の話をするのかと思ったら、サマンダが切り出してきたのは恋愛話だった。


 サマンダはレンベルク砦でひとりの士官に告白されていた。砦で私はサマンダとほぼ常に一緒に行動し、別々だったことはほとんどない。そのほとんどないタイミングをついてくるとは、恋をしている人間の執念かくや、侮りがたし。


 告白してきた士官の名前はルボル。前からさりげなくサマンダの身体に触れてきたりとか、大した用もないのに話し掛けてきたりしていたため、サマンダは鬱陶しそうにしていた。


「階級は年齢の割に高くて優秀なのかもしれないけれど、ちょっと髪の毛が寂しくなり始めてるし、相手としてはないよね」


 私がそう言うと、サマンダの表情が一変する。


「断りはしたけど、勇気を出して告白してきた人にそんな言い方しないで。付き合い始めたら髪の毛なんて関係ないから」


 サマンダが私の不適切発言を非難する。


 おかしい。私はてっきり、サマンダがルボルのことを嫌っていると思っていた。私なりに空気を読んだつもりだったのに、なぜ私が悪者にされているのだろう。


 気まずい沈黙の中、少し考えてみる。サマンダの性格を考えると、本当に嫌いならばこの場でルボルを辛辣にこき下ろしていただろう。それをしていないのだから、つまり……つまり!?


 まず待て。焦って結論を出してはならない。「嫌っている」は間違いで、「嫌っていた」が正しいのかもしれない。前は嫌っていたのに、告白されたことで少しだけ好きになってしまった。うーん、これはありそうだ。なるほど、読めてきた。


 サマンダは真正面に座る私を見ず、黄昏れた雰囲気で斜めの方向を向いている。正しい恋の悩み方をサマンダは私の目の前で実践してみせている。


 もしサマンダに好きな人がいなかったらルボルの告白を受け入れていたのかもしれない、と思うと不思議な気分になる。これが、告白された、という報告ではなく、付き合うことになった、という報告だったら私は、『おめでとう、サマンダ。ルボルさんって素敵な人だよね』とでも言わなければならなかったのだろうか。顔を引きつらせずに祝福する自信がない。任務外の私生活であっても、適切な状況判断とは誠に難しいものだ。


 私が一言、「ごめん」と謝ると、サマンダはルボルと交わした会話について、あれこれと語り始めた。誰かに喋りたくてウズウズとしていた感じだ。サマンダはルボルのことを振ったはずなのに、まるで恋人の愚痴をこぼしているかのようだ。なんとも言えない気分で私はそれをひたすら聞くのだった。




 その夜はゲルドヴァの宿に泊まり、柔らかいベッドの寝心地を堪能した。翌朝には名残惜しいゲルドヴァの街を出て、レンベルクに帰還した。砦に到着したのは夕方だった。着いた直後は現実に戻されたようでうんざりしたが、砦の食事を取る頃にはそんな不満は忘れていた。定形行動(ルーティーン)は不満を忘れさせてくれる。あるいは思考力を奪っているのかもしれない。


 次の日の午前中は、二日前までの私との違いを何人も気付いてくれて気分良く過ごせたのだが、午後には憂鬱にさせられた。アリステルが私たちを呼び出し、ゲダリング奪還作戦を告げてきたからだ。そう、オルシネーヴァとの戦争で専守防衛に努めてきたジバクマが初めて攻勢をかけるのだ。私たちは攻撃に加わらないが、この砦で知り合った人たちの多くが出撃し、そして大勢死ぬ。エルリックは、ゲダリングの攻撃に手を貸さない、と言っているのだから、それは間違いない。


 夕方を迎え、砦に戻ってきたエルリックにアリステルが軍の作戦を説明する。よく考えると、これは絶対にあってはならない酷い情報漏洩だが、まあいいか。ジバクマ軍は常々、一介のワーカーであるライゼン、云わば只の傭兵に作戦を丸々伝えているのだから。


