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第六二話 エヴァと歩く台地

 エヴァと共にイェジェシュチェン台地を訪れてしばらくの日にちが経った。ここに出現する魔物のうち、私が手こずる強力なものは主に猛禽の風の翼(ポルフスクシュ)と巨大ワームのサンサンドワームだ。他にもう一種類だけ、今の私では討伐不可能な魔物が生息している。ただし個体数が少なく、ここに来てからまだ見掛けたことがない。


 この三種類の魔物以外は、そう恐れる強さを持っていない。もしもここにポルフスクシュとサンサンドワームが生息していなければ、ゴールドクラスのハンターでも十分ハント可能な易しいフィールドと言える。


 サンサンドワームとの遭遇頻度は、先日までソロでハントをしていたムグワズレフよりも低い。ムグワズレフと違って、ここはかなり土がかなり硬い。地面に開いた穴を警戒していれば、襲いくるサンサンドワームをギリギリで躱すことが可能だ。


 攻撃のくる方向さえ分かっていれば、今の私は何とか避けられる。全く予想外のところから無音でサンサンドワームに襲い掛かられる心配がないからこそ、避けられているのである。


 この場所でサンサンドワームが土を掘って新しい穴を開ける場合には、必ず掘削音がする。異音がするときは、既存の穴から攻撃されるときよりも回避は一層簡単だ。最初の一撃を避けてしまえば、逆にエヴァが一撃で倒してくれる。


 ポルフスクシュのほうはどんなものかと言うと、大きさ的には峡谷で戦ったルドスクシュの半分強といったところだ。嘴の先から尾翼の先までの全長は大人の背丈ほど。左右に広げた翼長は大人の背丈、三、四人分程度。


 峡谷で戦ったルドスクシュが特別大きく立派な個体だっただけで、平均的なルドスクシュは、イェジェシュチェンで見掛けるポルフスクシュと同程度の大きさのはずである。ルドスクシュもポルフスクシュも飛翔種にしてはかなり大柄の種に分類される。


 下調べによると、ポルフスクシュの討伐推奨はプラチナクラス上位からチタンクラス下位とされていた。実際に戦闘した感触として、その評価は適正であると思う。時間がかかることを許容できるなら、おそらく私一人でも討伐可能である。


 エヴァに至っては見るからに手を抜いて戦っている。本気になれば、一度の連撃(バラージュ)でポルフスクシュを倒せるに違いない。


 ここで私がすべきことの優先順位は、一にも二にも回避と防御。三番手にエヴァの動きを見ること。攻撃の優先順位は五番手あたりだ。


 エヴァの動きは、それが手を抜いたものであっても、私からしてみれば技術の宝庫。エヴァの動きをよく観察して技を盗むのだ。目に付きやすい剣捌きではなく、闘衣や魔力の動かし方のほうがより注目すべき点。


 エヴァから学ぶことを最重要課題に据えてハントに臨むことで少しずつ発見を積み重ねていく。


 エヴァはヤバイバーと違って戦闘中、常時微弱な闘衣を纏っている。これが観察を初めてすぐに気付いた違い。


 他の細かな相違点は、『何かが違う』と分かるだけで、『具体的に何がどう違う』のか速やかに了解できない。何度も頭の中で仮説を立てては、エヴァの動きを見て検証を繰り返す。


 エヴァの闘衣は攻撃の直前、外骨格と外紋を展開して膨れ上がり、攻撃が当たる瞬間に闘衣は初期の微弱な状態に戻る。"変圧"によって闘衣の程度を切り替えているように見える。


 変圧でも絶と同じく硬直解除の恩恵が受けられる? エヴァは絶を行っていないのだろうか。最初はそう思った。


 しかし、自分で立てた仮説に、自分の心が猛反発を覚える。絶対にエヴァは絶を行っている。思い込みにも近い決めつけた心で何度もエヴァの動きを刮目し、ついに見抜く。


 エヴァは絶で闘衣を切ると、瞬息と置くことなく微弱な闘衣を再展開している。闘衣が途絶えている時間があまりにも短く、悠長に瞬きしていたら絶対に見抜くことができない。エヴァの絶は他の誰とも違う。ヤバイバーはもちろん、こんな絶の使い方をしているハンターは、この一年一度も見掛けていない。


