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第八話 一戦を終えて

 敗戦に打ちひしがれるリディアに声をかけるのは(はばか)られた。しかし、誰も声をかけようとしないため、リディアへ一歩足を進めたところでようやく彼女の従者が近寄って行った。確かブルーノとか名乗っていたか。


 彼は私を目で制すると、彼女の横に(ひざまず)き、怪我の有無を確認した。しばらく立ち上がれないかのように思われたリディアだったが、ブルーノから声を掛けられて少し落ち着いたのか、(おもむろ)に身体を起こした。目元を少し潤ませながらも、眼差しには力が戻っている。


 これなら話しかけても大丈夫そうだ。彼女の傍に寄って声をかける。


「リディア、今日はありがとう。今日はもう終わりみたいだから帰るけど、多分私は明日からも来ると思う」

「そう」


 返事は今までの彼女と変わらない。しかし、その視線は普段の興味無さそうなものではなく、何らかの感情が見て取れる。彼女は本当は、『私には来てほしくない』と思っているのではないか、と、つい邪推してしまう。それが当たっていたとしても、そのあたりの感情的なものはリディアが自分で落としどころを見つけるべきものである。


 私は彼女に別れの挨拶を述べて、借りていた防具と木剣を子供に返したのち、エルザとカールの下へ戻った。




「お待たせー」


 意図して気楽に振舞いながら二人に声をかけた。


「お兄様ってこんなに強かったんだ。格好良かったよ」


 溢れんばかりの笑顔のエルザが私に絡みつきながら褒めてくれるのが心地よい。


「カールが鍛えてくれるおかげだよ」

「槍と剣では扱いがまた異なります。アール様の槍は目覚ましい上達を続けてきましたが、それにも増して今日の動きは素晴らしいものでした。アール様は槍よりもむしろ剣の才能があったようです。それを見抜けずに槍でばかりお相手してしまい申し訳なく思います」


 謙遜してカールに謝意を述べたところ、真面目な回答が返ってきた。カールは私の剣術を高く評価してくれたようだ。


 確かに技量でいえば、槍よりも剣のほうが上だろう。ただ、才能という面ではどうだろうか。玩具のように短く軽い槍を扱いだしてから、まだ私は十年に満たない。前世のことだからはっきりとはしないが、剣を振るった期間はその倍以上はある気がする。剣と槍の技量の差は、才能によるものではなく経験の差によるものだ。


「まあ槍から剣に完全に乗り換えることはしないで、当面は両方を修めていきたいよ」


 カールから槍を教えてもらえなくなっても困るので、思ったままを伝えておく。


「私も何か武術を習おうかなあ」

「エルザには家庭教師がついているからね……。お母様が許可してくれるだろうか。そういえばヒルハウスは武術を教えてくれないの?」

「魔力の循環の時間が少しあるだけで、あとは全部勉強だよ。ヒルハウス先生、武術を嗜むとは思えないけど」


 ヒルハウスは今までエルザに武術を教えたことは無いらしい。ヒルハウスからはカールと同程度の魔力を感じるため、魔法で戦ったらヒルハウスはそこまで弱くないと思う。細いながらも実は引き締まった体格、という印象は受けないので、戦うとしたら物理戦闘よりも魔法戦闘のほうが得意なのではないだろうか。戦闘向きの魔法技術をヒルハウスが有しているかどうかまでは推測する材料が無いため分からない。


「カールは、ヒルハウスって強いと思う?」

「ヒルハウス先生は魔法が得意と聞いています。武術の心得については伺っておりません」


 私からの質問の核心には触れずに、無難な返事を返してくれた。やっぱり魔法が得意なのか。でも得意と言うには、どうなんだろう? 母と比べると大分魔力量が劣るぞ……


 魔法も出力がすべて、という訳では無いが、魔力量が少なければ、それだけ魔法で試行錯誤できる回数も減るわけで、どうしても上達機会が限られたものになってしまう。あの程度で人に教えられるような魔法を使いこなせるかは疑問が残る。それとも魔法は、自分で使うのと人に教えるのは別なのだろうか。


「魔法じゃなくて、今は武術の話! ねえ、お兄様。帰ったら私も剣を習わせてもらえるようにお母様にお願いしてみる。お兄様も口添えしてよ」

「私の言葉にはお母様は耳を貸さないんじゃない? お母様、私の事があんまり好きじゃないみたいだし……」

「えー、そんなことないよ。確かにお兄様とお母様はあんまりお話しないけど、お母様は絶対お兄様のことをいつも考えてるよ」


 何を根拠にエルザがそう言うのかは分からないが、母が私の事をよく見ているのは確かだ。それに気づくのに私は数年かかったがな……。ただ、母の場合は、視線を向ける時間の長さ即ち愛情の深さ、に当てはまるとは思えない。


「それじゃあどれだけ効果があるかは分からないけど、私も後押ししてみるよ」


 放課後を付き合わせてしまったエルザをあまりガッカリさせるのも可哀そうなので、一応そう返事をしておく。


「やったー!! ありがとう、お兄様。私もお兄様やリディアさんのように強くなれるかな。あー、楽しみー」


 跳ねるように歩き出すエルザを眺めつつ、修練場を後にして我々は家路に就いた。

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