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第七〇話 四回生が出会う吸血種

 新人探しを諦めた頃には、季節は晩春になっていた。新人員がおらずとも私の足はフィールドに向かう。


 イオスは大学の業務が年々増え、週末のハントの頻度が減っている。シルヴィアは大学三回生として学業に追われている。毎週末ハントに呆けていると学部を四年間で卒業できなくなる。


 私は単騎(ソロ)でハントに向かうことが多くなった。学園都市と王都で三年弱活動した今では、イオスとシルヴィア以外にもハンターの知り合いが多数いる。理由付けの案件を見繕わずともパーティーを組もうと思えば組めるが、他のハンターを見て勉強という時期は過ぎつつある。


 勉強のために組む価値のあるパーティーとは大抵は組んだ。彼らから全ての技術を盗んだわけではないが、一緒にハントをしたからといってそうそう成長には繋がらない。


 まだ組んだことのない実力者もいるにはいる。バンガン・ベイガーという魔法使いを筆頭としたチタンクラス二名を擁するパーティーの“アバンテ”がそうだ。アバンテは現在マディオフで最も活動性が高く、かつ急成長中のパーティーだ。


 彼らは平時、ハンター四人、ポーターひとりの固定パーティーを組んでいる。手配師から何か特定の技能を要する案件を受注しない限り、パーティーメンバーを増やすことがない。


 私は二回ほど、とある大きな依頼を共同でこなさないか、と誘いをかけたことがある。しかし、どちらも丁重にお断りされた。持ち掛けた案件の内容や私の交渉術云々以前に、私とは組まない、という強い意志があるようだった。


 何が気に障ったのか知らないが、嫌われてしまっている以上、今後も私が彼らと組む機会はないだろう。


 バンガンはミスリルクラスに最も近い男と評されているうえ、土魔法を得意属性としている。ある意味、イオスよりも私の魔法の参考として適格かもしれない。ラオグリフはチタンクラスの前衛。この一年でプラチナクラスからチタンクラスにクラスアップした。ラオグリフ以外にも、プラチナクラスの前衛であるヒルトル、支援魔法を得意とするタンシ、希少人材であるプラチナクラスのポーター、ジェソップがいて、ハンターの多くが羨む理想的なパーティー構成になっている。


 辛口で問題点を挙げるとすれば、回復要員がいないことくらいのものだ。とはいえ高度な回復魔法を使える治癒師は大概戦闘力が低い。そんな足引っ張りをフィールドやダンジョンに連れて行くくらいなら、戦える人員だけでフィールドに赴き、街に帰ってからゆっくりと回復を施したほうが効率的だろう。フィールドでは消耗品の回復剤(ヒーリングドラフト)でも使っておけばいい。




 パーティーメンバー探しに失敗する傍ら、卒業制作のほうは完成を見ていた。完成度の最も高い魔道具はそのまま所有し、実用している。二番目に出来が良かった物は近日イオスに贈呈予定だ。制作品と類似の効果を持つ魔道具をイオスが保有していないのは確認済みだ。大学に提出したのは三番目に出来が良かったもの、もとい、一番出来が悪かったものである。


 この三番目の物には業者の手が入っていない。最初から最後まで私が自力で作った魔道具だ。一、二番とは比較にならない程、性能的に見劣りする。


 その三番目が修正(リヴァイズ)を要さずに一発で受理(アクセプト)されたのだから拍子抜けである。そもそも卒業制作は基本的に自分たちの力で作るものなのだから、工程の大半を専門業者に施行させた物と比較することからして間違っているのかもしれない。




    ◇◇    




 春はすぐに終わり、欠伸(あくび)をする間もなく夏が来る。長期休暇に突入したらすぐにひとりでハントに出発し、エヴァが合流するまでは型破りのハントを楽しみ、エヴァが合流した後は行儀よく厳しいハントを行う、という昨年、一昨年の流れに続いた。


 エヴァと一緒に行ったのは昨年と同じポジェムジュグラである。今年もエキムムーラとスモークゴーレムに出会うことはなく、一般集団( モブ )だけを狩ることができた。ポジェムジュグラ下層の魔物の基本的な狩り方は熟知している。魔物を無数に狩ることは反復訓練になり、基礎能力の大幅な底上げに繋がった。ただし、新しい気付きというものに乏しく、ひとりで魔物と戦っていた時の方が、よほど発見が多かった。


 一年で最も成長するはずの夏は、期待した成果とは異なるものしか挙げられないままに過ぎていった。




 ◇◇




 四回生になると、大学ではいよいよやることが無くなった。卒業制作は受理後、学内での処理が滞っていたが、入学試験等の年度替わりの行事が終わったことで処理が再開し、正式に認定された。