 他にも違いはある。エヴァは攻撃回避時、常時外骨格を使っている。素早く避けつつ、万が一攻撃が当たった時の保険(まもり)にもなる。それに対し、ヤバイバーは身体の捻りで剣を躱すとき、必ずしも外骨格を纏わない。魔物相手のハントと対人剣の手合わせという違いがあるにせよ、この辺りの見切りは、もしかしたらヤバイバーのほうが一瞬で高度な判断を行っているのかもしれない。


 細々とした違いは何箇所もあるにせよ、全体を俯瞰してみると、エヴァとヤバイバーは、他のハンターや剣士と比較して闘衣の傑出度が際立っている。二者はハンターと剣士、異なる方向に向かって成長し、限りなく完成に近付いた存在である。


 エヴァが凄いのは再確認できた。しかし、それに満足しているだけでは自分の成長が望めない。エヴァが常に闘衣を展開している理由は何であろうか? エヴァのほうがヤバイバーよりも総魔力量が多いから、魔力を垂れ流している? 魔力を浪費せぬよう私に何度も替切(スイッチング)の必要性を論じたエヴァが、そんな理由(いいわけ)をするなど、全くしっくりこない。




 どれだけ考えても答えを導き出せない私は、あるときエヴァに尋ねてみた。


「エヴァは攻撃する瞬間や攻撃を避ける瞬間以外も、絶えず弱い闘衣を纏っているな。あれにはどんな理由がある?」


 そう聞くと、エヴァは思いもよらぬことを言われた、といった目でこちらを見返してきた。


「アルバート君は()()が見えるんですか。驚異的な目の良さです」


 普通は見えないものなのだろうか。他者の目にはどう見えるのか分からないのだから、自分が特別観察力に優れているのか分かりようがない。


「あれはここでは必要ないでしょうね。火の中を動き回るときとか、瘴気の中を動き回るときは、ああいうミニマムな闘衣の使い方もできないといけないんですよ。私は不要な場面でも、あの弱い闘衣を欠かさず展開しています。今では意識せずとも身体が勝手に展開してくれます」

「闘衣だと、そういうものから身を守ることもできるのだな。しかし、瘴気の中で絶を使ってしまうと、それだけで命を落としそうだ」

「そういう場合に求められるのが"絶空"です」


 絶という言葉はエヴァにも通じた……。代わりに応用問題の如く、新しい単語が飛び出してきた。


「絶空とは?」

「絶は硬直を避けるためにタイミングよく闘衣を消す技術。絶空は消した闘衣を一瞬で再展開する技術ですよ」


 私が苦心の末に見抜いた闘衣の達人技を、エヴァはあっさりと暴露する。


「ミニマムなほうは、"(じん)"という言い回しをする方々もいます。塵にしろ絶空にしろ、どちらも替切(スイッチング)をちゃんと練習していれば、いずれ辿り着く技術です」


 エヴァの言い様だと、誰でも簡単に習得できそうな技術にしか聞こえない。エヴァは嘘をつかずに私を騙している。


 絶は確かにスイッチングの延長線上にある技術かもしれない。そんな絶ですら、習得するのに私がどれだけ苦労させられたことか。ジバクマに行ったことをここでは忘れるとして、もしもヤバイバーと剣の同好会の存在がなければ、絶という技術の存在にすら未だに気付いていなかったかもしれない。


「塵と絶空……ね」

「絶空を未習得の人間が強大なアンデッド、例えばデスロードやエルダーリッチと相対して、つい普段の調子で絶を使ってしまうと、瘴気の程度によっては誇張ではなく本当にその場で死に至ります。彼らは生者が近くにいるときは常に瘴気を出していると考えたほうがいいです。覚えておいてください。絶空のできない前衛が上位のアンデッドと戦う場合は、絶を使わずになんとかしないといけません」

「絶を使わずに切り抜けられるのは、相手が下位のアンデッドの場合だけだろう?」

「そうとも言えません。試しに有名所の話を挙げてみましょうか。リッチやエルダーリッチといった、魔法を得意とする系統のアンデッド。これは知っていますね。会ったことはありますか?」


 セリカ時代にエルダーリッチを見掛けたことがある。「前」を勘定に入れないとして、「今」の私は、稀にフィールドを彷徨いている最下等のアンデッドにしか遭遇したことがない。


