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第六六話 楽しい火魔法講座 二

 我々は先ほど出てきたばかりの演習棟へ行くことになった。


 変な罪を擦り付けられても困る。記録に残しておくため、警備室に立ち寄って鍵を借り、改めて利用申請を作成する。利用責任者はブレアとプラグナスだ。こうすれば私は後々責任を問われない。


 ビリーとラトカは離脱し、教授二名が加わって人数だけは先ほどと同じく五人で演習棟へと舞い戻る。


 演習場の真ん中でブレアと向かい合って立ち、勝負の方式を確認する。


「ルールは?」

「戦闘不能になるか降参したら負けだ。他にはない」

「ギャラリーの皆さんは手出し無用でお願いします。一対一なんでしょう?」

「いいだろう。特別にそのルールを追加してやろう」


 特別ではなく至って普通の原則を確認しているだけなのに恩着せがましい。横槍を出させるのがブレアの通常営業とみえる。


「では始めだ!!」


 勝負開始時点での私とブレアとの距離は中程度。一足飛びでは剣が届かない。


 ブレアのだらしない肉体で物理戦闘が得意ということはないだろう。持っている武器は魔法杖ただ一柄。お望みは魔法戦だ。火魔法の教授が、どんな魔法を披露してくれるのか。


「まずは小手調べだ」


 ブレアは(おもむろ)に魔力を溜め始めた。小手調べとは到底思えないほど大きな魔力で魔法を構築していく。


 ブレアの身体が湛える魔力は、この場所にいる誰よりも多い。メイソンとの遊戯で消耗していなかったとしても、魔力総量は私を上回っている。


 魔力総量は魔法を練習する際の試行可能回数に直結する。ブレアは研究に秀でているだけでなく、魔法使いとしても優秀なはず。


 そんな魔法使いの魔法を体感するまたとない機会だ。可能な限りブレアの引き出しをこじ開けなければ。


 練り上がった魔力が次第に魔法としての形を成し始め、彼女の前につむじ風のように渦を巻いた火柱が出現する。


 火勢はみるみるうちに強くなっていく。


 これは直撃すると軽い火傷どころでは済まない。正真正銘の大火傷だ。


「私に生意気な口を叩いたことを後悔させてやる。この一発で燃え尽きろ!!」


 ブレアは旋風状の火柱を私に向かって躊躇なく放った。


『小手調べ』と謳っておきながら、撃ち際の掛け声は『一発で燃え尽きろ』か。燃え尽きると後悔も何もない。


 ブレアは陽動発言をしているのではなく、何も考えずに思いついたことをぽんぽん喋っている。言葉の意味を解さないなら人間を気取って喋るな、この馬鹿がっ!!




 火柱の径は長く、土を疾駆する速度はかなりのものである。


 突風魔法(ガスト)で火柱の進行方向をわずかに逸らしつつ、追い風(テイルウインド)で自分の身体を後押しして、火柱を横方向に回避する。


 火柱は私の目前で急加速すると演習棟の壁まで瞬時に到達し、一層高く燃え上がって壁から天井に至るまでを熱く焦がしていく。


 急加速することを知らずにギリギリまで引きつけてから避けようとしていたら、どうにも避けきれずに渦に飲み込まれていたわけだ。熱を嫌気して広く余裕を持って回避したのは正解だった。


 演習棟を焦がす火柱の火勢は激しく、私のところまで吹き付ける熱風に悚然となる。


 ブレアはあんな危険な魔法を私に当てようとしていたのだ。


 ブレアという人間の危険性をまざまざと見せつける火柱に目を奪われることしばし。


 そのまま炎を見つめて現実逃避したくなる自分を叱咤し、ブレアが二発目の魔法を放ってくる前に魔法防御を上げるマジックプロテクションを自分にかける。


 筋力強化魔法(リーンフォースパワー)俊敏性強化魔法リーンフォースアジリティはハントで常々使っているが、魔法防御力強化魔法マジックプロテクションなどは最近疎かになっていて効果があまり向上していない。


 魔力残量に困ることなどほとんどなかったのだから、省魔力化の申し開きの下に横着せず、小まめに使っておくべきだった。


「よく避けたじゃないか。だが、よそ見をしている暇はないぞ」


 ご丁寧にもブレアは警告した上で追撃の魔法を放つ。大物単発の初撃に続いて、今度は小物の連発だ。ブレアの魔法杖から続々とファイアボルトが放たれる。


 私では再現不可能なほどに短間隔で連射しているというのに、ボルト一発一発に魔力がしっかりと乗っている。弾速も私のファイアボルトとは比べ物にならないほど速い。


 土魔法(クレイスパイク)なら紙一重で避けてもいいのだが、火魔法は紙一重で避けると闘衣を使わない限り髪も肌も焦がされることになる。大きく距離を取って回避しないといけないのが厄介だ。