 卒業論文が受理されている以上、卒業制作は必須でも何でもないとはいえ、認定されるまでは私の留意案件のひとつとして心の片隅に居座っていた。認定が済んだ以上、これでもう学部生として何も心配する必要はない。


 四回生になったばかりだというのに、後は卒業を待つのみだ。学費を払って講座に在籍していることから、申請すれば予算内で研究ができる。研究はまずまず私の好奇心を刺激する事象とはいえ、今優先すべきことではない。


 私が所属する変性魔法講座は学生の出欠を取らない。教授のティヴィアスはそんなところを重視していない。ティヴィアスが論文と制作を登録済みの私に出席を強要することはなかった。


 ティヴィアスの変性魔法は珠玉の粋と賞賛されるべき芸術的な技術と実験解析の結晶だった。戦闘力こそ無いものの、繊細な魔力の制御に卓越していて、誰にも再現できない変性魔法を使いこなすことができる。変性魔法を扱うために生まれてきたと言っても過言ではない。


 彼の変性魔法が生みだす物質は、極めて貴重な化学特性を持っていた。彼の魔力量が少ないことと、彼の魔法が他者には再現困難なことから、それらは量産こそできないものの、高品質な一点物の材料には適していた。


 私には変性魔法の才能が欠けていたため、ティヴィアスの技術を半分も吸収できていないのが残念である。魔法的な技術学習よりもむしろ、大学で最も優秀な科学者のひとりに師事できたことが一番の成果だったと言える。


 少なくない院生や学生が彼に心酔していて、実験などには強制されるでもなく補助者(アシスタント)が立ち並び、ティヴィアスを手厚く補助する。


 大学から予算が回ってこなくても産業界からいくらでも出資が受けられるため、講座の実験設備は不足なく整っている。軍学連携ならぬ産学連携だ。


 ティヴィアスの実験を私も手伝いたいところだったが、人手は余るほどであり、連携と精密制御が重要な変性魔法では私の出る幕が無い。横で眺めているのが楽しかったのは最初だけですぐに飽きてしまい、日中から荒れ狂う銀閃の部室に行き、誰も居ない地下の練習室でひとり剣を振るようになった。


 静かな空間で闘衣を含めた基本の型を何度も限りなく繰り返す。私の剣は無心には程遠く、常に雑念が混じっている。私はそれでいいと思う。考えること、迷うこと、閃くこと、それこそが私の剣の活きる道だ。剣の天分を持たない以上、考えることをやめても悪い意味で単純になってしまうだけ。私の無心の一撃が、剣の一線を超えている達人たちに通用しないのは重々承知している。


 数多の念を抱いたまま、基本を繰り返す。懸りばかりで基礎へ時間を割かなくなって久しい身には、もしかしたら最も必要な時間だったのかもしれない。立ち止まっていた私の対人の剣は、再び歩みを開始した。


 大学生最後の冬を越す頃には、ヤバイバー以外全ての部員に対する勝率が五割を超すようになっていた。全員から勝利を奪えるようになってもヤバイバーからは一本も取ることはできず、彼の異常な強さがますます浮き彫りになっただけだった。




 少し時間を前後して、大学最後の春に備えて新人ハンター候補の情報集めを開始してある。しかし、今年も有望株の噂は聞こえてこない。因果に(もてあそ)ばれて、三年続けてそういう年代に当たってしまったのか、それともまだ実力を覚醒させていない、眠れる大器を全員が見過ごしているのか……。


 潔く諦められない私は、徴兵修了後の新成人たちが新成人としての活動を開始する最初の平日の朝、大学には向かわず王都の寄せ場を訪れた。そこで私は異常なモノを見つけた。




 ソレは新成人に紛れ込み、あたかも新成人のように物珍しそうに周囲を窺ってはキョロキョロと寄せ場を物色している。


 灰かぶりでもこうはならないだろう、というほどの青さの肌、時折唇の隙間から垣間見える主張の激しい牙。背格好や顔の輪郭はヒトそのものでも、魔力の様相がヒト種と全く異なる。ヒト型の吸血種に間違いなかった。


 なぜ早朝のマディオフの王都にこうも堂々とヒト型吸血種がいるのだろうか。


 不思議なことに、この異常事態に誰も気付いていない。


 よく見てみると、ソレの周りは極めてわずかな魔力で覆われていた。エヴァがミニマムな闘衣、と呼んでいる闘衣の技術、“(ジン)”ではない。状況から考えて、おそらく幻惑魔法のひとつ、変装魔法(ディスガイズ)でも使っているのだろう。