 首を横に振り、実体験は無いことをエヴァに告げる。


「彼らは、取り巻きを従えていることが多いです。この取り巻きアンデッドはあまり強くないと相場が決まっています。つまり、取り巻きは絶を使わなくても倒せるはずです。ただ、呼吸するように絶を使いこなすようになってしまうと、逆に意識的に絶を抑え込むことになりますから、普段よりも鈍重な動きになってしまうんですよね。取り巻きを倒せば、残るは本体です。エルダーリッチは、魔法は得意でも近接戦は苦手です。接敵することさえできれば絶は使わなくても倒せることでしょう。デスロード相手だと、絶空ができない前衛では、倒すどころか壁役になることさえ無理でしょうね。全力で逃げてください、としか言えません。私もデスロードは見たことがないので、あくまで伝聞での知識ですけどね」


 身の毛がよだつ話である。身の程知らずにもソロで墳墓の下層に行っていた日には、呆気なく事切れることになっていた。


 無謀であることすら理解せずに突き進む前に、ここで聞いておいて良かった。ハンターの界隈、知識不足のままに初見でことに臨むと落命する、という話がひしめいている。


「それはいいことを聞いた。二つの技術は練習しておくことにする」

「ミニマムなほうはともかく、絶空は本来闘衣を覚えて一年ちょっとの人間が手を伸ばす技術ではありません。今の君は、絶空以前に、絶すら満足に扱えず闘衣の深邃(しんすい)に翻弄されている。そう睨んでいたのです。それが実際会ってみたら、絶を造作もなく使いこなしているではありませんか。目を見張る成長という表現では到底足りない衝撃を覚えましたよ、本当に」


 "正道"を経て習得しようと思ったら、現在の技量に達するまで、あと何年要していたのだろう。広い意味では正道を一度は通ったことに間違いないのだがね……


「既に習得した技術に満足を覚えているだけでは成長できない。既習得の技術を磨くなり、新しい技術を求めるなりするべきだ。絶空に挑戦することは、その両者を満たすことになる」

「旺盛な向上心と、貪欲に過ぎる無い物ねだりの差は紙一重ですよ。身に過ぎた願いを抱くあまり、身を滅ぼすことのないようにしてください。どのクラスに属するハンターでも、基本的に若い人は無茶に走るきらいがあります」


 エヴァは老婆心一杯に危険な挑戦をせぬように訓戒を垂れる。去年のエヴァの私の連れまわり方は、私からしてみればかなりの無茶のさせられ様だった。エヴァにとっては、掌の上で可愛がっていたのに過ぎないのだろう。


「承知した。では、ボガスアリクイを見つけたら、私は後方からファイアーボールを放つことにする。エヴァも気を付けてくれ」


 ボガスアリクイはイェジェシュチェン台地における最大最強の魔物だ。最強と言っても穴の中に潜む魔物を食べるばかりで、こちらから無闇に近付いたり攻撃を加えたりしない限り、積極的に人間に襲いかかってくることはない。


 ただし、穴の中にいるものは、アントに限らずラビット(ウサギ)でもワームでも何でも食べる悪食のため、ボガスアリクイを見て恐れをなした人間が誤って穴の中に隠れてしまうと、他の魔物同様に胃袋に収められてしまう、と聞く。


「ちょ、ちょっと待ってください。今、全然そういう話はしていませんでしたよね? この話の流れでどうすればファイアーボールを放つという結論に達するんですか? ボガスアリクイはどこからでてきたのです」

「火や熱は闘衣で防げるのだろう? イェジェシュチェンに出現する最強の魔物の倒し方は、事前に相談しておくべきだ」

「ノーダメージでいられるのは、炸裂した火球の一部が私に当たらない場合に限ります。真横に着弾されてしまうと、子弾を全部避けるのは困難極まるに決まってるじゃないですか」

「幸い大型の魔物だ。エヴァから遠い部分を狙って魔法を放つ。子弾は頑張って避けてくれ」

「私を壁役にする発想から離れてください。ルドスクシュの時は着弾点から私まで距離があったから良かったようなものの、ああいうことを事前の打ち合わせなしにやってはいけません。ボガスアリクイは硬すぎて我々とは相性が悪いですから、今は諦めましょう」