 サイドステップを繰り返し、同じ場所を何往復もしながらファイアボルトを躱していく。足元に着弾されると同じ場所でステップを踏めなくなるが、ブレアはそこまでピンポイントに弾着させられるほどの精密照準(コマンド)は無いらしい。もしくはそういう発想にこぎつける知性が。


「ちょこまかと避けてばかり。それならこいつはどうだ」


 ブレアはファイアボルトの手を止めると、魔法杖を槍のように構える。一、二呼吸分の溜め(チャージ)の間を置いて繰り出されたのはヒートロッドだった。魔法杖から熱線が私に向かって真っ直ぐに伸びてくる。


 伸縮自在の炎の剣たるこの魔法を避けられるのは、伸びてきた直後だけだ。魔法操者が手元を少し動かすだけで剣尖は大きく動く。


 避け続けられないのであれば、元を断つ。


 ヒートーロッドを横に避けながら、反撃のクレイスパイクをブレアに放つ。


 何の仕掛けもなければ特筆すべき威力もない、その場しのぎの急造のクレイスパイク。そんなしょうもない魔法でも相手を嫌気させることができ、ヒートロッドは頓挫し、彼女は大仰なまでに大きくクレイスパイクを躱した。


「くそっ、反撃してくるとは!!」


 ブレアが忌々しげに声を震わせ私を睨む。


 ルールと言えるルールのほとんどない勝負だったはずなのに、ブレアの中では一方的に私を攻撃する遊戯になっていたようだ。


 ブレアの無様なクレイスパイクの避け方と悪態により、私は確信する。


 この教授、防御の視点が全く無い。私をどうやって攻撃するかは考えていても、私が反撃したときにどうやって防ぐか、回避するかを何も考えていない。


 考えたところで、さっきの避け方を見る限り、効果的な防御手段は持っていないことだろう。


 私が防戦に回らずに攻撃の手を出していくと、すぐにでも決着が付きそうだ。ただし、それにはメイソンとプラグナスが手出ししてこない、という条件がつく。


 勝負開始直後にブレアが火柱を飛ばしてきた際、メイソンは気になる動きを見せていた。メイソンら三人は、この演習場を見下ろす上階の観覧席にいる。


 メイソンが観覧席の位置から防御魔法を放ったとき、この距離まで届くのだろうか? いや、届くと思っていたほうがいい。


 私は両手を空けたままでブレアの攻撃を避けていればいい。手さえ空いていれば、観客が何かしてきても十分に対応できる。彼らはもう少し泳がせておこう。




「もう一度だ」


 ブレアは先ほどと同じくファイアボルトを連発してきた。


 紡錘形の火矢を避けながら思案する。


 私の勝利条件は何だろうか。


 単にブレアを倒すだけであれば剣を抜いて近付き、刃閃を一つ作るだけで終りとなる。簡単な話だ。しかし、それでは興醒めだ。私の魔法の成長にも繋がらない。ここはブレアに色々と魔法能力を披露してもらった後に私の魔法でブレアを打ち負かす。


 更には、私と関わり合いたくなくなるように"学習"させる。相手の精神に外傷を負わせるのは、こういった揉め事解決の鉄則だ。


 とはいえブレアは大学教授。勝負の体裁を取っているとはいえ、身体的に大怪我を負わせるのは上策ではない。


 剣は用いず魔法比べに徹した上で心には大怪我を、身体には軽傷を負わせ、私は無傷。


 観覧席の邪魔者をケアしながら魔法の技術で私の上をいくブレアに対してこれらの勝利条件を達成しようとは、やりがいのあまりに苦笑もでよう。


 ブレアと私で同等なのはファイアボルトの威力くらいであって、溜め(チャージ)速度、連射間隔、弾速、全て私以上。


 旋風状の火柱は、火と風魔法との組み合わせによって作り上げたのだろう。私の試したことがない組み合わせだ。


 火と風。響きだけで相性の良さが分かる。


 思えば私は水と風の組み合わせしかまだ試したことがない。


 四色の中で一番苦手な風魔法と、二番目に苦手な水魔法。実用に迫られて思いついたこととはいえ、よくもまあ下から二つの組み合わせを試したものである。


 ブレアのあしらい方を考えながら自分の魔法遍歴に思考が移り変わっていく中、ふと、ブレアの放つファイアボルトのリズムが少し変わったことに気付く。


 テンポがわずかに遅くなった?


