第七話 リディア
父から正式に許可を得て、リディアに案内してもらい修練場へとやってきた。修練場の位置は私もカールも把握していなかったため、今日は取り敢えず私、エルザ、カールの三人でぞろぞろと、である。
道中、リディアと会話を交わして確認してみたところ、彼女の父は本当にネイド・カーターだった。私と違って英才教育を受けている訳だ。いや、私もカールに相手をしてもらっているからあれも英才教育に入るのか?
リディアは口数が少ないため、生まれ変わりかどうかは察することはできなかった。
エルザは剣術にも槍術にも特に興味は無いのに、嫌がることも無くついてきてくれた。ちなみに下校後のヒルハウスによる授業は、今日だけお休みとなっている。
カールが修練場の責任者らしき人に話をつけ、我々は見学させてもらえることになった。
天井があるわけでもなく、周囲に簡易な囲いがあるだけの広場と呼んでも差し支え無さそうな修練場は、私たちが到着した当初は人もまばらであった。時間が経つにつれて徐々に人が増え、いつの間にやら数十人を数えるほどになっていた。
修練場に来ていたのはほとんどが大人で、子供は数人であった。リディアは参加者の中では最も背丈が小さい。それが、準備運動を終え、いざ打ち合いが始まると大人相手に堂々とした立ち回りを見せるのだから驚きだ。
もちろん大人相手に勝てこそしないのものの、はたから見ているだけでしっかりした剣筋が身についているのが分かる。私は彼女より一歳年上の分、身体も一回り大きいが、身体強化魔法無しに彼女の相手をするのはかなり骨が折れそうに思われた。
リディアから修練場全体に目を移して観察すると、どうも大して強い人物はいないようだった。体つきや身のこなしを見るに、多くは軍人やハンターなどではなく、市井の人々なのだろう。母と同程度の強さがありそうな人物が一人いるくらいで、他の者はよくてカールと同程度だ。槍と剣では一概に比較はできないが、強さの見極めに関して大きく外れてはいないと思う。
頭の中で、一人評論を繰り広げながら楽しんでいると、先ほどカールが話を付けた男が私に話しかけてきた。
「そろそろ締めの時間が近付いている。見てるだけだと退屈だろ? 終わりの前にリディアと一回手合わせしてみないかい」
修練は始まったばかりなのにもう終わるのか、なんとも短い練習時間だ、と呆れて、西の空を見ると日が沈みかけている。思ったよりも熱中して修練を見ていたようで、到着してから大分時間が経っているらしい。楽しい時間はあっという間、ということか。
手合わせとは願ってもない申し出だ。リディア以外の子供は、最も小さい子供でも私より二回りほど身体が大きかったが、それでも剣の腕はリディアのほうが上だろう。初手合わせの相手にリディアを推すとは、この男も人が悪い。しかし、私にとってはむしろ好都合だ。
カールはわずかに眉を動かしただけで、何も言わなかった。私は二つ返事で承諾し、早速リディアと手合わせすることとなった。先ほどの男から一言二言ほど受けたリディアは、こちらを一瞥することも無く、ただ打ち合いの場へと身を進めた。
私は子供の一人から木剣とブカブカの防具を借り、軽く素振りをしてみた。他人から借りたばかりの練習用の剣でしかないというのに、日ごろ扱っている短槍とは異なり、身体に馴染む感覚がある。
私の前世の武器は、剣だったのだろう。剣を振るイメージが次々と湧いて出る。"懐かしい"感覚に胸が躍った。もはや待ちきれない。
私も打ち合いの場に足を進め、リディアに向かい合った。彼女に後れを取るかもしれない、という懸念は忘れ去っていた。
一瞬リディアの表情がわずかに歪んだように見えた。なぜ? 私の様子がおかしかったからか。そういえば私は剣の修練だというのに笑っていたかもしれない。
バカにされたと思ったのか。そうではない。久々に剣を振るい、そしてリディアの相手をできるのが、ただ楽しみなだけだ。