 ボガスアリクイは攻撃性の低いノンアクティヴの魔物であり、見つけてから戦う準備を(したた)める余裕がいくらでもある。それなのにサンサンドワームよりも高い討伐難度とされている理由は、防御力の高さにある。


 サンサンドワームはプラチナクラスからチタンクラスが討伐推奨、ボガスアリクイはチタンクラス上位が討伐推奨だ。物理防御力に比べると魔法防御力は少しだけ劣る、とされている。エヴァの突き(スラスト)でダメージを与えられずとも、私の魔法をダメージソースとすることで倒せそうな気がする。あくまでそんな気がするだけで、ボガスアリクイには魔法を当てるどころか実物を見たことがないので実際のところは分からない。


「エヴァが引き付けて、私が後ろから魔法を撃つ。正統的(オーソドックス)な前後衛の戦い方をすればいい」

「君の魔法を避けなければいけない、ということは、私はボガスアリクイの攻撃と君の魔法との挟み撃ちの状態になるんですからね。勘弁してください。しかも君の魔法がボガスアリクイの魔法防御を上回る破壊力を持っているか分かりません。ここにはボガスアリクイから身を隠し通せる場所がないのです。いざ挑戦して魔法が通らず、倒せないと分かってもボガスアリクイから逃げきれませんよ」


 私が真に望んでいるのはボガスアリクイを倒すことではなく、ボガスアリクイ相手に苦戦するエヴァを見ることである。エヴァが話に乗ってくれないことには始まらない。私よりもずっと優秀なハンターであるエヴァが、やめろ、と言っているのだ。今は諦めるべきなのだろう。


「遠目に観察するだけであれば無害なノンアクティヴの魔物だ。実物を目の当たりにしてから、エヴァの意見が正しいか検討しよう」


 理性では分かっていても、欲求には抗いがたい。ギリギリまで可能性を繋ぐ布石を置きたくなるのは人の(さが)と言えよう。


「アルバート君は大学生になって頑固になってしまいました。去年はあんなに素直に私の意見を聞き入れてくれたのに。ちょっと強くなったからって、こんな変わり方をするなんて脆薄(ぜいはく)だとは思いませんか?」


 一年前、エヴァに逆らえない私は好き放題に連れ回された。だからといって、そんなに従順だった覚えはない。エヴァは都合の良い記憶の残し方をしている。




 検討の機会はそれからほどなくしておとずれた。噂をすれば、とはよく言ったものである。


 ドミネート下のステラを飛ばしていると、遠く離れた地点に鎮座する巨大な岩がジリジリと動いている。鎮座しているのではなく、立って歩いているのだろう。


 動く岩、という絵面が、私の過去の記憶を引きずり出す。


 あれは確か徴兵前のメタルタートルハントのときのことだ。あのときは傀儡より先にダナが標的を発見したのだった。パーティーにはカールとシェルドンがいて……


 違う。当時のポーターはシェルドンではなくグロッグだ。懐かしい。シェルドンの存在感が大き過ぎるあまり、私の記憶の中のグロッグがシェルドンに塗り替わってしまっている。


「聞きしに勝るかなりの大物だ」

「何の話ですか?」

「標的を見つけたんだよ。見えやすい場所に移動しよう」


 地を歩く人間の視界を考慮し、少しばかり高く盛り上がっている地点を探して移動する。そこから目を凝らし、岩に擬態したボガスアリクイを観察する。


 はたしてあれは擬態しているのだろうか? 穴の中の餌を捕らえるだけの魔物が外側だけ擬態しても、利得は無いように思える。適者生存の観点からすれば、大岩めいた色形にも何かしらに意味があるのだろう。


 せっかくの擬態も、ホークの目を持つ私には無効。エヴァには発見されづらい、という程度の意味しか成していない。


「ボガスアリクイがいるんですよね。どこですか、教えてくださいよ」


 見渡し良好な地点に立って大まかな方向を指し示しても、エヴァはボガスアリクイを見つけられず、私の肩をゆっさゆっさと揺する。


「あそこあそこ。砂がちな地面に二本だけ木が生えているだろう? その隣に岩があって、その更に向こう側で少しずつ動いている岩」


 ボガスアリクイよりは我々寄りにある目印(ランドマーク)となる物体を指し示し、ボガスアリクイの位置をエヴァに説明する。


「まずその木がどこにあるのかよく分かりません」


 ステラの目ではなく私の目でも二本の木はクリアに視認できる。見えない演技をしているようには思えない。エヴァの遠方視力はダナどころか私にすら劣っている。それは即ち、エヴァは視線感知の距離限界が私より低いことを意味している。視認できない距離にいる相手から向けられた視線は感知できない。