 ここまで誰にも悟られないものなのか……。幻惑魔法とは恐ろしいものだ。


 期待に満ちた目で獲物を物色するこの吸血種、一体何を目的としているのだろう。季節柄、街中で(せわ)しなく周囲を見回していても挙動不審にはあたらない。周りの人間にはソレが、パーティーメンバーを探す新人ハンターのように見えていることだろう。


 マディオフ王国は禁忌種を指定している。それがアンデッドと吸血種だ。国はこの二種を厳しく排斥している。排斥の動きが始まったのは今の形のマディオフという国家が正式に成立するよりも以前からだ。国家成立後は排斥の法律も制定され、現在ではヒト型吸血種は国内から一掃されたものと思っていた。


 ソレは如何なる経緯でこの場所にいるのだろう。マディオフ土着の吸血種がまだ残っていたのだろうか。それとも他の国から迷い込んだのか。


 迷い込む……この時期に? 


 我ながらとんだ平和ボケの発想だ。


 そんな偶然があってたまるか。




 脅威の存在など知らない寄せ場は例年のこの時期と何ら変わりなく時間が流れ、朝の口入れの急場は終わりを迎えた。


 寄せ場のワーカーが徐々にその人数を減らしていく中、ソレが手配師に向かって真っすぐに歩いて行く。


 手配師は、ヒトのワーカーを相手にするのと何ひとつ変わった所作なく、ソレと一言二言言葉を交わしたかと思ったら、やおら寄せ場を見回し始めた。誰かを探す動きだ。


 そう私が気付いた瞬間に、手配師は私を見つけて視線を固定し、指先をこちらに向ける。


『あそこにいるのがアルバートだ』


 手配師の唇の動きはそう喋っているように見えた。


 探していたのは私だった。


 自分が狙われていたことを理解し、身体が熱を帯び始める。


 手配師の指先を追いかけてソレもこちらに視線を向け私を認識する。ソレは私の顔を見ると、さも嬉しそうにニタリと笑う。




 私が目的だったのか、あの吸血種。印象的に戦って勝てないことはないと思うが、最良は戦闘からの撃退ではない。関わらないことだ。


 そうだ、逃げよう。


 私は踵を返し、吸血種から真逆へ一目散に駆けだした。


 ソレは逃げ出す私を見て片手をこちらへ伸ばしたものの、追いかけてくることはなかった。




 ひとっ走り学園都市へ帰り着き、大学のイオスの教授室に飛び込む。まだ午前のゼミが始まるよりも早い時間だった。部屋にはイオスと、その横にごく自然にシルヴィアがいた。


「あっ、アール。久しぶり。最近は大学にもあまり来てない、って聞いてるけど、今日はどうしたの?」


 イオスは机の上の書類から目を離さず、代理のつもりなのかシルヴィアがこちらへ歩み寄ってきた。


「イオスに用があってね。イオス、ちょっと話せるか?」

「ああ、なんだ?」


 イオスは書類に向き合ったままで返事を寄越した。どうやら立て込んでいるらしい。


 事の重大性を考慮し、シルヴィアをちらりと見る。


「二人で話したいことがある」

「えー、何それ。内緒の話って感じ悪い」


 シルヴィアは私の本気度を理解していない風を装っている。イオスは、姿勢はそのままに視線だけをこちらに向ける。


「どれくらい急ぎだ、それは?」


 イオスは冗談抜きで忙しいようだ。


 では、私はどれくらい急いでいるだろうか。


 イオスに何も言わぬまま、あの吸血種が大学まで追いかけてきて戦いになったとしても、私がこのままイオスの横にいれば二人で容易に撃退できる。学生には少々の被害が出るかもしれない。


 ただ、『吸血種が来るかもしれない』とイオスに前もって告げたところで、構内で戦うかぎり周辺被害を完全に無くすことはできないだろう。


 前もって言おうが言うまいが、吸血種が襲いかかってくれば被害は生じる。そしてそれは私の安否と直接の関係が無い。つまり、イオスを殊更(ことさら)、急かす理由は存在しない。


「今日中に話したい」

「夕以降も会議がある」

何時(なんじ)まででも待つ。会議の後に話そう」


 イオスは何も言わず、すぐに手元へ視線を戻した。承諾の意味だろう。


「シルヴィア、今日の講師補助は何をやればいい?」

「手伝ってもゼミは早く終わらないよ」


 講師補助をするのはなにもゼミを早く終わらせるためではない。イオスの傍にいるのが一番安全だから、その際の時間潰しを欲しているだけだ。


「分かっている」


 生返事をしながら資料へ目を落とす。日程表を見ると二年前よりも演習棟での実習時間が増えている。イオスが水魔法講座の教授として、ゼミナールの担当教官として大学内でそれなりに立場を獲得している、という分かりやすい指標(マーカー)だ。