 そろそろ疲れてきたのであろうか。いいや、違う。ブレアの魔力にはまだまだ余裕がある。


 疲労による徐拍ではなく、何かしらの意図が隠されている。


 テンポの変化したファイアボルトが放たれること数発、ブレアがたった今放った一発のファイアボルトに違和感を覚える。


 あの、ファイアボルト……。他のファイアボルトとは違う。紡錘型ではなく、歪な球形だ。


 大きさは他と同程度だというのに、並々ならぬ魔力がこめられている。


 既視感がある。このファイアボルトは、最初にブレアが放った火柱に似た雰囲気を漂わせている。


 魔力が強く籠められていて、形は並んだ周りのファイアボルトと少しだけ違う。大きさと弾速は同等。紛れ込ませている、ということは……


 まずい!!


 剣を抜いて闘衣を最大出力で展開し、ファイアボルトに擬態した謎の魔法の弾道から全速力で離れる。


 謎の魔法は私の横を通り過ぎていく瞬間に少しだけ膨張し、爆発した。


 私のファイアーボールの炸裂を遥かに上回る爆発力で飛び散った火片が周囲を熱く切り裂いていく。


 咄嗟に剣で地面にバッシュを放ち、撃力で舞い上がる土と砂を簡易な盾とするが、それを貫きいくつもの火片が私の身体に命中する。


 慌てて自分の身体を確認する。幸いにも剣技による遮蔽と全力の闘衣、そして何より防具のおかげで損傷らしき損傷は負わずに済んでいる。身体に張り付いた小さな火片が手持ち花火を水甕(みずがめ)に浸したときのように、闘衣によってすぐさま消火されるのを見て安堵する。


 闘衣対応防具を買っておいて良かった。これが無かったら外骨格もなく、今頃大怪我を負っていたかもしれない。金で安全と命を買ったようなものだ。




 私の狼狽ぶりを見たブレアは、満足気にほくそ笑むかと思いきや何故か不満げな顔をしていて、観覧席のメイソンは、ほっとした顔をしている。


 ブレアが使った謎の魔法……爆裂小火球とでも呼ぼうか。ブレアが爆裂小火球を放った瞬間、メイソンはすぐにでも演習場に飛び降りれるように身構えていた。その後、私が爆裂小火球を防ぎ切ったのを見て安堵した顔を見せた。


 メイソンが何を考えているかは理解した。彼もまた被害者だ。彼を過剰に警戒する必要はない。


 後はブレアをどうするか、だ。爆裂小火球といい火柱といい、危険な手札をいくつも持っている。魔法一つ一つの完成度にしても、技術の引き出しにしても、ブレアは私よりも優秀な魔法使いだ。悔しいが、今のところは。


「なぜ今のが避けられる!?」


 ブレアが額に青筋を浮かべて叫ぶ。


「危ない魔法が飛んできたら、それは防ぐと思いますよ」

「分かっていないと防げない!」


 ブレアの怒りは私だけでなく、観覧席の人間にも向いている。不正に関する内容だけでなく、自分の能力までもが身内の手で曝露されたのかと疑念を抱いている。


 真犯人のいない無駄な裏切り者探しをいくらでもするがいい。


「どんな汚い手を使ったのか知らんが、分かっていたところで連続しては避けられまい」


 ブレアが再び爆裂小火球を放つ。今度は隠れ蓑のファイアボルト無しで、爆裂小火球だけを連続で構築して撃ち出す。


 爆裂小火球の連射は流石のブレアにとっても負担になるようで、連射間隔が少し延びている。


 爆裂小火球を同じ手段で何度も防御するのは辛いものがある。これは魔法比べなのだ。私も魔法で対抗する。


 左手でファイアボルトを放ち、ブレアの爆裂小火球を迎撃して空中で起爆させる。


 こういう爆発力に依存した攻撃は、爆心から少し遠ざかるだけで威力が激減する。下手に避けて近くで起爆されるよりも、近付かれる前に空中で撃ち落とした方がよい。こちらに飛んでくる火片が桁違いに少なくなり、爆風から受ける衝撃も減る。