 ループ説が潰えた今でも、エヴァと戦うことになった場合の備えを怠ることはできない。今はまだ無理だとしても、近い内にエヴァを倒す実力と手段を手に入れる必要があるのだ。


「それは頑張って探して……」


 ボガスアリクイもオグロムストプよろしく、どこが頭でどこが足なのか歴々としない。より近付いても目を見開いてみても、はっきりとしないのではないだろうか。


 さて、エヴァがアリクイ探しをしている間、私はアリクイ退治の方法を考えることにしよう。何か弱点はないだろうか。


 外皮はとても厚そうだ。身体のほとんどの部位は、飛び出す針を隠し持った硬い外皮に覆われている。


 針は闘衣だと防げない。衝撃しか防げない無修飾の闘衣と異なり、外骨格は斬撃にも対抗しうる技術だ。しかし、現物の鎧ほど確実強固に防ぐことはできない。とどのつまり、闘衣はどこまでいっても鋭利な侵害に対して弱いのだ。得意なのは、鈍的な撃力を防ぐことである。針のような穿孔型の攻撃を防ぐのは、斬撃よりも更に苦手としている。


 フルプレートメイルなら別として、私の軽鎧(ライトアーマー)では闘衣と外骨格を全力で展開しても、巨大な魔物から射出される力強い針攻撃は防ぎきれないと思われる。それは言い換えると、私がエヴァと戦う場合、スティレットによる刺突攻撃は、剣で防ぐか躱すかしないといけないことを意味している。高い鎧を購入して強靭な外骨格を展開しても、エヴァの突き(スラスト)は防げないのだ。


 対エヴァ戦は、またの機会に考えるとして、問題は目の前のボガスアリクイである。魔力的には去年戦ったルドスクシュの大物と伯仲している。魔力的には我々でも討伐可能と見積もれる。


 遠目なので、魔力の目測は大まかなものだ。魔力で相手の強さを測る私の悪い癖ではあるが、私は他に相手の実力を推し量る術を持っていない。現実的なのは情報魔法を習得すること。


 どこで誰にどう請えば情報魔法を教えてもらえるのか分からない以上、情報魔法の習得もやはり非現実的だ、と考えを改める。


「そろそろ見つかった?」

「見つかりません。木はかろうじて見えるんですけれど、木の隣にある、という岩が分かりません」


 手前の岩を見つけられないようだと、奥の岩状のボガスアリクイを視認することは無理だろう。


「もうちょっと近づいてみる?」

「いえ。悔しいのでもう少し探させてください」

「お好きにどうぞ」




 頭の中でボガスアリクイ討伐を色々とシミュレートする。


 ステラの目を通して大凡の外見は理解した。身体がどれほど巨大なのかは、遠目過ぎてイマイチ掴めていない。戦闘となった際にどのような動きを見せるかは分からない。これでは実物を見る前のシミュレートとあまり変わらない。


 私の脳内で想像力によって作り出されたボガスアリクイが、リアルな模型(モックアップ)に置き換わっただけだ。ステラの目が無ければ、リアルどころか低解像度のモックアップである。


 やはりここはもっと近づいた上で、誰かさんに臨場感溢れる戦いを披露してもらわないと、いいシミュレートができない。


「ああー、無理です。降参します」


 見えない何かと戦っていたエヴァは降参を宣言した。


「そうか。諦めてもらったところ悪いが、少し相談がある。ここから攻撃を放ったら、ボガスアリクイは追ってくるだろうか……?」

「ボガスアリクイ博士ではないんですよ、私は。そんなことは分かりません……。あの木の更に向こう、ということですからかなり遠いですよね? ここから魔法を当てる自信があるんですか?」

「射弾観測して修正射を繰り返せば、いつかは当たらないかなあ」


 これだけの遠距離なのだ。先ず考えるべきは、私の攻撃魔法がどれほど遠距離まで届くか、ということ。


 四色の中で私が最も得意とするのは火属性。しかし、射程に限れば火魔法よりも土魔法のほうが優れている印象がある。取り敢えず、クレイスパイクをそれなりに射角をつけて放ってみよう。


 これはあくまでも実験。ボガスアリクイから少し離れた地点に照準を合わせ、射程限界を確かめるのだ。射程が足らなければ、魔法に改良を加えて飛距離を伸ばして……。それでボガスアリクイにダメージを与えられるだろうか。クレイスパイクだぞ?