「陛下は間に合わなかったみたいですね」


 ポーラは溜め息交じりに“仲間”の仕事の遅さを嘆く。


「まだ時間はありますよ。作戦に必要な兵力を集めるのだって一週間やそこらでは難しいですから」


 アリステルは少しでも希望が見えるように、細かな言い回しに注意を払っている。


 ジバクマに余剰戦力などない。戦線各所に分散させていた戦力を結集することになる。一箇所を厚くすれば、他多数が手薄になる。それでゲダリングを取り戻せなかった日には大事だ。段取りは相当入念に行わなければならない。


「でも一か月はかからないかもしれない。そうですよね」


 私たちとしては段取りが長引けば長引くほどありがたい。ただ、少しくらい作戦決行時期が延びたところで、中央の大勢は変わらない。何らかの形で衝撃を与えないことには……。


「ジバクマの国や軍とは無関係に我々がオルシネーヴァを、それこそ王都エイナードを直接制圧した場合、事態はどうなるでしょうかねえ」


 考え方は同じところに行き着くようで、私が何を言う前にエルリックも、“衝撃”の与え方を模索していた。


「ゲダリングは本国を失い供給が断たれることになります。ジバクマ軍だけでもゲダリングを比較的少ない被害で奪還できるかもしれません。ゲダリングさえ取り戻せばジバクマ軍はオルシネーヴァに攻め込めるようになります。王都が落とされた後のオルシネーヴァの各都市を制圧するのはそこまで難しくないはずです」

「なるほど。条約を一方的に破棄したオルシネーヴァをジバクマの人間は深く恨んでいる。“愚者”でなくともオルシネーヴァを徹底的に攻めそうなものです」


 要塞化されたゲダリングがあるからジバクマはオルシネーヴァに手を出せない。それが、一旦ゲダリングを取り返せば如何様にもオルシネーヴァに攻め入ることができる。旧国境線付近の防衛拠点は、今はあまり機能していないはずだ。オルシネーヴァがゲダリングを失陥した後に昔の支城や砦に防衛戦を築こうとしても、中枢たる王都が機能しないことには再稼働がままならない。


 軍隊は戦略的に動けてこそ軍事力を発揮できる。意志発動部を失ってしまうと、軍隊は大飯食らいの烏合の衆でしかない。王都失陥は、オルシネーヴァから軍隊が半ば消滅することを意味している。


「我々がエイナードを制圧すると、オルシネーヴァは愚者の草刈場になってしまう、か。それどころか、オルシネーヴァと我々を標的としてジバクマ軍が王都に侵攻をかけてくるかもしれませんね。ジバクマだけでなく、マディオフも北東から攻めてくるかもしれない。というか、マディオフという国の特徴を考えたら、まず間違いなく攻めてくる。オルシネーヴァの残存軍や人民が成りたて君主、しかもアンデッドの命令に従うとも思えない。我々だけで防衛するのは不可能ですし、これはどうにもならない死路のようです」


“愚者”の暴走を抑えたとしてもマディオフの存在が問題だ。マディオフに攻めあぐねさせるためには、オルシネーヴァを理想的な形で下す必要がある。先の防衛戦のように勢いで勝ってしまうのは厳禁なのだ。


 レンベルク砦やゲルドヴァのジバクマ兵、そしてこれらを統括するミゲル中将はエルリックの恐ろしさを身に染みて分かっている。砦の傷兵の治療や防衛戦の件での恩もある。エルリックが不利になるような動きを迂闊に取る心配はない。だが、どこまでいっても中央の人間が問題だ。中央の人間は西方の前線、そしてその少し先がどれだけ際どいことになっているか理解していない。


 ひとつ手を誤るだけでオルシネーヴァ人、ジバクマ人両者の屍の山が築かれることになる。その屍の山を踏みならすのはマディオフとゴルティアだ。この道を辿った未来の世界には、“愚者”も“仲間”も存在しない。ジバクマという国と民族が歴史から消滅する。