 私のファイアボルトが爆裂小火球の迎撃に十分な威力があることを理解し、右手の剣を鞘に納めて今度は風魔法(ガスト)を放つ。


 風魔法の良い点だ。四色の中で最も弾速が速い。ブレアは火柱や爆裂小火球といった合成魔法だけでなく、ファイアボルトの弾速上昇にも利用しているようだ。


 風魔法使いとしては最底辺に位置する私のガストでも、ブレアのファイアボルトや爆裂小火球よりもずっと速い弾速が出せる。


 目的は一つ。爆裂小火球をブレアの間近で起爆させることだ。


 私の放ったガストは目論見通り、まだブレアからほどない距離の爆裂小火球に命中し、赤い球身を弾けさせた。爆裂小火球の火片がブレアの身体を焦がしていく。


「ぐああああ!!」


 野太い苦悶の声を上げてブレアが地面を転がり回る。


 私のガストの意図を見抜き、火片が身体に命中する直前に闘衣を張っていたようだ。


 火片はブレアの表面をそれなりに焦がすものの、どうも身体の深くにまで及ぶダメージは与えられていない。


 追撃はせずに、ブレアの闘衣がその身に刺さった炎をかき消していく様を眺める。


 メイソンの防御魔法もそうだった。木や油に着火した炎が消えるときとは全く異なる消え方をする。


 まるで火が吸収される、あるいは打ち消されるような消え方だ。オルシネーヴァの刺客にファイアーボールを放ったときも、ついさっき私の闘衣が火片を防いだときも同様だった。


「随分精密な照準じゃないか。それがお前の自慢だな? だが、それだけだと私は倒せんぞ」


 炎の消えたブレアは立ち上がり、逆に闘志の炎を目に宿して私に凄む。


 爆裂小火球を繰り返してくるようであれば、私はブレアの軽視する精密照準(コマンド)に物を言わせてブレアの魔法を撃ち落とし続けるだけでも完封勝ちできそうなものである。


「他には面白い魔法を使えないんですかね?」


 せっかく教授自らがお相手してくれているのだ。まだ見ぬ新しい魔法があるのなら、是非指南いただきたい。


「お前には勿体ない魔法ばかりだからな。これで十分だ」


 ブレアは再びファイアボルトを放ってきた。


 またそれか。つまらない。


 連射間隔が早くなろうとも弾速は変わっていない。威力はむしろ落ちている。回避難度は先ほどとあまり変わらない。当たらない以上、威力の高低は意味をなさない。


 静かにファイアボルトを避ける私を見てブレアは私に命中させることを無理と悟り、連射の手を止めて大きく魔力を練り上げ始めた。


 ブレアの魔法杖の先に大きな球体が姿を現していく。これは爆裂小火球でも火柱でもない。ファイアーボールだ。


 私も火魔法使いの端くれ。これは防ぐのではなく、張り合ってみるとしよう。




 芽生えた対抗意識に突き動かされ、私もファイアーボールの構築を開始する。


 ブレアが先に溜め始めたことを除いても、チャージ速度はブレアのほうが速い。


 私の魔法構築完了よりも数呼吸以上早く大きなファイアーボールを完成させたブレアが、私の完成を待たずに完成品を撃ち出す。


「お前もファイアーボールを使えるのだな。しかし遅い。これで終わりだ!!」


 巨大な火球がゆっくりと私目掛けて飛来する。これは弾速が遅い。私のファイアーボールよりも遅いくらいだ。


 我慢できるギリギリまで引きつけて、自分のファイアーボールの完成度を高める。相殺に失敗しても回避できるギリギリの距離、そこまで……


 迫りくる火球の圧倒的な存在感が限界に達したところで私もファイアーボールを放つ。


「行けっ!!」


 私が作り上げた完成度八割のファイアーボールとブレアの肥え太ったファイアーボールがぶつかり合う。


 見た目だけでなく、火球の内包する魔力もまたブレアのほうが大きい。大きさあたりの魔力の量、魔力密度もブレアのほうが上かもしれない。


 私のファイアーボールはあっさりと押し負けた。両火球は炸裂し、主席火弾と炸裂子弾の大半が私側に降り注いできた。


 自分で作るファイアーボールが作り出す子弾の優に倍以上、言うならば炎の豪雨が降り注ぐ中、私は炎の密度が少しでも低い安全な場所を目掛けて逃げ惑う。


 ブレアは駆けずる私を見て、満悦の表情を浮かべながら追撃の魔法を溜め始めた。


 杖の前に浮かび上がったのは爆裂小火球。私の進路の先に前置きしようという腹積もりの、快勝を信じて疑わないご機嫌な攻手だ。


 ブレアの死角を縫うように炎雨の影を走りつつ、ブレアが小火球を放つ前にこちらも読みでガストを放つ。


 防御意識のないブレアは案の定、私のガストに全く気付かないまま爆裂小火球を完成させる。


 先の三発を上回る魔力を奢られた爆裂小火球が彼女の手を離れ、そしてその直後に私の魔法(ガスト)と衝突し、操者の意図せぬ至近距離で爆発した。




 自らが作り上げた炎に全身を貫かれ、ブレアは後方へ吹っ飛んだ。


 今度は叫び声すら上がらない。ブレアは受け身を取れぬままにゴロゴロと抵抗なく地面を転がりようやく止まったものの、自ら動く気配はなく、炎はそのまま彼女を焼き尽くさんと燃え続けている。