 これだけ離れてしまうと、着弾時には弾速がとんでもなく落ちている。クレイスパイクの攻撃力はファイアボルトよりも弾速への依存度が高い。


 どうせ初撃は当たらないのだ。考えるだけ時間の無駄。ダメージのことは一旦忘れ、仰角四十五度で撃ってみよう。


 ……


 おっ、結構飛ぶぞ、私のクレイスパイクは。遠くに魔法をかっ飛ばす、というのは望外に爽快ではないか。これだけ広く見通せる場所で遠距離射を試みたことがないから知らなかった。なんともスッキリと心地よい。


 んー、しかし、肝心の飛距離のほうは目標距離の半分にも達していない。ここからボガスアリクイにクレイスパイクを命中させようと思ったら、飛距離を倍以上に伸ばさないといけない。これは大仕事だ。ハントフィールドだというのに、気分が高揚してきた。


 では改良の第一工程として、クレイスパイクの形状から変えてみるか。


 ………………


 …………


 ……




「アルバート君、ご飯にしませんか」


 クレイスパイクの改良作業に没頭する私を、エヴァの声が現実へ引き戻す。


 もう昼か……


 ……


「あれれっ!!??」


 辺りを見回すと空は暖かみのある赤橙色に染まっている。今日という日が終わるのだ、と世界が私に告げている。


「ご飯って、もしかして晩御飯?」

「もしかしなくとも晩御飯です。夕飯とも言います。二つの言葉に厳密な違いはないみたいですよ」


 エヴァはとても穏やかな声で話す。落ち着き払ったエヴァと過ぎ去った時間。二つの事実が私の背筋をゾクリと震わす。


 エヴァの後ろを見ると、食事の支度ができている。


「ご、ご、ご、ごめん。夢中になるあまり、時間を忘れていた」

「酷いと思いません? ふ・た・り・で、ハントに来ているというのに、私のことをすっかり忘れて、一人魔法の世界へ没入(イマ―ジョン)してしまうんですから」

「申し訳ない。途中で言ってもらえたら――」

「何度も話し掛けましたけど、全部無視されました」


 エヴァはスッと火の前に戻り、食事をよそうと笑顔で食器を渡してきた。


 笑顔なのが逆に怖い。


「面目ない……」


 この食器を受け取っていいものか分からない。


 黙っていると、エヴァは食器をグイと私に押し付けてくる。私は恐る恐る食器を手にする。


「えーと……昼食はどうしたの?」

「アルバート君の反応がないので、私は一人、横で糧食を(かじ)りましたよ。何度も話し掛けたのは、全部昼食の誘いのためですね。昼食以降は、たった今話し掛けるまで一度も話し掛けてません」


 エヴァは一日のあらましを私に説明する。説明されても、まるで話し掛けられた記憶がない。


 作業の合間にたまにステラを飛ばし、エヴァが近くにいることや、こちらに迫る魔物がないことを確認した記憶であれば、おぼろげながらある。


「あれから魔物と戦ったりはした?」

「いーえ。平和そのものだったので、ステラと親交を深めてましたよ。今日一日で、お腹の羽毛を撫でても嫌がられなくなりましたから、関係は劇的に深まったと言えるでしょう」


 エヴァと合流後、ステラのドミネートは一度も解除していない。私がどれだけ集中していたとしても、傀儡が抱く恐怖に気付かぬはずがない。ステラはもうエヴァを恐がっていない、ということだ。


「なんだか、まだ心ここにあらず、といった感じですね」

「違うんだよ、その……大変申し訳ないとは思っているんだが、自分の中での時間の経過と、現実に起こった出来事の整合性を取る必要があってだな――」

「プッ」


 しどろもどろに自分でも意味不明の言い訳をしていると、エヴァは吹き出して笑い始めた。


「別に怒ってはいませんよ。ブツブツ独り言を言いながら、何が変わったのか分からないクレイスパイクを止め処なく放ち続ける君はそこそこ気持ち悪かったですが、それ以上に興味深く観測できました」