 そんな絶望の未来を避けるためにも、オルシネーヴァとジバクマは平和な着地点を見出さなければならない。


「陛下は声明を発表するために行動を起こしている。声明なしにはエルリックは動かず、ジバクマが大損害を被る。それは陛下もバルボーサ大将も十分承知している。では、賢老院はどうなのでしょうか。彼らは損害が出るのを見越している?」


 ひとつの案が潰えたところで、アリステルが国内に視点を変える。


 そうだ。“愚者”側の視点から予測を十分に立てていなかった。私は、“愚者”がエルリックのことを、親切なワーカー集団とでも勘違いしているのではないか、と考えていた。しかし、それはいくらなんでもあまりというものだ。“愚者”はそれなりに悪知恵がはたらくからこそジバクマの政治の中枢を牛耳っている。では、“愚者”は何を考えている。何か作戦や狙いがあるはずだ。


「陛下が動くうえで、エルリックの要望などの情報を少しは賢老院側に流しているはずです。いくら賢老院でも、エルリックが無償でゲダリング奪還作戦に力を貸すとは思っていないでしょう」


 エルリックの力を借りなければゲダリング奪還は難しい。これはおそらく“愚者”も分かっている。エルリックの要求は、『ゲダリング奪還と同時に獲得したオルシネーヴァの領土をエルリックに割譲する』ということ。現時点で声明発表の兆しが聞こえてこない、ということは、“愚者”がこの要求をすんなり呑む気はない、ということだ。


 しかし、ここで不可解な点がひとつ浮かび上がる。ジバクマは何らかの形でエルリックに報酬を与えなければならない。これは絶対だ。もし“愚者”が報酬の代案を“仲間”に提示した場合、ジルは国宝の鏡を使うなり何なりして、その代案でエルリックの了承が得られるか確認を取ろうとするはずだ。だが、実際は何の音沙汰も聞こえてこない。これはどう考えてもおかしい。


「エルリックが無償で力を貸すとは思っていないのに、“愚者”はエルリックに報酬を与える気がない。だから陛下は私たちと連絡を取らない」


 私の発言を聞いてアリステルがひとつ首肯し、自分の意見の続きを話す。


「賢老院が仮に、エルリックに対して一切報酬を与えてはならない、という見解を持っていて、それを堅持しているならば、単なる私利私欲ではなさそうですね。それどころか、明確な意図……ジバクマという国家を故意に崩壊させようとしている」


 これは雲行きが怪しくなってきた。政界に潜む敵国との内通者を私が洗い出したのは数年前の話だ。三年もあれば、新しい内通者が国の中枢で多少なりとも力を伸ばすことができるだろう。現在、国内にいる敵は金のことしか考えていない、と思って油断していた。


「ゲルドヴァを安定させたら、とっとと後顧の憂いを断つべきだった、ということですかね。これは結構な時間を浪費してしまいました。暗殺をしたいとは思っていませんでしたが、そうせざるを得ないかもしれません」


 これは小妖精の弱点のひとつだ。嘘つきや内通者を見つけても、証拠は必ずしも同時に見つけられない。事実を知っているのは本人と私だけ。私は目に見える形でそれを他者に示せない。“仲間”には無形の信頼をしてもらうしかない。そのため、内通者を見つけると、ある程度数がまとまったところで一斉に暗殺するのが上策だ。ひとりひとり順番に葬っていくと、どこかのタイミングで残りに逃走を許してしまう。逃げた内通者は新しい場所に火災をもたらす火種となる。だから、絶対に逃してはならない。


「暗殺に頼ったところで、事情を知らずに立場を引き継いだものが何も分からないまま、『これが社会情勢なのだ』と思い込んで、エルリックへの報酬反対の姿勢まで引き継いでしまうと、結局意味が無くなってしまいます。内通者を内通者と知らしめることができなければ……」