 これは放っておくと大火傷になってしまう。消火のために私は急速構築したアイシーブラストを放つ。


 周囲に冷気を走らせる水球がブレア目掛けて飛んでいき、彼女の真上で弾けて一帯を瞬時に冷却する。一発では炎を完全に消しきれる威力がなく、続けてもう一発アイシーブラストを放つ。


 二発のアイシーブラストによってブレアを燃やす炎はやっと消え去った。




「大丈夫ですか、ブレア先生!!」


 ティムとメイソンが観覧席から飛び下りてブレアに駆け寄っていく。それに遅れてプラグナスも階段を使って演習場に下りてきた。


 メイソンはブレアを仰向けに寝かせる。手足はダラリと脱力して、メイソンの呼びかけに反応しない。


 頭部前面の毛は焼け焦げているが、顔そのものは怖れていたほど焼けていない。あの一瞬でも闘衣で防御はできたらしい。


 炎のダメージが大きすぎたのではなく、光と衝撃で昏倒しただけのようだ。


「焦げた毛が面白いことになっているだけで、大事には至らずに済んだようですね」

「……っ!! ……ああ、アルバート君が消火してくれたおかげでな」


 私の発言に気分を害したメイソンは表情を一瞬歪ませる。しかし、口から出て来た言葉は冷静だった。


 観覧席で最もソワソワしていたメイソンは、横槍を入れて私の邪魔をしようとしていたのではなく、私とブレアのどちらも大怪我を負わないように気を揉んでいた、というのが正解だろう。


「よくアイシーブラストを邪魔しなかったね」


 アイシーブラストはこの一年間で作り上げた魔法だ。


 去年、巨大オサムシのスコルパドノシェンを冷やすときに用いた水と風をそのまま組み合わせただけの合成魔法はあまりにも効率が悪かったため、改良品として作ったのがこのアイシーブラストだ。


 ブレアの爆裂小火球が風魔法で火魔法を爆散させているように、アイシーブラストでは風魔法が水魔法を爆散させる。氷点近い温度まで冷えた水球を目標の近くへ飛ばし、目標に近接したところで風魔法の力により爆散する。


 飛散する水を可能な限り細かく霧状に散らばらせることで、周囲を急速に冷却できる。アイシーブラストの冷却力、魔力効率、時間効率は昨年の合成魔法の出来損ないより遥かに優れている。