横に立つ男が開始の合図を出すと同時に、私は間合いを詰め、リディアに剣を振り下ろした。
リディアは私が振り下ろした剣を難なく捌く。リディアの応じ方は今まで大人たち相手に見せていた立ち回りと同じ。しかし、二手目以降はそれまでと全く異なる動きを見せ始める。
彼女は今まで、相手に先に打たせた後に、後の先を取るような剣捌きを見せていたが、此度は打って変わり、後の先に留まらず、主導権を握るかのように積極的に剣を繰り出し続けている。
間合いの差から、リディアは大人と手合わせする際、どうしても相手に先手を取られてしまうため、必然的に守りの型を強いられる。一歳しか年の違わない私が相手であれば、大人に比べて間合いの差などあって無いようなものだ。私相手ならば、リディアは"強いられた守りの型"ではなく、自分が好む戦型を取ることができる。この積極的に攻める姿勢こそ、おそらく本来の彼女の型なのだろう。
まるで舞うように次々と剣を繰り出す彼女に、私は一方的に押し込まれる……かと思いきや、身体が自然に反応して、応手を繰り出すことができた。現世の自分にとっては全く経験したことのない激しい攻撃も、前世の自分にとっては取り立てて対応が難しいものでは無いのだろうなあ、と思考の片隅で考える余裕すらあった。どうやら私はリディアとは逆に守りの型が得意なようだった。
リディアの剣は媚びていない。相手の出方を窺い、探るような剣ではなく、自由で伸びやかで、そして全力だ。修練場の大人たちに、首根っこを押さえつけられるような戦い方をさせられていながら、いざそこから解放されると縮こまることなく、力強く躍動している。
リディアは必ず強くなる。少し身体が成長するだけで、この修練場の大人全員を鼻であしらえるくらいの高みに簡単に到れる。
生まれ変わり? そんなんじゃない。彼女の剣は洗練され切って伸びしろのない完成された剣術ではない。まだまだ粗削りな部分がある。だからこそ、これからいくらでも強くなれる。私のように半端な技術を引き継いだのではなく、剣の天才としてまさに発展の途上なのだ。
様々な手を試みるリディアとのやり取りに喜びを隠しきれなくなり、リディアも楽しんでいるに違いない、と思ってチラと表情を窺ったところ、それは全くの見当違いであることに気づく。
優雅に攻める剣とは一転、彼女の顔は切迫感に満ちていた。まるで手合わせではなく、試合や実戦ではないかと錯覚させるような張りつめたものがあった。なぜ彼女はこんな表情を……
やや興が削がれながらも、打ち合いは続いていった。
何合打ち合っても私を攻めきれないことに焦れたのか、唐突にリディアはひときわ強くこちらへ踏み込んできた。彼女自身の呼吸に合わない、勝負を急いた攻撃であった。
私は強く重いリディアの一撃をいなすと、たたらを踏んで背後を晒す彼女の背中に、今までで最も早い剣を振り下ろし、身体に当たる直前で止めた。
こんなにも速い斬撃を繰り出し、そして直前で止めることができたことに自分自身で驚く一方、当然のことと感じる乖離した感情もまた持ち合わせているのだった。
周りの大人たちは、私とリディアの手合わせが始まってから、自然と自分たちの手を休め、こちらに視線を送っていた。結末を見届けた彼らは、一呼吸間をあけて、驚きの声を上げた。
「あのガキ強ぇ--!!」「リディアに勝ったぞ」「リディアといい、この坊主といい、最近のガキ共はどうなってんだ……」
「お兄様、凄い凄ーい!!」
野太い男たちの声の中に、ひときわ甲高いエルザの声が混じった。そういえば手合わせの直前、しきりに応援の声をかけてくれていたようだが、私なりに相当集中していたため、意識の外にしかなかった。私に付き合わせて長時間待たせてしまった妹を振り返り、破顔させて手を振り謝意を送ったのち、視線をリディアに戻すと、彼女は一人しゃがみ込んで頭を垂れていた。
悔しさをこらえて歯を食いしばるその横顔は、すまし顔で通す学校の彼女とは別人のようであった。