「できるじゃないですか、班長」


 そうだ、できる。内通者を(あぶ)り出せないのは私。だが、似て非なる能力を持つ()()()()()ならば話は違う。


「結界陣を使えばいいではありませんか」

「その『審理の結界陣』がオルシネーヴァに奪われているから、エルリックはオルシネーヴァを滅ぼして取り戻そうとしてるんじゃないか。忘れてしまったのかい、ラムサス?」

「オルシネーヴァを打倒して結界陣を取り戻す。なるほど、とても自然な考えです。しかし、現状ではそのやり方だと無理が生じます。そこで、考え方を変えましょう。先に結界陣だけ取り戻しに行けばいい。エルリックにはその能力がある。ついでにオルシネーヴァの横っ面をひとはたきして、一時休戦でも取り付ければなおよしです。休戦中はジバクマ軍もゲダリングに侵攻できません。結界陣さえあれば、その間にジバクマ国内の裏切り者を公然と弾劾できます」

「確かにそのやり方ができるならば、浮上したいくつもの問題を解消できる。……結界陣は下手をすると諸刃の剣になりかねないけれど、エルリックに持たせておく分には上手くやれるかな」


 エルリックならば、アリステルの期待以上にやってくれるはずだ。“愚者”たち賢老院議員は、代替わりしたとはいえダニエルの恐怖を知らないほど若者の集まりというわけではない。鳥肌物のアンデッドの前に立って、舌鋒の鋭さをどれだけ保っていられるか見物じゃないか。恐れ知らずにも爽やかな弁舌を振るう真の愚か者には、エルリックではなく私たちが鉄槌を下せばいい。


「簡単に言ってくれますが、皆さんはアレがどこにあるか知っているのでしょうか? 私は手探りですよ。だからこそ国を落とす必要がある、と思っていたのですが……」


 苛立ちを必死に隠しているかのような奇妙な喋り方をするポーラに小妖精が反応を見せる。


 ……エルリックは半信半疑ながらも、私たちに同調しようとしている。自分の意見を殺そうとしている? また、どうして? これもエルリックなりの気遣いなのだろうか。


「当時のままなら結界陣はゲダリングにあるはずです。けれども、そのまま、というのは考えにくいでしょう。私は王都にある可能性が最も高いと思います」

「どこにあろうと、私が突き止めてみせます」


 そこに生きた人間がいる以上、私に隠し通すことはできない。どんな場所に隠したとしても関係ない。必ず誰かが在処(ありか)を知っている。宝の在処を知る誰かを見つければ、私はそれがどこなのか探り当てられる。


「分かってないですね。我々にはオルシネーヴァを攻めることはできても、潜入することは難しいんですよ。アンデッド感知に引っかかりますからね。どうせあの国はアンデッド感知の魔道具で溢れているに違いありません」


 アンデッドに敵対的な紅炎教の布教率の高い国とはいえ、必ずしもアンデッド感知の魔道具が多いとは限らないと思うが……。別にオルシネーヴァはアンデッドが大量に出現する国ではない。そんな魔道具を大量に製造する理由はない。とはいえ、アンデッド感知がエルリックの大敵であることに間違いはない。


「偽装魔法を使えば魔道具の目を逃れられるかもしれません。ポーラさんたちはコンシステントを使えませんか?」

「……使えたらこんなことは言いません。そういう皆さんは使えないのでしょうか?」


 偽装魔法(コンシステント)はかなり難易度の高い魔法だ。変性魔法と幻惑魔法、両方の技術を要する。


「私たちは誰も使えません」

「ではどうしようもないですね」

「ふっ」


 つい笑ってしまった私に視線が集まる。エルリックにしてはあまりに諦めが早いものだから、てっきり冗談かと思ったではないか。使えないからどうしようもない? 何を言う。手が無いならば、作ればいい。エルリックはずっと無いものを作り出してきた。