「最後の水魔法のことか。手を出そうか迷ったんだが、アルバート君の表情からは敵愾心が読み取れなかった。むしろ、俺と同じで教授の身を心配していたように見えた」


 特別表情に出していたつもりはなかったのに、メイソンにはしっかりと見抜かれてしまっていた。もう少し感情隠しにも留意する必要がありそうだ。


「救護室に運ぼう」


 ティムがブレアを挟んでメイソンの反対側に回り込む。


「俺一人で大丈夫だ」


 メイソンはブレアを軽々と前に抱きかかえると、力強い足取りで救護室へと向かった。


 ブレアは途中で目を覚ましメイソンの腕の中で文句を言い始めたが、メイソンとティムに強く諌められ、そのまま救護室に運ばれた。




    ◇◇    




「私は学生と戦っていたよな。あともう少しで戦いを終わらせる、というところまできて……。そうだ、バーニンググレネードが暴発したんだ」


 飾り気のない救護室の寝台の上でブレアは横になったまま、意識消失前の出来事を振り返る。


「気を失ったんだ。無理に身体を起こさず、少し休んだ方がいい、ブレア先生」


 寝台からすぐに身体を起こそうとするブレアをメイソンの手が強く抑える。


 ブレアは再び横になってぼやき出す。


「しっかし、なんでグレネードが暴発したかなー。テキトーに作りはしなかったんだけどなー」

「私が迎撃したからですよ」

「あぁ!? お前もいたのか。あれはお前が……。まぁそりゃあそうか。はあぁぁーーーー……」


 ブレアは敗北を受け入れるように長く深い溜め息を衝いた。


「楽しい飲み会後の余韻を台無しにするような無茶を申し上げて済みませんでした。アルコールの抜けきっていないブレア先生に無理をさせてしまい――」


 この場を収拾させるため、私のほうから謝っておく。人間は状況に流されやすい。聞かざるを得ない状況で勝者の私に謝罪されると、教授であっても無碍にはできないはずだ。


 先ほどの魔法比べは、私がブレアを圧倒したうえで、一発ぐらいは彼女に私の頬を叩かせてやることで気を晴らさせて落しどころを探れるとなお良かったのだが、なかなかどうしてそういう展開には運べなかった。


「酒は関係ない。あの程度の酒の量なら数時間で抜ける」

「どのくらい飲まれたのでしょうか?」

「しこたまだよ。談話室に酒瓶が沢山転がっていただろ。あれ、三分の一近くはブレア先生が飲んだんじゃないかな」


 ティムが昨夜の飲み会を思い出すように喋る。


「ブレア先生は本当に酒に強いからね。毎晩のように大量に酒を飲んでいるけれど、次の日は朝からシャンとして仕事をしているし、酒が抜けているのは嘘じゃないと思うよ」

「うんうん」


 メイソンとプラグナスがティムに同意して頷く。


「酒はどうでもいいんだ。私の魔法でぎゃふんと言わせたかったのに!!」


 純粋な魔法の技術では終始ブレアが圧倒していた。ブレアの魔法は私の探究心を大いに満たし、大いに刺激した。状況が許せば、もっとブレアの魔法を見てみたかった。


 向かい合って戦う形式ではなく、横に並んでお互いの魔法を比較する形式を取っていたら私は惨敗だった。


「火と風を巧みに操るブレア先生の魔法はお見事でした。今後魔法を練習していくうえで、先生の魔法を手本として忘れずに研鑽に励みます」

「送別会か!? そんな慰めなどいらん!」


 ブレアは口を尖らせてプイと顔を背けた。機嫌の表し方を見るに、談話室で見せたほどの怒りはなさそうである。


「すっかりいつもの様子のようだね。じゃあ、僕は仕事があるからもう行くよ。ブレア先生、あまり学生をいじめ過ぎないようにね。アルバート君も今日は悪かったね」


 ブレアの無事を確かめたプラグナスは、いつもの笑顔を浮かべて救護室から去っていく。


「いえ、私も先生方に無礼をはたらき申し訳ありませんでした」


 両者とも腹に二心を抱いたまま、形だけの謝罪を交わす。


 私にとってはブレアよりもプラグナスのほうがよほど面倒な相手である。とはいえ性格と手口からして、すぐに手を下しはしまい。これから長期休暇なのだから。


「それで、私にいつまでこうして寝ていろ、と言うんだ?」


 寝台の上で悪態をついて膨れるブレアの血色は悪くない。眉や睫毛、頭髪などが縮れて無残なことになっているだけで、肌の火傷はごくわずか。後に残るようなものではない。毛は時間の経過とともに勝手に生えてくる。肌の方は加温角質除去(ヒートピーリング)したと思えば何でもない。


 火傷よりも、ごく短時間とはいえ意識を消失した影響のほうが問題であり、それを確かめる必要がある。


「では上半身をゆっくりと起こしてください」


 嫌がるブレアの背中に有無を言わさず手を当てて、倒れないように支える。


「身体を起こしても問題なければ、今度は足を下ろしましょうか」


 救護室のベッドに、足を垂らして座らせる形でブレアの姿勢を整える。


「気分は悪くありませんか?」


 ブレアは私とは反対を向いて何も言わない。拗ねた幼児の相手をしている気分だ。到底怒る気にはなれない。


 ブレアの回復をより確実なものにするために簡単な薬を用意する。


 私が土魔法でコップを作り出すと、魔力に反応したのかブレアはやっとこちらの方を向いた。


 ブレアにマジマジと見られながら、出来上がったコップに携行している水袋から常温の水を注ぎ、粉末状の薬草を一つまみ分、水面に(こぼ)してブレアに渡す。


「ではこれを飲んでください」

「おい、今、水の中に入れたのは何だ?」

「気付のハーブです。少し強めの苦味と清涼な良い香りがしますよ」

「何が良い香りだ。カメムシみたいな変な臭いがするぞ!」


 文句を言いながらも、ブレアは私が渡した水を飲む。


「勢いよく飲まずに、ゆっくり飲んでください」


 ブレアは私の忠告を無視し、一口でコップの水を空にした。


「ふうー。臭いは変だが酒を飲んだ後の水は最高だな。冷えているとなお美味い。おい、もう一杯寄越せ」


 ブレアは空のコップを私に押し付けてくる。


 コップを水魔法で冷やしてから、今度は先ほどより少なめに水を入れ、中で水を揺らして温度が下がるのを待つ。コップそのものを水魔法で作れると簡単なのだが、技量的に水魔法での造作は土魔法に劣るため、他人には披露したくない。