「私はマイカ先生の研究室に行かなきゃ。講師補助の人たちの名前はそっちの表に書いてあるから、仲良くやってね。それじゃ」


 何も知らないシルヴィアは部屋を出て行き、入れ替わるように今日の講師補助たちがおずおずと入ってくる。


 私は彼らと少しばかりの面識があるだけで、別段親しくはない。臨時の講師補助として加わることを告げ、ぎこちなく会話をしながら、仕事の分配に加わった。




    ◇◇    




 会議が終わったのは、夜もとっぷりと更けた時分だった。二人とも夕食を取っていなかったため、スタンレーに足を運び、気兼ねせずに話せる奥の部屋へ入る。


「さて、今日の用件はなんだ?」


 イオスはジョッキの酒をあおり、心地よさそうに溜め息を()くと、単刀直入に話を尋ねてきた。大儀がっているかと思いきや、心なしか楽しそうだ。


「ヒト型吸血種との交戦経験はあるか?」

「いや、ない。なんでまたそんなことを聞く? 私の戦歴を聞くために朝イチで部屋を訪れ、夜遅くまで待っていたのではあるまい」

「王都にいたんだよ」


 イオスは椅子に深く腰掛けて横目でこちらを見たまま、沈黙を守っている。驚く素振りすらない。


「マディオフ国内でヒト型吸血種を目撃するのは珍しいと思うのだが、あまり驚かないのだな」

「私は別にヒト型吸血種に対して敵対感情を持っていない。昔、私が見た吸血種はゼトラケインで普通のヒトと変わらず道を歩いていた。通りすがりに見掛けただけで、話をしたことはない。後は、寿命が長くて強い分、一般的なヒトよりは金銭的、社会的に有利な立ち位置を確保している、という認識があるくらいのものさ。国から討伐を依頼されたら受けざるを得ないし、色々な思いも出てくるだろうが、お前から目撃情報を聞かされただけでは特に何も……」


 やはりイオスはゼトラケインにも密入国していた。まあ、その話を今掘り下げる必要はないだろう。


「私が見た吸血種はひとり。マディオフでは一体といったほうがいいか。その一体は王都の寄せ場にいてな。手配師とも知り合いのようで、遠目に私の姿を見つけたら嬉しそうにこちらに来ようとしていた」

「大方ゼトラケインから来たのだろうな。マディオフに国土を奪われ、彼らの住める土地は減っている。それに、長命の彼らは日々刺激に飢えている。お前の噂を聞きつけて遊びに来たのかもしれない」


 イオスは吸血種の由来をゼトラケインと推測する。南国のジバクマから来た可能性だってありそうなものだ。


 ……それはないか。


 考えてみると、ジバクマは吸血種を排斥していないものの、土地そのものがヒト型吸血種に不向きで、国策と無関係に絶対数が少ないのだった。


 マディオフの南西に位置するオルシネーヴァは吸血種に対する国策がマディオフにちかい。マディオフ同様、オルシネーヴァ国内には現在ヒト型吸血種はいないはずだ。いずれにしても、あの吸血種の出身はこの際、重要ではない。


「奴の目的は何なのだろう」


 私の疑問に、イオスは考えるでもなくすぐに私見を述べる。


「本人と直接話して訊けばいい」

「それができたら苦労はない。吸血種だぞ。向こうに敵意が無くとも私の身が危うい。おそらく幻惑魔法でヒトに擬態しているのだろうが、何かの拍子で正体が世に露見してみろ。吸血種の仲間と疑われて私も罪に問われるかもしれない」


 マディオフは、ヒトに敵対的な種族から国家と国民を防衛するため、との(うた)い文句を掲げて、排斥種族を指定している。それが吸血種とアンデッド種だ。


 アンデッドは国教である紅炎教の殲滅対象ゆえに指定を受けている。一方、吸血種が排斥対象になっているのはマディオフ王家の意向だ。吸血種と知りながら交際を持つだけでも有罪となる。