 ぼかした表現で『そこそこ気持ち悪い』のだ。本音では、どれほど気持ち悪がっていたことか。


 途中私は、横でエヴァが聞いていることを忘れ、変なことを口走ってはいなかっただろうか。何かしでかしたかと思うと、途端に恥ずかしくなってきた。


「本当に魔法が好きなんですね。君の闘衣の習得速度は誰もが感服する域です。そんな君の去年を思い出しても、今日魔法を使っていた時のように埋没することはありませんでした」


 闘衣を本気で試行錯誤する私を見たことがないエヴァの目には、私の興味が闘衣よりも魔法側に大きく傾いている、と映っているのだ。


 私にとって闘衣は魔力の一形態にすぎない。云わば魔法の一種のようなもの。つまり闘衣は私の最大の関心事の範疇の事象であり、一年前も今も熱意を持って練習にあたっている。


「それで、ボガスアリクイを倒せる魔法は出来上がりそうですか?」

「今のところ、それは無理だ。今日はクレイスパイクの飛距離を伸ばすことに終始してしまった。飛距離自体は相当伸びたが、その技術は他属性の魔法に必ずしも転用できない」


 私の目的はどこかですり替わってしまっていた。クレイスパイクの飛距離延長の技術の先にボガスアリクイ討伐はなく、飛距離を伸ばすことそのものが目的になっていた。


 今日の実験で分かったことには、飛距離を優先するならば魔法の形状は紡錘型が理想。威力を完全に忘れ去っていいならば、鳥の形を取らせるのも一つの手だ。ただし、その形状では弾速が実用外に落ち、更には風に煽られやすくなる、と想像がつく。


 ボガスアリクイにダメージを与えることを考えるのであれば、土魔法ではなく火魔法を選んだほうがいい。私のファイアボルトは、元から紡錘形を取っているから、形状をどうこうしても飛距離は伸ばせない。


 習得している魔法の中で最も強力なファイアーボールは、そもそも論として紡錘形を取らせることがおそらくできない。


 一日を通して得た知見は、このままではボガスアリクイ討伐に全く役に立たたないのだ。


「明日以降どうしましょうか」


 成果が出るか分からない実験にエヴァを長々付き合わせてはいけない。


「ボガスアリクイは諦め、狩れる魔物を目一杯狩って、一回王都に行こう」

「あら。案外諦めが早いんですね」


 囮が文句を言うのだからやむを得ない。ドミネートしたスコルパドノシェンは文句一つ言わず命を捧げてくれるというのに。


 それに、ここで見られるエヴァの動きは十分に見た。


「まだここでハントするには早かったようだ」

「ボガスアリクイさえ回避すれば、今の君には易し過ぎず、難し過ぎずの適正狩場だと思いますよ」


 自分の身体を動かして学ぶことに関しては、エヴァの言う通りである。しかし、見て学ぶには、ここだと不足している。サンサンドワームもポルフスクシュも、エヴァにとっては易し過ぎる相手だ。


 エヴァのより高度な技術を見られないのであれば、いっそのこと難易度はここと同程度で、もっと金銭効率の良い狩場に切り替えたほうが良い気がする。難易度は同じでも、出現する魔物が変わればエヴァの動きは変わる。新しい動きを見るのは私にとって勉強になる。




 翌日、ボガスアリクイは無視して、その他の魔物を重量限界まで狩り、持てるだけの収穫を持って王都へ帰った。


 イオスをパーティーに組み込んでハントの第二弾に行きたいところだったが、イオスは既にどこかに発った後だった。


 仕方なしにポーターを雇いに行ったところ、なぜかシェルドンがいた。これは偶然か、はたまた私とエヴァの王都帰還を狙いすましていたのか……。いずれにしても、彼を雇えるのであれば、それに越したことはない。パーティーに誘うと、口だけは悪態をつきながらも喜んで引き受けてくれた。こうしてシェルドンを組み込み、三人でハントに出発した。


 どのフィールドに向かうか狩場をエヴァに一任すると、エヴァは金銭効率重視の狩場を選んでくれた。かなりの強行軍を強いられた代わりに、労力に見合う、いや、それ以上の臨時収入を得ることができた。