「はい、どうぞ。コップが冷えているので、びっくりして落とさないでくださいね」

「最初から気を利かせ。あ、中身が少ないぞ」

「がぶ飲みさせるために出しているのではありませんよ」

「でも、これは変な臭いがついていないし、冷えていて……。んー、美味い」


 ブレアは二杯目も一口で水を飲み干した。


 ブレアはこれを介抱ではなく、ドリンクサーブだとでも思っていそうだ。


「アルバート君、なんだか手馴れてるね。もしかして、気に入った子を飲み会で酔い潰した後、介抱するまでの一連の流れを楽しんでるんじゃ……」


 医療知識に基づいてブレアを介抱する私を見て、ティムは邪推を始めた。飲み会好きの大学生と一緒くたにはしてもらいたくないものだ。


「なんだと、そうなのか!? 学生、お前彼女がいるんだろ。あっちこっち手を出しているのか」

「あまり興奮すると、また目を回しますよ。はい、じゃあゆっくり立ち上がってみましょうか」


 下等な議論には付き合わず、右手をブレアの腰に回して重心を引っ張り上げ、左手で彼女の左手を握りしめて支えとなり、彼女を立ち上がらせる。


「おいっ、否定しないのか。勝手に身体に触れるな。お前手際が良すぎるぞ」


 私に無理やり腰を持ち上げられたブレアは、そのままおずおず立ち上がった。両脚で立ったブレアからゆっくりと支える力を抜き、独力で立位を保持させる。


 ブレアが頬を赤らめているのにイラっとしながらも、表情には出さないように気を付けた。身体のどうでもいい部分を触られることよりも、人前で全裸になることに羞恥心を抱くべきである。


「ふらつきはありませんね。これならメイソン君とティム君に見守って貰って帰れそうです。はい、では先生、お気をつけて」


 ブレアはおそらくどれだけあやしても際限なくぐずり続けるタイプだ。時間をかけるだけ無駄である。


「ああ、ウチの教授が迷惑をかけた」


 本来の"始末役"であるメイソンは、快く押し付けられてくれた。


「おいっ! 迷惑とはなんだ!!」


 メイソンにまで不機嫌を飛び火させ、膨れたブレアは肩を怒らせ研究室へと去っていった。




「アルバート君、今度さあ」


 なぜか二人について行かずに留まったティムが話し掛けてきた。


「ん、何?」

「今度一緒に合コンしない?」


 ティムは真意不明の発言をし始めた。もう既にプラグナスとブレアの"仕掛け"は始まっているのだろうか。


「いきなり何を言い出す……」

「いやー、アルバート君が女性の扱いにあんまり慣れているように見えたから、そういうの好きかなーって思って。好きでしょ、アルバート君?」


 ティムの邪推はあれからずっと続いていたようだ。私が見せたのは応急処置の手法であり、(ねや)あしらいの技術の延長線上に位置するものでは断じてない。


「前」を振り返っても、用事が済んだ後の女に優しくした記憶は思い当たらない。


「私は合法であろうと嗜好性向精神薬(ドラッグ)との接触を避けている。それにパーティーの類は時間がかかる。交友に時間を割くのは必要最小限にしている」

「えー、そうなの? 絶対合コンマスターになれるよ、勿体ない」

「魔法と、次いで剣の練習のほうが大事だよ」

「魔法が恋人か。でも、そうじゃなきゃ、アルバート君の歳で四色をあれだけ使いこなせないか。四色扱えるってだけでもレアなのに」


 四色の中で力を入れて練習しているのは土と火だけ。水に至っては「前」の貯金を使い潰しているだけなのに、今日もなんだかんだで全属性を使い、全てが役に立った。


 こういう経験をたまにしてしまうが故に、扱う属性を絞りきれずにいる。


「話は変わるけど、ブレア先生っていつもああなの?」

「ちょっと火魔法がうまい学生がいると、いつも勝負を吹っ掛けるんだよ。その度にメイソンが引き摺り回される。尻拭いとでも言うのかな。ブレア先生が魔法でビビらせて、防御魔法を使えるメイソンが憐れなターゲットを守って」