 あの吸血種がいかなる目的で私を狙っているにせよ、接触を持つと必ず私に害が及ぶのである。


 ならば討伐すればいいかというと話はそう簡単にいかない。まず成体のヒト型吸血種は基本的に強く、徴兵時以外に武術を嗜まない民間のヒトでは相手にならない。


 ヒト型吸血種の討伐を担うのは専ら、それ専門の部署に配属されている軍人だ。時にハンターにも討伐依頼という名の命令が下るものの、並のハンターが選ばれることはない。大抵はチタンクラス以上のハンターが用命される。


 ヒト型吸血種は生物としての基本能力が高いうえに、スキルがヒトに対してとても効果的だ。ゼトラケインのように共生関係が確立している社会では無害な存在だが、それ以外の土地において敵対関係となってしまうと力でどうこうできない厄介な相手となる。ヒトの天敵という見方もあながち間違いではない。


 見た目の魔力から戦闘力を推し量るかぎりだと、戦ったら私ひとりでも勝てそうではある。ただし、知性あるものとの戦いは、剣が巧いとか魔力が強いだけでは勝敗が決まらない。そこが厄介だ。後々に響く爪痕を残されても困る。可能なかぎり戦いを回避したい。


「では通報すればいいじゃないか。そうすればアルバートに嫌疑がかからずに済むだろう。推奨はしないがな」

「それもしたくないんだよ……」


 イオス同様、私も別に吸血種排斥思想は持っていない。火を消そうとしているのではなく、自分に火の粉が降り掛からないか危惧しているだけだ。吸血種と接点を持たないことが最良なのである。


 注進すればあの吸血種は死ぬことになる。ひょっとすると私に討伐依頼、ともすれば勅命に匹敵する沙汰が国から下るかもしれない。そうなると私には逃げ道が無くなる。


 思想の問題と安全性の問題から、たとえ実力的に勝てるとしても、ヒト型吸血種とは戦いたくない。思想に関しては、「前」の影響を多々受けているのだと思う。


「それで、私にどうしてほしいというのだ」

「今日そいつが襲い掛かってきたら共に戦ってもらうつもりだった。後は、イオスだったらどうするか、ということと、交戦経験があったら攻略法を教えてもらいたかった」

「お前は吸血種をなんだと思っているんだ。快楽殺人者じゃないんだぞ。私だったらまずは話を聞く。寄せ場にいたんだろう? 仮にお前に敵意があったとしても、街中で目立つ行動はしないさ」


 イオスは寛いだ様子で楽観論を展開した。


 話を聞いてみる、か。一般の社会生活においては極めて常識的対応だが、このマディオフで相手が吸血種となると、非常識な対応にあたる。


 あの吸血種は私に悪意など無いかもしれない。しかし、マディオフにおいて私に興味を持った吸血種が存在する、というだけで迷惑千万だ。


 今のところ実害は生じていないものの、心労という名の迷惑はたっぷりと被っている。


 あの吸血種は私に迷惑料を払ってからマディオフを去ってもいいくらいのものだ。


 迷惑料……そんなものが要るか?


 まさか。私は金など欲していない。


 受け渡しのために接触を持つこと自体が危険行為だ。


 いや、待てよ。ヒト型吸血種の支払える迷惑料……出身地は推定ゼトラケイン……。


 対話か……。懸念さえ念入りに取り除けば、考えなしに逃げ回るよりも良い選択かもしれない。


「分かった。そうしてみよう。話は変わるが、今年のゼミ生たちは随分と陽気というか社交的だな。講師補助をしている時に鬱陶しいほど絡まれた」

「ははは。普段はもっと大人しいよ。お前と喋れて嬉しかったんだろう」


 口下手な私と会話して何が楽しい。水魔法だってお世辞にも上手いとは言えないのだから、水魔法のゼミナールに来ている学生の好奇心をくすぐる先輩ではないだろう。


「私より優れた水魔法使いはいくらでもいる」

「水魔法のゼミにいるからって、水魔法にしか興味がないわけじゃない。年のちかい英雄と話せたら胸も高鳴るというものさ」

「英雄? ハハッ。笑わせないでくれ。そういうのは偉業に対する敬意と賞賛を表する言い回しじゃないか。私は何もしていないし、おそらくこれからも賞賛に値する何かは成し遂げない」


 ミスリルクラスの称号を持ち、輝かしいハント実績を誇るイオスこそが真の英雄である。


 私はハンターとして難易度の高いことを達成したところでイオス以外にそれを話す相手がいない。話したいとも思わない。


 強い魔物を討伐しても、それを金に換えたいとは思わない。金がいくらあっても、私の貧相な発想では固有名持ち武器(ネームドウェポン)くらいしか買いたいものが思い浮かばない。