「まだ手はあります。詠唱律を使うんです」


 私の策にアリステルが首を横に振る。


「復号器はエルリックに対しての使用許可が――」

「私が覚えます」


 昔、私はコンシステントの習得に挑戦し、失敗した。だが、それはあくまで昔の話だ。今の私なら覚えられるのではないだろうか。少し魔法が上手くなっただけではない。今の私は心持ちからして違うのだ。血を吐いてでも覚えてみせる。


 覚えられたとしても、使いこなせるようになるかはまた別の話だが、より良い案が出てこないならば、文句を言う時間を一秒でも多く練習に充てるべきだ。冗談抜きで差し迫っているのだから。


「ラムサスさんがコンシステントを習得した後、ゲダリングに潜入し、そこにアレがあれば時間的には最短になりそうですね。ただ、ゲダリングをくまなく探すだけでもかなりの時間がかかると思いますし、ズィーカ中佐の読み通りに王都エイナードにあるのであれば、一か月以内に片を付けるのは無理でしょう」


 一か月は長いようでいて、とても短い。下手をすると魔法習得だけで数か月かかる。エルリックは私の案に否定的か……。


 ポーラを凝視していると、ポーラが私を見て微かに笑った。


「ラムサスさんは要所ですごく大胆な選択肢を選びます。首都に向かうときも、王の部屋でもそうでした。普段あまり感情を表に出さないあなたの、その燃え盛るような意志を宿した目、私は好きですよ」


 目の話をされたのは久しぶりだ。小さい頃は、眼差しがお母さんによく似ている、と言われた。両親の良くないところばかり受け継いだような気がするが、目が母親似と言われて嬉しかったのを覚えている。本当は髪の毛もお母さんと同じく濡れたように青みがかった黒髪だったらもっと良かったのに、こっちはライゼンのパッとしない焦茶色が混じってしまっている。


「今までラムサスさんの選択が無ければ我々はここにいないわけですから、今一度あなたの案に乗ってみましょう」


 ポーラの言葉に再び小妖精が反応し、私に情報をもたらす。なんだ、これは……。どう解釈したらいい?


 私はしばし考える。エルリックは自分の考えを引っ込め、それを悟られないようにするため、私の案を受け容れた。では、その考えというのが、私たちを罠に嵌めようとする謀略の類かというと、そうではない。多分、私たちとは関係ない何か秘密があるのだ。それはもしや、以前言っていた呪いに関することではないだろうか。


 呪いを解くことよりも、私たちの目的を優先した……? そんなお人好しな選択をこの新種のアンデッドがするか?


 ……する。エルリックはする。エルリックは私たちに甘い。アンデッドだから、とか、ワイルドハントだから、とか、そういう表向きの部分に目と気を奪われるからエルリックの本心が見えてこない。私たちが一番長く一緒にいたのだ。その私たちが目を曇らせてどうする。エルリックは私たちに、いや、今は私に期待を抱いている。期待を裏切るつもりはない。


 私はポーラに頷きを返す。


「では決定でいいですね」


 私はアリステルに念押しする。


「そうだね。他の案はどれも被害が大きくなるものばかりだ。結界陣を大急ぎで取り戻す。この案でいこう。二人とも、いいね?」


 ラシードとサマンダは揃って、了解しました、と返事する。二人とも分かっていない。アリステルは班長として任務を理解したか尋ねたのではなく、“仲間”として意向を確認したのだ。まあ、いずれにしても答えは同じだろう。


「では、直ぐにでもゲルドヴァの駐屯地に向かいましょう。最寄りの復号器はそこにあるはずです」


 新魔法の習得のため、私たちは昨日訪れたばかりのゲルドヴァに再び向かうことになった。

consistent 形容詞  調和・両立する、矛盾しない (ジーニアス英和辞典 第3版)

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