 メイソンは私が想像した通りの役回りを担っていた。片方が暴力で震え上がらせ、片方が護身となって優しく懐柔する。見事に洗脳の手口である。彼らはそれを打ち合わせて行っているのではなく、ブレアはやりたいことを、メイソンは立場と能力上やらざるを得ないことをやっているうちに、一連の流れとして定着してしまったのだろう。


「私は守ってもらえなかった」

「それは必要がなかったからだよ。メイソンはいつでも飛び出して君を守るつもりだった。アルバート君が戦い慣れていて、メイソンの守りを必要とする場面が来なかっただけさ」

「最初の火柱は、避けられたからよかったようなものの、当たっていたら大惨事になっていた」

「ファイアストームは当たってからでも守り方があるんだ、メイソンならではのね。バーニンググレネードは衝撃と光が派手なだけで、炎はおまけだよ。実際、アルバート君はほぼ無傷、ブレア先生だって軽症だったでしょ?」


 メイソンもティムも、ブレアの力量を見抜いた上で、どこが越えてはいけない一線かひっそりと見極めていたようだ。


「ブレア先生は確かにすぐに魔法勝負を吹っ掛ける。でも、必ずしも無茶な魔法の使い方はしない。あんなに派手な戦い方をしたのは、イグバル先生が相手のときを除けば、アルバート君が初めてだよ」


 イグバルは風魔法講座の教授だ。イオスが来るまでは大学最強の魔法使いで、イグバルとブレアが大学の二大巨頭だったらしい。


 イグバルとブレアは反目しあっている、という噂を聞いたことがある。ブレアの性格を考えると、ブレアが一方的にイグバルに突っかかっているのだと簡単に推測がつく。


「それは至極光栄で。二度とないことを願うよ」

「無理無理。これから事あるごとに飲み会と勝負に誘われるアルバート君が目に浮かぶ」

「絶対行かないから」

「誘いに行かされる僕らの気持ち、考えたことある?」


 メイソンだけでなく、ティムもまたブレアの被害者だった。ティムも学部生の頃に無理矢理ブレアと魔法比べをさせられたのかもしれない。


「苦労しているのだな」

「うん」


 せっかく苦心して退けたというのに、ブレアと再戦するのはそう先の話ではなさそうだ。あの火柱……ファイアストームとやらの私なりの破り方を考えておかねばなるまい。


 毎度、風魔法で横に避けるだけだと芸がない上、ファイアストームの軌道に少しの変化が加わっただけで直撃してしまうかもしれない。


 ティムは『メイソンならではの守り方』があると言っていた。攻略法があるはずなのだ。


 それに、ブレアの魔法が参考になるのは事実。生き教本としてたまに見るのは悪くない。戦闘巧者ではないから、勝負形式にしても有り難みはないが、ブレアは勝負にこだわるだろう。


「演習棟に施錠する。ティム君も出て」

「ああ、うん。……あのさ、一つ聞いてもいい?」

「どうぞ」

「何で僕とメイソンは、君付けなの?」


 厳めしい顔のティムの問いは、実に下らないことだった。


「敬っていないとはいえ、呼び捨てはよくないと判断した」

「敬ってないの……?」

「うん……」


 ティムは、言葉では言い表し辛い不可思議な表情を浮かべている。その顔が訴えているのは抗議か落胆か……


 黙り込んだティムを演習棟外に出した後、また彼らがゴミを散らかしていないか内部を確認して回り、施錠を済ませて、ようやく今度こそ演習棟を後にする。


 ティムは入り口で律儀に私を待っていた。




「今日は迷惑かけたね。僕は研究室に戻ってひと眠りするよ」

「それじゃ、さようなら」

「今度から呼び捨てでいいよ」

「そうか。ティムも私を呼び捨ててくれ」

「うん。じゃあ今度は合コンでね、アルバート」

「絶対ないから」


 ティムはニヤリと笑みを浮かべると、あとは何も言わずにノロノロと研究室のある棟へ戻っていった。


 彼らのおかげですっかり日が昇ってしまった。


 自分一人で魔法練習に勤しむよりも収穫はあったが、約束された将来の面倒事も一緒に刈り込んでしまった。


 さて……今日はこれからどうするか。イオスの部屋に寄ると、シルヴィアに出くわしてしまうかもしれない。感情を振り回されるのは沢山だ。


 学園都市で何がしかをすることは諦め、ハントの下準備のため王都へと向かうことにした。

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