 よほど特殊か上級以上の高等魔道具でもない限り、もう魔道具は自分で作れる。だから、素材の中で最大の価値を有する精石は自分で使う。残りの素材の大半は市場に流さずに自分で処理する。


 ハンターとして活動しても金にはならず実績にもならず、ゆえにハンタークラスは据え置かれる。それでいい、それがいいのだ。


 イオスは少しだけ遠い目をして感慨深く言う。


「期待するんだよ、人は勝手にな」


 さすがは冒険者と称されるミスリルクラスのハンターだ。発言に実感が籠もっている。


「非才の身には余る期待だ。ゼミ生は目が曇っている。今日見た感じだと、彼らの中に突出した才能を持つ者はいないな。この三年間ではシルヴィアが一番優秀だ」

「彼女が専業ハンターになれば、多分プラチナクラスになれる」


 イオスの読みは私と同じだ。彼女は既にゴールドクラスの強さがある。プラチナクラスには悠悠到れるだろう。だが、この数年の成長曲線を考えると、チタンクラスには辿り着けそうにない。


 一生のうち、今が一番強くなれる時期だ。目覚ましい成長を遂げられる期間はあと数年で終わり、そこからは蝸牛の歩みとなる。ヒトの身に生まれた以上、それは避けられない。


 以前、私はシルヴィアの成長予測を立てた。予測には当然ながら振れ幅があり、最良の成長曲線ではチタンクラスに到達する可能性すらあった。しかし、現実にシルヴィアが辿ったのは最良の成長曲線ではなく、かといって最悪でもなく、予測のちょうど中央だった。


 やはり成長性を見極めるには、一年から二年の観察期間を要する。新成人になった時点での強さと、そこから二年での成長速度、両方とも重要だ。どちらが欠けていてもチタンクラスからそれ以上には手が届かない。


「チタンクラス以上になれる前衛のパーティーメンバーが欲しいよ、私は」


 私がパーティーメンバー探しと銘打って空回りばかりしていることを知っているイオスは、小さく苦笑する。


「プラチナクラスだってかなりの希少さなんだぞ。ハンター千人にひとりしかいない」

「その倍率は、数字の魔法だ。ハンターとしての定義が緩すぎるせいで、裾野の数字が無駄に大きくなっている。普通の大人なら倒せそうな魔物が出るかどうかの街からほどない安全な場所で薬草や香草、果実を採取してくる山菜採り(ギャザラー)紛いの仕事しかしなくても、ハンターとしての稼ぎだけでは食べていけずに他のワーカー業を兼任していてもハンターなのだから」


 イオスのようにハンターとして必要十分の収入を得ながら大学に在籍している兼業、私のように千々(ちぢ)雑多な学びや人脈作りためにワーカー業をこなす兼業、ハントで稼ぎきれない故の兼業。それぞれ全く意味が違う。しかし、統計上は同じ兼業ハンターとして数えられる。


「それでも貴重な才能であることには変わりない」

「アッシュと出会えたイオスが羨ましい」

「お前にもエヴァさんとやらがいるじゃないか」


 エヴァでは駄目だ。前衛であっても壁役(タンク)には向いていないから、エヴァが前衛、私が後衛火力、と役割を分けるには不適当である。そして何よりエヴァには重大な問題がある。


「一時的な関係だ」

「夏しか会えないんだったか。けれども、それも今年度一杯さ。もうお前は卒業だ。卒業後は通年一緒にいられる」


 エヴァの問題を知らないイオスは、またも楽観的な意見を述べる。これは吸血種の話以上にイオスに言っても詮の無い個人的な問題であるため、今まで説明してこなかった。これからも話すつもりはない。


「エヴァとは長く続かない。私は息の長い関係を希望している。来年以降、イオスのゼミに将来のチタンクラスの前衛となれそうな学生が来たら、私に教えてくれ」

「水魔法を教えているだけなのにハントの適性なんて分からない。どれだけ水魔法に秀でていても、あくまで魔法使いとして優れているだけであって強いかどうか、まして前衛をこなせるかなど見当もつかない」

「予感、直感、未知なる将来性。感覚でいい。教えてもらえれば、私のほうで見極める」

「大した自信だ。その眼識があるなら寄せ場で相手を見つけられるはずだぞ」


 痛いところを突いてくる。それだけでは足りぬから頼んでいるのではないか。


 イオスの紹介を待たずとも、自分から足を運んで間近で観察すれば済む話だ。年度毎に講師補助として押し掛けることにしよう。


「目利きは無から有を生み出さない。寄せ場に毎日足を運んだところで、可能性の無い人間が可能性を持つようにはならない。しかし、大学には、寄せ場に顔を決して出さない、私のまだ見たことのない人間がいる。その中には将来性の有る逸材がいるかもしれない。そいつがハンターになりたい、と思うかは別にしても、入り口は少しでも広く開けておきたい」