 エヴァは最後の清算時、「脛に傷を作るような金の稼ぎ方は決してするな」と耳元で(ささや)いた。シェルドンに気を遣っての金銭重視かと思いきや、私が悪事に手を染めることのないように、との斟酌(しんしゃく)だったのだ。


 エヴァはやはり私の資金調達法が人倫から外れていることを見抜いている。


 学園都市でも王都でも私は大分顔が売れてきた。エヴァならずとも私の動向や装備、携行品に一々目を光らせている者がいてもおかしくない。目を付けられる前に手を引く。このあたりが潮時だろう。


 私の裏金拝借の手法は、ドミネートを駆使した傀儡頼みのものである。専らネズミを使って金を漁る、という単純な手口。ネズミが誰かに見つかったことは一度もなく、見つけられたところで実害はない。しかし、情報魔法にはどんなものがあるか分からない。傀儡から操者を突き止める情報魔法があるかもしれない。


 エヴァやイオスのような超一流どころと常に組めれば、こういう金の稼ぎ方をする必要は一切無くなるのだが、現実味のない仮定の話をしても詮無きことである。


 それにエヴァの存在は、私が強くなる一助にはなっても、魔法使いとしての成長を助けてはくれない。むしろ逆に妨げになる。魔法の練習に重きを置くならば、ソロでハントに行くかイオスとペアで行くときが最も効率がいい。


 いずれシルヴィアがゴールドクラスの強さまで辿り着いた暁には、それなりにパーティーメンバーとして役に立ってくれることだろう。それでも前衛としての能力が無い以上、私が後衛として魔法を使う際の壁役(タンク)には不適当で、私が魔法使いとして成長するための"道具"の一つにはなってくれない。イオスと違って私の魔法の手本にはならないのだから。


 やはり求むべきは頼れる前衛だ。それもエヴァとは違ったタイプの、敵のヘイトを集めて壁役(タンク)を担えるタイプの前衛。強さはプラチナクラス、欲を言えばチタン以上。そういう有能な人材が都合よくいるのかというと、これがいないのだ。


 王都のチタンクラスのハンターは全員知っている。なんせチタンクラスはマディオフ全体でも十人といない。


 数少ないチタンクラスの中で、王都で活動しているのは四人だけ。四人中三人は魔法使いで、若いバンガン・ベイガーという土魔法使い以外の二人は顔を見たことがない。残る一人は単独(ソロ)専門の弓使い。つまり、王都にはチタンクラスの前衛がいない。


 探すとなると、必然的にプラチナクラスになる。プラチナクラスの前衛何人かは、手配師から大凡の人柄や能力、所属パーティーを聞いている。強いハンターに限らず、協調性がある人間は基本的に固定のパーティーを組んでいる。単独(ソロ)で活動しているハンターは、そもそも何かしらの事情があるからこそソロハントを行ってるのだ。


 大型の案件もなしに、私と定期的にパーティーを組んでくれる真っ当な人間性を持つプラチナクラスの前衛などが存在しないことは、探す前から分かりきっている。それを考えると、エヴァとパーティーを組めるだけでも御の字、類稀なる幸運と言ってもよい。


 今年や来年はともかく、数年後はエヴァとパーティーを組めなくなる可能性が高い。そうなると魔法の成長などと言っていられない。組む相手がいないことには、高難度の狩場に行けなくなってしまう。


 となると、人材を発掘しないといけない。これはかつてシェルドンやエヴァが歩いた道だ。エヴァは現在進行形で歩いているのかもしれない。


 将来性のある新人ハンターの発掘。来年の春、徴兵明けの新成人が狙い目だ。大量の新人ハンターの中から有望株を探す。それには具体的にどうすればいいのだろうか。


 魔法の探求と打って変わり、人材発掘に対する熱意は自分の中に全く感じられない。それどころか大儀極まりない。


 愚図ったところで何の助けにもならない。


 長期休暇最終日はハント無しで、シェルドンに引率されて王都の味巡りの予定になっている。新人探しの勘所を彼らが不快にならない範囲で聞き出したい。


 エヴァの前でその話を切り出すのは猛烈に危険な予感がするとはいえ、エヴァが卓越した人材発掘力を持っているのは確実。はたして口下手な私が、エヴァのほうから勝手に喋りだすように誘導できるか。これはかなりの挑戦になる。

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