 イオスは薄く笑ったまま私の話を黙って聞いている。あまり私の意見に納得した風はない。


「来年も、それ以降も講師補助としてフラッと訪ねる。邪険にしないでくれよ」


 イオスは了承も拒絶もせず、そうか、とだけ言って酒を口に含んだ。


 相談はそれで終わりとして、久しぶりに訪れたスタンレーの食事で腹を満たした。




    ◇◇    




 その後、一週間大学にいてもあの吸血種が姿を現すことはなかった。私に用があるなら、いずれ大学に踏み込んでくると睨んでいたのだが、予想は全くの外れだった。


 週末になり、いつものように寄せ場に顔を出すと、ソレは当然のようにワーカーの海の中を漂っていた。先日ほど挙動不審ではなくなり、慣れた様子でゆっくりと周囲を見回している。探しているのは間違いない。


 しばらくするとソレは私を見つけ、含みのある笑みを口の端に浮かべて海を掻き分けゆっくりとこちらに近付いてきた。


 私は手配師へ向けていた視線を外し、街の外へと歩き始める。私は吸血種に対して本日一度も視線を向けていない。吸血種の観察は、私ではなく傀儡が行っている。本日は、前回のように目を合わせるなどというヘマを踏んでいない。


 雑踏を早足ですり抜けて王都の外、都の北側を目指す。ソレは私から離れることも遅れることもなくついてきている。


 人の避け方を見るに、人ごみの中を歩くのはあまり慣れていないようだ。それでも朝早くのこの時間帯、走れば私に十分追い付ける程度の混み具合しかない。ソレは敢えて付かず離れずの距離を保っている。




 私はそのまま歩き続ける。王都を出て街道を歩き、それでもまだソレはついてきている。


 さて、ここから私はどう動くか。ソレが私を()けるのは予定どおりだ。ただし、想定はしていたけれども私にとって好ましくない事態、というのが発生している。手を間違うと命取りになる。


 手早く終わらそう、などと焦るのも怠けるのも厳禁、一日がかりと思うべし。


 憂鬱な自分の心をひとつ励ますと、街道分岐に差し掛かったところでより細い道を選び歩く速度を上げる。


 速度を徐々に上げても、距離は一向に離れない。後ろもまた、私の速度に合わせて加速している。


 通り過ぎる人間の数が疎らになったところで街道を外れ、針葉樹の森の中へ足を進める。森を進めば人間に代わって魔物を見掛ける。ここで完全に気配を消して歩くと魔物は回避できるが、後ろまで撒いてしまうおそれがある。


 やり過ぎない程度に気配を抑えて魔物との接触を回避しつつ後続の動向を窺う。


 都合よく戦闘になってくれるとありがたいのだが、理想的な展開はなかなか起こらない。


 成り行きには任せず、自分の手で望ましい展開を作り上げると心に決め、更に森の深くへ進んでいく。焦らず怠けずとは言っても、あまりのんびりやっていると一日がかりどころか、一日以上かかってしまうかもしれない。


 休憩を一切取らずにひたすら森を進んでいく。


 敵もさる者、諦めることなくついてくる。


 昼が過ぎ、大学にいたならば昼食が腹の中で(こな)れて菓子のひとつでもつまみたくなる時間を迎えたところで、手頃なタイニーベアを前方に見つけた。


 慎重に気配を殺し、タイニーベアの間近を掠めるように通り過ぎる。


 私がタイニーベアから遠ざかっていく中、後続がベアの真横を通り過ぎようとした瞬間に小さな戦いが始まる。


 熟練の戦闘者にとってタイニーベアは弱い魔物、交戦時間はごく短い。だが、その短時間が大きな意味を持つ。


 後方の戦闘開始を合図に私は速度を大幅に上げ、風が地面近くを舐めるように森の中を駆けていく。魔物がいようとお構いなしだ。


 どこまで走るか、頃合いなどは分からない。


 取り敢えず、日が暮れるまでは走る気でいよう。




 走るうちに日は完全に沈み、ヒトの目で走り続けるのは困難な深い闇が森を覆う。


 上手くいかない場合は、この夜の闇を活かして走ることを考えていたが、もうかなり前から私の思い描いた状況は作り出せている。念には念を入れて走っていただけだ。そろそろ次の段階へ移行していいだろう。


 走るのをやめ、速度を落としてそのまま歩き続ける。すると、都合よく洞窟があるではないか。


 中を窺ってみると、洞窟は長く深く広がり、高さもある。しかも、ありがたいことに分岐が複雑で出口は複数ありそうだ。


 最初からこの洞窟を目指して走ってきたのではないか、と思ってしまうほどに、お(あつら)え向きの場所である。これは僥倖、と私は気分良く洞窟の中へ身を隠した。




    ◇◇    




 ヒタリ、ヒタリ。


 薄く湿る暗い洞窟の地面をひとつの足音が進んでいく。灯りもなしに、生まれ持った暗視の力で闇を物ともせず、冷たい空気を押し分けて足音は深くへ進む。


 足音は洞窟内の開けた場所に辿り着いたところで止まる。


 広い空間に驚いたのか、構造を確かめるように四方を見回す。


 その空間は横に広いだけではない。天井は高く、隙間が何箇所にも空いていて行き交う風は複雑だ。日のある時間だったならば、上方から光が漏れたかもしれない。


 広間とも呼ぶべきその空間には、足音が入ってきた道以外にもいくつもの道が上下縦横に走っている。


 多数ある道のひとつにソレが不確かな足取りで近付いていく。進む道を決めるため、残された足跡でもないか探らんとしているのだろう。




「動くな」




 静止を求める私の声に反応してソレは足こそ止めたものの、上半身の動きまでは止めずにゆっくりと身体を捻り、広間への入り口として(とお)った道を振り返っては言う。


「あれあれ? 急いで追いかけているうちに追い越しちゃったかな。気配を消すのが上手いね」


 緊張感の欠片もない声だ。声質はヒトの若い男が発するものと何も変わらない。


「名を名乗れ」

「僕はオドイストス。一応、はじめまして、かな? 君はアルバート君だよね」


 オドイストスは止めていた足を動かしてこちら側に完全に向き直る。


「動くなと言っただろ」

「そう凄まなくてもいいじゃないか。僕は戦うつもりなんてないよ。向かい合って話がしたいだけさ。それに、君だって僕と話す気があったからここに招いてくれたんだろ?」


 誘き寄せる意図が私にあったことくらいは、こいつも分かっているようだ。


 邪魔の入らない場所で二人だけで会話する。


 それが、私が望んだ状況だ。しかしながら、心の有り様は想定と違う。


 緊張下にあるのは私だけで、こいつは私と違って、まるで緊張していない。


 肝が座っているのではなく、この状況がどれほど危険か理解していないのではなかろうか。


 危険意識の欠如、それはそれでまた別の危険を強く示唆している。


「私に何の用だ、吸血種」

「その感じの悪い言い方はやめてよ、名乗ったんだからさ。言うにしてもせめて種族名の“ドレーナ”って言ってほしいな。でも、吸血種ってことは知ってるんだね。あっ、もしかして先に聞いてた?」


 ゼトラケイン王国に暮らすヒト型吸血種の主流種族、それがドレーナである。これはイオスとやり取りした時から想定していたとおりだ。


 しかしながら、『聞いてた?』とは一体どういう意味だ。


 ……。


 こいつは変装魔法(ディスガイズ)がスキルや魔道具によって見破られている、とは考えていないようだ。


 こいつが吸血種であることを私に教える人物……誰のことを指している。オドイストスは王都に仲間がいるのか? その仲間はヒトなのか、そいつもヒト型吸血種なのか……。


 オドイストスは私の返事を待って小首を(かし)げている。


 しばらく沈黙を守っていると、オドイストスから口を開く。


「つれないなあ~。もうちょっと気楽にお喋りしようよ」


 いつぞやのティムのような気楽さでオドイストスは私の緊張を(ほぐ)そうとする。


 今の私は、あの時よりもよほど緊張している。


「私の知りたいことをお前が答える。それだけが目的の時間だ」

「冒険者なのにつまらないよ、それじゃ」


 冒険者として扱われるのは一般的にミスリルクラス以上のハンターである。チタンクラス以下のハンターはミスリルクラスと違って冒険しない、保守的なハントを行うものだ。仮に本人たちが自分の行いを冒険と思っていたとしても、世間はそれを冒険とは見做さず、背伸びとか無謀と呼ぶ。


 チタンクラスに過ぎない私のことを、こいつは冒険者と呼ぶ。その真意は私には図りかねる。


「でも、いっか。君の質問に簡潔に答えるね。僕を君の仲間にしてほしいんだ」


 暗闇の中に浮き出るオドイストスの目は、あの日、寄せ場で見せた不吉な笑みとまるで変わらぬ輝きを放っていた。

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